超戦士じゃないので、それは無理です
登る。登る。木を登っていく。
思っていた以上に表面がボコボコしているので、登るのはそれほど難しくはないかもしれない。
慣れたクライマーとかなら、いくつもルートを見つけ出して、極悪難易度とかで挑戦しそうだ。
まぁ、俺は簡単なので登っている、と思う。
何しろ、今登っているのはただの木じゃない。
世界樹だ。
………………。
………………。
あの、これどこまで登るんですかね?
世界樹の上の方、雲よりも上なんですけど?
⦅そこまで行く必要はありません。そもそも、そこまで登る事が出来ますか?⦆
いや、出来るかどうかで問われれば、道具とかきちんと揃えて、常に万全の状態で時間をかければ……いけるんじゃない?
⦅確かに可能でしょう。ですが、今回はそこまで登る必要はありません。それと、休めそうな場所は既に把握していますので、私の指示通りに進んでいただければ問題ありません⦆
あっ、ちゃんと休憩場所もあるのね。
ずっとこのまま登っていくのかと思っていた。
⦅私はそれでも構いませんが? ……夜通し、木登りしますか?⦆
いえ、大丈夫です。
ほら、夜は見通しが悪くて手元が見えないから危ないでしょ?
空振ると落ちるし、危険だから。
⦅問題ありません。私がミリ単位で調整しますので⦆
……夜通しさせたいの?
⦅まさか。ただの提案です。夜通しでしたら時間の短縮になりますし、吸血鬼が行っている模擬戦にマスターが交ざれば、良い鍛錬にもなりますので。体力が向上しているマスターなら可能だと判断しての提案です⦆
いえ、当初の予定通りでお願いします。
⦅………………⦆
あれ? 聞こえていない?
当初の予定通りで……もしかしてだけど、そっちの方が良いかもしれないとか考え始めてない?
⦅……ちょっと試してみませんか?⦆
それ、ちょっとで終わらないパターンだよね?
気が付けば最後までやっていた結果になるよね?
⦅ちょっとだけ。本当にちょっとだけ⦆
というか、次の指示が欲しいんですけど!
指示がないから、次どう進めば良いのかわからないし、このままだと腕がプルプル振るえてきそうですが?
⦅つーん⦆
なんか芸が細かくなってきたね、セミナスさん。
⦅日々、マスターと会話していますので。その成果だと誇ってください⦆
あっ、誇る事なのね、それ。
うん。それはわかったけど、次の指示を。
⦅会話のバリエーションもそうですが、流れるように会話する私はAIにすら負けていません。そう思いませんか?⦆
思います。
思いますから、指示を……。
そろそろ本気でヤバいので。
⦅……ファイト!⦆
うん。応援ありがとう。
じゃなくて!
⦅マスター。世の中にはタイミングというモノが存在しています。この時、この瞬間でなければ駄目だというのがあります⦆
……なんで今そんな話を?
⦅それと、慣れというモノも存在しています。確かに、初回でもクリアする者は居るでしょう。しかし、慣れたからこそ攻略出来るというモノもあります。何度も何度も繰り返す事自体が鍛錬となり、より動きが鋭敏に……効率的に動く事が出来るようになり、初回でクリアするよりもより強くなるのです⦆
……えっと、どういう事?
⦅マスターの世界の話だと、よくある話ではありませんか? 最終的には、『早熟』よりも『晩成』の方が強くなる、というような話は⦆
なるほど。漸くわかった。
セミナスさんが何を言いたいのかを。
つまり、落ちるんですね? ここから。
⦅はい⦆
確かに、もう腕は限界のため、更に登るのは難しい。
一度落ちて、仕切り直す……つまり、今は引き際なのだ。
セミナスさんがそう見極めたのなら、それで間違いはない。
で、休憩を挟んで、また登る時はもっと上まで登っている事だろう。
何度も繰り返して……努力する事で成長するのだから。
でも……。
チラッと下を確認。
世界樹の見えている部分の、大体三分の一くらいは登っただろうか?
セミナスさんの指示で、サクサク登ったからね。
……たっけぇ。
高いじゃなくて、たっけぇよ。
え? これを落ちるの?
トラウマものだと思うんだけど?
というか、今更な事を言っていい?
命綱なしってどういう事?
⦅本当に今更ですが、そもそも私が居る時点で、命綱は必要ありません。駄目な時は、命綱をした方が良いですよ、と注意しますので⦆
うん。注意で済ませて良い問題じゃないから、そこは強く言おうか。
でも、気にして欲しいのは現状だから。
このまま命綱もなしに落ちると死ぬよ?
⦅そうですね。地面までまっしぐら。いや、マスターの防御力なら、あるいは……⦆
ちょっと待って。
俺の防御はどちらかというと回避主体だから。
耐えられる訳がないでしょ。
⦅そこは体全体を回転されて飛ぶとか、一気に息を吐きだして落下速度を緩めるとか、落下途中で世界樹を蹴って横に跳んで難を逃れるとか⦆
どれも出来ません。
どこの超戦士ですか、それ。
⦅私もマスターにそこまでの事は求めていません。それに、そもそもお忘れですか? 私は落ちる時の対処法を伝えたはずですが⦆
………………。
………………。
あ、あぁ! そうだった!
ドラーグさんを召喚するんだっけ。
納得……したのがいけなかった。
それで気が抜けたんだろう。
引っかかりを掴んでいた手がつるりと離れ、そのまま落下。
まずい!
「召喚! ドラーグさん!」
思わず声を出してしまったが、それぐらい切羽詰まっているというか緊急事態だ。
空中に魔法陣が出現し、ドラーグさんがその姿を現す。
「おおー! ……ん? 主?」
俺よりも上空で。
ドラーグさんが俺の姿を捜しているのか、頭を左右に動かしているのが見えた。
なるほど。確かにその通りだ。
俺は落下中な訳だし、召喚位置に居る訳がない。
⦅召喚は落下して直ぐ行うのが望ましく、召喚位置からどんどん離れていきますので、直ぐに声をかけて呼ぶ事を推奨します⦆
そういう大事な事は早く言って!
「ド、ドラーグさぁーん!」
「………………下かっ!」
ドラーグさんが気付いてくれてよかった。
もう少しで地面というところで、ドラーグさんに回収される。
セーフ。
ジェットコースターやバンジージャンプを経験していたからこそわかる。
命綱、大事。
⦅それで済む辺り、マスターの精神はたくましいと思います⦆
……なんか褒められている気がしない。
地上に下りて、ドラーグさんと入念な打ち合わせを行う。
多分、またあると思うから。
というか、アドルさんとDDの模擬戦で発する音が大きくて、こちらも声を張るのが大変。
それでも眠るドラロスさんは……大物っぽく見えるから不思議。
打ち合わせが終われば、体と心をしっかりと休ませ、再度世界樹登りに挑む。




