別章 第五班
アドルはひたすら模擬戦を繰り返した。
その相手は、主にDD。
「どうした? この程度か、アドルよ」
「いいえ、まだまだ! 『切り刻むために作り 斬り裂くために造り 貫き穿つために創る 血塗れた槍蛇』」
アドルが特殊武技を発動して、DDに向けて襲いかかる。
既に何度か模擬戦を行い、DDを相手に生半可な攻撃では通じないと判断したためだ。
しかし、DDはアドル自身の攻撃と赤い蛇の猛攻の全てを受け切っても大した傷は負っておらず、普通に反撃を行っていた。
DDの戦闘能力において、最大の特徴はその防御力。
他の竜とは鱗の硬さが段違いなのであった。
「今のでほとんど傷を受けていないとは! なんという防御力!」
「私にまともな傷を負わせたければ、今の倍の威力は必要だぞ!」
DDが自慢気に己の肉体を誇るようなポーズを取る。
これにはさすがのアドルも驚きを隠せない。
もちろん、模擬戦なので全力という訳ではない。
だが、たとえ全力であったとしても、今の自分の力ではDDにまともな傷を負わせる事が出来るかどうか疑問を覚えてしまう。
元よりこの世界において竜は最強種であり、DDの強さはその中でも上位に位置している。
今のアドルにとって、完全に格上の相手であった。
だからこそ、喜ばしい。
既にこの世界において強者の部類に入っているアドルに、足りない経験を与えてくれるのだから。
そう。格上との戦闘という経験を。
「……やはり、前よりも硬くなっているような」
「確かに硬くなっているわね。竜の中じゃ一番じゃない? ミレちゃん。そんなに頻繁に愛情表現をしていたの?」
ちなみに、ミアの言う愛情表現とは、ミレナがDDにその想いを物理的にぶつける事を指している。
その繰り返しによって、DDは今の防御力を得た……かもしれない。
「いえ、最近数回行いましたけど、それ以外は特に。寧ろ、ダーリンは家を空けて外に出ていましたから」
「え? え? まさか、外にミレちゃん以外の女が?」
周囲一帯の空気が一気に重くなる。
実際に重力を操られたかのような重さが加わり、それは模擬戦を行っているアドルとDDも例外ではない。
「ぐっ……」
「うっ……」
特にDDは、ブワッと一気に汗が流れ出していた。
まるで、自分の生命の危機を感じているかのように。
「違いますよ、お母様。アキミチのお願いで、興行を行っていたようです」
「コウギョウ? 何それ? でも、外に女を作った訳じゃないのね?」
「はい。もちろん。もしそうだったなら……そもそもここに居ません」
「そうね。今こうして現世に居る訳ないものね」
ふふふ、と笑い合う竜の母娘の雰囲気は微笑ましかった。
一方、その会話が耳に聞こえていたのか、DDは小刻みに震え、歯がカタカタと鳴っている。
「………………」
「………………」
「………………大丈夫ですか? 休憩します?」
「い、いや、大丈夫だ。うん」
そう言うDDの体の震えは、とまらない。
その様子を見て、アドルは優しい表情を浮かべる。
「いえ、休憩しましょう。私も休みたいので」
「そ、そういう事なら」
DDの体の震えがとまるまで、休む事になった。
―――
アドルが模擬戦を行うのは、DDとだけではない。
DDの他に、竜種族の王、女王竜であるミレナとも模擬戦を行っていた。
「ここまでの差があるとは……つらい」
「もう終わりですか?」
疲労困憊のアドルの前で、無傷で汚れ一つないミレナが佇んでいた。
ミレナは、自分から攻撃はしない代わりに、アドルの繰り出した攻撃の全てを受け流し、一撃も……いや、一かすりもさせなかったのだ。
「アドルよ! はっきり言って、ハニーは私よりも格段に強いぞ!」
DDが離れた位置からそう声をかける。
出来れば、そういう事はもっと早く、それと、もう少し具体的な強さの部分を言って欲しい、とアドルは内心で思ったが、声には出さなかった。
と、いうよりは、アドルはDDに声をかけにくかったのだ。
寧ろ、自分の身を心配したからこそ、そう声をかけてきた事が伝わったので、少なくとも感謝はしている。
何しろ、DDの現状はアドルよりも酷いのだから。
「お、お義母様……その方向に腕はそれ以上曲がりません!」
「そうなの? 今のデーくんなら、もっと耐えられると思うけど?」
「無理です」
デーくんももう少し鍛えた方が良いと言って、ミアが稽古をつけ始めたのだ。
今は関節を極められている最中である。
あっちよりはマシかもしれない、とアドルの心が少しだけ立ち直った。
「よそ見はいけません」
その瞬間の隙を突かれ、ミレナがアドルを殴り飛ばす。
アドルは咄嗟にミレナの拳を防ぐが、そのまま吹き飛んでいき、地面を何度かバウンドしてからとまる。
立ち上がったアドルは、あまりダメージを受けていなかった事で気付く。
今のは手加減された拳。
ただ振るっただけの拳である事を。
「よく防ぎました。その前のよそ見はいただけませんが」
「申し訳ありません」
ミレナの注意に、アドルは素直に謝罪する。
「強くなりたいのでしょう?」
「はい」
「なら、もっと集中しなさい。他に気を回す余裕などないくらいに」
「はい!」
アドルの思考と視界の中から、関節を極められ、ギブギブとタップするが一向に解放されないDDの事を消し去る。
「今何かそれは駄目だろうと言いたくなるような事が……ギブギブ!」
アドルはミレナに集中する。
その事が伝わったのか、ミレナは満足そうに頷いた。
「それで良いのです。それと、ダーリンとの模擬戦を見て、こうして実際に拳を交えた事で、あなたの事がわかりました。どうやら、まだ力を持て余しているようですので、本気を出す事をおすすめします」
ミレナの言葉に、アドルは首を傾げる。
「なるほど。その様子だと、無自覚……いえ、気付いていない、という事ですか。良いでしょう。その辺りも含めて、私が教えてあげます。さぁ、かかってきなさい」
アドルは大きく呼吸をして、更に気合を内に込める。
ミレナの言葉は、アドルにとって福音だった。
自身としては充分鍛えているつもりであったが、まだ秘めた力がある事を教えられたのだ。
魔王と対峙した時に、力はあればあるほど良いのだ。
喜ばない訳がない。
「よろしくお願いします」
アドルは更なる強さを求めて足を踏み出す。




