今後のために必要らしい
奥の通路の先、突き当たりに矢の発射口があった。
ここから射出されたようなので、ウーノの仇ととりあえず蹴った。
まだ死んでないと思うけど。
でも、発射口は壊れたのでこれでよし。スッキリ。
通路は横に折れ曲がって続いているので、そっちに進む。
直ぐ突き当たって、あるのは扉。
とりあえず、開けて確認。
開けた瞬間、むわっと熱気が噴出する。
熱くはないけど暑いというか、なんか不快感。
うえっ、と吐く真似をして、室内を確認。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
ムッキムキの筋骨隆々な体を折り曲げて、腹筋運動をしている汗だくの男性が居た。
しかも、黒パン一丁のみ。
とりあえず、一旦閉める。
……えっと、セミナスさん?
⦅はい。お呼びでしょうか?⦆
はい。呼びました。
もしかしてだけど、今のが神様?
⦅はい。神です⦆
……なんの?
⦅『身体』の神です。この神が司るスキルは『身体能力系』だけではなく、他にも身体に関わるという理由だけで『反応系』、『筋肉全般』も司っています。与えられた知識によると、他の神々の、そこら辺は細分化が面倒だから纏めてやらせよう、という思惑の結果でもあります。ただ⦆
出来ちゃった訳だ?
⦅はい。筋肉が滾る、という言葉と共に⦆
それはきっと頭を抱えた事だろう。
いや、今のところであった神様たちと、エイトやワンを創った神様たちを基準にすると……喜んだかもしれない。
でも、この身体の神様が必要なんだ?
⦅はい。やはりどう考えても、人の身と獣人の身では、元となっている身体能力に大きな差がありますので、今のままですと、マスターは大きなハンデを負った状態でやり合う事になります。ですので、そのハンデを少しでも緩和するために身体の神のスキルが必要、という訳です⦆
なるほどな。
確かに、反応出来ていても体が応えてくれないと意味がない。
逆に、体が応えてくれたとしても反応出来ていなければ同じ事。
部屋の中に居る神様は、その両方を補ってくれる訳か。
納得。
そういう事なら、武闘会に挑む上で絶対必要だ。
⦅武闘会もそうですが、今後、更に厳しい戦いがあるかもしれません。その時に後悔はしたくありませんので⦆
セミナスさんが必要だと判断したのなら、きっとそういう戦いがある可能性が高いのだろう。
俺もあった方が良いと思うし。
………………待って。
話が変わるけど、ついさっき浴びた熱気って?
⦅マスターが想像した通りです⦆
………………。
………………。
よし。深く考えるのはやめろと本能が拒否しているので、考えないようにしよう。
でもやれる事はやっておく。
扉を少しだけ開けて、空気を換気。
室内から漏れ出る熱気に当たらない場所で、少しの間待機する。
……えぇと、もう大丈夫?
⦅まだです⦆
まだらしい。OK。
もう少しだけ待った。
……セミナスさんの許可が出てから、扉を大きく開けて室内に入る。
身体の神は腕立て伏せをしていた。
しかも、両親指だけを支点にして。
生で初めてその腕立て伏せを見たけど……普通に凄いという感想しか出てこない。
ただ、俺に気付いていない。
声をかける前に、改めて身体の神様を確認。
つるっつるの頭部に、ほどよく日焼けた体。
顔は……髭面で四十代くらいだが……くっ。イケメン。というかなんか渋い顔立ち。
だが何よりやっぱり、全身が分厚い筋肉に覆われている事が一番の特徴だろう。
あと、黒パン一丁ってところもか。
……このまま見続ける趣味なんてないので、声をかける。
「あの」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
「すみません」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
「ちょっと良いですか?」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
あー! ……ふー、ふー。
一旦落ち着こう。大丈夫。俺は冷静。
きっとアレだ。
トレーニング・ハイってヤツだ。
こっちに気付いて貰うには、もっと近付いて、大声じゃないと駄目だ。
「すみませーん!」
「煩いわっ! トレーニングの邪魔だ!」
いきなり殴りかかってきたので、咄嗟に避ける。
「ほぉ……今のを避けるのか。なら、私の戦闘トレーニング相手に丁度良いな。一人で行うのも限界がある。よし。かかってこい」
おう! とはならない。
こういうのは、きちんと否定しないと。
「いえ、違います。そのために来たんじゃありません」
「そうか。わかった。さぁ、かかってこい!」
「いや、ですから、身体の神様を解放するために」
「そうか。わかった。さぁ、かかってこい!」
「もう外に出れますから」
「そうか。わかった。さぁ、かかってこい!」
「話を聞けぇ!」
「そうか。わかった。さぁ、かかってこい!」
もう駄目だ、この神様。
全然話を聞いてくれない。
……セミナスさん。
⦅満足させないとトレーニング完了にならないようです⦆
つまり、戦わないといけない?
⦅はい。また、恐らく全力で来るでしょうから、こちらも全力で迎え撃たなければいけません。ですが、全力はそう長続きはしないでしょうから、想定よりは早く終わるでしょう。最速で完了させるための指示を出しますので……頑張って下さい、マスター⦆
もの凄く頑張りたくない。
でも、それしか道がないように思える。
……仕方ない。武闘会の前哨戦みたいなモノ、と思っておこう。
「人の話を聞きやがれぇ~!」
全力戦闘を行った。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸が整わない。
全力を出した結果だろう。
でも、満足はさせて、トレーニングは完了させた。
納得は出来ないけど。
「ふぅ~。良い汗を掻いた」
身体の神は黒パンの中からタオルを取り出して、汗を拭いている。
出来れば、元からそこに入っていたのではなく、アイテムボックス的空間になっている事を切に願う。
答えが前者の可能性もあるので、追及はしない。
「そちらも良い汗を掻いただろう? タオル、使うか?」
「使いません」
怖くて使えない。
新品のような真っ白なタオルだけど、無理。
「それで、話があるそうだがなんだ? 共にトレーニングをした仲だ。伺おう」
ちょっと待って。まだ息が……。
………………ふぅ~。よし。
身体の神様に、これまでの事を簡単に説明。
最後にスキルが必要だと伝える。
「……そういう事か」
身体の神が俺の上から下を見ていく。
「まぁ、良いだろう。他の神々を解放するためにも必要だろうしな。だが、今は『身体能力向上』か『反応速度上昇』のどちらかにした方が良いのではないか? どちらも上げてしまうと、慣れるのに時間がかかって、折角の武闘会が台無しになってしまうぞ?」
という事らしいけど、どっち?
⦅両方で問題ありません。慣れるのに丁度良い舞台がありますので⦆
うーわ、武闘会で慣れさせるつもりだ。
「えっと、両方で問題ないそうです」
「ほほぅ。面白い。では、解放して貰った礼として、両方授けよう」
そう言って、身体の神様が俺に向かって手の平を向けてくる。
すると、その手の平から光り輝く球体が二つ現れ、そのまま俺の体の中に吸い込まれていく。
「えっと……これで終わり?」
「あぁ、きちんと授けた。あとで確認すると良い」
そうなの?
⦅はい。『身体能力向上』と『反応速度上昇』が付与されました⦆
これで準備完了、という訳だ。
という訳で、もうここに居る必要はない。
早く外の空気を吸いたい。




