また会えるような気がする
ウーノが言うには、この場は知識ではなく、身体を競う場らしい。
……どういう事?
わからない時は聞く。
「で、どう競うの?」
⦅くんずほぐれつ的展開を希望します⦆
その希望は通りません。
却下です。
「そう難しい事はしない! 上体起こし、反復横跳び、立ち幅跳び、持久走の四種目で勝負だ!」
「………………」
う~ん、まぁそこら辺なら、インジャオさんとの鍛錬で鍛えられているから、良い勝負は出来るかもしれない。
でも、それだと疑問がある。
「別にやるのは構わないけど、上体起こし以外はその状態で大丈夫なの?」
ウーノの足部分を指差す。
太もも部分くらいまでしか見えておらず、そこから下は黒い本と繋がっている煙のような状態。
跳ぶ事なら出来るかもしれないけど、走るのは無理でしょ?
「問題ない! 我の肉体の前には、本と繋がっているなど関係ない! 丁度良いハンデだ!」
大丈夫なら気にしない。
ウーノは跳躍するようにして台座から降り、上半身というか両腕を船のオールのように動かし、本を引き摺るようにして開始位置に移動した。
既に呼吸が乱れているように見えるけど……本当に大丈夫かな?
でも時間もないし、早速やってみる。
「上体起こし」
三十秒間の腹筋運動。両手を握って胸の前に置いて行う。
勝敗は回数で決まる。
………………。
………………。
普通に勝った……というか、ウーノが早々にリタイア。
数回で体を起こせなくなっていた。
「反復横跳び」
一メートル幅に引いた三本の線を、二十秒間でまたぎ越す。
またげなかった場合は一回にカウントされない。
これも勝敗は回数。
………………。
………………。
ウーノは本を中心に置いて、上半身だけを動かしてやり始めた。
それはズルいと思ったが、二往復くらいでリタイア。
呼吸が苦しそう。
「立ち幅跳び」
両足を揃えて前方に跳躍。
着地後に後方に転倒した場合、尻餅なら尻、手なら手が着地点になる。
勝敗は距離。
………………。
………………。
ウーノは跳べなかった……というよりは、ズッと本が少し動いただけ。
上半身の勢いがあり過ぎたのか、勢い余って床に頭をぶつけていた。
「持久走」
千五百メートル走るだけ。
勝敗はタイムというか、一緒に走るようなので先に走り切った方の勝ち。
………………。
………………。
結果は言うまでもないというか、数分も経たずにウーノがギブアップ。
そもそも腕を振っているが、全く進んでいなかった。
結果だけを見れば、俺の完全勝利。
「やったー!」
とりあえず、両腕を上げて喜んでおく。
というか、身体的にはウーノの方が勝っているように見えるんだけどな。
どうして勝てたんだろう?
⦅マスターはきちんと鍛錬を行っていますので⦆
それもあるとは思うけど、今回は寧ろウーノに手応えがなさ過ぎた気がする。
もっと出来ると思っていたけど。
今もまだ生き絶え絶えだし。
「……大丈夫か?」
「ゼェー、ハァー……ゼェー、ハァー……」
全然大丈夫じゃなさそう。
「く、くそ……ゼェー……ハァー……ここ最近、勉強ばかりで、運動をす、るのを忘れていた……」
あぁ、そういえば、前回の事があってから、猛勉強していたとか言っていた。
それが裏目に出た訳か。
こっちを先に訪れていたら、結果が違っていたかもしれない。
「うん。それは災難だった。で、俺が勝った訳だし、もう行って良い?」
「いいや、まだだぁ!」
そう叫んで、ウーノは再び荒い呼吸を繰り返す。
ほら、急に動くとか、無理するから。
ちょっと苦しそうだったので、背中をさすってやる。
「……ありがとう」
「いえいえ」
感謝してくれるのなら、もう通して欲しいんだけど。
ウーノの呼吸が少し落ち着くと、再び叫ぶ。
「これに勝てば通してやろう!」
そういえば、前も最後の悪あがきをした覚えが――。
⦅私がマスターより先に答えた問題ですね⦆
セミナスさんは、気にし過ぎだと思う。
ウーノが指をパチンと鳴らすと、壁の一部がゴゴゴ……と横にずれ、そこから新たな壁がせり出してくる。
新たな壁には、模様が描かれていた。
五×五のマス目が描かれ、マス目にはそれぞれボタンが付いている。
……うん。正式な名称は知らないけど、アレだ。
「知らないだろうから、説明しよう!」
いや、知っているけど、ここは異世界。
違うかもしれないから聞いておこう。
「光るボタンを押せば、別のボタンが光る! それを繰り返すだけ! 光り箇所は不規則だ! この勝負の勝敗は、押した回数が多い方の勝ちだ!」
うん。知っているのと一緒だった。
なら、どこにも問題ない。
「じゃあ、やろうか」
手を組み、ぐるぐると回して軽い運動。
………………。
………………。
「馬鹿なぁっ!」
勝った。余裕で勝ち。
十回以上の差がついている。
得意なんだよね、これ。
⦅マスターの新たな得意な事として記憶しておきます⦆
ほんと、こういう事ばっかり得意だな。
そして、俺が勝ったという事は、ウーノは負けたという事である。
「………………」
何も言わずに落ち込んでいた。
体育座りのような姿勢で、壁によりかかっている。
う~ん。本気で落ち込んでいるようだから、どう声をかけて良いのか悩む。
「……えっと、大丈夫?」
「………………からな」
「え?」
「次は負けないからな! 知識はもう既に得た! その知識の中に、二度ある事は三度ある、と言われている事を知った! なら、次だ! 今度は体力を手に入れる! そして我は、完璧な我となって勝つ!」
次があれば、パーフェクトウーノか。
なるほど。じゃあ、その時を楽しみにして……あれ?
なんかいつの間にか、また会う事になっている?
いや、神様解放を続けていけば、また会う確率は確かに高いけど。
まぁ、その時はその時だな。
「わかった。それじゃ、もう先に進んで良いか?」
「……あぁ、もう開いている」
開錠道具を使った姿はなかった。
でも、もう開いていると言う。
……ウーノとは関係ないところでの魔法的な何かかな?
そう考えながら奥の扉を開ける。
瞬間、嫌な予感。
⦅横に跳んで下さい!⦆
「危ないっ!」
セミナスさんの指示で横っ飛びしようとするが、そんな俺の前にウーノが飛び込むような姿勢で現れる。
なんで? と思う前に横っ飛び。
視線でウーノを追うと、ウーノの腹部を矢が貫いた。
どうやら、奥の扉の先から矢が飛んできたようだ。
俺は倒れたウーノの下に行く。
「大丈夫か?」
「はは……罠がある事を思い出してな……だが、これはもう駄目だ……インクがこんなに零れてしまった……」
ウーノは自分の腹部から漏れ出ている黒い液体を見て、そう言う。
……血って事かな?
「どうして助けるような真似を? 敵だろ? 俺たちは」
「何故だろうな……体が勝手に動いて……兄弟だからかな……」
「まぁ、そっちが勝手に言っているだけだけど」
「咄嗟に庇わないと、と思ってな」
「うん。まぁ、気持ちは嬉しいけど、視界が邪魔されて寧ろ避けにくかったし、綺麗に貫通したから、多分盾にもなっていなかったけど……でもまぁ、ありがとう」
守ろうとしてくれた訳だし、感謝の言葉は伝えておく。
「……次に会うって話はなかった事になってしまったな」
「あぁ、それなら問題ない……所詮、この本は第二版だ。まだ、初版が……あ……」
言い切る前に、ウーノは本ごとその姿を消した。
「ウーノォー!」
俺の叫びが室内に響く。
⦅茶番は終わりましたか?⦆
あっ、はい。終わりました。
まだ初版が、と言っていたし、まだ死んでないんだろうな。
そんな気がする。
今度は罠に警戒しながら、奥の通路を進んでいく。




