別章 詩夕と武技の神
「………………」
ゆっくりと自分が目覚めていくのを自覚する詩夕。
状態を確認すれば、自分が清潔なベッドの上で寝ているという事に気付く。
そこで大魔王軍と戦っていた事を思い出し、詩夕は身を起こして周囲を確認した。
白を基調とした、清楚な印象を抱く室内で、そこそこ広い。
そこそこ広いと表現したのは、室内には、詩夕が寝ていたベッドの他に、あと七つ同じのが等間隔で置かれていたためだ。
その内の六つは既に埋まっている。
六つのベッドには、常水、天乃、刀璃、咲穂、水連、樹が、それぞれ寝かされていた。
胸が上下しているので、眠っているだけというのが理解出来る。
ベッドの横には、包帯やタオル、水桶などが置かれ、看病されていたというのが見てわかった。
「………………」
詩夕が最初に思ったのは、この状況から察するに、ビットル王国軍は大魔王軍に勝利した? であったが、それ以上は判断材料がないために考えるのが不可能だった。
いや、判断材料があったとしても不可能だろう。
何しろ、思考を遮るようにこの部屋の扉が開かれたのである。
「それじゃ、そろそろ勇者君たちが起きそうだし、僕は事情説明があるから中で待っているよ。魔物たちは散り散りに逃げたようだけど、そっちは任せても良いかな?」
「はい。既に十人単位で編成した捜索討伐隊を行かせておりますので、お任せ下さい」
「うん。ありがとう。宜しくね。僕の話が終われば、勇者君たちを労ってあげて」
「はい。もちろんそのつもりでございます」
扉の向こう側に向けて軽く手を振りながら、武技の神が室内へと入って来た。
話していた相手は詩夕から見えなかったが、声の感じでビットル王国の王、ベオルアだと判断する。
ベオルアの丁寧な言葉遣いから、神って王より偉いんだな、と詩夕は思った。
そして、室内に入って来た武技の神が、その様子を窺っていた詩夕と視線が合うと、にんまりと笑みを浮かべ、フレンドリーさを感じさせるように両腕を開きながら近付いていく。
「やあやあやあ、お疲れ様。ちゃんと起きたようで安心したよ。どこか後遺症はないかな?」
「………………」
武技の神が詩夕の様子を窺うが、返事がない。
「………………あれ? どうかした? 何かあった?」
武技の神が、詩夕のベッドの近くにあった丸椅子に座る。
「……えぇと、すみません。確認なんですが……この世界の『神様』で良いんですよね?」
「そだよ~。ついさっきまで封印されていたし、こんな子供っぽい容姿だけど、歴としたこの世界の武技を司る神です!」
えっへん! と胸を張る武技の神。
詩夕としては、頭では理解していても、心がまだ追い付いていないという感じだ。
「まぁまぁ、いくら規格外の存在でも、そう急いで理解しなくても良いよ。傷も癒さないといけないしね。寧ろ、そっち優先?」
んん~、と武技の神様が考え込む。
けれど、詩夕はある言葉に反応した。
「規格外? ……規格外の存在なんですか? 僕たち」
「うん。そうだよ。普通に考えてみればわかる事だと思うけど? いくら強力なスキルをいくつか持っているっていっても、数ヶ月鍛錬したくらいで魔物を一掃出来るくらいの強さが手に入ると思う?」
「………………そう言われると」
「でしょ? でも、それが出来てしまうくらいに規格外って事。まぁ、言い方を変えれば、それだけの規格外だからこそ、この世界の希望となり得るし、召喚された訳だけどね」
それは、喜んで良いのかどうか……。
判断に困る詩夕は苦笑を浮かべた。
「とりあえず、まずは勇者君たちに現状を教えておかないと。あっ、まだ完全に癒えた訳じゃないから安静にしてね」
わかりましたと詩夕が頷いたのを確認すると、武技の神は語る。
まず、今回の戦いについては、大魔王軍を迎え撃ったビットル王国軍の勝利で終わった。
ただし、大魔王軍を全滅させて、という訳ではない。
甲冑オークだけでなく、他にも居た指揮が出来る魔物たちもやられ、敗色が濃厚になると残りの魔物たちが逃走を始めたのだ。
統率を失ったためだろう。
けれど、逃げた魔物を放置すれば、余計な被害が出るかもしれない。
なので、現在、ビットル王国軍は部隊を編成して対応に動いていた。
「で、今回の戦いの一番の功労者は、間違いなく君たちだよ。何しろ、君たちが放った『特殊武技』によって、あのオークだけでなく、他の指揮官クラスも巻き添えをくらったみたいだから。あれで流れが変わったみたいだよ」
「そうなんですね……でも、僕たちは自分に出来る事を精一杯やっただけですし、武技の神様が来られなければ、負けて……いえ、死んでいたのは僕たちの方だったと思います」
「そういうのは考えない方が良いと思うよ? 勝って生きているのは、君たちなんだから」
それでも詩夕の顔はどこか晴れない。
何を気にしているのかを察した武技の神は、真面目な表情を浮かべる。
「……犠牲者は出ているよ。だって、これは戦争なんだし」
「………………ですよね」
「でもね、これでも僕たちは長い間戦っているから、僕たち神も含め、この世界で生きている者たちの覚悟は出来ているんだ。だから、生き残った者たちが出来るのは、死んでいった者たちの思いを受け取って、この世界を平和へと導く事だと思っている」
「……はい」
「でも、君たちはこの世界の状況に巻き込まれたようなモノだから……囚われ過ぎないでね? 大切なのは、生きている君たちの意思なんだから」
気を付けます、と詩夕が苦笑いを浮かべる。
すると、今度は武技の神が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「本当はこの世界の者たちでどうにかしたかったんだけど……ごめんね。頼ってしまって」
詩夕が小さく首を振る。
「そう気にしないで下さい。いえ、文句は出るかもしれませんが、こうなった以上は、僕たちも生きて残るために全力ですから」
「ありがとう。でも、大変なのはこれからだと思うから気を付けてね」
「……え? どういう事ですか?」
「さぁ? 予言のにそう言えって言われていたから。それと、未来は流動的だからって」
詩夕は首を傾げる。
武技の神もまた、もっと色々教えておいて欲しいよね? と肩をすくめた。
「とりあえず、僕から伝えられるのはこれぐらいだけど、何か聞きたい事はある?」
武技の神からの問いかけに、詩夕は思い出したように尋ねる。
「あ、あの! 神様に出会う機会なんて滅多にないでしょうし、お聞きしたい事があるんですけど!」
「え? 滅多にないの?」
「え?」
「え?」
詩夕と武技の神は顔を見合わせ、揃って首を傾げる。
「んん~、そっちの世界の事はわからないけど、このファースリィルだと普通に会えるよ? いや、普通だと語弊があるか。でも、滅多にとかじゃないよ? たくさん居るし」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう。で、何を聞きたいの?」
「あっ、えっと……僕たちを元の世界に戻すには、召喚の神様の力が必要だというのは聞きました」
「うん。そうだね。間違いないよ」
「その時に、可能性の話として元の時間にも戻れると聞いたのですが、そんな事が本当に……」
「う~ん……召喚のだけだと苦しいかな? でも、時間のとかの力が合わされば、出来なくはないかな」
出来なくはない。
つまり、実現可能な条件さえクリアすれば出来る、という事がわかり、詩夕はやる気を滾らせる。
「それがわかれば、もう充分です」
「そう。じゃあ、あんまり長々と話すのもなんだし、僕もこれから忙しくなるから、一旦お暇させて貰うよ。ほんと、更新なんて面倒な作業だけど、やらない訳にはいかないしね」
「えっと……頑張って下さい」
嫌々だというのが露骨に表れているのか、詩夕は苦笑いである。
「一応忠告として、下手に焦って魔王と大魔王に挑まないようにね。今の君たちじゃ手も足も出ないくらい強いからさ。何しろ、僕たち神を全て封印したくらいだし」
「わかりました。色々とありがとうございます」
頭を下げた詩夕に対して、武技の神は手をひらひらとさせながら出て行こうとするが、扉に手をかけ、思い出したように付け加える。
「そうそう。『武技』をすっ飛ばしていきなり『特殊武技』を使っていたけど、あれは使用時に気を付けてね。通常の『武技』は生命力だけを消費するけど、『特殊武技』は生命力と魔力を同時に、しかも通常のよりも大幅に消費するから、使いどころを間違えると今回みたいに気絶、もしくは寿命を縮める事になりかねるよ?」
「そ、そうなんですね。気を付けます」
気絶はともかく、寿命となると……。
これはあとで皆に伝えておかないと、と詩夕は思う。
「それと、今の『勇者』スキルを過信し過ぎないようにね。効果はあるけど補正がないのは他のスキルと同じだからさ」
「大丈夫です。あってもなくても、僕たちがやる事に変わりはありませんから」
「うん。それじゃ今度こそ、またね~」
武技の神が出て行くのを見届けたあと、詩夕は一息吐く。
そうして未だ眠っている常水たちを順に見ていき、今度はホッと安堵の息を吐いた。
誰も死ななくて良かった、と。
そのまま眠る気にはなれず、詩夕は武技の神から聞いた話を頭の中で纏め、どう説明していくかを組み立てていく。
その中で、ふと思う事があった。
(……そういえば、神様は全て封印されているって話だったから、その封印が解けた……いや、誰かが解いたって事なのかな? もしそうなら、一体誰が……どんな人だろう)
丁度その時、別の場所では――。
(あっ、勇者君たちに、アキミチがこっちに居る事を伝え忘れてた。………………まぁ、良いか。いつか会うだろうし)
武技の神は、そのままビットル王国から出て行った。
これで別章は一旦終わります。
次からまたアキミチくんルートです。




