きっと心構えが出来ていたらやれるはず
「あっ!」
そろそろ獣人の国の王都に着きそうという時に、馬車の中でウルルさんが何かを思い出したかのような一言を上げ、そのあと面倒そうな表情を浮かべる。
魔族の国を発ってからこれまで、特に何もなくて油断していたところにコレである。
……いやまぁ、実際には野宿問題に対して、俺とアドルさんは再びインジャオさんに説教されたけど、他に大きな出来事はなかった。
順調に進んでいたのに、ここでウルルさんの何かを思い出したかのような反応。
嫌な予感。
もしかして、それがセミナスさんの言っていた、俺とセミナスさんが頑張らないといけない事だろうか?
固唾を呑んで、ウルルさんの言葉を待つ。
「そういえば、この時期って……武闘会なんじゃ?」
出来れば違っていて欲しいと思うワード。
いやいや、待て待て。
俺が考えているような武闘会じゃなく、舞踏会の方かもしれない。
発音のニュアンス的には武闘会だけど、決めつけるのはよくない。
「えっと、ウルルさん。それは……優雅に踊ったりする方の……」
「何言っているの、アキミチ。もちろん、戦う方のよ」
シュッ! シュッ! とウルルさんが拳を前に突き出す。
当たったら死にそうな凶悪な拳に見えたのは、黙っておこう。
しかし、やっぱり武闘会の方か。
それにウルルさんの口振りだと、定期的に行われているように聞こえる。
「……もしかしてですけど、そういう時期って事は?」
「えぇ、毎年行われているわ。獣人は基本的に実力至上主義だからね」
……脳筋って事かな?
「といっても武闘会の他にも、書仕会……書類仕事の速さや正確さを競ったり、球技会……ボールを使った色んな競技だったり、とどれも年一開催だけど、大体月に一回は何かしらの大会が行われて競い合っているかな」
……いや、脳筋って訳じゃなさそうな感じ。
そうだな。先入観を持って会うと色々誤解してこじれそうだから、行って見たまんま、感じたまんまに受け止めよう。
「それで、武闘会だと何か問題があるんですか?」
でないと、面倒そうな表情なんて浮かべないだろうし。
「……いや、まぁ、獣人って血の気が多いのが結構居るのは事実だし、数ある大会の中で一番盛り上がっているのが武闘会なのは間違いないんだけど……だからこそと言うか、その……終わるまで『EB同盟』に関する話は後回しになるかもしれないなぁ……と」
ウルルさんが、あはは、と笑う。
やっぱり脳筋……いやいや、駄目駄目。
先入観は捨てる。OK。
「そんな事起こるんですか? 『EB同盟』の件って、世界規模の話ですよね?」
「多分そうなる。獣王……あっ、獣人の国の国王の呼び方ね。今の獣王って、そんな性格しているから。もしかしたら、武闘会で勝利したら考えてやる、とか言うかも」
「あっ、そこは優勝じゃないんですね」
「それは難しいと思うよ。何しろ、武闘会は別名、獣人最強決定戦だからね。アドル様やインジャオでも優勝は難しいと思うな」
その言葉が聞こえていたのか、御者台の方から、そんな事ないぞー! と叫ぶ声が聞こえた気がする。
うん。今御者台に座っているのは、アドルさんとインジャオさん。
そう叫びたいのかもしれないけど、二人の事をよく知るウルルさんがそう言っているという事は、実際に優勝は難しいのだろう。
現実を見て下さい。アドルさん、インジャオさん。
「それにしても、そんな性格って……ウルルさんはその獣王に詳しいんですか?」
まぁ、同じ獣人だしね。
もしかしたら、獣人からすれば当然かもしれない。
ウルルさんが言いにくそうに言う。
「まぁ、アドル様とインジャオも知っているし、行けばわかる事だから……今教えても同じか。父なの。私の」
「………………誰が?」
「獣王」
………………。
………………。
つまり、ウルルさんは現王族、と。
「えっと、跪いたりした方が良いですか?」
「もしそうして欲しいと思っていたのなら、最初から言っているよ」
「ですよね。なら、アドルさんにも言いましたけど、これまで通りって事で」
「もちろん。あっ、もし獣王が何か言ってきても、気にしなくて良いから」
……何か言われるのかな?
「でも、ウルルさんは王族って事ですよね。なら、なんでメイドを?」
「あぁ、それは母が元メイドだから、私もやってみたくて。その研修先としてアドル様の国に行って……運命の出会いを」
ポッと頬を赤らめるウルルさん。
あぁ、はいはい。惚気ね。
獣人の国の王都に着くまで、インジャオさんとの惚気話を聞かされる。
エイトとワンは興味深そうに聞いていたけど、俺は途中から窓から景色を眺める事に専念した。
◇
獣人の国の王都も、当然高い壁に囲まれている。
魔物が居る世界って大変だな。
脅威に対する当然の対応って事か。
そんな事を思いつつ、特にとめられる事もなく……。
「ウルル様! 漸くお帰り!」
「この時期にお帰りという事は、武闘会に参加ですね! そうでなくてはウルル様ではありません! お待ちしておりました!」
馬車からウルルさんが顔を覗かせると、門に居た兵士たちが泣き出した。
ウルルさん、苦笑い。
もの凄く喜んでいますけど?
ウルルさんは、早く行って行って、とアドルさんとインジャオさんを急かす。
とめられる事なく、馬車は王都の中に。
王都内は普通の建物もあるが、木々が多い……かな?
それも若木だけじゃなく、立派な木もある。
特に、王城に隣接するようにある木はとても立派。
何しろ、高さが王城と同じくらいだ。
「凄い木ですね」
「あぁ、建国の頃よりある大樹、と言われているわ。本当かどうかはわからないけど、歴史があるのは間違いない」
異世界だし、「世界樹」と呼ばれる木かと思った。
そもそも「世界樹」があるかもわからないけど、とりあえず口に出さなくて正解だな。
「何か凄い効能とかあるんですか?」
ウルルさんは首を振る。
ただそこにあるだけの木、か。
でも、あれだけ大きくて長い歴史があるんだ……パワースポットなのは間違いない。
あとで両手で触れておこう。
それと気になるのは、王城から少し離れた場所にある巨大な円柱。
たくさんある窓というか、外側の模様というか、見た目で言えばまず間違いなく……コロッセオ?
それでも確認のために、指差しながらウルルさんに視線を向ける。
「ん? そうそう。あそこで……『闘技場』で色んな大会が行われているのよ」
「『闘技場』」
つまり、コロッセオって事ね。
「そう。門番が参加を待ち望んでいるようだったから、今は武闘会の開催準備をしていると思う」
ウルルさんの説明を聞きながら、セミナスさんに確認。
怖くて聞けなかったけど、やっぱり聞く。
あの、もしかしてだけど、俺とセミナスさんが頑張る事って……。
⦅はい。マスターが武闘会に参加する事になります⦆
ですよね。それしかないですよね。
いやだなぁ……でも、セミナスさんがやるしかないと判断したならやるしかないだろうし、心構えだけでも……。
本当に大変な事になってきたな、と思っている間に、馬車が王城に辿り着いた。




