別章 詩夕たちの覚醒
それは正に、死闘と呼ばれるような戦いだった。
しかしそれは、詩夕と常水側から見ればの話。
対する甲冑オークからしてみれば、終始余裕のなんて事はない戦い。
「グググ。思っていた以上には楽しめたぞ。だが、もう少し己の力量というモノを知っておくべきだったな」
甲冑オークが歪な笑みを浮かべ、その視線を掴み持ち上げているモノに向ける。
それは、首を掴まれ、体ごと持ち上げられている詩夕だった。
「くっ……はぁ……はぁ……」
既に息も絶え絶えではあるが、なんとか意識を保ち、詩夕は甲冑オークを睨んでいた。
使用していた長剣は剣身が真っ二つに折れ、墓標のように地に突き刺さっている。
また、常水の方も既に満身創痍であり、槍の穂先は甲冑オークに向けてはいるが、構えるだけで精一杯のように見えた。
「グググ。興味深い個体たちではあるが、未だ戦意を失っていない姿を見ていると、生かしておけば後々の憂いとなるかもしれんという予感を抱く。解析は死体を解剖してでも出来るだろうから、念のために殺しておくか。せめて、神が封印される前であれば、結果は違ったモノになったかもしれんな」
そう言って、甲冑オークが詩夕を掴む手にゆっくりと力を込めていく。
絞まっていく首に痛みが走り、詩夕が悔しそうな表情を浮かべた。
(くそ……こんなところで、終わりたくない……終わる訳にはいかない……皆と一緒に元の世界に帰って、心配しているだろう明道と会うんだ……それに)
詩夕の視界が少しずつ歪んでいく中、唐突に頭上から声が響く。
「お待たせ~! ちゃんと間に合ったよね? あれ? もしかしてギリギリだった? う~ん、予言のが伝えた時間ってアバウトだから、僕のせいじゃないし、そこは許して欲しいかな? 苦情は予言のに!」
声に反応して詩夕が頭上へと視線を向ければ、そこには、上から下まで真っ白と表現出来る少年が浮いていた。
ごめんね? と謝っているように見えなくもない。
(……誰、だ? ………………ここは危険って……教えないと……)
薄れていく意識の中で、詩夕が真っ白な少年の安否を心配していると、直ぐ近くから驚愕の声が上がる。
「ば、馬鹿な! その漂う雰囲気は間違えようもない! どうしてここに居る! 姿を現せる! 全て封印された『神』が何故居る!」
「何故と言われても現にここにいるし。それに、素直に教えるとでも思っているの? まぁ、そもそもの話。これから死ぬ君に教えても仕方ないというところかな?」
甲冑オークに向けて、にんまりと笑みを浮かべる真っ白な少年――武技の神は、詩夕に向けて強い視線を向け、大きく手を振り上げる。
「さぁ! 予言のに選ばれた、この世界を救うために召喚された勇者諸君! 目覚めの時だよ!」
武技の神の声は、詩夕だけではなく、常水、天乃、刀璃、咲穂、水連、樹にも届いていた。
だからこそ、詩夕たちの視線は戦場ではなく、武技の神へと向けられている。
「武技の解放とスキルの更新はしておいたよ。補正は相変わらずないけどね。でもこれで、召喚された先の神の許可がないと得られない『勇者』スキルを与える事は出来た! さぁ、もう感じているでしょ? 『勇者』スキルは、あるだけでも全然違う! 内から全身に駆け巡り出した力を」
その言葉の通りに、詩夕たちは体内から何か熱いモノが駆け巡り出したような感覚を得る。
突然の事に戸惑う詩夕たちだが、それじゃ駄目だよと、武技の神が更に声をかけた。
「駆け巡るモノに合わせて、自分を解放しなきゃ! でないと、ここで死んじゃうよ?」
その言葉がきっかけとなり、生への渇望を抱いた詩夕たちは、一気に熱いモノを体内全てに駆け巡らせる。
そして、詩夕たちと樹は、ファースリィルを救う「勇者」として覚醒した。
◇
武技の神の登場で動揺していた甲冑オークが、異変に気付く。
痛めつけられていた詩夕の体が、みるみる内に癒えていくのだ。
危機感を覚え、詩夕の首を絞めている手に力を更に込める。
「危険だ! 貴様からは危険な気配がする! このまま殺す!」
しかし、甲冑オークの目には、目を閉じた詩夕が笑みを浮かべているのが映った。
「……生き残るために、僕は力を振るう」
そう言って、開かれた詩夕の目は、髪色と同じく完全な金色の瞳へと変わっていた。
体内を駆け巡っていた熱いモノ――膨大な魔力が溢れ出す。
「やり方は自然と理解出来た。『流動なモノに形を与え 形に名を付け縛り 縛りを以って存在を確定する』」
「止めろ!」
甲冑オークが詩夕を掴んだまま殴りかかろうとするが、その前に完成する。
「『特殊武技・全属性剣魔法・炎』」
唱え終わるのと同時に、詩夕を掴み上げていた甲冑オークの腕が両断され、傷口から炎が揺らめく。
腕を両断したのは、詩夕が手に持つ「全てが炎で出来た剣」だった。
その炎の剣は、「剣術」に、「勇者」と「全属性魔法」が組み合わさる事で初めて発動出来る、武技の中でも「特殊」と呼ばれる武技によって作り出された剣で、切れ味や剣身の長さは込められた魔力量に比例している。
地に足を着けた詩夕は一気に駆け、そのまま炎の剣を甲冑オークの腹部へと突き刺す。
「ぐわあああああっ!」
甲冑オークの叫びと共に、刺された腹部から大きな炎が吹き上がる。
内部も焼けているのか、甲冑オークが激痛の叫びを更に上げている間に、詩夕は炎の剣を両手で持ち、更に魔力を込めて、片方は振り上げ、片方は振り下ろす。
両手に炎の剣が握られており、甲冑オークは縦に両断され、それ以上何かを言う事なく絶命した。
それでも、詩夕は止まらない。
「『風』」
詩夕の両手にある炎の剣が、形状と性質を「風」へと変化する。
剣身は剣の形を取りつつも、風の渦を巻いているかのようになっていた。
更に魔力を込め、剣身を更に伸ばす。
「はあああああっ!」
かけ声と共に詩夕が両手の風の剣を振るえば、二つの巨大な竜巻が発生し、魔物たちを斬り裂きながら蹂躙していった。
「勇者」としての覚醒は詩夕だけではなく、他の六人にも起こっている。
「『それは猛威であり脅威 超越種にして絶対種の姿を模し 残るのは灰塵のみ』
完全に青い瞳となった常水が持つ、槍の先が水に包まれる。
「『特殊武技・水龍乱舞撃』」
それは、「槍術」に、「勇者」と「水属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
常水が槍を振るうたびに、その穂先から水龍が飛び出し続け、周囲の魔物たちを食らいながら蹂躙していく。
その姿は、まるで舞っているかのようであった。
「『眼前に遮るモノ無く 周囲に隔てるモノ無く 粛々と全てを飲み消し去る』」
完全に真っ黒な瞳となった天乃が杖を使って、地面をトントンと叩き出す。
「『特殊武技・万物を飲むモノ』」
それは、「杖術」に、「勇者」と「闇属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
天乃が杖を叩くたびに黒い波紋が地表に生まれ、それは次第に周囲一帯を黒く染め上げると、その範囲の魔物を全て沈め飲み込んでいく。
「『定めすらも分け 一刀の下に全てを断ち切る この身は迷い無く振るう刃』」
完全に銀色の瞳となった刀璃が刀を鞘に納め、構えを取る。
「『特殊武技・断絶一刀』」
それは、「刀術」に、「勇者」と「時属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
鞘から刀を抜き、描かれる一筋の線。
その線より向こうに居た魔物たちは、その全てが上半身と下半身を分かつ事になった。
「『触れる事叶わず 避ける事能わず 幾重の矢で貫かれて逝ね』
完全に緑色の瞳へとなった咲穂が、駆けていた足を止め、矢のない弓を空に向けて引き絞る。
「『特殊武技・風嵐矢』」
それは、「弓術」に、「勇者」と「風属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
咲穂が引き絞った弦を放すと同時に、空に向かって風が舞い上がる。
その風は空中で幾重もの風の刃となり、弾かれたように広範囲に散らばって、魔物たちを次々と殺傷していく。
「『一方には痛みを 一方には癒しを 相反する矛盾した行い』
完全に水色の瞳になった水連が、杖を空に向けて掲げる。
「『特殊武技・断罪と慈悲の雨』」
それは、「杖術」に、「勇者」と「水属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
発動と共に、杖の先から光が空へと走り、戦場一帯に一時の雨が降る。
その雨は普通の雨ではなく、大魔王軍側が触れれば火傷を負わせ、ビットル王国軍側には傷が癒される効果があった。
「『大地に刻まれる歩み 歩みとは己の記憶 記憶を写す鏡は大地』」
完全に茶色の瞳となった樹が、両手を大地に張り付ける。
「『特殊武技・自分を形作るは大地』」
それは、「拳術」に、「勇者」と「土属性魔法」が組み合わさる事によって発動する特殊武技。
発動すると同時に、樹の周囲一帯にある大地の一部が次々と盛り上がり、それが樹と全く同じ外見へと形作っていく。
樹を模した土人形の数は数十体にも及び、樹本人が行動を起こすと同時に、それぞれが近くの魔物に向けて襲いかかっていく。
そして、この「勇者」として覚醒した詩夕たちと樹の特殊武技によって、戦局は一気にビットル王国軍側へと傾く。
詩夕によって、指揮官である甲冑オークが屠られたのも大きいだろう。
混乱し出した大魔王軍は既に魔物の集団でしかなく、武技が使用可能になっていくビットル王国軍の敵ではなかった。
しかし、詩夕たちは特殊武技を放って少しすれば、次々と気を失っていく。
消耗した状態で放ったために限界が来たのだ。
最後まで起きていた樹がそれに気付き、土人形を使って詩夕たちを回収して安全地帯まで下がると、樹も同じように気絶した。