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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第一章 始まりの始まり
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別章 詩夕たちの戦い

 そして、大魔王軍との戦が始まる。

 大魔王軍の数は、約三千。

 対して、迎え撃つビットル王国軍の数は、詩夕たちも含めて約一万。


 三倍以上の数となっているのには、もちろん理由がある。

 これ以上の侵攻を許さない、必ず阻止する、という気概の表れだけでなく、実際にまともにやり合おうとすれば、三倍以上の数が必要なのだ。


 何しろ、人と魔物では基礎的な強さが大きく違っている。

 冒険者と呼ばれる者たちが、パーティを組んでいるのが良い例だろう。

 人は集、魔物は個。

 もちろん、人の中にも単体で魔物を蹂躙出来るだけの特出した個は存在しているが、それは僅かな数であり、基本的、平均的に見れば、単体では魔物の方が圧倒的に強かった。


 故に、勝つためには数が必要なのである。


 これが、詩夕たちが最初に体験する大きな戦いであり、最初の運命の分かれ道。

 奇しくも、詩夕たちが大魔王軍と対峙した日は、明道がミノタウロスを倒した日の明朝であった。


     ◇


 大陸東部の守護の要、ビットル王国の王都の外にある平原。

 そこに戦闘準備の終えた騎士と兵士たちが隊列を組んでいく。


 同様に、詩夕たちも戦闘準備は終えている。

 詩夕、常水、樹、刀璃は、動きを阻害しない程度の軽装で、天乃、咲穂、水連はローブを纏い、それぞれ得たスキルと同じ武具を持っていた。


 その詩夕たちは、騎士団長であるステーナーと行動を共にしていたが、騎士と兵士たちの隊列が組み終わるのと同時に尋ねる。


「えっと、僕たちはどこにも組まれていないんですが?」

「シユウたちは元々どこにも組み込んでいない。確かに、所持スキルに見合った力は得た。しかし、シユウたちは己の力を高める事に集中していたため、一軍を率いる術は身に付けていない」


 確かに、と詩夕たちは揃って頷く。


「なので、今後はわからないが、今回は遊撃として動いて欲しい。下手に組み込むよりは、個々の判断で動いて貰った方が良さそうだしな」

「わかりました。一応、自分たちで出来る範囲で状況を見て動いてみますので、もし向かって欲しい場所があれば、遠慮なく指示して下さい。僕たちが素人なのは変わりませんし」

「えぇ、もしもの時は頼りにさせて頂きます」


 詩夕たちからしてみれば、いきなり一軍を任せられても困るので、普通に助かっていた。

 ホッと安堵していると、距離を開けて対峙するように大魔王軍が現れる。


 よーいドン! の合図などは一切ない。

 互いの姿が見えた時が始まりなのだ。


 警戒と士気を促すように、ビットル王国軍側から銅鑼が鳴り響き、平原に地響きが起こる。

 ビットル王国軍、大魔王軍、共に動き出してぶつかり合ったのだ。

 大魔王軍は多種多様な魔物で構成されており、ビットル王国軍もまた、エルフやドワーフ、獣人が交じっている。


 己の特性を生かしてなのか、エルフは弓や魔法による遠距離、ドワーフは頑強な鎧と槌で超近距離、獣人はそれぞれ獣の特性を生かした近・中距離が多かった。

 また、ビットル王国軍自体は、これまで何度も大魔王軍を撃退しているという事もあり、数の力の使い方が非常に上手い。

 戦いが始まったばかりで体力に余裕があるという事もあり、危な気なく戦っていた。


 もちろん、それは詩夕たちも。


「……ふっ」


 短い呼吸のあとに、詩夕が手に持つ剣を振るって、相対していた魔物の首を斬り飛ばす。

 補正はないが、詩夕は「剣術」を見事に使いこなせていた。

 異世界に召喚されてからの鍛錬を、如何に真面目に行っていたのかが見てわかるほどだ。

 それは、詩夕だけではない。


「はあああああっ!」


 気合の込められたかけ声を出し、常水が槍の突きをいくつも放つ。

 その狙いは正確であり、周囲に居た魔物たちの急所を全て貫いていた。


「『魔力を糧に 我願うは 破壊を形にはめた塊 黒玉ブラックボール』」


 詠唱と共に、天乃の周囲に黒い玉がいくつも生み出され、周囲の魔物に向けて放たれる。

 全ての黒い玉を操り、追い払う攻撃すら回避して次々と魔物に命中していき、無視出来ないダメージを負わせていく。


「……」


 刀璃が素早く戦場を駆ける。

 その手には刀が握られ、魔物とすれ違うと同時に、全てを一刀で切り裂いていた。


「やっ! はっ! とっ!」


 咲穂は一ヶ所に留まらず、場所を次々と変えながら弓を構えて矢を放っていく。

 弓を構えるのは一瞬でしかないが、狙いは精密であり、魔物の頭部へ百発百中を誇っていた。


「『魔力を糧に 我が願うは 流動の貫く矛 水槍アクアニードル


 水連が唱えると同時に、いくつもの水で形作られた槍が飛ぶ。

 その槍は魔物を貫いただけでは止まらず、次の標的を見つけては、怯む事なく襲いかかっていった。


「はぁ!」


 樹が力を込めた拳を放つ。

 殴られた魔物は、そのまま多くの魔物を巻き込んで吹き飛んでいく。


 樹を含む詩夕たちの全員が、既に平均を大きく越えた強さを得ていた。

 また、ビットル王国軍の多くは詩夕たちと共に鍛錬をしていたというのもあり、その姿を見て大いに沸き、士気が高まるという副次的な効果も起こっている。


 詩夕たちが召喚されてからの僅かな期間でこれだけの強さを得る事が出来たのは、召喚者である事や戦闘向きスキルの豊富さというのもあるが、ビットル王国軍の指導が良かったという部分も大きい。

 これまで大魔王軍の侵攻を防いできたビットル王国軍が弱い訳もなく、騎士団長のステーナーを筆頭にして、現在の詩夕たちよりも強い者は存在しており、指導のレベルも高いのだ。


 だが、未だ大魔王軍が存在している以上、それは裏を返せば、それでも足りない、という事である。

 大魔王軍は、脅威そのものなのだ。


 数十分か、数時間か、どれほど戦ったのか時間の感覚がわからなくなった頃、均衡は崩れ始めていた。


「……どうやら、考えていた以上のようだね」

「そうだな。統率されている……それが、これほどまでに厄介だとは」


 詩夕と常水が、背中合わせで身構えながら言う。

 その言葉の通り、大魔王軍は統率された軍隊として動いていた。

 個として人より強く、それが指揮の下で集団戦闘を行っているのだから、危険極まりないのは間違いない。


 この世界で生きている者にとっては周知の事実であり、詩夕たちもこの戦いの中でそれを肌で感じ取っていた。


 けれど、だからこそ、何を狙えば良いのかもわかる。


「……アレだな」

「あぁ、間違いない」


 詩夕と樹の視線の先に居たのは、黒い甲冑に身を包んで長く大きな槍を持ち、他のよりも一回りも大きい豚型の魔物、オークだった。

 その甲冑オークが、声を発して周囲の魔物たちへ指示を飛ばしている。


「「あれが指揮官だ」」


 自分たちが今狙うべき敵を定めた。

 何より、自分たちが指揮官である甲冑オークに一番近かったというのもある。


「皆っ!」


 詩夕が呼ぶと同時に、視線で甲冑オークを示す。

 女性陣と樹は、それだけで意図を理解し、それぞれが行動へと移る。


「私たちが道を開ける!」


 天乃、咲穂、水連による、魔法と矢の連撃によって、甲冑オークに辿り着くまでに居る魔物が一掃され、一本の道が出来上がる。


「詩夕、常水! 行くぞ!」

「離れず付いて来い!」


 行かせはしないと当然のように魔物が次々と雪崩れ込んで来るが、刀璃と樹がその露払いを行い、詩夕と常水を甲冑オークの下へと連れて行く。


 仲間達の協力によって詩夕と常水が甲冑オークと対峙するが、当の甲冑オークは詩夕と常水の姿を見て、不敵な笑みを浮かべた。




「ほぅ。私が想定していたよりも早い遭遇とは。優秀な個体のようで楽しみだ」


 詩夕と常水は、まさか言葉を発するとは、と驚きを露わにする。

 けれど、今ここは戦場であり、命のやり取りが行われている場所だと、驚きは直ぐに捨てた。

 詩夕と常水は油断なく武器を構え、一瞬だけ視線を合わせてアイコンタクト。


 詩夕は左から、常水は右から襲いかかるが、甲冑オークは愉快そうに笑みを浮かべたまま。

 武器のリーチにより、常水の槍により連続突きが先に甲冑オークへと迫る。

 しかし、甲冑オークは連続突きを見切り、迫る槍を余裕で掴みとめた。


「くっ!」


 常水が槍を引き抜こうとするが、びくともしない。

 その間に詩夕が一気に突っ込んで甲冑オークの腹部に向けて長剣を振るうが、甲冑オークはその動きを読み、空いている手を差し向けて止めようとする。

 だが、詩夕の剣速は鋭く、止めようとした手からいくつか指を斬り裂き飛ばす。


「ほおっ!」


 甲冑オークが宙を舞う自身の指を見て感嘆するような声を上げている間に、詩夕は地を蹴って飛び上がり、頭部に狙いを定めて長剣を振り下ろすが、その前に甲冑オークが傷付いた手で詩夕の腹部を殴り飛ばす。

 その動作で槍に込められていた力が抜け、常水が渾身の力で槍を引き抜くのと同時に後方へと駆け、飛ばされた詩夕を抱き止める。


「すまない」

「いや、それはこちらもだ」


 詩夕は殴られた腹部を確認しながら、常水に離して貰って地に足を付ける。

 痛みは走るが、咄嗟に長剣の柄を間に挟んでいたので致命傷にはなっていない。


「それにしても……まいったね、これは」

「あぁ、全くだ」


 笑みを浮かべる詩夕と常水だが、状況は良くない。

 何しろ、詩夕と常水は既に現段階の全力に近いのに対して、甲冑オークの方は明らかに余力を残しているのだ。

 だが、天乃たちやビットル王国軍は周囲の魔物の相手で手一杯のため、援軍に割ける戦力はない。

 詩夕たちとビットル王国軍は、劣勢に立たされていると言っても良いだろう。


「グググ」


 甲冑オークが斬り飛ばされた指を拾い上げながら、気持ち悪い笑い声を上げる。


「中々興味深い個体たちだ。それなりのスキルを持っていそうなのだが、どうにも動きが素人臭く、どう見繕っても洗練さが足りない。操作系スキル保持者が身の丈に合わぬモノを手に入れて、漸く扱い慣れてきたような印象を受ける」


 それは、言われなくても詩夕たち自身が現在感じている事だった。

 スキルを得てそれなりに扱えるようにはなったが、まだまだ使いこなせているとは言えないのが現状である。

 故に、甲冑オークは興味をそそられた。


「グググ。気になるな。他にも似たようなのが居るが、一体どのようにして力を得たのか」


 そう言いながら、甲冑オークは手にした指を口の中に放り込んで咀嚼する。

 グニュ、ゴキ……と、肉の裂ける音と骨が砕ける音、ゴクッと飲み込む音が響くと、甲冑オークの斬れた指が再び生えてきた。


「……実際にそういうのを目の当たりにすると、グロいね」

「そうだな。出来れば二度と見たくない」


 そう言いながらも、詩夕と常水はゆっくりと構えを取る。


「とりあえず、当分の間は援護も見込めないし、僕たちだけでアレの相手か」

「最低でも足止めが出来れば充分だが……何だ? 詩夕にしては随分と自信がないな」

「まぁ、ね……正直に言えば、恐怖を感じているのかもしれない」

「……確かにアレは強い。だが、現に俺たちはこうして生きている。まだ生き残っているんだ。なら、諦めるな」

「安心してよ。諦める気は、毛頭ないから。……僕は全てを斬り伏せる! 行くよ、常水!」

「あぁ、行こう、詩夕! 俺が全て貫き穿つ!」


 戦意を滾らせ、詩夕と常水が甲冑オークへと向かう。

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