別章 親友たちと教師
ここから四話、親友たちの話に入ります。
時は少し遡り、場所は別のところへと移る。
そこは、大陸東部にある国――ビットル王国。
上大陸から侵攻してくる大魔王軍を迎え撃っている国であり、この世界における三大国家の一つである。
ビットル王国の王都の中央にある巨大で古風な王城。
その王城の廊下を、仕立ての良い服にマントを羽織った四十代の男性が駆けていく。
目的地である部屋の前に辿り着くと、呼吸を整えるように大きく息を吐いた。
部屋の扉を守護するように立っていた二人の兵士の内の一人が、その四十代の男性に声をかける。
「ステーナー騎士団長。どうかされましたか?」
「ベオルア陛下にお目通りをお願いする。至急、報告しなければならないのだ」
四十代の男性――ステーナーの言葉を受けた兵士が室内に入り、僅かな時間ののち、扉が大きく開かれた。
入室の許可が下りたのだと判断したステーナーが入る。
室内に居たのは、豪華な椅子に腰を下ろしている老齢の男性とその傍に控える老齢の執事に、思い思いに座っていたり立っていたりしている八人の男女。
四十代の男性は一瞬だけ八人の男女に視線を向け、好都合だと判断したあと、老齢の男性に向けて、手を胸に当て頭を垂れて臣下の礼を取る。
「至急という事らしいが、一体どうしたのだ? ステーナー騎士団長」
「はっ。ベオルア陛下。国境の見張りからの報告により、大魔王軍の侵攻が確認されました」
「……数は?」
「およそ三千との報告です。また、将軍クラスと思われる魔物の姿も確認されています」
「将軍クラスまでもか。本格的な侵攻ではないだろうが、その先端の可能性は高いな」
「はい。恐らく、この侵攻を許してしまいますと、大魔王軍が一気に雪崩れ込んでくると思われます。逆に、この侵攻をとめさえすれば」
「再び一時の小康状態に戻るか」
そう締めると、老齢の男性――ベオルアは沈黙して考え込む。
ベオルアはこの国、ビットル王国の王である。
王らしく仕立ての良い服を身に纏い、白髪に深い皺が刻まれていてもわかる精悍な顔付き。
しかし、今は更に皺を刻んで考え込む。
侵入してきた大魔王軍を迎え撃つのは当然のため、考え込んでいるのは別の事である。
答えを求めるように、ベオルアは対面に座る女性に視線を向けた。
「……フィライア」
「はい」
対面に座る女性――フィライアは笑みを浮かべて返事をする。
フィライアはベオルアの孫娘である。つまり、ビットル王国の姫だ。
ベオルアと同等の質の女性用衣服を身に纏い、金髪に美姫と呼んでも差し支えないほどに整っている顔立ちを持つ、十代後半の女性である。
「いけるのか?」
「初陣をかざる力を得ていると、私は思います。ですが、それを決めるのは私ではありません」
否定するように頭部を左右に振り、フィライアは窓際に立つ男性に視線を向ける。
ベオルアも追うように視線を向けた。
双方から視線を向けられた男性は、柔和な笑みを浮かべる。
「僕たちの方は問題ありません。そのために、これまで鍛えてきましたから」
柔和な笑みの男性――明道の親友たちの一人、詩夕の目には確かな戦意が宿っていた。
◇
数か月前、明道の親友たちは、異世界「ファースリィル」に召喚された。
召喚された場所は、王城に隣接されている祭儀場。
出迎えたのは、フィライアと多くの神官。
詩夕たちはフィライアの案内で謁見の間に行き、そこでベオルアから謝罪を受け、この世界の情勢を知る。
また、この召喚は予言の神によって定められた時に行われ、召喚された詩夕たちはこの世界を救う勇者である事も告げられた。
最初は疑いを持って接していたが、ベオルアとフィライア、その他の者たちの真摯な態度と言葉から、詩夕たちは疑う事をやめる。
普段から目立っていたために、邪な視線や上っ面な言葉を受けていた経験があったからこそ、告げられる内容は真実であると判断して、ベオルアとフィライアたちを信じる事に決めたのだ。
真実を述べてくれるからこそ、詩夕たちは一番聞かなければならない事を尋ねる。
――元の世界に戻る事が出来るのかどうか、を。
両親の事もそうだが、直前だった事もあり、今は元の世界に残されているだろう明道の事が気がかりだった。
ベオルアとフィライアによって、答えは直ぐに告げられる。
今回の召喚はこれまでに色々と準備を整えたからこそだが、その準備の中で最大の割合を占めているのは、召喚の神の力だった。
事前にその力を受け取っていたからこそ、成功したと言っても良い。
その力は既に使い切ってしまったので、帰還のためには封印されている召喚の神の解放が必須である事。
また、召喚の神であれば、召喚された時間に送り帰す事も可能かもしれない事を教えられる。
不可能でないのなら。
元の世界だけでなく、時間も戻れるのなら。
動くには、それだけで充分だった。
詩夕たちは、この世界で生き抜いて元の世界に帰るために、自らを鍛え上げていく。
けれど、当初はやはり、明道と同様に生き物の命を奪うという行為に耐えるのが難しく、精神がまいっていてもおかしくはなかった。
ビットル王国の全面的協力があったからというのもあるが、それでも乗り越えて一角の強さを得たのには、二つの要因が大きい。
まず一つは、召喚された際に得たスキルにある。
詩夕たちが共通して得たのは、「異世界言語理解(共通語)」、「身体能力補正(大)」、「健康体」、「状態異常耐性」、「精神耐性」、「魔力伝達体質」、「気配察知・探知」。
この中の「魔力伝達体質」によって、魔法があるこの世界で戦える力を得たのだ。
「魔力伝達体質」とは、体内に豊富な魔力が巡るようになり、魔法に対する扱いが長けるようになるというモノである。
ただし、巡る魔力量によっては、身体に変化が現れる事もあった。
現に、詩夕たちの身体の一部は、このスキルで魔力を得た事によって変化している。
火実 詩夕
優しい眼差しと整った顔立ちに、スラリとした身体付きで、性格良好、成績優秀、運動神経抜群の三拍子が揃った、正に物語の主役のような男性。
元々は黒髪であったが、今は金色に変化。
個別に得たスキルは、「剣術」と「全属性魔法」。
杯 常水
短髪に精悍な顔付き、鍛え上げられた身体を持ち、焼けた肌が健康的で非常に良く似合い、誰からも頼りにされる男性。水連の双子の兄。
元々は黒髪であったが、今は青色に変化。
個別に得たスキルは、「槍術」と「水属性魔法」。
舞空 天乃
ふわふわの長髪に、目尻が下がった可愛らしい顔立ちで、基本的に誰にでも分け隔てる事なく接する事が出来る女性。
元々は茶色っぽかった髪であったが、今は真っ黒に変化。
個別に得たスキルは、「杖術」と「闇属性魔法」。
神無地 刀璃
女性らしい短髪と、目尻が上がって非常に凛々しい顔立ちに、スレンダーな体型というか引き締まった身体を持つ、どちらかと言えば強気な女性。
元々は黒髪であったが、今は銀色に変化。
個別に得たスキルは、「刀術」と「時属性魔法」。
風祭 咲穂
くせっ毛の短髪に、童顔で背も低く、コミュニケーション能力が非常に高いが、見た目はどうしても十二歳くらいにしか見えない事が悩みの女性。
元々は黒髪であったが、今は緑色に変化。
個別に得たスキルは、「弓術」と「風属性魔法」に「火属性魔法」。
杯 水連
ストレートの長髪に、人形のように整った顔立ちで、どちらかと言えばインドア派であるため、少々痩せ気味の女性。常水の双子の妹。
元々は黒髪であったが、今は水色に変化。
個別に得たスキルは、「杖術」と「水属性魔法」に「時属性魔法」。
という風に、詩夕たちの髪色が変化していた。
体がこの世界に馴染んだ、と言い換えても良いだろう。
そして、もう一つの要因。
それは、詩夕たちとは別の召喚者――詩夕たちが召喚された際に、同じ教室に居た教師である。
土門 樹
短髪の男臭い顔立ちに、筋肉盛り盛りの面倒見の良い体育教師だが、重度のオタクなのを秘密にしている男性。
元々は黒髪であったが、今は輝く茶色に変化。
個別に得たスキルは、「拳術」と「土属性魔法」。
この教師――樹が、まいりそうな詩夕たちに、こう言葉をかけた。
「今のお前たちでは無理だ。もう戦わずに休め。あとの事は俺に任せろ」
「……土門先生は、平気なんですか?」
「別に平気という訳ではない。いや、一生慣れないかもしれない。だが、俺は大人だからな。割り切る事が出来る」
「……割り切って、いるんですか? ……出来るんですか、そんな事が」
「出来るさ。俺にとって迎えてはいけない最悪な出来事なのは、お前たちの誰かが死ぬ事だ。それを迎えないために必要な事は、何でもやるつもりだし、手を血で染める覚悟もある」
「……覚悟」
「それでも、自分の足で立って歩きたいと言うのなら、俺はこう尋ねよう。……お前達にとって、最悪な出来事とは何だ?」
この問いかけが、立ち直るきっかけとなった。
詩夕たちはファースリィルで生き抜く覚悟を固め、心の強さを得る。
目的は、元の世界に帰るため。明道に再び会うために。
この出来事によって、樹は頼れる大人として詩夕たちの精神的支柱になった。
そして、最も影響を受けたのはフィライアである。
樹のこの立ち振る舞いに惚れた。
「お慕い申しております……樹様」
「え? いや、ちょっと待って」
ちなみに、ファースリィルでの成人は十五歳であり、フィライアは丁度十五歳を迎えたばかりである。
なので、ファースリィル的にはどこにも問題はなかった。
「「「「「「……ロリコン先生。近付かないで下さい」」」」」」
「いや、お前たちもちょっと待って! そんな冷たい目で見ないで! 今回の事で絆が深まったんじゃないの!」
フィライアからの猛アタックが始まり、困惑する樹であった。




