ミノタウロスとの戦い
「グオオオオオッ!」
ミノタウロスが叫びながら、斧を振り下ろしてくる。
俺は焦らず冷静に、体の半分くらいが隠れそうな大きな盾を両手で構えて、受け止めた。
衝撃で体ごと吹き飛びそうになるが、その前に自らも後方へと跳ぶ事で威力を緩和させる。
この技術は、インジャオさんに教わった。
いや、これまでのインジャオさんとの鍛錬がなければ、こうして動く事も出来なかったと思うので、心の中で感謝しておく。
それでもかなり跳ばされるが、俺は直ぐに盾を構え直す。
「おいおい、そんなモノか? ミノタウロスってのも大した事ないな!」
「グワオオオッ!」
俺の安い挑発にのって、ミノタウロスが激昂する。
言葉が通じているとは思えないので、多分雰囲気的に察したんだと思う。
先程の衝撃によって若干痺れる両手で、盾の持ち手をしっかりと握り締め、ミノタウロスの攻撃の瞬間を見極める。
横薙ぎに振るわれる斧を受け止め、そのまま弾き飛ばされた。
即座に立て直し、もう一度……何度でも来い! と盾を構える。
この作戦は簡単だ。
逃げ回るのではなく、動かず、ミノタウロスの攻撃を耐えて、耐えて、耐え続けて、体力を削るのと同時に、攻撃手段を奪っていくつもりである。
要は、俺の根気次第。
力が足りないなら、根性である。
最初に狙うのは、斧。
俺を簡単に両断出来そうな斧を、強固な盾で受け続け、最終的に破壊する事が今の目的だ。
いや、だって、リーチあるし……一発アウトだし……最も危険だからね。
ちなみに、この強固な盾の提供は、もちろんアドルさん達である。
持っている盾の中で、一番固いのを貸して貰った。
というか、他にも色々、物語の終盤とかに手に入りそうな一級品の武具が用意されている。
くれは……しないと思う。
一応、この盾もインジャオさんが使用する時用なので。
………………。
………………お願いしたらくれないかな?
………………いやいや、待て待て。
よく考えろ、俺。
こんな大きな盾、持って歩くだけで疲れる事間違いなし。
こうして移動の必要がない場面であれば問題無いけど、普段から持ち歩いていたくない。
………………やっぱ返そう。
そもそも、この戦いで壊れるかもしれないし、そうなったら弁償案件だ。
………………持ち合わせありません。
居るかどうかわからないが、奴隷に向かってまっしぐらである。
……よし、壊さないように気を付けよう。
「グワアアアッ!」
ミノタウロスの叫び声で思考が戻り、迫る斧をギリギリで防いで飛ばされる。
今のは危なかった。
集中……集中……。
余計な事を考えないようにし、今だけはこの戦いに集中していく……。
そして、斧の破壊だけを目的に行動する。
耐久度は盾の方が高そうなので、俺がミスして一発アウトしなければ、先に壊れるのは斧の方だろう。
ただ、最初の作戦のように、体力はミノタウロスの方が圧倒的に上なのだ。
アドルさんたちの指示で、ほんの僅かでも危険を感じたり、盾を持つ両手に不安を覚えたら戻って来いと言われているので、適度に戻って休憩を挟んでいく。
休憩時間は、インジャオさんが汗を拭いてくれたり、ウルルさんがマッサージしてくれたりと、至れり尽くせりである。
……あぁ、駄目になりそう。
「……昇天しそうな顔だな」
アドルさんからの呆れた目を受け流しつつ、中に液体の入った小瓶を手渡される。
「これは?」
「回復薬だ。傷はもちろんだが、体力も若干回復するから飲んでおけ」
「ありがとう」
感謝の言葉を述べ、一気に煽る。
………………。
「……ほんのり甘くて美味しい」
例えるなら、牛乳っぽい。
「何だ? 不満気な表情だが、不味いとでも思っていたのか?」
「いやだって、こういうのは不味いのが基本でしょ? 傷を回復出来るのは良いが、不味いのだけが難点だ、とか何とか言っていて、そこを俺や親友達がババ~ン! と美味しい回復薬を作る……という感じになるんじゃないの?」
「何を期待していたのかは知らないが、よく考えてみろ。この世界は大魔王軍によって危機的状況なんだぞ。不味い回復薬なんか使用して、士気が下がったら目も当てられない」
……言われてみれば、その通りだ。
何事も美味しいに越した事はないという事だな。
というか、美味しいからこそ、こうして安らかな休憩が取れる訳で………………美味しい回復薬を作った人に感謝しておこう。
これで頑張れます、と。
「ちなみに、先ほど渡した『ミルク味』の他にも、『リンゴ味』と『オレンジ味』があるから、好きなのを選べば良い。ちなみに、『イチゴ味』や『マスカット味』も存在はしているが、今は時期的に手に入らないから諦めろ」
ジュースかっ!
いや、確かにそんな感じだったけど。
この世界はこんな感じなのだと思う事にして、考える事を放棄した。
とりあえず、今はミノタウロスに集中である。
そうして、何度も何度も挑み、何度も休憩を取りながらも、決して諦めずに挑んでいく。
陽が落ち、夜になろうとも、やる事は変わらない。
もう何度目か数えるにも億劫になった頃、ミノタウロスにも疲れが見え始め、動きも悪くなっていく。
そんな状態では満足に斧を振るう事も出来なくなり、雑な大振りが振るわれた瞬間、俺は力を振り絞って盾を前に出す。
盾と斧がぶつかる。
バキィンッ! という音と共に……斧が砕けた。
「グオッ!」
ミノタウロスが焦りと驚きの声を上げるが、俺は喜びそうな心を必死に抑えて集中する。
まだ武器しか破壊していない。
あっちも疲れてはいるが、それは俺も同様。
寧ろ、俺の方が疲れているだろうし、身体能力の差は変わらないのだ。
だからこそ、集中を切らしちゃいけない。
「グオオオオオオオオオオッ!」
ミノタウロスが怒りの咆哮と共に襲いかかってくる。
ただし、武器はなくなったので、肉体による乱打だ。
それでも、俺のやる事は変わらない。
地力じゃ勝てないし、装備品頼りの戦いだけど、今度はその肉体を破壊してやる!
そして、ミノタウロスの両手足から血が滴り落ちるようになったのは、陽が昇り始める頃だった。
「はぁー……はぁー……はぁー……」
ただ、俺も既に限界が近く、荒い呼吸が一向に落ち着かない。
「良いか。アキミチは既に限界が近い。動けている方が不思議なくらいに」
「期限は昼までと曖昧ですし、決めるなら、次という訳ですね」
「もうひと踏ん張りですよ。頑張って下さい」
アドルさん達の言葉に答える余力も無い。
今は力を少しでも取り戻すため、体を休ませないと。
「良いか? 聞いた限りだと、ミノタウロスの方も満身創痍なのは間違いない。決めるなら一撃……頭部を狙え。ただ、体格が違い過ぎるから」
「策を授けます」
そうして、アドルさんとインジャオさんから策を貰い、ある程度動けるようになった事を確認すると、再度神殿地下へと向かう。
今度は、盾だけではなく、長剣を腰に下げて。
そして、ミノタウロスと最後の対峙。
俺が死ぬか、ミノタウロスが死ぬか、そのどちらかである。
「いくぞっ!」
「グオオオオオッ!」
俺のかけ声に、ミノタウロスが反応して襲いかかってきた。
向こうも思うところがあるのか、最初から全開で俺を殺しにきている。
既に傷付いている両手足が更に傷付こうが、お構いなしだ。
それでも俺は耐える……その時が来るまで。
一体どれ程の時間が経ったのかわからない。
数秒か……数分か……数時間か……。
それでも、俺は耐え続けた。
そして、その時が来る。
「グゥッ!」
傷付いた両手足からの痛みによって、ミノタウロスが少し怯む。
そこを狙って、俺は盾を大きく振り上げ、一気に振り下ろす。
振り下ろした場所は、ミノタウロスの足先。
そこに盾が突き刺さる。
身を裂く痛みに、ミノタウロスが片膝をついた。
なけなしの力をそこで振り絞る。
突き刺さった盾を足場にしてミノタウロスの頭上へと飛び上がり、鞘から長剣を抜いて両手で持つ。
そのままミノタウロスの頭部へ、思いっ切り突き刺した。
「ギャグワアアアアアッ!」
断末魔のような叫び声を上げて、ミノタウロスが暴れながら前のめりに倒れる。
その際に拳が当たり、俺は壁まで吹っ飛ばされた。
……まだだ……気を失うな。
痛む体を我慢して、壁を支えにゆっくりと起き上がる。
閉じそうになる目に力を入れて開き、ミノタウロスへと視線を向けた。
「………………」
……ミノタウロスは全く動かない。
ゆっくりと近付き、体を揺すって起きないかを確認した。
………………。
反応がない。既に事切れている。
沸々と、勝利を実感していく。
「……う……うおおおおおっ!」
俺は勝利の雄叫びを上げた。
「すいませ~ん! 何か上が重くて出られないんだけど! 誰か居るなら手伝ってくれない?」
声が聞こえた方へと視線を向ければ、ミノタウロスの下から人の手が出ていた。




