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失われた蒼  作者: すもも
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ふたつめの遺体

人ひとり死んでなにが変わったかといえば仕事が増えた。海の見回りは夜中だけでなく昼夜問わず行われるようになったし、人数も増やされた。遺体の身元から交際関係、家族関係、職場と全てを当たったが空振り。誰に聞いても大人しい子だったと言う、誰かに怨みを買うような子ではないと。


というか怨まれる以前の問題。彼女の生活は職場と自宅の往復。恋人どころか親しい友人すらいない。結果。特定の人物を狙った犯行ではないということだ。それがどれほど怖いことか。つい3年前に猟奇的殺人が起こったばかりのこの町。犯人は捕まったが、似たような事件を起すやつが出てこないとは限らない。住民は恐怖し、警備が厳重になる。せっかくそろそろ忘れてきたころだというのに。紫煙を吐き出しながらため息を吐く。


「海藤少佐、サボってないで見てくださいよ」


隣に歩くのは毎度のこと大野だ。俺たちはふたり揃って外灯がぽつぽつと照らすだけのドブ海でデート中。夜の見回りは3ペアいて、町を巡回する。海だけでなく他の場所まで見なくてはいけなくなった。面倒。以前だったらひとり座ってれば大野が見てくれたのに。なにが悲しくて野朗とお散歩せにゃならんのだ。


「サボってねぇだろ。ちゃんと隣歩いてるだろ。なんならお手てでも繋いでやるか?」

「~~っ、きっしょくわるいこと言わないでくださいよ!!俺だって海藤少佐と散歩なんてしたくもないですよ!!家族で出かけたいに決まってるじゃないですか!!」


ドン引きされた。たく、冗談が通じないやつだ。吸い終わった煙草を地面に捨てて足でもみ消し、次の1本を取り出す。


「これ以上吸わないで下さい。あなたのせいで軍服煙草臭くなるんです、嫁さんが煙草臭いってジト目で見て来るんすよ」

「おーおーそうか、そのまま離婚でもしちまえ」


気にせず火をつける。


「しませんよ!つか、なにか俺に怨みでもあんすか?俺にばっかり当たりきつくないですか!?」

「俺はいつでも平等に相手を見下してるぜ?」

「あなたに人の心はありますか?」


ふたりして下らないことを話しながら歩き、時計を見ると町の見回りへ行く時間だった。大野にそれを伝えてふたり揃って町へと戻る。日中に日が入らないので夜になると結構冷え込む。はあとひとつ息を手に吐いて歩く。町は死んだかのようにしんと静まり返っている。ひとっこひとりいやしない。


「なんかこれだけ静かだとちょっと怖いですね」


毎晩のように海に行っているのに何を言っているんだ。ふたりして歩いていると、ぼんやりとひとつの影が視界に入る。こんな時間にどういった用事だ?隣から間抜けな声で息を呑んだ音が聞こえてきたが気にしないことにした。


「そこに居る人物とまれ」


声を上げると、影はぴたりと止まった。ゆっくりとした足取りで近づくが影は武器を取り出す様子もないどころかびくりとも動かない。


「あ…れ?古海じゃねぇか、どうした?」


そこに居たのは友人の古海だった。眼鏡越しの蒼い瞳が不思議そうにこちらを見ている。どうしてここに?と言いたげである。そしてそれはこちらの台詞である。


「どうしたの?こんな時間に」


いや、それ聞いているのこっち。


「お前、本は大量に読むくせに新聞読んでないのか?つい先日に人ひとり死んだばっかりなんだぜ?しっかもまた猟奇的なやつ、犯人の目星もつかねーし、また頭のやばいやつかもって。みんな戦々恐々としてんだよ」


隣で大野が知り合いですか?と問うので、友達。と簡単に答えると至極驚いた顔をしていた。失礼なやつだ。


「そうなんだ」


ここに俺と大野がいる理由を教えてやると古海の表情が曇った。


「そーそー今は俺ら軍が見回ってるから、ちっとはいいかもしんないけど、危険なことにはかわんねぇから。さっさと家に帰れ」

「う、ん。海藤も気をつけて」

「ははははっ、俺は大丈夫だって!死んでも死ななそうだってよく褒められるからな!」


笑いながらばんばんと古海の肩を叩いてやる、こんな夜でも両手にしっかりと本を握り締めているのが笑える。大方読み終わった本を図書館に戻しに行くところだったのだろう。別に今日中に戻さなくたって明日仕事行く時に返しにいけばいいのに。隣でそれ褒めてません。と声が聞こえたが気のせいだ。



「てめぇら、そろいも揃ってなにやってんだ!!」


ひとりの死体が出てから一週間後の早朝、同じ言葉で呼び出されやってきてみれば、再び遺体が海からあがった。しかもふたり、男女のペア。男女ペアが海から発見されたとなればまず心中を疑うのだが、このふたりはお互いの腕を縛っているわけでもなく、足を縛っているわけでもなく、抱き合っているわけでもなく、ただ獣に食い尽くされていた、女は前回と同じように食い荒らされ、男の体はそれほど食いちぎられた跡はない。顔には噛み跡もなかったが、ふたりとも両目は空洞になっていた。眼球を抉り取られている。


「うぅっ」


耐え切れないというように大野は両手を覆って別のところへと駆け出したが間に合わず、ごく近しい場所で嘔吐した。他の部下は失態を犯していないものの誰の表情も暗く、顔色が悪い。もちろん俺もだ。


「今度はふたりだぞ!ふたり!!人数も増員しているはずなのに、どうしてこんなことが起こるんだ!!部下の躾なってないんじゃないか!!」


えぇ、それで矛先俺にくんの?簡便してくれよ、マザコン中佐。こいつらは俺がちゃらちゃらしているせいでしっかりしてんだよ、反面教師ってやつだよ。


「申し訳ございません!内海中佐」


近くにいた俺の部下、山田がすかさず謝った、かなり深く頭を下げている。今にも吐きそうな顔してたのに頭下げて大丈夫か?


「俺は謝って欲しいわけじゃない。どうしてこんなことが起こったのか!と聞いているんだ!」


内海の怒声が飛ぶ、あーやだやだ。これだから熱血系は。


「おい内海。てめぇがやることは俺の部下を叱ることか?ちげぇだろ」


高圧的に言ってやれば、山田から上司ですよ!とか言いたげな視線を向けられた。これが大野辺りだったら口に出していただろうが、大野は真っ青な顔でまだ吐き続けている。誰も近づこうとしない。誰か少しぐらい心配してやれよ。薄情だな。


「―分っている!!」


悔しそうに内海が唇を噛む。そりゃあそうだろ、1週間と様々な観点から犯人を見つけようと躍起にやっているが影すら掴めていない。住民からはさっさと捕まえろとせっつくだけでなく。いつか自分も狙われるかもしれない恐怖をこちらに押し付けて、いい加減にしろ!だの、役立たず!だの、税金泥棒!だの、文句ばかり言われている。不安から暴動に発展されてはたまったものではない。まだそこまでではないが時間がかかればかかるほど不安は募る。


結局この男女ペアからも犯人に繋がる情報は得られなかった。

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