歌に乗せて
秋も深まり、段々肌寒さを感じるようになった。生徒のみんなは夏服から、出会った当初と同じブレザーに衣替えした。
合唱コンクールまで 、残り1週間に迫っていた。そこで、私のクラスは合唱の朝練習を始めた。また、昼休みと放課後もそれぞへ20分間ずつ、クラスで合唱練習の時間に当てた。
歌うほどクラスの歌声にまとまりが出てきて、一人一人の意識も高まってきているのを感じる。この調子でいけば、優秀賞も夢じゃ無い。
特に、男子の並び方を変えたことによって、指示を受ける様子も格段に落ち着きを増した。
そして迎えた、合唱コンクール当日。
最後の朝練が終わり、朝の会では「心を1つにして、聴衆に感動を届けようね」とクラスのみんなに伝えた。
会場への移動中、聖心くんがわたしのそばに寄ってきた。
「先生、会場に着いたらどこに荷物置くんですか?」
「え?さっき朝の会で言ったじゃん。2階の会議室を控え室として借りてるから、そこに置くよ、って」
「そうでしたっけ?」
ちゃんと聞いててよ、と言うと、すみません、と謝りながらもにこにこと笑っていた。
ステージ上でもこの笑顔で歌ってほしいものだ。
「聞いてるようで聞いてないんだね。ちゃんと顔上げてこっち見てるのにさ」
何の気なしに私がそう言うと、聖心くんは
「え?」
と声を漏らして固まった。
それから黙り込んで離れて行った。
私はクラスの生徒たちの先頭を歩きながら、そっと振り返ってその姿を探しても、列に紛れて見つけることはできなかった。
会場に着くと、大ホールの広大な空間に生徒たちは圧倒されているようだった。私も緊張してきた。
私のクラスはトップバッターだ。この順番はくじ引きで決まったからしょうがない。基準となるしプレッシャーで声も出にくくなって不利だ。
練習の半分でも出たらいい方だな、なんてぼんやり考えていた。
けど、そんな心配も跳ね除けるくらいうちのクラスの合唱は良かった。伸びやかで、男女の声量のバランスも良く、なんというか、きらびやかな合唱に仕上がった。とにかく良かった。
心から感激し、終わった後は盛大に拍手を送った。
2年生までのクラスの合唱を聴き終わり、お昼休憩に入った。
午後は3年生の合唱と、審査の結果が出るまでの時間なぜか職員合唱となるものがあり、私もステージ上で、「大切なもの」という曲を歌った。
それは、1年生の課題曲として、私のクラスの子たちも歌った歌だ。
ライトに照らされたステージから、全校生徒とその保護者がぼんやりと見渡せる。指揮者のちょうど背景に、聖心くんがいるのが見えた。その子は口元を綻ばせながら私を見ていた。
恥ずかしくなり、私は「彼」から目をそらして指揮者だけを見た。
「大切なもの」
空に光る星を君と数えた夜
あの日も今日のような 風が吹いていた
あれから いくつもの 季節こえて時を過ごし
それでもあの思いを ずっと忘れることはない
大切なものに 気づかない僕がいた
いま胸の中にある あたたかいこの気持ち
くじけそうな時は 涙をこらえて
あの日歌っていた歌を思い出す
がんばれ 負けないで そんな声がきこえてくる
本当に強い気持ち やさしさをおしえてくれた
いつか会えたなら ありがとうって言いたい
遠く離れてる君に がんばる僕がいると
大切なものに 気づかない僕がいた
一人きりじゃないこと 君が教えてくれた
大切なものを
歌い終わると、大きな拍手が耳を震わせた。
ふと見た聖心くんは、やっぱり私を見ていた。
緊張と息苦しさで胸が苦しくなった。
そういえば、私も歌っている時は彼を1番見つめていたかもしれない。
なんだか、他の生徒に対して申し訳ない気持ちになった。