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出会い


真っ直ぐ見つめて来るあの子の瞳に宿るものが、私には分からなかった。

入学当初、人の話は目と耳で聞きましょう、と伝えたことを守っているのか知らないけど、明らかに他の生徒の中からその子は浮いていた。


緒方聖心くん。中学1年生。私が担任する2組の生徒。出席番号6番。バスケットボール部に所属している。入学してすぐ行われる春の運動会では選抜リレーの選手に選ばれるなど、運動神経が良い。なのに、当日は風邪を引いて欠席してしまったから、補欠の選手が走ることになった。翌週マスクをつけて登校してきたその子に、「体調は大丈夫かな、また来年があるから気を落とさないでね」と声をかけたら、「いや、別に落ち込んでませんけど」と返されたのが、初めての会話だ。


入学してすぐ気になったのは、聖心くんの姿勢の悪さだ。椅子に浅く座り背もたれにだらんと寄りかかるので、一見してやる気が無いように見えた。

そういう座り方はやめなさい、と言うのは面白みに欠けるので、「ずっとそんな座り方していたら、骨盤が歪んでスポーツをやるのに支障が出るよ。せっかく走るのが早いのに」と忠告した。すると、すぐに座り方を直し、それ以来気をつけるようにしているみたいだ。授業中は机の間を通りかかると、「先生、この問題って…」と割と積極的に質問してくるので、勉強が嫌いなわけでもないらしい。

でも、じっと私の方を見ていることに気付いたのは、いつ頃だっけ… 。


私は担任の先生として生徒たちに毎日、朝の会と帰りの会をするけれど、みんな段々と学校生活に慣れてきたのか気が緩み、窓の外を見たり手いじりをしたりで、私の話なんか耳を通り抜けていくのをひしひしと感じていた。

大切な連絡は2回言わないと伝わらないことに苛立ちを覚え、かといってこの徐々につくられた寛容的な空気を今更どうしたら立て直せるのかも分からず、流れるようにまた今日も1日が終わろうとしていた。


「さようなら」

帰りの会が終わり、教室がざわついている中、気づくと聖心くんが教卓の向かいに立っていた。

「あの、先生…?」

いつも真っ直ぐ私を見てくるその子は、少しもじもじしながら私を呼んできた。

「なに?」

答えると、今度は一瞬私の目を見てから、すぐ視線をそらして話し出した。

「いや、あの…」

言いづらそうにしている様子に、一抹の不安を感じた。教室にはまだ数人の生徒が居て、帰る支度をしている。

「場所変える?」

「いや、その…大丈夫です。えっと…合唱コンクールの並び順なんですけど、変えた方がいいと思うんですよね…特に男子、このままだとふざける奴が多くて…」

「え?あぁ…」

意外にも真面目な話で、反応に困った。

そういうあなたも男子じゃないの、と思ったけど、私は聖心くんのふざけているところを合唱コンクールの練習中に一度も見たことがなかった。

「そうだね、先生も少しそう思ってた」

一体何を言ってくるのかと身構える必要など無かった。

「うん…お願いします…」

聖心くんはまだ何か言いたそうだったけど、まあるい瞳が少し揺れ動いた後、ゆっくりと背を向けて、挨拶もせず教室を出ていった。


この学校では、毎年10月中旬に校内合唱コンクールが行われる。本番まで残り2週間を切り、校内のあちこちから歌声が聴こえてくるようになっていた。

クラスごとに合唱し、最も美しい歌声を披露したクラスに優秀賞が贈られる。

生徒たちはもちろん、担任の先生たちも、その賞を取るために真剣に取り組んでいた。

私も合唱は自分が学生の時から好きだったので、自分の受け持ったクラスの合唱練習の指導にも熱が入った。

私のクラスは歌が好きでなおかつ上手な子に恵まれた。特に女子は、声量はまだまだだが、楽しみながら練習に取り組む様子が見られた。男子もやる気が無いわけではないけど、気をぬくと練習の合間にすぐ集中を切らしておふざけが始まるので注意が必要だった。

聖心くんはというと、そんなに一生懸命歌っている様子もなかったけど、かといってやる気がないわけでもなく、無難に練習に取り組んでいる、といった印象だ。まさか、ちゃんと周りを見てそんなことを考えていたなんて、意外な一面を知れた。実は真面目な良い子だな、なんて。

しかし、後にそれは私の思い違いだったと分かった。


「いや、あの時は別に、話題なんてなんでもよかったんですよ…。おれ、ただ先生と話ししたかっただけ」


「彼」は照れながらそう言う日が来るのだから。



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