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9話 幼馴染み

「いいから落ち着け……な。俺は全然気にしてないから、落ち込んだ顔を見せないでくれよ。」


飲み物をこぼしてしまい、ヒロトのズボンを濡らしてしまった僕を真剣な目で優しく諭してくれた。

ヒロトは僕の両肩をがっちり掴んだままだ。いつのまにかヒロトの手ってゴツゴツしてたんだなあと感慨に耽る。

指は長いのに少しも弱々しさを感じさせない男らしい手だ。ヒロトの体は運動音痴な僕には今まであこがれだった。

近づきたい。同格の友人として肩を並べたい。

そう思ったことだって幾度となくあった。

でも今はなんだかその手に触れていたいと思う。

これはきっと羨望を通り越して崇拝するって気持ちなんだろう。

だから、もっと僕に触れていて欲しい。


僕はヒロトの顔を見上げてその瞳を覗きこんだ。

いけない。さっきのトラブルで目が潤んできてしまった。涙がたまってしまい、こぼすまいとこらえる。

ヒロトは自分のせいでもないのにばつの悪そうな表情をして、必死に言葉を探している感じがする。

結局会話のとっかかりがつかめずお互いに見つめ合うことに終始してしまう。


どれくらいそのまま時間を過ごしたのだろう。


「あのー。二人の世界を作っているところ悪いんだけどさ。私、おいてけぼりなんだけど。」


しびれを切らして呆れた様子の加奈子ちゃんが声をかけた。

僕とヒロトはハッとして、慌てて距離を取る。

勢いあまったヒロトがテーブルの足に向こう脛を強かに打ち付けた。

ぐおぉとうめき声をあげながら脛を抑えて蹲る。

が、耐えられないほどの痛みではないらしく、片手で僕達を牽制しながら、心配するなと訴えた。


「俺のことより…わ、悪い!強く掴んじまって…大丈夫だったか?」

「うん。その、気を使ってくれてありがとう。」


僕は少々涙目になっていた目をこすってヒロトにお礼を言った。

時間の経過で痛みが引いてきたのか。


「そうか良かった。」

と安堵した表情をした。


「それよりさ。言い出しっぺの千秋が来ないんだけど。大原さんだっけ?あなた何か知ってる?」


昨日、母さんと夏美は汚職の発覚した国会議員よろしく、想定問答を詰めてくれたのだが、トラブル続きで麻痺した僕の脳は何の回答も教えてくれなかった。こういうとき政治家の人って会見で何て発言してたっけ?そうだアレだ!


「その問題につきましてはですね。担当者が不在でして後日調査をさせて頂いた後、日を改めて会見させていただきたく…」

「いや何いってんの!今日の打ち上げ主役の一人が不在なのよ!あり得ないでしょ!いつ言うの!今でしょ!」

ごもっとも…

「えーと。そのですね。つまるところですね。要約しますと。」

僕は二人にもったいぶったように間をおいた。


だめだ!短気な加奈子ちゃんの額に青筋が入ってきている。

ええい!ままよ!


「僕が千秋です。」

言葉を必死に濁し続けた結果、僕は腰に手を当て堂々と白状した。

ドヤ顔で。


「ぷぷ、ぶ…アッハハハハハハ!」


加奈子ちゃんは大爆笑した。

「アハハハ…ヒイヒイ…あなたお笑いの才能あるわね。面白かったわ。……で。」

加奈子ちゃんは笑い顔を急速に真顔に戻して問う。


「千秋はどうしたの?」

「ですから僕が千秋なんですよ。」

「そのネタで天丼は面白くないわよ?」


本当なんデス。信じてくだサイ。


「えーとじゃあ、僕と加奈子ちゃんしか知らない話をした方がいい?僕達が幼稚園の星組だった頃、加奈子ちゃんが……」

「ちょっとそれ絶対に言わないって誓約書まで交わして約束したやつじゃない!何であなたが知ってるのよ!」

「それなら小学2年生の頃……」

「やめてぇぇ!それ以上言われると私お嫁にいけなくなっちゃうからあぁぁ!」

今この場には幼馴染み3人なわけで支障はないと思うけど。

「ハアハア……ゲホゲホ……分かったわよ……100歩譲ってあなたが千秋だと認めましょう。元々女の子っぽい顔はしてたし、髪は染められる。染めた髪にしては自然で痛みの全く見られない惚れ惚れするような艶やかな髪だけど……。目はカラコン?それにしたって数日前と全然身長違うじゃない!10センチは伸びてるじゃない。」

「えと、成長期だからじゃダメ?」

「いいわけないわよ!その胸。私への当てつけか!天然物?天然物?」

加奈子ちゃんの手が伸びて僕の胸を鷲掴みにした。

「ひゃ!ちょっとやめっ!くすぐったいって!」

「これか!これが!パッドでもシリコンでもないわ…間違いないわ…これは天然物だわ。これが成長期だっていうの。くっ!じゃあ私は一体何なんだ!?」

加奈子ちゃんは納得したのか手を離した。

親父にも揉まれたことないのに!


加奈子ちゃんのスキンシップで醜態を晒していた僕から律儀に顔を背けていたヒロトが脱線しかけていた話を戻した。


「とにかく俺達に訳だけでも教えてくれないか?話しにくいことなら無理して言わなくても構わないし、納得できるなら嘘でも受け入れよう。」

「それもそうね。そういえば最後に会った時、喉仏がないなって思ったけど。まさかね………」


嘘でもいいと言ってくれたが2人には嘘をつきたくない。

僕は最初から全て嘘偽りなく話すことにした。

話を終えた後、口を開いたのは加奈子ちゃんだった。


「アンタって馬鹿ね本当に馬鹿。馬鹿の侍大将だわ。」

「う、軽はずみなことして反省してます。」

「そうじゃないわよ!私たち友達でしょ!どうして相談のひとつもしてくれなかったのよ!千秋がクリーチャーになろうとロボットになろうと私は幻滅したりしないわよ!そんなに私たち薄情な奴だと思われてたわけ!」

「加奈子。待てよ。千秋を責めるのは酷だ。

それに当事者じゃない俺達が言っても説得力ないだろう。もし俺に同じことが起きていたら、とてもじゃないが周囲に堂々と話せる自信はないな。友達だと思ってるなら尚更だ。嫌われたくないもんな……?」

ヒロトが僕の気持ちを代弁してくれた。

「そうね……私も今男の子になったとしたらしばらく立ち直れないかも。ごめんなさい千秋。でもこれだけは言わせて。私達は何があっても千秋の相談に乗るわよ。ひとりでためこんだりしないで。千秋にはやっぱり笑顔でいてほしいからね。」


僕はなんて愚かだったんだろう。

全て杞憂にすぎなかったのに、結局自分のことしか考えないで二人の友情を疑ってしまったのだ。

見た目なんて僕らにとっては些細な問題でしかなかったというのに。

僕は期待に応えようと精一杯の笑顔を作ろうとしながら涙のこぼれるのも気付かずに二人に抱きついた。

加奈子ちゃんが優しく僕の頭を撫でてくれる。


「こんな自分勝手で馬鹿な僕でもこれからも友達でいてくれますか?」


ヒロトと加奈子ちゃんはくすりと笑って言った。


「「当たり前じゃない」だろ」


僕は堪えきれず二人の胸にしがみついて嗚咽をこぼしてわんわん泣いた。









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