6話 特売日を逃さぬ男
俺こと関川弘人はチラシ片手にジュオンモールのスーパーにやって来ていた。
両親が共働きのため家のことはほとんど自分でやっている。
働きざかりの年齢のために家事までする余力が残らないためだ。
親のすねをかじって飯を食っている身としては自分にできることをするべきだと思っている。
しかし、午前中の内に家事が早々に終わってしまい、体を鍛える以外にこれといって趣味のない俺は春休みを少々持て余していた。
運動は毎日欠かしていないが、部活がないと体はなまり気味だ。
千秋の畑でも手伝いに行くか?と考えつつ新聞の折り込みチラシを開く。
お、今日はジュオンモールの米が安いな。お1人様1点限り。数量限定か。
つまり、店側がついで買いを誘うための赤字販売の撒き餌だ。
撒き餌にだけ食いついておけば、店には迷惑だろうが家計の助けにはなる。
素晴らしい捨て身の値段に出発する以外の選択肢はないだろう。
米を運んで歩けばいい運動になるしな。
俺は親から預けられているサイフとエコバッグを手にとって出かけることにした。
混雑をかわしつつスーパーで目当ての商品とその他必要な特売の食糧品を購入した俺は、そのまま家に帰ることにした。
頭を空っぽにしてモールを歩いていると、テナントの窓が光を反射し、鏡映しになった俺の後ろの景色が目に入ってくる。
何だ、みんな1箇所を見つめているな。
もしかして俺の取り逃したタイムセールでもあったのだろうか。
それにしては皆急ぐどころかポカンとだらしなく口を開けている。
自分の目が信じられないという表情だ。俺の背後を見ている正面の人達も似たり寄ったりだ。
不自然な周囲の様子をいぶかしんだオレは窓の鏡の中に知人と思しき女の子を見つけたので振り返ってみた。
親友の妹の夏美ちゃんで間違いはなかった。
しかし、隣に彼女の友人だろうか、俺が人生で一度も見たことのない爽やかで艶やかな水色の髪と瞳をした絶世の美少女が立っていた。
整った目鼻立ちに優しげな表情、ほんのり桜色を浮かべた白い肌は髪や瞳の色ともあいまって可憐な湖の妖精を連想させた。
なるほど。こんな美少女が歩いていたら注目を集めるのは間違いない。
おっと見惚れている場合じゃなかったな。
夏美ちゃんは親友の妹であり、ご近所さんだ。まずは挨拶しておくべきだろう。
「ん?夏美ちゃんじゃないか久しぶり。友達と買い物?」
「ヒロト先輩お久しぶりです。この娘はですね……」
夏美ちゃんが言いかけたところで水色の美少女が彼女の口を慌ててふさいだ。
「あ、あの!」
初めて聞いた少女の声はどこかで聞いたような気がするが、綺麗に透き通ったソプラノボイスだった。
「は、はじめまして!」
「どうもはじめまして」
「ぼ、私!夏美の友達の大原千冬と申しまひゅ!」
「ああ。俺の名前は関川弘人だ。夏美ちゃんのお兄さんの友人なんだ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。ヒ、関川さん。」
「俺のことはヒロトでいいよ。それはそうと……夏美ちゃんが酸欠しかかってるぞ。」
「あ……」
口を塞がれていた夏美ちゃんは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせ、顔を真っ青にしてチアノーゼを起こしていた。
必死の介抱の結果夏美ちゃんをなんとか蘇生させた俺達はとりあえずフードコートの席で落ち着くことにした。
「ヒドイじゃない!千冬ちゃん。死ぬかと思った!」
夏美ちゃんは怒りつつも、呆れたようなジト目で大原さんをにらみつけた。
「ごめんなさい。」
さすがにやりすぎたと思ったのかしゅんとして大原さんはうなだれた。
彼女の殊勝な態度に気を良くしたのか
「千冬ちゃんの謝罪のキスで許してあげます。」
ん~と声に出しながら唇を突きだした。
「むぅ、心配して損した。」
大原さんはもう知らないとばかりに顔をぷいと背けた。
一目見たときからずっと観察しているが、彼女はころころと表情が変わる。悲しげな顔も拗ねた表情もとても愛らしい。
俺は彼女が次にどんな魅力的な表情を見せてくれるのか目が離せなくなりつつあった。彼女に笑顔を向けられたらどんな気持ちになるだろう。
俺ってこんなに惚れやすい男だったっけ?
「あ、ところでヒロト……さんはお買いもの帰りですか?」
「ああ、運動がてらな。千秋、夏美ちゃんのお兄さんに会いに行こうかと思っていたんだが、チラシの商品が数量限定でな。買い物に行くことにしたんだ。」
「そうだったんですか。」
何やらホッとした表情だ。
「ところで夏美ちゃん。千秋は元気かい?」
夏美ちゃんは考え込むようにしてなぜか大原さんを見てから言った。
「相変わらずの園芸馬鹿ですよ。その内来てやって下さい。うちのお母さんも先輩のこと気に入ってますから喜びますよ。アタシやお兄ちゃんと違って先輩料理上手ですからいつでも大歓迎です♪」
「ああ、近いうちに必ず行くよ。」
「あ、そのですね先輩…」
と夏美ちゃんが何か言いかけたところで2人のポケットからスマホだろうか?振動音がした。
「あ、いっけないお母さんだ。ごめんなさい先輩。お母さんを待たせちゃってまして。」
「ああ、気にしなくていいよ。俺も帰って夕飯の準備をしないと。」
「それじゃ、『お兄ちゃん』をどうかよろしくお願いしますね。」
俺は名残惜しい気持ちになりつつも2人を見送った。
友達と2人で買物に来たのにお母さんを連れているのか、いや春先は不審者も増えるし、保護者はいたに越したことがないだろう。
それに2人ともそれぞれタイプの異なる美少女だしな。
俺はそう納得して床に置いていた荷物を拾い上げた。
千冬さんか……また会えるといいな。