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46話 自覚

リアルに欲しいスペルといえば

見えない体か擬態。

効果時間で擬態の方が優秀か……

決して悪用しませんからください。


放課後部活を終えて帰ろうとすると加奈子ちゃんが今日は学校に残ると言い出した。


「千秋ごめん、バスケ部に助っ人を頼まれちゃったから先に帰っててもらっていい?」

「僕のことは気にしないで。加奈子ちゃんなら大活躍間違いなしだから応援してる。」

「ありがと。あくまで助っ人で入部はしないから安心して。

 じゃあ行ってくるわね。」


体育館に向かう加奈子ちゃんに手を振って見送った。

さて、帰るかと鞄を肩に担ぎ直したところで、肩にぽつりぽつりと落ちてくるものが当たった。

雨だ。

嘘!?降水確率は10%だったのに。

慌てて校舎の下駄箱に避難するとバケツをひっくり返したような雨が降り注いでいる。

ゲリラ豪雨か、日本もだんだん熱帯みたいな気候になってきたなぁ……

地球温暖化の影響ってやつを身近に感じた。

しばらく待ってみたが、勢いは徐々に弱まってきてはいるものの一向にやむ気配がない。

困ったな……傘持ってきてないんだよね。

卸したばかりの制服を濡らすのは嫌だし……

雨がやむまで図書室で課題でもやって時間を潰そうかなと思っていた矢先に階段を降りてきたヒロトと遭遇した。他の陸上部員と一緒だ。


「あれ?ヒロト部活休みなの?」

「よう千秋。雨で活動が中止になってな。体育館は室内競技が優先で使えないから帰ることになった。」

「そうなんだ。ねえ、ヒロトは傘持ってる?」

ヒロトの家は僕の家から少し歩いた先だ。

ついていけば最後まで一緒の傘に入っていることができる。

「ああ、一応折り畳み傘を持ってるが」

「お願い傘に入れて。」

「折り畳みだから狭いと思うが、いいか?」

「もちろん」

お世話になる身で贅沢を言ったらバチが当たるってもんだ。

ぞろぞろと校門まで向かう。

途中で知らない女子生徒に

「妖精さん男子いっぱい引き連れてる!」

「さすが、校内一番の美少女だよね。1人で収まる器じゃないんだわ!キャー!」

なんて噂話をされた。

聞き捨てならないな。

僕は男の子はヒロト一筋だ。

当然だけど女の子は加奈子ちゃん。


「じゃあな。俺達は家が同じ方向だからここで。」

他の部員達とは帰り道が逆方向のため、校門前で別れることになった。


「チッ関川ばかりいい思いしやがって。末永く爆発しろ」

「ボ、ボクは嫉妬なんてしないんだな。あの娘の傘の柄に転生できたらそれだけで幸せなんだな。あの娘に握られただけで……ウッ…………ふう……」

「小原さん送り狼に気をつけなよ関川のヤツ意外とアレだから。」


「はあ、みなさんお疲れ様です。さようなら」


二人きりになり自宅まで向かう。

最初こそ肩を寄せて歩いていたのだが、

折り畳み傘は狭いのでもっと密着しなければ濡れてしまう。

ヒロトだし許してくれるよね?

勇気をふりしぼってヒロトの二の腕に自分の腕を絡ませた。


「えいっ♪」

「お、おい!千秋!」

「こうしないと濡れちゃうから。ダメ?」

ヒロトの顔を見上げてその双眸に目を合わせる。

「分かった。転ばないように気をつけてくれるか?」

いつだって僕に優しいヒロトはあっさり根負けした。

「うん、ごめんね。」

彼の優しさを理解した上でおねだりするのは卑怯かなと思ったが、二人で下校なんて久しぶりなのだ。いつもと違うシチュエーションにワクワクしてしまうのはしょうがない。

胸が当たってしまっているけど、喜んでくれるならいいかな?

最近ヒロトの目線を意識するようになってから分かったけど、

ヒロトは大きいおっぱいが好きだ。

これはささやかなサービス、お礼なのだ。

僕も力強い二の腕の感触を楽しめるのでお互いwin-winの関係ではなかろうか?

時おり太ももが接触して、男の子と女の子と固さの違いに驚く。

薄い生地のスカートなのでほとんどダイレクトに感触が伝わってくるのだ。

裸で抱き合ってるみたいでドキドキしてくる。

男の子の体ってやっぱりいいな……

内心で悦に入っていたら


「ママーあのおにーちゃんとおねーちゃん相合い傘してる。

 パパとママみたいにふうふなの?」

「人を指で差しちゃだめよ。そうね夫婦になる前ってところかしら。

恋人同士って言うのよ。」

「へーそうなんだあ。じゃあおにーちゃんたちもパパとママみたいにキスするの?」

「それぐらいならするかもね。さ、早く帰りましょ。今晩はたーくんの好きなハンバーグよ。」

「ハンバーグ!?やった!」


通りすがりの親子に茶化されてしまった。

頬が紅潮してきてしまう。


「あはは、僕達恋人同士だって。」

「まあ、男女がいたら子供にはそう見えるのかもな。はは……」

ヒロトは乾いた声で苦笑した。

恋人扱いされるなんて悪い気はしない。

それどころかこの気持ちに名前をつけたら『幸福感』と呼ぶと思う。

しかし、僕とは対称的にヒロトの反応は芳しくない。

面白くなくて絡めた腕に力を入れ、体を今までより強く押し付けた。

ブラごと僕のおっぱいに肘が沈むけどお構いなしだ。

ヒロトはやろうと思えば簡単にできただろうけど、僕を振り払ったりはしない。

必然的にギクシャクとした足取りで歩くことになる。

でも、この亀のような歩みが僕にとっては幸せだった。

ヒロトとこうして少しでも歩いていられるのだから。

僕の家が視界に入ってきたところで道路を通過したトラックが盛大に水溜まりをはねた。

ヒロトが瞬時に僕を庇って水しぶきを受ける。

距離があったためか、上は問題なかったけど、ズボンの膝から下はずぶ濡れで泥もかかっていた。

僕のために……ヒロト優しい。

守ってもらったことなんて今までに数えきれないはずなのに、

感謝の気持ちより先に胸の奥がきゅんとした。


「濡れたりしなかったか?千秋」

「僕は大丈夫だけどヒロトのズボンが……」

「家までもうすぐだ。すぐに洗濯するから心配ない。」

何でもなさげにヒロトは言ったけど、僕にだって庇われて申し訳ないという気持ちがある。それにこのまま家の前で別れてしまうのは寂しかった。そういえばヒロトの家には乾燥機はなかったはずだ。彼を家に誘ってしまおう。


「僕の家に寄っていってよ。ズボン洗ってあげる。うちの最新の洗濯機と乾燥機すごいんだよ。家庭用洗濯機対応の制服やスーツなら痛まないで洗える優れものなんだから。」

「しかしだな、他所の洗濯機を使うなんて迷惑じゃないか?」

「僕とヒロトの仲じゃないか。堅いこといいっこなしだよ。

それと洗ってる間今日の課題一緒にやろうよ。」

「そうか、そこまで言うなら世話になる。」


というわけでヒロトを我が家にお招きした。

学校の後も一緒にいられるなんて幼馴染って素敵な関係だ。


「ただいまー」

リビングに顔を出すと母さんが夕飯の仕込みをしていた。

ヒロトは玄関に待たせてある。

「千秋ちゃんおかえりなさい。制服の透け具合最高よ。太ももがとってもセクシーね。」

「透け……って。んもう!母さんは!それよりヒロトも一緒なんだけど。水たまりはねられてズボンが汚れちゃって、洗濯機回すよ。」

「いいわよ。ついでに洗濯カゴのもお願いね。」

「うん、了解。」


バスタオルを洗面所からとってきてヒロトに渡す。

「これで拭いてもらっていいかな?」

「すまん、助かる。」

「いいってことよ。」


ズボンの水気をある程度とったらバスルームまでヒロトを案内した。

部活のためジャージを持ち歩いているので、ズボンの替えについては問題ない。

「さあヒロトズボン脱いで」

「ああ、脱ぐけどな。出ていってもらえるか?」

なんで?小さい頃から、中学の時、1ヵ月前も一緒にお風呂に入ったじゃないか。

おじいちゃんのペンション以来ヒロトの筋肉の付き具合を見ていない。

僕には幼馴染の成長を見届ける義務があるのだ。

というのは建前でただ見たいだけ。

早く脱ぎたまえよ。


「このまま見てたらダメ?」

「駄目だ。」

「どうしても?」

「どうしてもだ。」

「じゃあ一生のお願い!」

「一生のお願いの使いどころそこでいいのか!?とにかく駄目だ。」

「ちぇ、分かったよヒロトのケチ……」


ヒロトの強情を張るポイントが掴めないぞ。

いや、ひとつだけある。

僕のこと、女の子として意識してくれてるのかな……

異性に見られるのは恥ずかしいに決まってるよね。

僕だって男の子の頃に加奈子ちゃんにズボンを脱げなんて言われたらパニックになること必至だ。


そっか、ヒロトにとって僕はもう女の子なんだ……

いつ彼の認識が変わったのかは分からない。

少なくとも最近、僕の体を……え、えっちな目で見るようになったことだけは確かだ。

僕だって15年間男の子してたんだ。それぐらいの男の子の機微はよく理解している。

ヒロトが男の子が女の子になったことへの嫌悪感を態度で表わすことは最初からまったくなかった。

見た目だけは美少女なので悪い感情を抱きにくいのだろう。

それどころかおしゃれに努力を捧げた分だけ喜んでくれたので、僕の外見は彼の好みの範疇にあるのかもしれない。

女体受け入れようとあがいた、たった2カ月程度の努力だったけど、ヒロトの中に僕が異性であることを定着させるには十分だったようだ。

だったら期待しちゃうじゃないか。


ヒロトが出てくるまで素直に廊下で待ち、着替えを受け取ったら早速洗濯機を稼働させる。


「洗濯終わるまで部屋で課題やろうよ。」

「そうしよう。世界史の穴埋めのプリント、Bクラスでも出てたろ?それを分担してやらないか?」

「いいよ。勉強の時間はできるだけ苦手科目に回したいし。」


プリントに教科書、資料集なんかをテーブルの上に広げる。

教科書を読み込みながら空欄になっている年号や人物、事件などを記入していく。

言葉こそ少ないが、こうして2人きりの空間にいるだけでドキドキしてくる。

ヒロトが勉強に集中してる姿ってこんなにもかっこよかったんだ。


「ねえ、ヒロト。紀元前500年にジャイナ教を開いたのって誰だっけ?」

「ヴァルダマーナだな。」

「ねえ、ローマ帝国が最大領土を持っていた時の皇帝は?」

「トラヤヌス帝だな。」

コーヒーで喉を湿らせながらヒロトは即答した。

おお、さすがだ!教科書を見なくてもすらすら答えが出てくる。

「ウルバヌス2世が十字軍を初めて派遣したのは何年?」

「1096年」

じゃあ、疑問に思ってたことをぶつけてみようかな


「ヒロトって好きな人いるの?」

「それはおま……ブホッ!!!!ゲホッ!ごほっ!」


コーヒー吹いた。

プリントの上に飛沫状の染みがついてしまっている。

先生に提出するのがためらわれる汚れ具合だ。

ヒロトは盛大にむせている。


「わわ!?大丈夫?ヒロト!」


呼吸もままならない様子だったので背中をさすってあげる。


「げほっ……すまん落ち着いた。

さっき何て言ったんだ?聞き間違いをしたかもしれん。」

「ヒロトってモテるけど好きな人いないのかなって。実は既に付き合ってる人がいるとか?」

「いや、誰とも付き合ってない。」

好きな人はいるのいないの?

眼力を込めてヒロトの目を見た。


「好きな女の子は今はいないな。」


ほっとした。

でも気になる点がある。


「今は?」

「ああ、失恋したんだ。俺の知らない内にな」

「そんな、ヒロトが失恋だなんて信じられないよ。」

しかも片思いだったなんて

知らないうちにってことはヒロトが思いを伝える前に意中の女性に恋人ができてしまったのだろう。


「ふっきれてないわけじゃないが、心配しないでくれ。俺は大丈夫だ。」

「慰めてあげることしかできないけど、僕でよかったらいくらでも相談にのるからね。」

「ありがとな。いつか言える日が来たら千秋に真っ先に相談する。ケジメをつけておかないと俺は……」



課題と選択を終わらせ、ヒロトを玄関で見送った後、ベッドにうつ伏せに寝転がり、枕に顔を埋める。

一人になっても考えるのは彼のことばかり

失恋したヒロトを可哀想だと同情する半面、それを歓迎して安堵する汚い自分がいることに愕然とした。

ヒロトに好きな人も恋人もいないことを知った時チャンスだと思った。

どうしてそう思ったのかなんて簡単なことだ。


……もういい加減に自覚しなければ。

ヒロトに恋をしてしまったんだということに

僕の気持ちが恋かどうかの真贋なんて実のところ、どうでもよかったのだ。

恋愛映画や小説なんてほんのきっかけにすぎない。

好きで好きで好きで好きで好きで好きで、狂おしいほど愛しいと思うこの感情まで錯覚なものか。

でなければキスをしたいなんて思うわけがない。

僕だって木石でできてるわけじゃないんだ。

人間なのだから恋がしたい。

自分の気持ちにとっくに気づいていたくせに同性愛なんてもってのほかだって常識が邪魔をしていただけなのだ。

男の子のままだったらヒロトに恋慕の感情など持たないまま、いつか好きな女の子と付き合って一生を終えていただろう。

本来ならば有り得ない境遇を与えてくれた運命に僕は初めて感謝したかった。

女の子って素晴らしいものなんだって。

ヒロト以外の男の子に対してはなんとも思わないのもありがたかった。

彼への愛が真実なんだって確かめられるから。

先程まで彼が座っていた空間を見やるとその姿が鮮明に思い出されて、胸が苦しくて切なくなった。

部屋に僕しかいないというのに彼の幻影を抱きしめたくて腕をさまよわせる。

彼が愛してくれるなら僕は女の子のままでいい。

ううん、女の子になることができて本当によかった。



恋をしたのなら、それを実らせたいというのは人の欲望。

見た目はヒロトだって可愛いって言ってくれる。

でも、それだけでは不十分。

僕の心も愛してくれないと、ただの人形だ。

そのためにはヒロトに想いを告げなければならない。

僕はヒロトの全部が好きだ。

同性としてあこがれだったその容姿が好き。

部活で力強く走るヒロトの姿が好き。

いつも僕を気づかってくれる紳士的なヒロトが好き。

お願いすれば大概のことは折れてくれる優しいヒロトが好き。

人の努力を馬鹿にしたりしない真面目なヒロトが好き。

僕のがんばりを見てくれて心から喜んでくれるヒロトが好き。

僕をえっちな目で見まいと、親友として接しようと葛藤しているかわいいヒロトが好き。

いざという時僕を守ってくれた男らしいヒロトが好き……



ヒロト……僕は一人の女の子として君のことが大好きだ!


枕に顔を埋めながら親友として過ごした10年以上の思い出を頭の中で振り返るとますます彼のことが好きになった。

しかし、その思い出は男の子としてのもので……

どれだけ見た目を繕っても僕が僕であることがヒロトに受け入れられなかったらどうしよう?

さんざん自分に告白してきた男の子をお断りしておきながら、いざ自分の番になると拒絶されるのが恐い。

男の子だったということを理由に断られる可能性は高いだろう。

それはイヤだ!叶わない恋心を一生抱えて生きていくなんて僕は耐えられない!

ならば彼に好きになってもらえるよう素敵な女の子になるんだ。

勉強もおしゃれも今まで以上にがんばろう。

男の子だった頃を忘れさせてあげるぐらいに女の子らしくなって、

デートをいっぱいして、

彼の好意を疑わなくなったら告白する。

ヒロトが望むならキスだってその先のことだって何でもしてあげたい。

友達以上の関係になるため明日からアタックするぞ。


まずは妹から女の子のなんたるかを学ぼう。

夏美の部屋に向かう僕の足取りは自分でも驚くほど軽かった。

なぜなら恋する少女は無敵なのだから。

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