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45話 衣替え

術師での侵入にはまり中

輪の都で断固太陽槍や雷矢の嫌がらせをするアンバサ、ソウルの大澱ぶっぱしている闇術師。

そんな闇霊いましたら多分私です。


「そういえば明日から衣替えね。」


放課後、学校からの帰り道を歩いているときに加奈子ちゃんが話題を振ってきた。


「HRで先生が言ってたね。梅雨時でじめじめしてきたし、もうジャケットは暑かったからいいタイミングだと思うよ。僕も蒸れるのがつらくてさ。」

特に上は風通しが改善されるだけでかなりマシになるだろう。

下着が汗で蒸れてかゆくてしょうがなかった。

かといってかゆみを解消するには患部に触れなければならず、人前で僕にそんなことをする勇気などなかった。絶対男子がやらしい目で見てくるからだ。


「ああ、アンタ色々と面積が広いもんね。贅沢な悩みだわ。でもね大きかろうと小さかろうと蒸れるもんは蒸れるもんなのよ。」

加奈子ちゃんが僕の胸元を見やって言った。

どうやら下着の悩みは大きさの大小に関係なく共通のものであるらしい。


「蒸れにくいブラとか汗とりのパッドとインナーがなければ、ベビーパウダーで抑えられるわよ。300円ぐらいで解決できるし。1個で一夏分はもつんじゃない?」

「へえ、子供のあせも対策だけじゃないんだね。ちょうど近くだし、商店街に寄っていこうかな。」

「ドラッグストアに売ってたと思うわよ。行ってみよっか。」



というわけで商店街に赴いた。

目当ての商品はベビー用品のコーナーであっさり見つかった。

小さい額とはいえ女の子は身の回りの雑貨にお金がかかるな。

塵も積もれば山だ。

趣味に小遣いを全力投球できた頃とは大違いである。

いや、今なら分かる。男の子の頃の方が体のケアに気を使わなさすぎだったのだ。

この時期、男子だって制汗スプレーや、汗ふきシートを携帯することぐらい最低限の嗜みだ。

僕は当然園芸にかまけてそれらの小物を買う余裕などなかった。

やっぱり汗臭かったんだろうなあ……

誰も指摘してこなかったあたりは皆の優しさか。

逆に女の子になってから匂いに言及されるようになったな。

自分の体臭というのは自分では分かりづらいのだが、なんとなく近づいた人の表情で分かる。

あれはきっと僕が女の子になった原因の花の香りだ。

僕と同じように皆が皆陶酔とした表情をしているからだ。

夏美が天然の花のような香りと言っていたからあながち間違いではないと思う。


食べ物の匂いが体臭に出るというのはよくあることだ。

ニンニクやタマネギの成分が体内で分解されて一部が血液中に循環することが原因となるケースが代表的だろう。

この仕組みを逆手にとって薔薇の体臭がするようになる水やグミなんかが商品として販売されている。

もちろんこのドラッグストアでもレジ前のお菓子売り場に売ってたりする。

日本のこういった一風変わった商品が外国からの観光客にウケているらしい。

あの手この手で商売の幅を広げるものだと感心してしまう。


脱線した。

要するに食べたものの匂いが体臭に反映されるということなんだけど、あの花の蜜を口にしてから既に2カ月以上経っている。

体内で分解されずに残り続けているのか、それとも蜜に種子が含まれていて宿主を内側から食い破ろうと機会を待っている寄生植物だったのか……

恐ろしい想像をして身震いする。

……よそう、母さんが信頼するお医者さんに見せて何も分からなかったのだ。

僕が考えたところでなんとかの考え休むに似たりだ。

体臭を変える食べ物ですら1日もたないのに、2カ月以上匂いが続くとは香水いらずと喜ぶべきか。

うん、前向きに捉えた方がよさそうだ。


買い物を済ませて加奈子ちゃんを捜すと、タイムリーなことに香水の売り場を見ていた。

見ている海外の有名メーカーの数千円するものではなく、学生でもなんとか手の出る300~600円ぐらいの価格帯のものだ。

ときおりテスターを手首に噴射してはその匂いを確かめている。


「加奈子ちゃん香水に興味があるの?」

「ん?そりゃ私だって女ですもの、興味あるわよ。」

「へえ、どんなの使うの?」

「いつもはきつすぎない自然なやつにするんだけど、どうせなら千秋が好きになってくれそうなのがいいわね。」

「ん~それなら動物性由来の香りのやつじゃなくて植物性のものがいいかな。」

「動物から抽出したやつは基本的に値段が高いから買わないわよ。何かの花の香りってことね。

 そういえば千秋は何かの花の香りがするけど、香水使ってるの?柔軟剤やボディソープ……は違うか、夏美ちゃんと同じ匂いじゃないし。」

「僕が女の子になったあの花が原因で体質が変わったのかも。

 自分の匂いに対して鼻がきかないから憶測に過ぎないけど。」

「不思議なこともあるものね。どれ、その花の香りちょっと確かめさせてよ。」

「確かめるって?わぷっ!」


通路のど真ん中で加奈子ちゃんが抱きついてきた。

僕の首筋に顔を埋めている。くっつかれたまま深呼吸されているのが、彼女の息で分かる。

さらさらとしたストレートの黒髪が頬に触れて、くすぐたかった。

香水の匂いとは別に加奈子ちゃん本来のいい香りがしてくらりとしてしまいそうだ。

柔軟剤や部屋の芳香剤に初恋のシャンプーの香りって商品があったと思うけど、加奈子ちゃんは本家本元の天然物だ。

偽物なんかとは比べ物にならない。

胸と胸がぴったり密着していて、トクトクとお互いの心音が聴こえてくる。

心まで溶かされそうだったが懸命に意識を繋ぎ止めようとした。

店員さんや他のお客さんのいる場所から死角になっているとはいえこれは、

「恥ずかしいよ……」

「もう少しだけ……」


時間にして10秒にも満たなかっただろうが、体が離れた時にはその場にくずおれるかと思った。


「千秋の抱き心地は最高ね。ごちそうさま。」

「はあ、お粗末様でした?」


匂いじゃなくて抱き心地の感想?

ツッコミたかったが、加奈子ちゃんの感触を堪能してしまった手前、指摘したら「私の抱き心地は?」なんてからかわれそうだったのでやめておいた。 

人を呪わば穴ふたつ。迂闊な反撃は諸刃の剣である。

加奈子ちゃんは結局しっくりくるものがなかったようで何も買わずに店を出た。


商店街を出た後は真っ直ぐ家に帰り、自室で早速夏物のスカートをクローゼットから取り出した。

夏服は上は変わらずワイシャツで、下は夏用のスカートだ。

一見して冬物のスカートと差異は見られないんだけど……

接触冷寒の衣類や寝具はテレビCMなんかでもバンバンやってるし、素材が違うのかな?

冬物より軽い。

とりあえず履き替えて姿見の前に立ってみた。

心なしか涼しくて爽やかだ。

プリーツをつまんで持ち上げてようやく異変に気づいた。

透けてるよこれ!生地を薄くしただけなのか!

その発想はなかった。

男子のズボンと同じだったとは!でも男子のは透けなかったぞ!

あまりに単純でしょうもない解答をつきつけられて目から鱗は落ちなかった。

私服で太ももが多少出るミニスカートやショートパンツを履くことはあるけど、あれは、はなからそういうものだ。

男の子的に考えるとむしろ透けて見える方が丸出しよりかえって扇情的じゃないか?

パンツまで見えたりしたらやだな……

心配して生地を観察していくと太ももから上は見えないように厚みが調整されている。

なるほど大事な部分はちゃんとカバーしているわけか。

試しにくるりと回ったり、とんとんと跳ねたりしてみる。

軽いせいかスカートの裾がいつもより捲れやすくなっていた。

歩き方に気をつけないと中身がこんにちはしてしまう。

外だと風のいたずらにも気を配らないといけないとは女の子とは油断ならないものだ。

太ももぐらいは見られたって許そう……

下にスパッツとか履いたら本末転倒だし。

幸いスカート丈は購入してからいじってないから長さだけは十分あるので大丈夫だ。

透けてるのは自分だけじゃない。丈が長ければ周囲に埋没するはずだ。

それにクラスメイトには太もも丸見えの超ミニスカート丈のギャル系の子もいる。彼女が男子の視線を引き付けてくれるだろう。

太ももを晒すだけでも恥ずかしいと感じる元男の子の女の子。

かたや露出することをセックスアピールとして励む本物の女の子。

この差はどこから生まれるというのか。


翌日、登校してから予想が的中したことを確信する。

夏服になった途端、男子の不躾な視線が僕だけでなく、周りの女子にも向けられている。

クラスメイト達の多くは気にした様子はない。

男子の目がうっとおしいよねーと愚痴が出てくるぐらいだ。

元男子だった身としてはその話題に同意を求められたら曖昧な表情でお茶を濁すしかないのだが。

例のギャル系女子は超ミニ透け透けスカートに変えており、上はボタンをブラが見えるか見えないかのギリギリまではずした挑発的ガバガバスタイルで喜々として男子の罵倒に加わっている。

あまのじゃくな人がいるものだ。


しかし、ワイシャツの下のブラが見えてるの気にならないのだろうか?見られている本人に気づくか気づかないかのレベルで見られている。

僕はというと多少の暑さを我慢して、サマーセーターを着てきたんだけど、クラス内の着用率はだいたい半々だ。

派手でないブラの人はあまり気にしてないらしい。

僕の場合、母さんが気合を入れたブラばかり購入してきたため、地味なものがひとつとしてない。

男子の目はというと、僕がサマーセーターを着ていることに対してあからさまな落胆が感じられたので、選択は正しかったと言える。

せいぜい悔しがるがいい。

美少女税など踏み倒すのが一番だ。


そうそうもう一人の美少女の意見を聞いておこう。

加奈子ちゃんも僕に合わせてサマーセーターを着てきたのだが、

「加奈子ちゃんはワイシャツが透けるの気にならない人?」

「別になんとも思わないわよ。千秋と違って凹凸ないから見たって楽しくないでしょ。」

僕は胸の大きさに貴賎はないと思うんだけど。

男の子としては加奈子ちゃんの胸、すごく魅力的なんだよね。

「そんなことないよ。僕は好きだよ加奈子ちゃんのおっ……ごめん、なんでもない。」

危ないっ!慰めようとしてつい本音を言いかけた。

「ん?何?今何を言いかけたの?言ってみ?何が好きだって?」

加奈子ちゃんがニヤニヤして追及を迫ってくる。

わわわわ!!完全に墓穴を掘った。

「恥ずかしがることないわよ。(男の子なら)当然のことなんだから」

顔をずいっと近づけてきた。

腕を背中に回されがっちりホールドされている。

逃げられない!

クラスのみんなは固唾を飲んで僕達を見守……見物している。

「あう……」

「ほら、私だけに教えてよ。千秋と私の仲じゃない?」

「…………です。」

「聞こえないわ。もう1回」

「……好き……です。」

どうして僕は自分の性癖を教室で暴露させられているのか、

明らかにセクハラな失言をしかけた僕が悪いのだけど

涙が出てきそうだ。

「僕は……ぐす……ひっく……僕はおっぱいが好きです!」

「よろしい。私も好きよ千秋。」


加奈子ちゃんは僕を抱いて優しく頭を撫でてくれたのだけど。

右手の指で僕の涙を拭う。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」

突如教室で男子生徒達が怒号を発し全員が全員廊下に駆け出していった。まるで合戦の合図に反応した武士達の鬨の声みたいだ。

男子に聞かれてたの今の!?僕の心の箍はそれで容易にはずれてしまった。


「うっ……ひっく……ふぇぇぇぇぇぇん!!」


クラスメイトの注目を浴びながら久しぶりに加奈子ちゃんの胸で僕は泣いた。


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