5話 ばったり
昼食を終えた僕たちはモールの一角のドラッグストアに向かった。
特に興味もなかった僕は近くをぷらぷらしようと思っていたのだが、2人に店内に引きずりこまれた。
連れてこられた売り場はサニタリーコーナーだった。
「これってもしかして……」
「病院で健康な女の子って診断されたでしょ。生理用品は必ず必要になるわ。あなたぐらいの年頃で来ていない人はかなり稀なぐらいよ。遅かれ早かれ近いうちに必ず来るわ。」
僕は2人から生理用品の使い方について教わった。
ゲス顔での説明はやめて欲しかったけど。
ともかくちゃんと周期も把握して対策しておけば、いざという時慌てなくても済むとのことだ。基礎体温も毎日測りなさいと言われた。
それにしても種類が多い。昼用、夜用、羽つき羽なしはまだなんとか分かる。
少ない日、普通の日用、多い日の昼用、と種類がさらに枝分かれしていてどれを選んでいいか分からなくなってくる。
こればかりは個人差があり、最適の商品は経験則から選ばざるを得ないので、昼用、夜用でとりあえずこれは持っておくべきという商品を持たされることになった。
ある程度予測はつくものの、いつくるとも知れない恐怖に怯えることになるなんて。
体内に時限爆弾を抱えてしまったような気持ちだ。
ついでに化粧品コーナーで僕の化粧品を購入することになった。
父さんと共用の洗顔料ぐらいしか使ったことのない僕は必要ないんじゃないかと主張したのだが、
「確かにすっぴんでその肌の美しさは反則ね。男の子のときも男にしとくのがもったいないようなお肌だったけどね。さらに磨きがかかってるわ。キィー!チートよ!チート!異世界で活躍待ったなしだわ。 うらやましい。」
母さんが僕のほっぺたの両側をつまんでこねくりまわす。
異世界?母さんは暇な時、スマホやタブレットをニヤニヤと気持ち悪い笑顔で見ているときがあるけど、いったい何を読んでいるんだろう?
「それにもっちもちのすべすべ。なんなのこの娘」
「やへへよ、はあはん。」
ひとしきり僕のほっぺたを弄んで満足したのか母さんは説明する。
「これは最低限女としての嗜みよ。素材は完璧なのだから、基礎化粧に留めるわ。それ以上に美しくなりたければお小遣いで工面するように。」
「いいえ最低限のもので結構です。」
僕が美しくなってどうするんだよ。
「おねえちゃん、夏美の貸してあげるから遠慮なく言ってね。」
「はいはい、必要になったらね。」
僕は妹の助け船をすげなく蹴り返した。
ドラッグストアでの試練を乗り越え、今度は食料品の購入に向かう。
車への積み下ろしまでは僕と夏美は特に手伝えることもなかったので、母さんの買い物中はホームセンターで過ごすことにした。
言うまでもなく僕は園芸コーナーの品定めへ、夏美はペット売場が気になるらしい。
移動を開始した僕達は通路でとてもよく見知った背中を発見した。
今このタイミングで一番会いたくなかった背中だ。
身長175センチ、細身ながら均整のとれた体つきは後ろ姿からでも僕の知る人物だと判断できる。
夏美に気付かれたら僕は誰なのかというという話題に発展してしまうだろう。それは避けたい。
頼む、頼むから振り向かないでくれよ。そう、そうだ。そのまま振り向かないで真っすぐ家に帰るんだ。
僕のテレパシーが通じたのか、彼はおもむろにこちらを振り返った。
彼には野生動物の勘が備わっているに違いない。
ヒロトはシベリアンハスキーのような精悍な顔立ちのイケメンだ。愛嬌のある口元は、彼が単なるイケメンなだけでなく、親しみやすさや安心感を感じさせてくれる。
ヒロトの家は両親が共働きだからお使いの帰りなのだろう。
片手に僕では持てないサイズの米袋を軽々とかつぎ、もう片手には荷物を満載したエコバッグを持っている。
僕と違って陸上部で鍛え上げ、体の各所についたしなやかな筋肉は凄まじい爆発力を秘めている。
余談だが弘人の野性的でありながら美しいフォームでの力強い走りはそれを見た女の子を魅了し、彼への告白ラッシュが止まらなかった時期があったぐらいだ。
結局誰とも付き合わなかったんだけどね。もったいない。
彼のエコバッグはおばさんのものだろう。
ピンク色でかわいらしいウサギがプリントされているが、それを持つ彼の男らしさは微塵も損ねられていない。
どんな装いをしていても彼は実に男らしいのである。
なのに僕ときたら……
「ん?夏美ちゃんじゃないか久しぶり。友達と買い物?」
「ヒロト先輩お久しぶりです。この娘はですね……」
ちょっと!僕の心の整理がつくまで黙っている約束じゃないか!
僕は咄嗟に夏美の口をふさいだ。