4話 契約成立
父さんは会社に出勤したので僕たちは3人で郊外に様々な店を構える複合商業施設ジュオンモールにやってきた。
来店の目的は僕の衣類を揃えるためだ。
今日の僕はTシャツの下に母さんのカップ付きのキャミソールを着ていてその上にパーカーをはおり、下はジーパンをはいている。
ピンクのキャミソールはかわいらしいデザインで、リボンが胸元についている。
キャミソール着用の如何について激しく抗議をしたけれど、Tシャツだけだと乳首が浮いてしまい、男性の視線を集めてしまうとのこと。
ブラジャーを買うまではそれで隠さざるを得ず、僕はしぶしぶ承諾した。
確かにそんな女の子がいたら僕だって見てしまうだろう。誰だって見る。もちろん見られる側になるのもごめんだった。
ジーパンに関してはスカートをはくべきと主張する母さんに抵抗してなんとか勝ちとった僕の誇りだ。
以前の男もののジーパンはお尻がつっかえてはけなくなっていたので母さんのものを頂戴した形だ。
それでも女性のジーパンはお尻のあたりに丸みがついており、お尻の形が浮き出てしまっているようで恥ずかしい。ぴたっとしていて生地が薄いのも頼りない。
さらにジーパンの足の長さが足りず、足首から脛の一部が露出しておりちょっとスースーする。
僕の姿を見た母さんはぶつぶつと
「私の足が短いっていうの!」
何やらつぶやいている。
あとウエストも余っていることを伝えたら母さんはその場に泣き崩れた。面倒くさい人だ。
まずは最初にジュオンモールの一角のランジェリーショップに向かった。
色とりどりの下着が展示され、マネキン達が扇情的なポーズでこれでもかと己のプロポーションと下着の美しさをアピールしている。
男の時は顔を赤くして横目に通り過ぎるだけだった売り場だったけど僕は今その世界に足を踏み入れようとしている。
「店員さんすいませーんこの娘の採寸をお願いできますか?」
母さんは早速店員のお姉さんに声をかけている。
「かしこまりました。採寸ですね。」
かなりの美人なお姉さんがメジャーを手にこっちにやってくる。
お互いの顔が一瞬すれ違って少し緊張してしまう。
男の時は縁がなかったであろうお姉さんにほとんど密着のような接近をされて動悸が激しくなった。
いい匂いがする。シャンプーだろうか、香水だろうか。
メジャーとお姉さんの指が触れる度に声をあげそうになるのを必死で我慢した。
気を逸らすものはないかと辺りを見回すと、下着を物色していたはずの夏美がこっちを見てニヤニヤしている。
これは男の生理現象なんだから許せという意思を込めて夏美に視線を送り返す。
夏美は大げさに呆れたと言わんばかりのジェスチャーをして下着の物色に戻った。
間もなくしてお姉さんは測り終えたようで僕から離れた。
この体が男だったなら夢のひとときだっただろうに。
店員さんが母さんにいう。
「かわいい娘さんですね!スタイルもすごくいいですし、何を着ても似合いますよ♪」
お姉さんのお世辞に聞こえない手放しの称賛に僕は顔を赤くした。美人は何を言っても得ですね。
母さんが僕のサイズに合わせていくつか候補を見つくろい次々と僕に手渡していく。
「千秋ちゃんとりあえず試着してみなさいな」
ここまできたら男は度胸だ。
僕は頷いて試着室の中に入った。
パーカーとTシャツ、キャミソールを次々と脱ぎ、ブラジャーを手に取る。これどうやってつければいいのかなと思っていたところで、母さんが試着室に顔を出した。
「ブラの付け方分かるー?」
「っ!」
僕は顔を赤くして反射的に胸を腕で隠した。
「仕草や表情は女の子そのものね。素質を感じるわ。ひしひしと」
いいえ、実の息子を見るものではない視線に恐怖を覚えているだけです。素質なんてない……はず。
とにかく僕は意を決して母さんのレクチャーに従いブラジャーの付け方を不器用ながらも四苦八苦して身に付けた。
女の子って大変なんだな……
次に立ち寄ったのは洋服の店だった。
母さんは既に僕の体型を把握したのか次々と服を選んでカゴに放り込んでいく。その中にスカートを発見した僕は
「ちょっと!レディースものの服は認めたけどスカートは制服以外では履かないって約束したじゃないか!」
「そのうち気が変わるかもしれないでしょ。それに夏美が成長したときにあげれば無駄にならないわ」
「僕の気が変わるのはありえないけど、夏美に似合うのだけは同意するよ。」
「えぇーお姉ちゃんもったいないよ絶対似合うって。」
「そうよそうよ。千秋ちゃんがスカートをはかないのは枝豆のないビールみたいなものよ。」
ビールの味を知らない僕にその例えは理解できないんだけど。
「分かったわ。じゃあこうしましょう。今使ってる農具。大分痛んできてるでしょ?」
うん。破損部位もあって粗末な修理で騙し騙し使っているものもある。
経年劣化で使い勝手の悪くなっているものも多い。
「ここのホームセンターで全部新調してあげる。」
「ほんと!?」
「母さんは約束は破らないわ。」
今破ろうとしたじゃないか。とツッコミたいのをぎりぎりで我慢して僕は目を輝かせる。
母さんの不興を買って話を反故にされてはたまらない。
「さ ら に」
「母さんと夏美のプロデュースしたものを着用してくれた場合は毎月欲しい苗をひとつ買ってあげるわ。」
マジですか!?
脳内にこづかいでは手が届かず断念したいくつかの花が浮かぶ。破格の報酬に僕はあっさり陥落した。
プライドなんて犬にでも食わせてしまえ。
「母さん!何でも着ます!何でもします!だからどうか!」
「今、何でもするって言った?」夏美が何か言っているようだが僕は目先のご褒美に興奮していて他のことが考えられない。
「契約成立ね。……物で簡単に釣られるなんてチョロいわね……千秋のお婿さん選びは慎重にしないと不安だわ……」
「……? 何か言った?母さん?」
「何でもないわ。契約は成立した。だから君、まずは試着したまえよ。なあに、何が起きても全て悪い夢のようなものさね。」
僕は目先の利益のために魂は男でありながら積極的に女装をするという業を自ら背負った。
後悔はしている。だがこれから出会うであろう花達のことを思えばこのようなもの痛痒も感じない。
母さんと夏美に代わる代わる様々な服を着せられ、ポーズをとらされたが僕は人形に成りきってこの困難に立ち向かった。
苦難を乗り越えたことで男子力が上がったはずだ。 たぶん。
大量の買い物になったが、今着ている母さんの服の、胸やら尻やら足がきつかったので購入したものに着替えることになった。
モールでお昼を食べた後もあちこち歩き回るので、シンプルなデザインが気に入ったカットソーにカーディガンをはおり、動きやすいジーンズのショートパンツとニーソックスをチョイスした。
母さんがおすすめだというパスタのお店に向かう。
通りすがるお客さん皆が皆僕を見てくる。
特に男性の目線は鈍感な僕でも分かりやすいぐらいだった。
非常に落ち着かない。
どの男性も顔→胸→脚→胸の順番で見てくるのが手に取るように分かる。はっきり言って不快な視線だ。
男だった頃、見知らぬ他人の視線など気にしたこともなかった僕でも気づくぐらいだから。普通の女性なら気づいているんだろうな。
「もしかして僕見られてる?」
「「そりゃ見るに決まってるでしょ。」」
母さんと夏美がハモった。
「千秋ちゃんたら美少女になってからすっかりナルシストねぇ」母さんが茶化してきた。
「そうじゃなくてさ、もしかして女性って男性のこういう視線って気づいてるもんなの?」
2人は何を今さらという表情をする。
「学校だと半分は男なのよ。それも女の子に飢えた男子高校生の群れよ?いい機会だと思って慣れなさいな。
そうね、この現象に名前を付けるならそうね、美少女税と呼ぼうかしら。」
「おねえちゃんには支払いの催促が送られてきたんだね♪」
生きてるだけでむしりとられる住民税みたいなものがあってたまるか。
「千秋ちゃんは男の子だった頃異性を性欲ギラつかせた視線で見たりしなかったのかな~?」
過去に見た加奈子ちゃんの肢体が脳裏をよぎる。
「……しないよ!」
図星を突かれた僕は反応が一瞬遅れてしまった。
仕方ないじゃないか魅力的な異性がいたら目で追ってしまうのは人間の動物としての本能なのだ。
ロクな2次成長の来なかった僕でさえそうだったのだ。
健康な男性諸君の気持ちは察するに余りある。
かといって今は彼らの肩をもつ気はさらさらないが。
まさか美少女税を取り立てる側から搾取される側になるなんて夢にも思わなかったけど。