31話 3日目後編 ストロベリってます。当社比比較果汁120%
うわああああああああん!!!!
お風呂から部屋に戻るなり僕はベッドに顔からダイブする。
髪を乾かすのも忘れ、激しく悶える。
頬が熱い、異常にほてっている。そのまま膨れ上がって破裂しちゃうんじゃないかってぐらいに。
言いだしっぺは僕だったとはいえ、ヒロトと……結婚生活なんて
結婚生活の段取りって言ってたけど、どこからなのかな?
お互いに告白して、キスを交わして、お付き合いをするでしょ。初めてのデートでは精一杯おめかしをして手を繋ぐんだ。
大学生活をしながらそろそろ頃合いかなって時に婚姻届を出して、同じお布団で寝起きして、朝ごはんをヒロトに作るんだ。
それでヒロトがおいしいって言ってくれるんだ。将来ヒロトがお仕事に行く時は行ってきますの……
「千秋!ちょっと!聞こえてる!?シーツ濡れてるわよ!!」
僕は加奈子ちゃんの大声と肩を揺さぶられて我に返った。
ああああああああ!
今、僕は何を妄想してたんだ!
男なんだよ僕!ヒロトとそんなことしたらホモじゃないか!!
親友を相手に結婚生活なんてヒロトが可哀想じゃないか!
僕は続きを再生しようとする脳内の邪悪な妄想を必死に振り払う。
やだよ、これからどんな顔してヒロトに会えばいいんだよ。
加熱されたおもちのように膨らもうとする頬を懸命に叱咤して加奈子ちゃんに謝罪する。
「ごめんね加奈子ちゃん心配させて。」
「別にいいわよ。何があったか知らないけど、ヒロトのやつはとっちめといたから。
あのね千秋、ヒロトだってスケベな男の子なんだから気軽に体を許したりしないように。
今のアンタは誰が見たって美少女なのよ。」
ヒロトに体を許す?
結婚したらそういうこともあるんだよね。
他の男だったら死んでもイヤだけど、
ヒロトだったらイヤじゃないかも……?
って違う!違う!違う!違う!
どうしちゃったんだよ……僕
「はあ……とりあえず髪を乾かしてきなさい。朝食もできてるそうだから、降りてこいって。」
「……うん」
朝食の席には既にヒロトが座っていた。
僕は向かいの席に腰を下ろす。
少し前まで平気だったのにヒロトに目を合わせられない。
僕が黙っている内におじいちゃんとおばあちゃんが揃い、皆でいただきますをして朝食に箸をのばす。
緊張してご飯が喉を通らない。
「千秋。 なあ、聞こえてるか?千秋。」
「ひゃっ!ひゃい!! 何?」
「醤油とってくれないか?ここからじゃ届かないんだ。」
「あ、うん僕が持ってちゃってたねごめんごめん。」
ヒロトに醤油さしを渡す瞬間、お互いの指先が触れる。
高圧電流でも流しこまれたんじゃないかってショックが指先から流れて醤油さしを落としそうになる。
ヒロトは醤油さしを難なくキャッチして目玉焼きにかけた。
「サンキュ。」
あ、ヒロトって目玉焼きには醤油派だったんだ。僕と同じだね。
ヒロトと一緒に生活するなら僕が減塩醤油を用意してあげないと。
ハッ!!まただよもう!うう……
「ヒロト、私にも醤油を回して。」
「かしこまりしてございます。加奈子様」
「その気持ち悪い敬語いらないわよ。」
目玉焼きにソースをかけようとしていた加奈子ちゃんが醤油をかける。
僕らが目玉焼きに醤油で食べているのを見て宗旨替えしたのだろうか。
ムスッとした表情で目玉焼きをつついている。
ヒロトとの間に何があったのか、かなり不機嫌だ。
普段の朝食よりも豪華だったんだけど、味全然分かんなかったな。
朝食後僕達は荷物をまとめ、お部屋の掃除をして帰り支度を始めた。
3日間お世話になったおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶をする。
「おじいちゃん、おばあちゃん僕の友達までお世話してくれてありがとう。」
「なあに、礼には及ばんよ。お、そうじゃった千秋、夏休み1週間でいいからうちでバイトせんか?
千秋の滞在期間だけ完全予約制にして宿泊料金を色々とでっちあげて倍にするんじゃ。」
おじいちゃんがそう言ってノートパソコンの画面をこちらに向けてくる。
ブログの編集中の画面だろうか。とりあえず見出しから目を通す。
えーとなになに、『夏休み企画1週間限定当館の看板娘出勤情報!当館自慢の看板娘が朝夜のお食事で皆様に御奉仕いたします。』
ふむ。ウエイトレスをするってことか。それで?
『なお、オプションといたしまして握手会お1人様5千円、写真撮影は2万5千円となっております。
その他オムライスへのケチャップアート2千円、じゃんけんゲームは1回千円です。どうぞ、お気軽にご利用下さいませ。』
文章の下にはメイド服を着た僕が目元や口元を手で隠した画像が何枚か掲載されている。
それにしても高っ!写真撮影高っ!1泊の宿泊料金より高い!!それ以外もお気軽に利用できる値段じゃないよ!!
どれだけ金の亡者なんだよ!おじいちゃん!!
「おじいちゃん!バイトするのはいいけど、僕はメイド服なんて絶対着ないよ!撮影もダメ!知らない男の人と握手するなんてヤダ!」
「東京ではメイド喫茶なるものが流行っておるとテレビでやっててな。儲かると思ったんじゃが……成果に応じてご祝儀も出るぞ?」
「お金のことを言ってるんじゃないんだよ!おじいちゃんは孫のことをなんだと思ってるのさ!」
「そうですよ善吉さん。可愛い千秋を汚い大人の世界に放り込もうだなんて。ちょっとしつけが必要なようですね。」
おばあちゃんがおじいちゃんの襟首を掴む。
大柄なはずのおじいちゃんを細腕で持ち上げた。
完全に踵が宙に浮いている。
「ま、待てばあさん!話せば分かる!ほんのジョーク!ジョークじゃよ!出来心だったんじゃ!……半分くらいは」
「何も反省されていないようですね。 千秋、おばあちゃんを訪ねてきてくれて嬉しかったわ。またいつでもお友達と一緒に遊びにいらっしゃい。歓迎するわ。」
おばあちゃんはそう締めくくると、おじいちゃんを捕獲したまま、事務所の奥に下がっていった。
おじいちゃんのペンションを後にした僕達は最後に旅のお土産を購入するため、屋台やお土産屋さんが立ち並ぶ商店街にバスで向かった。
現地はゴールデンウイークのためか、まるで縁日のように観光客でごったがえしていた。
これじゃ歩くのも一苦労だ。
「俺が先頭に立って人ごみをかきわけて進もう。2人は俺の後に続いてくれ。」
「気がきくじゃないヒロト。」
さすがこういうところは男の子だよね。
持ち前の体格を生かしてすいすいと進んでいく。
僕達はヒロトの背中を追って売店をきょろきょろとおのぼりさんのように見て回りながら進む。
すると僕がはぐれてしまうのを警戒してか加奈子ちゃんが肩を密着させてきた。
そして、僕の腕をとって二の腕を絡ませてくる。
わ!加奈子ちゃん当たってる!柔らかいのが!
そんな僕の表情を読み取ったのか
「当ててんのよ」
どこかの漫画で見たようなセリフを加奈子ちゃんがボソッとつぶやいた。
人ごみに押されるたび加奈子ちゃんは僕を離すまいとぎゅうぎゅうと力を入れてくる。
朝食の時は機嫌が悪そうだったけど、今の加奈子ちゃんはなんだか楽しそうだった。
よかった。よくわからないけど機嫌を直してくれて。
3人での旅の思い出せっかくだから良いものにしたいもんね。
横顔を見ていたら加奈子ちゃんもこちらに気づいて微笑んだ。
何が嬉しかったのか、頭を僕の肩に預けてくる。
主人に構って欲しい時の家猫みたいだ。
そんな加奈子ちゃんが可愛くて頭を撫でてみた。さらさらとした黒髪の手触りは気持ち良い。
僕が頭を撫でると加奈子ちゃんは少し驚いたもののうっとりと目を細める。
今日の加奈子ちゃんすごく可愛い。ドキドキしてきたよもう。
加奈子ちゃんでも甘えん坊さんな時があるんだなと新鮮な感想を抱きつつ僕は商店街をノロノロと歩いた。
さて、色々と見て回ったけどお土産何にしようかな?
鉄板なのはお菓子の類だ。皆が苦手でないものを選べばいいし、食べたら無くなるから後腐れがない。
逆に置物やキーホルダーなんかは好みが分かれるし、使われないと寂しいから却下。
ペナントなんて誰が欲するんだろう?布に文字が書いてあるだけだ。
あとあちこちにあるシニアの女性向けの衣類の販売店。
わざわざ観光地で衣類を購入するお客さんなんているんだろうか?
いや、地元のお客さん向けなのかな?
自分には関係のないマーケティングに思索を広げてしまう。
お土産屋さんって明らかに観光向けでないお店があったりするよね。
そういったお店があちこちにあるせいか僕は何を選んでいいやら盛大に迷っていた。
お菓子にするのは決まったのだが、種類が多いのと人が多すぎてゆっくり見られないのでなかなか選べない。
ついでに以前に夏美がプレゼントしてくれたブローチのお礼も探しているのだけど。これだと思うものは見つからなかった。
埒があきそうになかったので僕はヒロトと加奈子ちゃんが選んだのと同じお菓子を購入することにした。
ハーブ園の牧場から直送の牛乳や卵でできたプリンやクッキーを買っていく。
夏美へのお礼は妥協したくないのでまた今度だ。
お土産の購入が完了し、商店街の人ごみから解放された僕達は喫茶店で一息ついた。
まだ午前中だというのにどっと疲れがわいてきて、テーブルに突っ伏する。
「疲れたー。日本人の買い物に対する意欲強すぎだよー。」
「そう?私はまだまだいけるんだけど。」
「人いきれにあたったんだろう。俺も少々疲れたし、しばらく休憩しよう。」
「さんせーい。」
僕はギブアップを宣言してコップのメロンソーダをストローからちゅーちゅーすする。
加奈子ちゃんはゼロカロリーのコーラを、ヒロトはコーヒーに口をつける。
ヒロト、コーヒーに砂糖もミルクも入れなかったんだけど、あんなの飲めるんだろうか?
「ヒロト、そのコーヒー苦くないの?」
「そりゃ苦いな。だが、ブラックのコーヒーは苦みも楽しむもんじゃないのか?」
「それだけは理解不能だよ。香りがいいのは認めるけど。」
「なら試しに飲んでみるか?新しい味覚に目覚めるかもしれん。」
「うーん、じゃあ少しだけ。」
コーヒーカップに口をつけてから気づいた。
これって間接キスじゃ。
あ、でも夫婦なら当たり前だったりするのかな?
休日はヒロトとコーヒーカップを手にゆっくりと団らんの時間を過ごすのだ。子供がお庭で遊んでいるのを微笑ましく眺めながら……
それいいかも…
「どうした?やっぱり甘くないのは苦手か?」
「へ?」
思考が余所にお出かけしていた僕はヒロトの声で急に現実に引き戻された。
あ、そうそうコーヒーの味見ね。味見。
黒い液体を口の中に流し込む。
「苦いっ!苦すぎるっ!ウドの天ぷらより苦い!」
「そ、そうか、うまいんだがなあ……」
口直しにメロンソーダをすすろうとすると加奈子ちゃんがいつのまにか僕のメロンソーダを飲み干していた。
「それ、僕のメロンソーダ……」
「美味しそうだったからつい。代わりに私のコーラをあげるわよ。」
わざわざゼロカロリーの飲み物を選んだのに甘いメロンソーダを飲みたかったなんて、やっぱり加奈子ちゃんも女の子だよね。
夏美も何度もダイエットに挑戦してはいつの間にか飽きて放棄を繰り返してたっけ。
別に太ってもいないのに健気なことだと思う。
僕もダイエットした方がヒロトは喜んでくれるのかな?
加奈子ちゃんは僕が痩せてた方が好きなのかな?
2人がどう反応してくれるのか気になって再び妄想の世界に浸る。
昔から人の顔色を窺がって生きてきた僕だけど、人に嫌われたくなくての行動だった。
でも、今はヒロトに、加奈子ちゃんにどうやったら好かれるのか気になって様子を観察してしまっている。
僕、変わったんだな。前向きになれたことが少しだけ嬉しかった。
きっと2人のおかげなのだ。
僕は今後の予定について話あう2人を横目に、頭の中で感謝を捧げた。
十分な休憩をとった僕達はその後お土産屋さんめぐりを再開し、満足したところで帰りの電車に乗り込んだ。
車窓から流れていく景色をぼんやり眺めながら想う。
3人で旅行なんて久しぶりだったから楽しかったな。
2人とも同じ想いだったのだろう。
「また、こうして3人で旅行に行きたいわね。」
「俺も同感だ。夏休みまた行くか?」
「そうね海水浴も行くわよ。アンタには千秋のナンパよけの仕事があるんだから。今度は大きなケンカに発展させないように。」
「分かってる。肝に銘じるさ。」
「旅行のためにも中間、期末試験赤点とらないように勉強会するわよ。」
「いいよね。僕、2人と勉強会するの好きだよ。」
旅行の帰りってどこか寂しい気持ちになるんだけど、次の旅行を考えている2人を見ていたらわくわくするのが止まらなかった。
素敵な友達に囲まれて僕は幸せなんだなって実感する。
この旅でヒロトと加奈子ちゃんにドキドキさせられるようなことは色々とあったけど、2人の温かい心に触れられて友情が深まったと思う。
帰路につくまでの間、僕達のおしゃべりはそれぞれの家に帰るまで途絶えることはなかった。




