26話 初日前編
待ちに待ったゴールデンウイーク初日。
アラームより早く目を覚ました僕のテンションは最高潮だ。
この体になってから泣きを見ることも多かったけど。変わらぬ2人の友情に感謝したい。
カーテンを開けると見事な快晴だった。
天気予報では当分雨が降る傾向もないそうで、屋外で過ごす予定が多い僕にはありがたいことだった。
洗面所で顔を洗っているとき鏡を見たら表情は最高ににやけていた。
こんな顔のままヒロトと加奈子ちゃんに合流したら、からかわれるのは必至だ。
「千秋ちゃんいつにも増して可愛いわね。ひょっとしてデートかしら?」
クールになれと鏡と格闘していると起きだしてきた母さんにからかわれた。
いつもの3人で出かけることは知っているくせに。
しかし、今日の僕は寛大なのだ。母さんの軽口だって受け流せる。
僕は母さんの侮辱を無言でスルーした。
「今の私は異世界で言うと、ギルドにやってきたばかりの弱そうな主人公を挑発する冒険者とは名ばかりのごろつきのようなものね。」
母さんのさっぱり理解できないものの例えも絶好調のようだ。
「つまり、母さんは今千秋とひと悶着起こしても許されるということ……。グヘヘ嬢ちゃんいい体してるじゃねぇか。こっちに来て酌しろや。」
母さんに充実した気力を割きたくなかった僕は相手をしないで洗面所を立ち去った。
こういう人は会話をした時点でつけ上がるに決まっているのだ。
部屋に戻ってきて着るものを選ぶ。
さて、今日は何を着ようかな♪
といっても行き先が山なので選択肢は狭まってくる。
山歩きや掃除にスカートなんてもっての外なので、パンツスタイルなのは決定だ。
メンズのものよりピチッとした生地は違和感は多少あるけど、ゆったりめのものがないので諦めた。
あるにはあるけどガウチョパンツと呼ばれるゆったり過ぎて山歩きに適さないものなので選択肢から排除した。
他にもっていく着替えは歩きやすさでハーフパンツにしておく。
ボトムスはこんなものだろう。
下が地味になった分、トップスは2人に可愛いと思ってもらえるようなものを着たいな。
色々と手に取っては体にあてて姿見を覗きこむ。
ん?
どうして僕はヒロトと加奈子ちゃんの反応を期待して服選びをしているのだろう?なんかおかしくない?
男の時なんて機能性さえ最低限満たしていれば、着られさえすれば、何でも良かった着た切り雀だったのだ。
けれど今は色々な服を着た自分を想像するのがなんだか楽しい。
その事実に気付いた僕は愕然とした。
女装慣れしたその手のご趣味の男性もこんな気持ちなのかな……
いや、2人が喜んでくれるならベストを尽くすべきじゃないのか?
悩んだ末僕は機能性を損なわない範囲で一番可愛いと思うものをチョイスすることにした。
準備を済ませて駅に向かうと、途中で加奈子ちゃんと合流した。
「おはよ。千秋」
「あ、おはよう加奈子ちゃん」
僕はぶんぶんと加奈子ちゃんに手を振った。
「今日はシンプルだけど一段と可愛いわね。もしかして自分で服を選んでる?」
「ありがとう。えっと変じゃないかな?」
「センスあると思うわよ。でもま、美少女は何を着ても似合うからほんとお得ね。」
「それを言ったら加奈子ちゃんは美少女そのものじゃないか。僕よりもよく似合ってるよ。僕が加奈子ちゃんが着てるかっこいいの着たって似合わないもん。」
今日の加奈子ちゃんは僕と同じパンツスタイルだけど、ボーイッシュなデザインのもので、それがスレンダーな体型と合わさってカッコよさと可愛さの両方を満たしている。
僕の見た目、どうせ変わるなら、もう少し中性的にして欲しかったな。
そんな事を考えていると加奈子ちゃんが僕の頬を両手で包んだ。
「つまんないこと考えてる顔してるわよ?私も楽しみにしてたんだから、笑ってよ。」
そうなのだ。僕には春の山菜が待っているのだ。想像しただけでヨダレが出そう。じゅるり。
「心配なさそうね。私の早とちりだったか。あと千秋、ヨダレ垂れてるわよ。」
「へ?あ、これは失敬。えへへ。」
駅に到着すると既にヒロトが待っていてくれた。
眠気覚ましか片手に缶コーヒーを握っている。
「よう、昨日はよく眠れたか?」
「おはようヒロト。僕はバッチリだよ。ヒロトは?」
「体調に問題はないが、なんだか興奮して寝付けなくてな。少々寝不足ってところだ。」
「へぇ、ヒロトが寝不足なんて珍しいね。可愛いかも。」
「……っ!」
ヒロトの顔が赤くなった。
「大丈夫?ヒロト、顔が赤いよ。風邪じゃない?」
僕はつま先立ちをしてヒロトの額に自分の額を合わせた。
あれ?平熱だ。
「ん。熱はないみたいだね。でも、体調が悪くなったら言ってね。常備薬ぐらいは持ってきてるから。」
「あ、ああその時は頼む……。」
「さ、2人とも馬鹿やってないで駅に入るわよ。時間までもう少しでしょ?」
「ごめん、そうだったね。いこっか。」
GW初日とは早朝のためか、駅に人はまばらだった。
遠出をする旅行客が数組いるぐらいだ。
何事もなく電車を乗り換えていき、最後に1時間丸々乗るのみだ。
車内はガラガラで僕達は対面の4人がけの席に座る。
流れのまま僕が先に窓側の席に座り、加奈子ちゃんが僕の隣に、ヒロトが僕の正面に座る。
やがて電車が動きだし、僕達はしばし、おしゃべりに興じた。
話題が段々と尽きてきたところで僕は
おしゃべりをしながら景色を見ていると青い水平線が目に入ってきた。
「あ、海だ!」
電車が海側を通過することまでは知らなかったので、思わぬ不意打ちに僕は歓声を上げた。
「へえ、こんなところに海水浴場があるのね。駅からも結構近いみたいよ?」
スマホで調べていた加奈子ちゃんが教えてくれた。
「夏休みに3人で海に行くのも悪くないわね。」
「いいな。俺も海で思いっきり体を動かしてみたい。」
「海かあ、僕はトンカチだから2人の泳ぎに付いてこられないけどいいの?」
「何言ってんの。こういうのは雰囲気を楽しむもんでしょ。泳げる泳げないは大して意味ないわよ。それとも、私が泳ぎ方教えてあげよっか?あとトンカチじゃなくてカナヅチね。」
「うーん、考えとくよ。」
といっても2人のお誘いなら絶対断らないけどね。
泳ぐ泳がないの話を出しちゃったけど、海に行くってことは水着を着るってことだよね。
まあ加奈子ちゃんも海は泳ぐのが全てじゃないって言ってくれたし、水着着なくてもいいよね?
それにしても海を眺めてたらなんだか眠くなってきちゃった。
母なる海というのは人に安心感をもたらすものであるらしい。
僕の母は油断ならない人だけどね。
時間はまだまだあるし、少し仮眠しようかな。
おやすみなさい。
加奈子ちゃんの声が聞こえ、僕は体を揺すられて目が覚めた。
どうやら目的の駅までもう少しらしい。ヒロトは忘れ物がないよう荷物をまとめている。
僕はというと思いっきり加奈子ちゃんによりかかって眠っていたらしい。
加奈子ちゃんが僕の肩に手をまわして体を支えてくれている。
「加奈子ちゃんごめんね。重くなかった?」
「軽すぎて驚いたぐらいよ。私とそんなに体格違わないのにね。…………柔らかったし、いい匂いもしたし……」
「筋肉は重量があるからな。加奈子の場合は……」
「ヒロト、アンタ、ケンカ売ってる?」
「滅相もありません。俺の失言でした。何卒お許しください。」
加奈子ちゃんの剣幕に押されてヒロトが丁寧すぎるぐらいに謝る。
ヒロトまで圧倒するあたり、加奈子ちゃんはナンパに苦労したことなさそうだ。
電車を降りた僕達は次にバスターミナルに向かう。
僕達の住んでいる町よりやや田舎ではあるものの観光地として成功しているためか、周囲に観光客が結構いる。
観光客が多いためか僕達の乗る予定のバスは1時間に4本も運行していた。
田舎だと1時間に1~2本でも珍しくないのでこれはありがたかった。
バスに揺られること15分。すっかり周りは山の景色になっていた。
外に出て深呼吸すると山の空気に心が洗われるのが分かる。
緑の匂いに全身がリラックスして気持ちがいい。
清々しい爽やかさに、スタミナのない僕でもいくらでも歩けそうだった。
あっという間におじいちゃんのペンションが見えてくる。
敷地に入ると薪割りをしている体格のいい老人が見えた。
僕のおじいちゃんの小原善吉だ。
「おじいちゃん!久しぶり!」
「おお、千秋か、息子夫婦から聞いとったが、こりゃまた別嬪さんになったの。隣の2人は千秋のご友人じゃな?よくおいでくださった。立ち話もなんじゃから中でな。」
僕達はおじいちゃんに誘導されペンションの中へお邪魔した。




