21話 子供の頃実家の畑で練乳チューブ片手にイチゴを貪った思い出を
日曜日。
この日は園芸部の水やり当番なので僕は学校に行く予定だ。
土日の部活動は安全のため、2人以上で行う規則なので加奈子ちゃんと水やりに行くことになっている。
通常の活動は実施せず汚れる心配がないため、ジャージは部屋に置いていく。
僕はリビングでくつろぐ父さんと母さんに行ってきますと伝え、玄関を後にした。
ドアを開けてすぐの位置に加奈子ちゃんが立っていた。
「おはよ、千秋。」
「おはよう加奈子ちゃん。わざわざ迎えに行かなくても連絡してくれれば良かったのに。」
「私がしたかったからしただけよ。今日は千秋と過ごす予定だったから、朝から気が急いちゃって。それに昨日の一件もあるしね。」
ナンパ事件で起きたことについては加奈子ちゃんにも勿論報告済みである。
電話越しでも彼女の男に対する静かな怒りが伝わってきて、被害者であるはずの僕が震える羽目になったぐらいだ。
「私の目の黒いうちは千秋に悪い虫は近づけさせないから。」
なんとも頼もしい闘気を迸らせて加奈子ちゃんは言った。
特に問題もなく僕達は園芸部の部室にやってきた。
そうそう毎日のように変態に遭遇するなんてあり得ないのだ。
水やりそのものは加奈子ちゃんと手分けして30分前後で終わった。
イチゴが既に結実していて赤くなるまでもう少しといった様子だった。
実が熟したら僕達一年生の歓迎会を兼ねてイチゴが振る舞われるらしい。
歓迎会(合コン)は丁重にお断りしたが。
僕もイチゴを育ててはいるけど、こちらはちゃんとした設備で育てられたイチゴだ。味の違いは気になっている。
僕がイチゴに愁波を送っていることに気付いた加奈子ちゃんが、千秋ったら食いしん坊ねと肩をすくめた。
いいじゃないか。イチゴが好きでも。僕はショートケーキのイチゴは最後に食べる派だ。それぐらいイチゴが好きなのだ。
おっとイチゴの話ばかりしてしまった。
次は市立図書館に行く予定なので、
部室の施錠を行い、鍵を返却してから校門に向かった。
校門付近のグラウンドでは運動系の部活動の生徒達が汗を流していた。
陸上部もいて走り込みを行っている。
丁度休憩時間になったのか、部長らしき男子生徒が休憩!と声をあげた。
足を止め、各々水分を摂り始める。
丁度いい機会だ。昨日助けてくれた陸上部の人達にお礼を言おう。
部員の中にヒロトを発見した僕は手を振ってみた。
すぐにこちらの存在に気付いたヒロトが軽く手を振り返してくれる。
僕が近づいて行くと、同じ部の先輩らしき男子がヒロトの脇腹ニヤニヤしながらこづいている。
ヒロトは憮然とした表情を返しているが。
男同士特有のやりとりを見て、僕はああいったスキンシップに混じれなくなってしまったんだなと若干の郷愁を覚えた。
「よう、千秋も部活か?」
水筒の飲み物を一口飲んでヒロトは声をかけてきた。
「こんにちはヒロト。僕達はもう上がりだけどね。
昨日のお礼を言いたくて。」
「別にいらないと思うが?俺たちが勝手に首を突っ込んだだけだしな。」
「そんなことないよ。夏美を助けてもらったんだもん。
あの、昨日、夏美を助けてくれた人達ですよね?
ありがとうございます。皆さんが助けてくれなかったらどうなっていたことか。
感謝してもしきれません。
僕にできることがあったら何でも仰ってくださいね。」
「小原さんちょっと作戦会議あるのでお待ちいただきたい。」
お礼を言ったら部員の一人に制止された。
「僕っ子!?オレの好みにどストライクなんですけど!それに何でもしてくれるってよ!?」
「いやいやいや、それより関川のヤツこんなに可愛い子二人と幼馴染みとか許されざるよ!」
「ボ、ボクは彼女の靴下に転生できればそれで満足なんだな。」
「じゃあ、ワイは彼女の髪留めをいただいていきますねー。あの子の髪をくんかくんかしたいんじゃあー。」
こそこそと部員達が何か話している。む、ミーティングか何かの邪魔をしてしまっただろうか?だとしたら申し訳ない。
「あのー都合が悪ければ出直しますよ。その時はヒロトを通しますし。」
「名前で呼び合う仲!?」
「関川クゥン、部活終わったらOHANSHIしよっか?」
「屋上に行こうぜ久々にキレちまったよ」
「……好きにしろ。」
話し合いが終わったのかさっきの部員が僕の方に戻ってきた。
「いやーすみませんね小原さん。こちらとしては何も要求するつもりはないんですよ。勝手に助けただけですしね。
なあに、関川に責任をとらせますんで。」
結局お礼を言う以上のことはできなかった。
僕の中で貸しにしておいていつかお返しするつもりでいようと思うのであった。




