20話 風呂に沈める(直球)
今日発生したナンパ事件のあらましは母さん達の知るところとなった。
警察沙汰になったのだ。黙っていることの方が両親との軋轢を生むだろうというのが夏美と出した結論だった。
僕らの話を一通り理解した父さんと母さんの見解は、休日は特に束縛したりせず、門限も今まで通りとのことだった。
部活以外での外出禁止令や門限が厳しくなることを想定していた僕は拍子抜けした。
ただし、危険そうな人を見かけたら逃げることや警察に通報することを注意された。
そして防犯グッズの所持を勧められた。
いざというとき使えるように練習しておこうと思う。
母さんから注意を受けた後、父さんが口を開いた。
「夏美を守るために大声を出したんだな。さすがお兄ちゃんだ。腕っぷしが弱くても立派な男の子だぞ。」
父さんが僕の頭を撫でた。
父さんに認められて僕は少しだけ誇らしい気持ちになった。
「母さんとしてはね、危険な男性さえ避けてくれれば厳しく言うつもりはないのよ。世の中には関わるつもりがなくても積極的に祟ってくる祟り神がいるわ。誰が見ても魅力的な千秋と夏美がそんな連中避けようと思ったら引きこもるしかないわね。」
けど、と続ける。
「母さんは千秋と夏美が世に出ないのは世界の損失だとも思っているのよ。」
母さんはかなり大げさなことを真顔で言ってのけた。
「変な連中はいくらでも涌いてくるものよ。実際父さんの会社が軌道に乗る前も、お金のために悪意をもって関わってくるのが掃いて捨てるほどいたしね。キリがないぐらいよ。それでも二人にはそういう人達を乗り越えて活躍して欲しいと思っているわ。だから強くなりなさい。女としてでもなく人として。私達の子供だもの、絶対にできるわ。」
不覚にも母さんの言葉に僕は感動してしまった。
目頭が熱くなる。
でも変な連中の中に母さんを含めてもいいよね?
そんなわけで家族会議はあっさりとお開きになった。
年甲斐もなく臭いセリフを吐いちゃったわーと母さんが悶え始めた。 うっとおしい。
その後はいつも通り夕食を食べて、後片付けを手伝い、お風呂に入ることにした。
父さんは自宅でする仕事が残っているようで後にすると言った。
母さんは
「千秋ちゃんの残り湯に浸かったり、飲んだりする重要な仕事があるの。だから後にするわ。」
と耳を疑うような妄言を口にした。
母さんの思惑にのせられるのも嫌だったので
「父さん、僕の後に入りなよ。」
とささやかな嫌がらせをすることにした。
「いやあああ!千秋ちゃんの成分が男のエキスに犯されるー!」
……もう付き合ってられないな。
そんな母さんを尻目に僕はバスルームに向かうことにした。
夏美はテレビに夢中だったし、僕が一番風呂でいいだろう。
服を脱衣カゴに放りこんで下着を脱ぐ。この体になってから短い時間しか経っていないけれど、自分の体だと思うと見るのも慣れた。
未だに他の女の子の体は下着姿すら直視できないけど。
メイク落としの効果もある洗顔料で洗顔してから頭を洗う。以前に母さんに言われた通りシャンプー、コンディショナーだけでなく、トリートメントも使う。
体を洗おうとしたところでバスルームのドアが開く音がした。
母さんか!最近風呂に侵入してくることがなかったので完全に油断してた!
抗議しようと振り返るとそこにいたのは全裸の夏美だった。
昔より丸みを帯びてきたお尻と膨らみかけの胸が愛らしい。
女性らしくなりつつある体のラインにキュートな顔だちは同級生の男子の目にはさぞ魅力的に映るだろう。
と、なぜ僕は妹の裸を淡々と描写しているのか。
「どうしたの?夏美。今は僕が入っているんだけど。」
「お姉ちゃんのお背中を流しに。」
「いいよ。自分で洗えるから。」
「えー、とっくに服脱いじゃったんだもん。このまま放置されたらアタシ風邪ひいちゃう。」
僕はため息をはーっと吐いて、しょうがないなあ、いいよと夏美に背中を預けた。
「やたっ!」
夏美はスポンジを握りしめて僕の背中を優しく擦った。
夏美の力加減は絶妙ですごく気持ちいい。意外にテクニシャンな手さばきについうっとりしてしまう。
夏美が僕の背中を擦りながら話かけてくる。
「女の子の肌だね……お兄ちゃんのお尻はちょっと安産型かな?お、本当に付いてない。アタシとおんなじだ♪」
「ちょっと!どこ見てんのさ!?」
夏美がいつの間にか僕の股ぐらを観察していた。
慌てて太ももを閉じる。
「別に小さい頃、何度も一緒にお風呂に入って見たじゃん。小さい象さんだったけど。引っ張ったりして遊んだよね♪」
「引っ張るのはやめてよ!あれ痛かったんだぞ。」
「いいじゃん。引っ張るもの今は付いてないからイタズラできないよ。残念♪」
全くもう!夏美はこういうところ成長してないな。
「前もアタシが洗いますかー?」
「いいえ!結構!」
夏美に背中を流してもらい僕は速やかに前も洗い流した。
「じゃあ、今度はアタシね。」
夏美と位置を交代する。
先程までの夏美の力加減と昔洗ってやったことを思い出しながら、僕は夏美の背中の上をスポンジで往復させた。
「あんっ」
夏美が外見にそぐわない官能的な声をあげた。
びくっとしてスポンジを動かす手を止める。
湯あたりでもしたか?うん、大丈夫そうなので再開する。
「お兄ちゃんもっと。あ、ん……あんっ……そこっ!いい!」
普段はくりっとした瞳を垂れさせながら要求をエスカレートさせる。
変な演技はやめて欲しいな。
「ちょっとふざけないでよね。」
「えへへ、気持ち良かったからつい。」
「からかうなら止めるよ?」
「ゴメンゴメン。反省してまーす。」
反省のかけらなど微塵も見せない様子で続きをせがんでくる。
なんとか夏美の背中を流し終え僕は先に湯船に入った。
今日は色々と大変だっただけにお湯の温かさは格別だった。
ぼーっとしながら体と髪を洗う夏美を見る。今日事件があったことなど感じさせない明るい空気を発している。
夏美は強いな……
程なくして夏美も体を洗い終え、僕の隣に入ってきた。
僕の家のお風呂は大きめに設計されていて、女の子二人ぐらいなら十分に入るスペースがある。
が、夏美はスペースがあるにも関わらず僕の肩にぴたっとくっついてきた。夏美がはふーっと息を吐いた。
そのまましばしゆっくりとする。
「……」
「……お姉ちゃんのおっぱいお湯に浮いてる。」
この世界の人間は1日1回はセクハラせずにはいられない病にでも冒されているのだろうか?
「もう!いい加減にしないと僕上がっちゃうよ!」
「えへへ、お姉ちゃんが可愛かったから♪それよりもさ、今日はありがとねお兄ちゃん。」
「何が?」
「お兄ちゃんが不良に立ち向かってくれたこと。」
「そんなこと当たり前だろ?」
「うん。そうかもしんないけとさ。すっごくかっこよかったよ。女の子なんだけど、ああ、やっぱりアタシのお兄ちゃんなんだなって思った。アタシお兄ちゃんがヒロト先輩みたいな1人で解決できるような力の強い人じゃなくたっていい。仮にそんなお兄ちゃんがもう1人いたとしても、アタシ、今ここにいるお兄ちゃんの方がいい!お兄ちゃんがお兄ちゃんで本当に良かった!」
お兄ちゃんがゲシュタルト崩壊しそうだ。
けど夏美の気持ちは充分すぎるほど伝わった。
僕の顔は茹で蛸のように赤くなっていることだろう。
みんなふざけたと思ったら真面目になるのやめてほしい!
僕の心臓は不意打ちに弱いのだ。
「結局ヒロトや周囲の人に助けてもらってばかりだけどね……あの時ヒロトが来なかったらと思うとぞっとするよ。」
あー、なんだか頭がぼんやりしてきた。
くらくらする。いかん落ちそうだ。
「そうだけど、お兄ちゃんはさ……ちょっとお兄ちゃん!?お母さーん!お兄ちゃんがー!」
湯あたりしてしまった僕は、目を覚ますまでバスタオル一枚のまま母さんの膝枕を堪能するという地獄を味わうことになるのであった。




