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18話 前半戦


土曜日。魔改造民族である母と妹によって僕は変身を遂げた。

なんてことはなくいつもと異なるヘアスタイル、ファッションにしただけだ。

サイドテールに髪を結い、白生地に紺のラインが入ったボーダー柄のシャツに真っ赤なミニのフレアスカート。スカートはそのままだと太ももが見えてしまう長さだ。

今日は若干気温が低いので黒いストッキングを履くことで寒さをカバーした。春だからいいけど、コレ冬は普通に寒くないのだろうか?

スカートにストッキングの女性は冬場目にする機会は多い。

2人に聞いてみたところやはり冬はないよりマシという程度らしい。

女性の涙ぐましい努力を垣間見た気がした。


サイドテールについては妹に結ってもらった。

夏美は物心ついた時からずっとショートヘアなのにどうして結べるのか聞くと友達のを結っている間に覚えたらしい。


あとトップス?と表現するらしい。

ボーダー柄のシャツは鏡越しに見てみると横のラインが体を立体的に錯覚させる効果があるようで、僕の胸の部分がやたらと強調されて見えた。

夏美曰く、胸の小さい人はブラのパッドと合わせて大きく見せ、元々大きな人はより大きく見せるのが戦略なのだとか。

後者はともかく前者にひっかかってしまった男性は「騙されたー」と後悔するのだろうか。

男の頃は女の子の胸の大きさにこだわりがなかったので分からない。

加奈子ちゃんみたいな手足のすらっとした女性が好みだったと思う。

そういえばヒロトに聞いてみたことはないけど彼も大きい胸の子の方が好みなのかな?

僕の胸の大きさはカップにしてDと言われ、大きすぎず、小さすぎない理想そのものだと太鼓判を押されている。

幼稚園の頃から一緒なのにヒロトの女の子の趣味って聞いたことがないな。中学時代も告白を全部断ってたから好みが分からないぞ。

今度後学のために聞いてみてもいいかもしれない。


話が大分寄り道してしまった。

まとめると今回の僕は以前のブラウスやロングスカートで固めた清楚なお嬢様系と違い、活動的な女の子をコンセプトにしているそうだ。

靴は前の時に窮屈なパンプスを履かされたが、今回は楽なスニーカーなのでありがたい。

もし、今日一日パンプスなんて履いて歩いていたら痛くて眠れなくなりそうだ。

僕は男の時より若干大きくなったスニーカーを履いて夏美と一緒に玄関を出た。


「エスコートするなんて言ってたけどどこに行くつもりなのさ?」

「ジュオンでウインドウショッピングして帰りに商店街をウインドウショッピングだよ。気に入ったものがない限りは。」

うへえなんだソレ。自分が女の子の衣類を身につける境遇になってしまったとはいえ、女の子のこういう買い物は疲れるのだ。

お店に到着する前から僕は約束を安受け合いしてしまったことを後悔した。

「まぁまぁ、間に映画でも見に行って休憩を挟むから。」

「ふーん。映画は何が見たいの?」

「えーと何やってたかな」

夏美がスマホを操作して上映作品を調べ始めた。

「貴公の名は」

「何ソレ?」

「えーと、無名の戦士が己の地位と名誉、財産を得るために高名な騎士に近づいて信用を得てから騙し打ちにする話だって」

「それはパスかな。興味ない。」

そんな卑怯な戦士は返り討ちにされて煽られてしまえばいいのだ。 次侵入する気が起きないぐらいに

「あとは『時計塔のマリア様がみてる』だね。ひなびた漁村で人間の女の子と海から現れた目玉だらけの怪物の女の子が恋に落ちる話なんだって」

「それもパス。観ていたら正気を失いそうだ。」

「ん~後は普通のハリウッドの大作アクション映画と普通の恋愛ものの映画みたいだね。」

「うん、普通でいいんだよ普通で。」

例え退屈でも終了まで眠ってしまえば問題ない。

「じゃあアタシ、アクションは興味ないから普通の恋愛ものにしておこうか。上映時間は…と」

「ちょうど1時間半あるからそれまで買い物に付き合ってよ。」

「うん、了解。」


まずはジュオンのティーン向けファッションを扱うお店にやってきた。

買い物をする時の女の子のバイタリティについて僕は過小評価しすぎていたことを悟る。

夏美は家族のひいき目を抜いてもかなりの美少女だ。

大概のファッションが似合ってしまう。

あれはどう?これはどうかな?

と次々に感想を求められ、最初はできるだけボキャブラリーを意識して褒めるようにしていたものの、

30分もしないうちにだんだんと飽きが来てしまい、いいんじゃないかな似合ってるよぐらいのことしか返せなくなっていった。

そんな僕のやる気の低下を察した夏美は、はーっとため息を吐いて、

「お兄ちゃんお疲れのようだしそこのカフェで休憩しよっか。」

と助け船を出してくれた。


カフェの席で夏美は

「もうお兄ちゃんそんなんじゃ女の子どころか男の子にもモテないよ?」

とむくれた。

「いいよモテなくて。」

「加奈子先輩と友達付き合いができるぐらいにはなりたいって言ってなかった?」

「言ったけどさー。人間そう簡単には変われたら苦労しないんだよ。」

「そうだねぇ。ファッションってやっぱ自分を好きになれないと楽しめないからねぇ……うん、お兄ちゃんにはまず自分を好きになってもらうことから始めないといけないね。」

自分を好きになる……か。幼い頃からコンプレックスの塊だった僕にとっては馴染みの薄い言葉だった。

僕が花に惹かれたのはコンプレックスなんかとは無縁で黙して語らない、ありのままの美しさでいるその姿に魅了されたからだろう。

だが、僕が人間である以上は黙って生活することなんてできないし、周りに自分の立ち位置を決められてしまうことだってある。

小さくて弱いという僕に対する周囲の評価は、僕自身の心そのものをそうなんだろうなと納得させるように誘導してしまうのだ。

ヒロトや加奈子ちゃんみたいな芯の強い人間でない僕にとって自分らしく生きるのはとても難しいと思う。

なんだか、落ち込んできちゃったな。

最近自分のことを受け入れて前進しつつあると思っていたけど。

ヒロトと加奈子ちゃん……


そうだ、こんな姿になっちゃったけど変わらず接してくれている友達の期待には応えてあげたい。

こんな僕に10年以上も付き合ってくれたかけがえのない親友たちなのだ。

だから少しでも自分を好きになれるよう努力ぐらいはするべきだ。


「ごめんね夏美。僕は間違ってたみたいだ。」

「?よくわかんないけどアタシとしてはお姉ちゃんが可愛い格好をすることに目覚めてくれるのならいいかなー。」

「それは約束できるか分からないけど。ほら、他に見たいところがあるなら付き合うよ。体力も大分回復したし。」

そうして夏美の買い物に根気強く付き合い、時間になったので映画館にやってきた。

土曜日だけあってお客さんの数も結構多い。

目的の恋愛映画は他のハリウッド大作アクション映画と違って人が少なかったので夏美が座りたかった位置の席をすんなり確保できた。

カフェで一息ついていたので飲み物や軽食は買わずに館内に入る。

館内は恋愛映画であるせいかほとんどが女性でカップルがまばらにいる程度だ。

今は他の映画の予告編が垂れ流されている。

えーと僕の席はと……

大学生らしきカップルの男性の隣に座る。

その男性は僕の方を見て呆けたようにしていた。

なんとなく目が合ってしまう。

するとその男性の彼女と思しき女性が彼の耳を強烈にひっぱった。

女性は彼を立ちあがらせ肩をいからせながら彼を引き連れて館内を出て行った。

予告編を観ながら数分後、ア○パ○マンのようにほっぺたを赤く膨らませた男性と溜飲を下げたような表情をしている女性のカップルが席に戻ってきた。

女性の方が僕に軽く会釈して僕の隣に腰かけた。

男性の方は心ここにあらずといった感じだ。

何があったんだろう。映画を楽しむって状態じゃないぞ。

その一連の流れが周囲の目に止まって僕の存在に気付いた女性達が、

「わ、見て見て!あの子すっごい可愛い!本物の妖精さんみたい!」

と最近よく聞くようになった言葉で盛り上がっている。

もう映画始まってるよ?観なくていいの?

「さっすがお姉ちゃん。ただいるだけで場の空気を変えちゃうんだね♪」

抗議しようと思ったが言葉にならなかったので僕はぐっと飲みこむことにした。

映画館の中ではお静かに。


結論から言うと僕は恋愛映画を舐めていた。

小学生の時、母さん、夏美の3人で見に行ったことはあったが退屈そのもので途中で寝てしまった。

それ以降同じ理由で恋愛を題材にしたドラマもロクに見ていなかった。

男としてヒロインのなすことや気持ちの移り変わりがよく理解できなかったのだ。

だから時に理不尽に責め立てられる相手の男性の方が気の毒に思えたりして素直に楽しめないのだ。


が、今は違う。ヒロインの感情の機微、行動が、自分に投影して見えてしまうのだ。

お互いに意識しはじめてから好意を抱いたり、仲を深め、時にはケンカして、やがては強い愛情で結ばれる。

後で見返してみればありふれたストーリーだったけどヒロインの溢れ出る愛情は確実に僕の心を打った。

ヒロインの一喜一憂する姿がまるで自分のことのように思えて、スタッフロールが流れ出した頃には僕は滂沱の涙を流していた。

「うっ…ぐす……よかった……」

最近特に涙もろくなっている気がするけど、これは作品に対する感動だった。

こんな恋ができたらいいなというぐらいに。


夏美が僕のことをじっと見ていた。気持ち悪いぐらいに優しい瞳で。

袖がシミになるのも忘れ、慌てて目元をぬぐう。

映画館を出た後夏美は


「映画を観てるお兄ちゃん…すっごい!女の子してたよ♪」


ニンマリと笑顔で言った。

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