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10話 過程なんてどうでもいいんだよ!オレのタラバガニを食らえ!

僕は気の済むまで2人の胸を借りてひたすら泣いていた。

ホント、女の子の体になってから泣いてばかりだ。

高校生になったら強い男になるって決意してたのにな……

ため込んでいたものを全て吐きだしてほっとした反動か、僕のお腹がくーっと音を立てた。

2人は顔を見合わせて笑った。


「そういえばお昼まだだったね。ちょっと待ってて準備するから。」

僕は赤面して席を立った。

あ、母さんたちのこと忘れてた。

母さん達が出かける前にいた応接間を覗くと、もぬけの殻になっていた。

それぞれの部屋にもいない。

スマホを確認すると2人で出かけてくるから後はお若い3人でと連絡が来ていた。

あなたなら何も心配いらないから胸を張りなさいとあった。

母さんは何もかもお見通しだったらしい。

想定問答は役に立たなかったけどね。


「何か手伝えることはあるか?」

「大丈夫。食器を少し持ってくるだけだから。」


そうして改めてコーラで乾杯し、ささやかな食事会が始まった。


「千秋さ、高校どうするの?」

「どうするって?」

塩ゆでしたタラバガニの殻を剥きながら僕はきょとんとして返事をする。

「まずは学校の対応ね。女子として通うことになるわけ?」

「ああ、学校の方は父さんに知り合いがいるみたいで手続きは大丈夫だって。さすがに体は女の子そのものだから周りの混乱を避けるために女子として通うことになったよ。」

「そっか。同じクラスになれるか分からないけど女として困ったことがあったら私に相談しなさいよ。もう遠慮はナシだかんね。」

そう言って僕の額をコツンとこづく。

「うん。ありがとう加奈子ちゃん。」

クラスかぁ……一緒になれるといいな。


「身長並ばれちゃったかぁ。ちょっと前まで私が見下ろしてたのにね。」

「やめてよ。それ結構気にしてたんだから。」

「身長なんて些細な問題よ。それよりも髪の色といい目の色といい、不思議ね。空というか水の中というか…そう、宇宙を覗いているような……神秘を感じるわ。」

「そんな大げさだよ。」


僕の髪と目の色はあの花の色にとてもよく似ている。

あの花は一体どこからやってきたんだろう。願わくば僕以外に犠牲者が出ることがありませんように。


それにしてもヒロトはさっきから無言だ。

ヒトはカニを食べる時無言になるっていうしね。

もくもくとカニの殻を剥いている。無駄のない手さばきだ。カニの殻剥きなら僕だって負けないぞ!

僕は密かに対抗心を燃やしてキッチンバサミを手に取った。


ヒロトは素手なのにハサミを持った僕が負けました。

ヒロトもカニが好きなのかなと思ったけど全然食べてない!剥いた端から僕の皿に置いている。


「ヒロト?」

「ん?カニ好きだろ?食べないのか?」

「食べるけどさ。ヒロトは食べないの?」

「オレはいいんだよ。千秋が美味そうに食べてるのを見るのがなんだか楽しくてな。」

そう言いつつ殻を剥く手は止めない。

ヒロトはいつだって僕のことばかり優先するんだから。

「こんなの滅多に食べられないんだよ!遠慮しないでヒロトも食べなよ。ほら、あーん」

僕は剥かれたタラバさんの足をヒロトの顔に突きだした。

こう言う時ヒロトは素直に食べない傾向にあるから、僕は若干強引にヒロトの口にカニ肉を近づける。

押して押して押しまくるのだ。殻剥きで負けた悔しさが僕に火をつけた。

観念したのかヒロトは顔を赤くしつつ無言のままカニにかぶりついて咀嚼した。


「……うまい。」

「でしょ。ヒロトはそういうところ損してると思うよ。ほらほらおかわりだよ。あーん」


「こいつら天然でこれだけのやりとりをしてやがる。…ぱねぇ、マジぱないっすわ。」

「加奈子ちゃん何か言った?」

「いーえ何でもございませーん。」


和やかな食事が終わり満腹になった僕は泣き疲れたせいもあってうとうとしてきた。

まだ2人を見送ってすらいないのにまずい……

全く自慢じゃないが僕は寝つきが良い方なのだ。

抵抗むなしく僕はあっさりと寝息をたてはじめた。



食後のお茶やコーヒーでくつろいでいると俺の正面に座っている千秋がいつの間にか船を漕いでいた。

あたたかくなってきたとはいえ、そのままでは風邪をひいてしまうだろう。俺は腰を浮かせた。

同じことを考えていたのか、加奈子は千秋の体を起こし肩を貸している。

そのまま寝室で寝かせてやるつもりのようだ。


「私が運ぶからヒロトはくつろいでていいわよ。こんな可愛い子のやわ肌に合法的に触れようなんてアンタにはまだ早いからね。」


その言い方にむっとして言う。

「別にそんなつもりじゃねえよ。女だろうが男だろうが千秋は千秋だろ。」

「分かってるわよ。からかっただけ。」

加奈子は人の悪い笑みを浮かべて言った。

そう、変わらないさ。千秋は千秋。女になったって引っ込み思案でオレ達に無邪気なところは少しも変わってない。


「それにしても寝顔は誰もが天使っていうけど、千秋のは格別ね。」

それについては完全に同意する。口に出しては言わないが。

「おい、いくら千秋相手でも変なことするなよ?」

「変なことって何よ?言ってみな。ん?」


今日の加奈子は意地の悪いことばかり言う。

「寝てるからって千秋の嫌がることはするなって言っているんだ。」

「最初からそう言えばいいのよ。ごちそうさま。」


俺は安らかな寝息をたてる千秋を見てこれからのことに思いを馳せた。



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