謎の女
混乱も混沌も全て混じれば、透明なスケッチになる。
勝手にエンディングテーマ曲
LAST ALLIANCE/sketch
{小説家になろう}と重複投稿しています。
名前は同じ、{利根屋ドット}です。
街のネオンは見るたびに、姿を変えて、道を照らす。
そんな目疲れを増長させる憂鬱な道路も、今日ばかりは、スポットライトと化し、僕を照らす。
足取りは軽く、12・12・123と地面を叩き付け、このまま、どこかにでも、飛んでいってしまいそう。
決して何があったわけでもなく、如何わしい異物を体に吸収したわけでもなく、ただ、そんな気分なのだ。
昨日、会社全員で花見に行った時、一人の上司が言った。
「桜ってのは偉いよな、散っても散っても、来年にはまた咲く、更には、歳を重ねるごとに綺麗に咲く、お前も桜みたいな男になれ」
桜が偉いのではなく、この場を提供している人間もまた偉いわけで、桜だけで、咲いていると思っていやがる、それに。
「綺麗に見えるのは、桜が綺麗になったからではなく、歳を重ねた僕達が、感性を磨いたからでは・・・」
あの時は酒も入り、気が鼓舞していたのか、上司に、正論は、気狂いだったであろう。
「お前はまた、つまらない事を言いやがって、今時の若いもんは、夢や希望を見ない、上を見ない、ただそこに居るだ
けなんだよ、それがお前のような、正論武装に身を包んだゲリラ、そうゲリラなんだよ」以下省略。
その後、一時間ほど、ありがたい説教を聞かせてくれた。
こんな昨日のエピソードすら、今なら鼻で笑える、例えれば、そんな気分。
しばらく歩いたネオン街にも、飽きが来た。
そうだ少し路地に、入ろう。
怪しげな店と怪しげな店の間に、開いた空虚な穴は、どこか異次元にでも行ってしまいそうな、そんな不気味さを漂わせている。
だが、入ると、店からの色んな匂いやら、煙やらが飛び交う煙突の中だった。
「なんだよ、何もないのか」少し気落ちする、今日はスーパーマンにだってなれそうな気分なのに。
「なんだか、調子付いてるようだね」暗闇の中からの、枯れ切った声に驚き、僕は腰を抜かし、尻餅を付き、両手を地面に付け、何も見えない影の帳を見つめていた。
空気が抜けたような笑い声が、狭い路地を包み込む。
反響した笑い声は、エコーを無尽蔵に造り出す。
不気味な不協和音を出すスピーカーへと姿を変える。
「男の癖に情けない、今灯りを点けるよ」そう言うと、今にも消えそうな淡い橙色のランプは、暗闇を晴らしていった。
恐らく、申し訳ない程度の明るさなのだろうが、不安でかき乱された僕の心には、救世主である。
何よりも、僕の心を晴らしたのは、声の主が霊などのオカルトめいた存在ではなく、ただの七十ぐらいのお婆ちゃんだったという事だった。
辺鄙な路地に机と椅子、その椅子に座る緑と水色のちゃんちゃんこを羽織る奇妙な老婆。
何もかもが、おかしすぎると人は、何も疑わなくなる。
「これも縁だ、情けない男だからこそ占ってやろう」
先ほどは気づかなかったが、下には{古い屋}と書いてある。
恐らく{占い屋}と書いているつもりなのだが、線が張り切りすぎている。
状況的には、何とも胡散臭く、何とも奇妙なのだけど、今日は占い屋の老婆に従おう。
「じゃあ、お願いするよ」そう返事して、老婆の居る机に近づくと、机には鮮血にも似た赤いフェルトの様な生地の布が、置かれ、その上に老婆は、黒く濁った水晶玉と、割り箸二本、透明なビー玉、恐らく老婆が自作したであろう赤いフェルト生地の人型のぬいぐるみが狭い机の上にずらりと並べられた。
このぼやけた明るさのせいなのか、胡散臭い占いも、真実味を帯びる。
老婆は割り箸を、手のひらで挟み、呪文らしき言葉を言う。
「ベルニ-ニャベルニ-ニャ、ハンサンバラ、カンサンバラ、ハムネストラー」と老婆は叫んだ気がした。
周りの静けさと、老婆の声の大きさが相まって、妙に恥ずかしい気持ちだ、僕は一体、何をしているんだと、妙に冷静になってしまっていた。
「お前さんは、今日選択を迫られる、それは人生の藻屑か、人生の昇華か、それを決めるのは、お前さん自身・・・それに、どうしようもない事象も含まれておる。」
それらしい言葉で、僕は少しばかりのため息と、汗をかき始めているが、心も体も氷の様に、凝固してしまっている。
「これが、必要になるじゃろう、持って行きなさい」そう言うと、老婆は、使い古された、鉛筆を、僕に差し出した。
「話は終わりだ、さっさと去れ」突然老婆に、偉い形相で睨み付けられ、僕は逃げる様に、路地を飛び出した。
路地を出て、すぐに止まり、息を整えていると、ある事を、思い出す。
貰った鉛筆を飛び出した拍子に、投げてきた事を・・・
少し躊躇はしたが、足はいつの間にか、路地の前へと、進んでいた。
路地から、先ほどの様相は消え去り、暗闇が路地を支配していた。
先ほどと、違うのは、僕が浮かれておらず、冷静であるという事だ。
スーツの右ポケットから、携帯を取り出し、ライトを点ける。
だが、ライトを点けた事で、冷静さはかき消された。
先ほどまで、居た筈の場所には、老婆どころか、椅子、机、未使用の占い道具すら、無い。
その瞬間には、尻餅を付いていた。
鼓動の音は、ロックチューンビート、心地良い音ではない・・・少なくとも今は。
一息つくと、体が麻痺していた事に気づく、お尻に違和感を感じ、手を入れると、先ほどの鉛筆が、右の尻を圧迫していた。
鉛筆を、左ポケットに入れ、また歩きだす。
しばらく、経つと、先ほどの出来事は、思い出となった。
12・12・12・3、リズムを取る足は、僕の心情を表す。
人生生きていれば、謎の一つや二つ、ぐらい、あるさ。
知ることも出来るだろう、だが今の僕には、関係がないだけ。
あんな、ボケた老人にはなるなという、神からの警告かもしれない。
昨日、会社全員で花見に行った時、上司が言った。
「酒ってのは、凄いよな、安くてもアルコールが入ってりゃ酔えるんだ、様は芯なんだよ芯、芯を持っているか、いないかで、男は決まる、お前はノンアルコールボーイではないよな?」
アルコールで酔えると言うなら、マキロンでも飲んでいるといい・・・それに
「なら、僕はノンアルコールでいいです、アルコールしかない世界で警察の検挙率が上がるのは癪に障るでしょう?」
酔った勢いか、気迷いか、それとも説教後の怒りか、ゲリラは攻撃的だ。
上司は高笑いしながら、言う。
「お前は立派なウォッカボーイだ」
そんな意味不明、時間浪費な話すら、足で軽く蹴り上げるだけで、笑い話に変えられる。
そんな気分で、ネオン街を、踊り歩いていくと、右前方に、綺麗な女性が居た。
髪は、肩まで伸びた黒髪ストレート、百六十センチほどの身長、体系は、小太り体系ではあるが、胸は大きい、見せ付けるように開いたピンクのワンピースが印象的だ。
頭の中では、色々な思考が張り巡らされる。
{誘えよ}{娼婦かな?}{彼氏にすっぽかされて、寂しいんだよ}{ロッキー山脈の谷間は目の前だ、さぁ飛べー}
男なら、どれを選ぶ?僕はどれも選ばない。
そのまま、通り去ろうとすると、右から声が聞こえた。
「ねぇ、何か、書くもの持ってない?・・そう鉛筆とか」
麗しいハイトーンボイスは雑多な音が溢れ返るネオン街でも、僕の耳に入ってきた。
先ほど、大変失礼極まりない妄想を繰り広げた女性だった。
彼女を見て、後ろ、左右を見渡し「僕に言ってます?」戸惑いは隠し切れない。
「うん、お兄さんに言ってるんだけど・・持ってる?鉛筆?」つぶらな瞳は確かに僕を見ていた。
偶然か必然か、先ほどの老婆が置いていった鉛筆を左ポケットから、差し出した。
彼女は、屈んでいて、手を伸ばすのも、面倒なのか「近くに来て」そう僕に呟いた。
無礼な女だ、一瞬怒りがこみ上げたが、仕方無く、近くまで持っていってやった。
「やっと逢えたね、運命の人」そう言うと僕の後頭部は彼女の柔らかな手に支配され、僕と彼女はキスをした。
僕は、目を閉じるという、暗黙のルールも忘れ、街灯を見つめていた。
ネオンの光が、三重にも四重にも、重なっていく。
青?赤?白?撫子?黄色?一体何色なんだ、この街は。
次の瞬間、重いまぶたを開けると、そこは部屋の灯りだった。
あれは夢だったのか、不思議な夢だったと感傷に浸りつつ、上体を起こすと・・手の感触が伝える、こんな布、僕は知らない。
周りを見渡すと、全てが違っていた。
間逆というのが適当だろう、清潔で、整頓されているし、何よりも匂いが違う。
昔、学校へ行くと、校門に居る新任の先生に話掛けるのが日課だった。
「おはようございます」太陽かんかん日照る天気に相応しい、何の迷いもない、そんな澄み切った言葉。
「おはよう、今日も元気ね」先生は綺麗だったし、何とも言えない匂いは、後に朝のシャンプーの匂いだと、わかるのだが、雄には無い、確かなフェロモンを感じさせる。
その匂いが、この部屋を占領していた。
八畳ほどの部屋には、今寝ているベッド、勉強机、本棚には女性が読むような甘い恋の漫画本数冊と、可愛い猫のぬいぐるみが大小様々置かれている。
そしてその 横には、如何わしきかな、クローゼット・・・夢の園。
匂いの元に惹かれる様に、ベットから立ち上がり足は自ずと、夢の園。
邪まな思考は、足へ伝わり、自動で動いている。
そうだ、これはエスカレーターなんだ、だから勝手に動いているのだ。
クローゼットの取っ手に手を掛けると、緊張は最高潮に達していた。
すると、どうだろう、信じられないぐらいの力が拳に入り、とんでもない勢いでクローゼットのドアが開いた。
少し驚いたが、今の状況に比べれば大した事ではない。
クローゼットの中は質素だが、彼女の美貌に相応しい、刺激的な楽園が僕をお迎えした。
そして、そんな楽園の中で、一段と輝いている場所がある。
クローゼットの中に、扉付きの棚である。
開けて、すぐ見られてはいけない物が、中に入っている。
つまりは禁断の果実が、中で実っているという事だ。
大目に含んだ、唾は口の中で、渦を巻いた。
その唾を一気に、飲む。
飲む音は口から頭に響く、静寂を劈く酷く大きい音だ。
白の曇り硝子の様な表面がまた男心を擽る。
その瞬間、僕は僕に恐怖した。
いつの間にか、棚の取っ手に手を掛けていたのだ。
気持ちよりも、先に動いたという事は考えが頭から、電気信号で手に伝わる、0.03秒のロスを減らした事になる。
これは、ライト兄弟が、空を飛ぶよりも、人類を前へ進めさせる、歴史的な進歩ではないのだろうか、そんな妄想をしている最中にも、手は、棚を少し開けていた。
そっと、棚に目を向けようとした、その時、事件は起きた。
「あれー?何を見てるのかな?」後ろを見ると、あの彼女が、キャミソールに、パンツ姿、そして何よりも、お風呂上りたての姿なのだ。
バスタオルを首に掛け、髪を拭きながら、こちらを見ている彼女に見惚れて忘れそうになるが、これは非常に凄惨な現場を見られてしまっている。
「まだ、頭がボケてるみたいだ」僕の幼稚な頭から捻り出された言葉はあまりに滑稽で、全身から虫唾が走る。
その一瞬の気の迷いが、体を硬直させ、皮膚という皮膚から、滲むような、汗が零れる。
「その割には、硬直してる所があるわよ、お兄さん?」辱めを、受けている・・・これはプレイか?プレイの一種なのか?
「下着を見たかったんだ」普通の一般ピーポーなら、この状況では、まだ淡々と、言い訳にすら、ならない嘘で自分を固めようと、必死に防衛する。
しかし、僕は違う、言い放つ!素直さや謙虚さを捨て、ただ真顔で言い放つ。
すると、彼女は腹を抱えながら、高笑いを始めた。
予想外の展開に驚くも、ここで、ダメ押しの牽制を怠れば、即逮捕!禁固刑!
「どうしても、見たかった、君のじゃなきゃ駄目なんだ」決まった・・・そう確信する。
最後の一手・・・それは、彼女でなければならないという独裁宣言。
褒める言葉を入れるだけで、すぐに女は転がり回ると、恋愛マスター教本という物に、書いてあったのだから、間違いない。
まるで、今日の僕のためにあるような本だった。
書いてるのを、見たときは、まだ僕は疑っていたが、僕が初心者だったという事だ。
「素直さに、免じて許してやろう」笑いながら、彼女は言った。
その後、僕と彼女は、ルーティンの様な、トークで茶を濁した。
{この家は実家?}{あの時、君はネオン街で何をしていたの?}{髪はストレートパーマ?}など、知らないという事は、場を盛り上げる。
何を聞いても良いのだし、こちらも高揚する。
小一時間話したあと、僕は核心に触れようと、口から手を伸ばした。
「運命の人って何だったの?てかっもしかして、キスした?」今までの浮き足だった会話が嘘の様に、雰囲気が重くなったのを感じる。
彼女は俯き加減で、こちらを見ては俯き、見ては俯きを繰り返す。
口角は上がっている様にも見えるが、それがかえって不気味だ。
場の戦慄が、何だか、むず痒い。
鶏の羽化を、観察している様な、むず痒さだ。
僕は何を知りたいのだろう、知ってどうなるのだろう、彼女はただ、今の彼氏に対する報復で、僕に近づいただけかもしれないし、この後、男と女の夜をやり過ごし、財布から諭吉を抜くだけなのかもしれない。
長い沈黙は僕の中で無尽蔵に迷いを造りだす。
「やっぱ、さっきの質問なし、葬式は終わりだ」耐え切れなかったのは僕だった。
昔から、沈黙が嫌いだった。
静寂が僕の心を押しつぶす様な、あの感覚、人と接するのは嫌いなのに、接している時は、壊れた目覚ましの様におしゃべりになってしまう。
そんな僕に微笑みながら、彼女は言う。
「鉛筆・・・」鉛筆?そういえば、老婆から、貰った鉛筆を彼女にあげたな。
「鉛筆を持ってたら、運命の人だって思ったの、だって、あの繁華街を歩くのは、サラリーマンだけで、サラリーマンってボールペンを持つじゃない?シャープペンを持ってる可能性は高いけど、鉛筆は中々どころか、一年でやっと一人、それがあなた」確かに、ペンの件はわからなくもないが、鉛筆を持っている人間をあの繁華街で、一年待っていたっていうのか・・・背筋が急に冷たくなり、先ほどの高揚からの緊張ではなく、不信感と恐怖からの緊張で、冷や汗を掻き始めていた。
「その感じ信じてないんだ?」目を細め、疑惑の目を向ける彼女。
「信じるも何も、突然で、良く意味がわからないんだよ」彼女の顔は見れなかった。
「気分変えて、目を瞑ってみよう」突然の言葉で、僕が顔を上げると、笑顔で顔が解ける彼女は凄く眩しい。
「何だよ、突然・・」彼女が気勢を偽り張っている様に見えた。
「いいから、いいから、目を瞑る」強引な提案だが、乗る事にした。
恐らく、乗らなきゃ、延々と乗るまで、説得されるだけだ、彼女は芯が強いテキーラガール。
目を瞑ると、前の方からは、物を漁る音が聞こえてきた。
何をしてるんだろう?ナイロンとナイロンの擦りあった音も聞こえる・・・衣服の繊維と繊維の磨耗する音と推定すると、彼女は僕を信じて、裸になっている思う。
見たいのではない、確信が欲しいのだ・・・いや待て、、、
僕の中の天使と悪魔が討論を始めようとすると、「目を開けていいよー」
迷ってる間に、禁断の花園は閉演してしまったらしい、ひどく後悔しつつも、これで良かったのだと、自分に言い聞かせ、軽い瞼を上げると、そこには、制服姿の、彼女が、目の前に居た。
彼女は、満面の笑みを浮かべ、自分の体をチェックしている。
「どう?」疑問など無い、綺麗じゃないはずがない。
雪国とでも、錯覚するような白い肌、お椀ぐらいの調度良い胸、細くも太くもない太腿、どれを取っても僕の基準値を大幅に超える上物。
僕は、あまりの綺麗さに、彼女から目を背けた。
「綺麗だよ」愚かな僕の口からでたのは、何とも単純な言葉。
綺麗?可愛い?美人?どんな言葉も似合わない、強いて言うなら、妖艶と言えば良いのだろうか。
ある種のセックスシンボルになりかけていた彼女への思考を頭の中で必死に閉ざした。
「何よー、下ばっか向いて」当たり前の返答である。
コスプレしてくれただけでも、ありがたいのに・・・
ここで、ある思考が頭を過ぎる、{彼女がしているのは、本当にコスプレなのだろうか}
歳何て、まだ話題に上がってない。
僕の頭の中は、混乱でメリーゴーランドの様に、色々な考えが回る。
静止した、僕は、ベッドの上で物言わぬ石像になっていた。
すると突然、部屋が暗くなり、僕の唇に、何かが当たった。
今日二回目だから、これが、何かはわかる。
これは、彼女の唇だ。
そのまま、僕と彼女は、抱き合い、暗闇の中を、乱舞した。
これが、昨日起こった全てです。
「本当の事を言うと、あまり覚えてないんです。」僕は刑事に言った。
足を組み、眉間に皺を寄せる、刑事は、不満げだ。
「君と別れた、十五分後に、彼女は死んでいたんだぞ」確認するように、僕に言う刑事は悪魔か何かなのだろうか。
確かに、刑事にしてみれば、この僕は格好の的だろう。
突然出逢って、一夜を過ごし、別れた十五分後に彼女が死んだなんて、誰が、どうみても僕が犯人だ。
「実は彼女の年齢も名前も、知らなかったんですが、教えて頂けますか?」僕は、弔いの意を込めて言った。
せめて、ファーストキスと童貞を捧げた彼女の名前ぐらいは知りたい。
「それがな、わかんないんだよ」驚愕の一言だった。
「わからないとは?」僕は被せ気味に言う。
「歯形、DNA、名前、住所、血液、どれを調べても、わからないんだ」驚きのあまり、眼球が飛び出すくらい、目を見開いている。
乾ききった眼球が痛く、雫が流れた。
悲しいのか、はたまた、怒りから流れたのか、今の僕にはわからなかった。
「僕が居た、あの部屋は?あれが家なのでは?」
頭を掻き、困った表情の刑事は言う。
「それが、あの部屋は別の人間の物件だったのさ、あそこにあった家具も、その人の物だ、つまり、少なくとも、住居侵入罪にはなるわけだ」
その言葉は僕の心へ深く深く突き刺さり、今見ている者物モノ、聞こえる音、触れている物、全てが嘘に思えた。
「僕は何も、わからなかった、彼女をわかろうともしなかった」呟いた言葉は独り言にしては大きく、喋りかけているには小さく、机と椅子だけが置かれた狭い部屋に、少しばかりの静寂をもたらした。
「お前は彼女とどうなりたかったんだ?」刑事は、録音機の停止ボタンを押し、僕に、話掛けた。
彼は、刑事ではなく、一人の男として、僕に問いかけている。
「僕にはわからない、あの時は混乱していたし、聞くに、聞けない事もあるし」
刑事改め、彼は神妙な面持ちで、言う。
「知りたくなかったんじゃないのか?わからないという言葉で逃げているだけだよ、お前は」
逃げていただけ?この日は僕にとって、とても前向きな一日になるはずだったんだ。
少なくとも、前の僕よりは前に進んでいたはずだ。
「お前は彼女の何を知りたかったんだ?、何故疑問が生まれなかった?要はそういう事だ」彼は、僕に問いただす。
「そうやって、いつも、お前は、厚い皮で顔を覆い、体裁を守り、自分を殻の中に押し込める、お前は厚顔、つまりは蛹だよ、いつまでも生まれる事のない蛹」言い終わると、彼は僕に背中を向け、ドアの前に立っていた、まるで僕の答えなど、求めていなく、もう答えは出ている、そんな状況だ。
そして彼の言っている事は到底理解できない。
厚顔とは言い換えれば、八方美人にも、なりえる。
結局は受け取る側のイメージで、何様にも形容できる、形の無いものだからこそ、何よりも曖昧。
それが、封筒奴隷に成り果てた社会人の必須スキルだ。
無関心、無感情、無衝動、これを守れない奴が秩序を乱し、モラル信者を破壊する。
これは不変のロマンなんだよ、言うだけ野暮ってもんだ。
そして彼も、刑事ならわかるだろう、僕が何者なのかを。
知る知らないじゃない、この世界は生きるか、生かすかだ、後者は死んだ事を意味する。
それに彼は刑事なのだから、知っているはずだ、僕が何者なのかを。
「そうですね、感心しました」考え抜かれた僕の言葉は、これだった。
刑事が笑った様に見えた。
背中越しで、表情何て、何一つ見えやしないが、そう感じた。
彼が出て行き、しばらく時間が経つと、僕は警察署から、出された。
彼が、白と言ったのか、それとも、泳がせるつもりなのか、それはわからない。
とにかく、疲れたし、腹が減った。
そういえば、昨日会社を出てから、今朝の現在十時まで何も、食べていない。
警察署を出て、真っ直ぐ十分ほど歩き、コンビ二がある角を右へ曲がると、まるで、僕の為にあるかのように、ラーメン屋があった。
{古いラーメン}看板には、おかしな店名が書かれてある。
背に腹は変えられない。
古めかしいスライド式のガラス戸を左に、開けると、そこには、あの占い老婆が居た。
詳しく形容すると、レジの所であの路地の椅子に座っていた。
「おい、教えてくれ、何が起こったんだ?何があったんだ?」僕は堪らず叫んだ。
「おやおや、男の癖にぎゃーぎゃーうるさいね、運命は替えれても、変えれないのさ、それに、桜も女も散るから美しく思えるのさ、皆が皆綺麗なら、男は誰にも振り向きはしないよ」
もう、言葉も何も出やしなかった。
一体なんなんだ、一体俺はどうなってる。
「とりあえず、ビールをくれ」私は勢いに任せた。
「すまんね、今は飲酒運転撲滅運動中でね、今はあれしか、ないんだ」老婆が指指したのは、ノンアルコールビールのポスターだった。
どうなってんだ、この店は、ビールが無い占い屋なんて、あるのか。
全く腹立たしい事だ、これで怒ったら俺が可笑しい奴みたいじゃないか。
トイレに行き、社会の窓を開け、小便をする。
終わると、僕の俺の私の手のひらには、ベッタリと赤い何かが、付着した。
そして、思う。
これが運命?答え?何も始まっちゃいない、始まってすらいない。
朝十時、男の取調べをした男に一本の電話が掛かる。
会社で休日出勤していた会社員二名が何か鋭利な物で刺され死んでいるのを、出勤した男が見つけたと通報があったらしい。
何でも、その前の日は会社全員で花見をしていたらしく、次の日は会社を休みにしていたらしいが、仕事が残っている会社員 三人 が残っていたらしい。
現場に先乗りした者の話だと、被害者の遺体からは、黒鉛が検出されたという報告を受けている。
「先ほどの、容疑者どうします?」下っ端の刑事が言う。
「あいつは白だよ、何事にも無関心だ、俺の経験からして、嘘は言ってないようだったし、それに、自分が何者かすら、わかっちゃいない」
彼らは、現場へ向かって行った。
完
初めて完成させた作品です。
寛容な眼差しで見ていただけたら嬉しいです。