娼婦街のしきたり(下)
続きです。
ローザはロンを突き飛ばして押し退けると、フィアをまじまじと見つめた。
「何だい、ロン、この子は。すごい上玉じゃないかい。あ! ひょっとして、この子を私に紹介するために来たのかい?」
「え?」
「いいよぉ。あんた、ネミディアだね?」
「??」
フィアは怪訝な表情を浮かべた。
だがローザは、いきなりフィアの顔を両手でガシッと掴み、キスが出来そうな距離まで近づいて、瞳の色をじっくりと観察しだした。
その後、親指で唇の弾力を確かめ、さらに口を無理矢理こじ開けて、口腔内も診察した。次に指で髪を梳き、髪質も確認する。それが済むと、上から順に、肩、胸、腰周り、臀部、太腿と触って身体検査していき、最後はスカートの上から股間をまさぐった。
「ぴっ!」
フィアが体を強張らせるのと同時に、その口から変な悲鳴が洩れた。あまりの唐突な事態に、フィアは何ひとつ対応する間もなく、ローザのされるがまま総身を弄ばれてしまった。
ローザの身体検査の一部始終を見ていたロンとケリーたちは、呆気にとられている。
「ロ、ローザさん、何やってんですかっ! 止めてくだいっ!」
ロンが二人の間に割って入り、抗議した。
「ああ、悪い悪い。あまりの上玉に興奮して、つい手が勝手に……。
いやしかし、体も健康で頑丈そうだし、益々いいっ。まだ幼くてあそこは出来上がってないだろうから、すぐに客はとれないけど、将来はすごいことになるよ。
パトロン付きも夢じゃない。いや、私が仕込めば、いずれは貴族や王族をも相手に出来る。ロン、この子だったら手付けに百ディール出してもいいよ」
これを傍で聞いていた、ケリーたち洗濯娘がにわかにざわめく。
「待ってくださいよ、ローザさん。言っときますけど、フィアはそんなんじゃないんですって……」
「フィア……フィアって名前かい。ふーん、なるほど……。ロン、私はあんたを見直した。こんな上玉を捜し出してくるなんて。やるね」
感心しながら、ローザは葉巻に火をつけた。
「あの……ローザさん、俺の話、ちゃんと聞いてます? フィアは、姐さんの大事な……」
「ヘレナ? そうか、ヘレナの斡旋ってことかい? まあ、どっちでもいいや、そんなことは。
重要なのはこの子がとびっきりの上玉だってことだ。前にあんたが仕事をくれって紹介してきたケリーとは雲泥の差だね。あいつはまったくもって駄目だけど、フィアなら確実に売れる。滅茶苦茶儲かるよぉ」
「ちょ、ちょっと待った。何て言いました? ケリーに客を取らせてるんですか? ケリーはまだ子供だからそういうことはさせないで、ただの小間使いとして働かせるって話だったじゃないですか」
ロンは当惑と怒りの入り混じった声で抗議した。
「だから、客を取らせてなんかないよ。だいたいこんな華のない地味で陰気で不細工で小汚いガキを、いったい誰が買うっていうんだい。ぼそぼそと独り言みたいな小さい声で話すもんだから、せっかくの客が逃げていっちまうよ」
ケリーは、洗濯をしている自分を、蔑んだ眼で見下ろすローザの視線を感じた。それでも何も言わず、何も聞かなかったことにして、一心不乱に洗濯をする。……フリをした。
「客の中には、ネミディアの子供や魔女を味見してみたい、なんて酔狂な輩がいるから置いているんだけどね。この三ヶ月間、ケリーに手をつけようとする客はいないよ。アテが外れたね。物珍しさだけじゃ駄目なんだねえ、やっぱり。何よりも先ずは容姿に重点を置かないと。改めて、基本的なことを学んだ気がするよ。しかし……客を取れず、掃除や洗濯にしか使えないなんて、いい給料泥棒だよ」
ローザの言葉に、ロンの形相がみるみる変わっていった。握った拳がわなわなと振るえ始める。
「最初の約束と違うじゃないですかっ!」
ロンが怒鳴ると、ケリーが驚いて顔を上げた。自分の為にロンが怒ってくれていることが嬉しかったのだ。
「甘ったれたこと言ってんじゃねえよっ、この童貞がぁっ!」
でもローザに怒鳴り返された瞬間、ロンは口を噤んでしまった。しかもローザの迫力に気押されて、後ずさりまでしている。
ケリーの方も、ローザの怒号に、金縛りにあったみたいに動けなくなった。
「女が娼婦街で働くっていうのはそういうことなんだよ。お前もそれがわからない歳じゃないだろう」
ローザは葉巻の煙を吐くと、ドスを利かせた声でさらに続けた。
「ロン、この世の中はね、幸せな人間が善良であることはあっても、善行が必ずしも人を幸せにすることはないんだよ。
私だって十歳の時、口減らしのために、親に騙されてここに売られてきた身なんだ。周りがもっと優しかったら、自分にもっと力があったら、ひょっとすると違う生き方があったんじゃないだろうか、なんてのは若い時分に散々考え尽したさ。今更あんたみたいな小僧が、もっともらしい倫理や道徳を語ったところで、私が涙流して改心するとでも思ってるのかい? ここじゃそういったもんは、野良犬に食わせるのがしきたりなんだよ。だいたいそんなもんでパンが食えるっていうのかい?
だから今後も、万が一だろうけど、ケリーが欲しいって客がいたら、売るつもりなのは変わらないよ。嫌なら辞めてもらうだけさね」
「ぐ……」
怒りで気勢を張ったところで、ロンはローザの敵ではなかった。逆にコテンパンに言い負かされて、すっかり意気消沈している。
「で、でも……」
それでも食い下がろうとするロンを見て、ケリーは胸が張り裂けそうになった。
もうやめて。と心の中で叫ぶ。
ケリーは勇気を振り絞って立ち上がった。
「あ、あの……」
ローザとロンが一斉に振り向く。特にローザに睨まれると、ケリーは足が震えた。
「あ……あの……その……」
ローザが怖くて口籠ってしまい、すぐに言葉が出てこなかった。
「何だい、さっさとお言い。あたしゃあんたのそういうところが大嫌いなんだよ」
「す、すいません、ごめんなさい……そ、その……ロン、私のことなら……気にしなくていい……から……」
短い台詞だったが、その一言を言い終えると、ケリーは気が抜け、倒れそうになった。
ローザはロンに向き直った。
「ほら、ケリーも納得してるだろう」
「けど……」
「うるさいね。本人が納得してるんだから、これはこれで終わり。まだ続けるっていうんならあんたんとこからは、もう二度と酒を買わないよ」
「……」
「ようやくわかってくれたようだね。じゃあケリーのことはこれで終わり……と。で、フィアのことなんだけど……即金で二百ディール出してもいいよ」
「フィアは、姐さんの大事なお客さんです。断じてそういうのじゃありません」
ロンはキッパリと言い切り、さらに怨思の篭った視線をローザに向けた。
だがローザはそれすらも鼻で笑うのだった。
「ヘレナの客ぅ? ホントにぃ? そう言っといて、値段を釣り上げてるのかもしれないよ」
「姐さんはそんなことしません。ローザさんとは違います」
ローザは苦笑した。
「ンックククク……、ロン、やっぱりお前はまだまだ小僧っ子だね。あの女はね、以前は実際にそういうことをやっていたんだよ」
「ウチの姐さんがそんなことするはずありません。そりゃ確かに違法な運び屋やってますけど、人の売り買いなんて……」
「今はそうらしいね。でも昔は、孤児はもちろん、さらわれてきた子供や赤ん坊だって、眉毛一つ動かさずに売りさばいていたんだよ、あいつは。
そういや一度、国が滅んで難民になった人たちを警護する仕事についた時なんかには、そのまま全員を騙して奴隷として売っちまったこともあったっけ。まあ、それを買ってた私も私だけど……。
ともかく昔のヘレナは周りから“帝国の悪魔”なんて呼ばれてたくらい、恐れられてたもんなんだ。あいつを目にした男は大抵、イチモツを立たせるどころか、逆に縮み上がらせていたくらいさね」
「……姐さんが?」
「それが最近じゃすっかり丸くなっちまったねぇ。隠れ家だった建物を改装して、酒場の看板娘で落ち着いてるなんて、何だかカマトトぶってるみたいで気に入らないよ。あんな風に毒気が抜けちまったのは、やっぱりソニーの件があってからかねぇ?」
「……」
「おや、ロン、私の言うことが信じられないって顔をしてるね。嘘だと思うならこの町のみんなに訊いてみな」
するとローザはくわえていた葉巻を地面に吐き捨て、ヒールの踵で踏んで火を消した。
そしてフィアの前に来て、目線の同じくらいの高さになるように、腰を屈めた。ローザはフィアの手を取ると、五ディール銀貨を握らせた。
フィアは不思議そうにその銀貨を見つめている。
「これは、何?」
「さっき触診したお詫びと……それから私があんたを気に入ったからだよ、フィア。お小遣いが欲しくなったら、またいつでもおいで。そしたらもっとたくさんのお金を、簡単に稼げる方法を教えてあげよう」
「ローザさん、フィアを勧誘するのはやめてください」
ロンが露骨に嫌な顔をした。
「うるさいね。この子の意志なら、あんたは関係ないだろ」
だがフィアは、そこで五ディール銀貨をローザに付き返した。
「いらない、返す」
ローザは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「ど、どうして? お金だよ、欲しくないのかい?」
「お金は……欲しい。でも、あなたから貰ういわれはないし、それに、見ず知らずの人からお金や食べ物を貰っちゃいけないって言われてるから」
一瞬だけ、ローザが口元を引き攣らせた。
「……もしかして、ヘレナがそう教えたのかい?」
「え? リーナ?」
「あの帝国女、カマトトぶりやがって。そんなガラじゃないだろうに。いいから貰っておきな」
しかしフィアは首を振った。
「でも後で怒られちゃう」
「じゃ、バレなきゃいいんだよ。ここにいる誰もそんなこと、ヘレナに告げ口したりなんかしないよ。妙にとっぽい子だね」
「それじゃ約束を破ったことにならない?」
「バカだね、約束なんてのは破るためにあるんだよ。それよりも、お金はいらないのかい?」
「うん。お金よりも、約束の方が大事だから、いい。それにさっき一回、約束を破ってシチュー食べちゃったし。これ以上、大事な人を裏切って、嫌われたくないもん」
「な、何だって……? 今、何て言った……?」
ローザは絶句した。
ケリーたちも耳を疑った。
フィアの澄み切った金色の瞳はローザを見据えていて、全く泳いでいない。今言ったことはフィアの本心なのだ。本気で金よりも、約束を守りたいと言っているのだ。
ローザの狼狽ぶりは、フィアの無垢な魂にカルチャーショックを受けている明らかな証拠だ。
しかし海千山千のローザは、そこで一転して満面の作り笑顔を見せると、フィアの肩に手を置いて懇ろに語りかけた。
「フィア、あんたは何て立派なんだい。益々気に入ったよ。でもね、その銀貨を受け取らないのは、約束を破るのと同じくらい悪いことなんだよ」
「な、何で?」
「フィア、私はあんたが好きで、あんたのためになればと思って、銀貨をあげると言ったんだ。打算や損得を考えてやると言ったんじゃない。つまりそれは……親切だ。フィアも……例えば、困っている人を助けようと手を差し伸べてあげたのに、その手を拒まれたらどんな気分になる?」
「……ガッカリする、かな?」
「そうだろう。人の親切は無碍に断っちゃいけないんだ。断れば相手はとても辛い気持ちになる。それは約束を破るのと同じくらい、相手を傷つけることだ。違うかい?」
「ん……」
「ここで銀貨を受け取らなかったら、そりゃああんたは言いつけを守れて、誇らしげで、得意気な気分になるだろうさ。でも、それって自分のことだけを考えてやしないかい?
善意で行ったことを、ロンやその友達のいる前で断られて恥をかいた私の気持ちはどうなる? 人を傷つけた上、恥をかかせて、あんたは何食わぬ顔で去っていくっていうのかい?」
「うーん……」
「まあ私も、お金でしか気持ちを表せられないっていうのは、確かに褒められたもんじゃないよ。フィアを戸惑わせることになって悪いと思っている。でも私はこういう形でしか心を表せられない人間なんだよ。そしてそのことを哀れむのなら、尚更受け取ってくれ。
そのお金を貰ってくれれば、私は嬉しい。フィアもお小遣いが増える。ついでにその銀貨で、あんたの大事な人に何かプレゼントをしてやりな。きっと喜ぶだろうよ。
もし銀貨のことを訊かれたら、働いて稼いだとお言い。感激して、さらにフィアのことを好きになるかもしれないよ」
「本当?」
「ああ、本当だとも。フィア、約束は確かに大事だが、ただ厳格に守ればいいってもんじゃない。みんなの幸せの為には、多少破ってもいいことになっているんだ。一番大切なことは……少しくらい嘘をついても、みんなの幸せが何かを考えて行動することなんだよ。そうやって、柔軟に物事は考えないと」
「むむむ……」
フィアは掌の中の銀貨と睨めっこして唸りだした。
その様子を伺っていたケリーは、何て狡猾で口が上手いんだろう、とローザのことを改めて畏怖した。
フィアが迷っているのを見てとったローザは、ここぞとばかりに懐柔にかかる。
「わかってくれたかい、フィア?」
「うん。でもやっぱり返す!」
「……それは……何で……? 私の言ったこと、全く理解してないだろ」
意に反した返事をされ、ローザは疲弊しきった表情で訊ねた。
「ううん。おばさんの言ったことはわかったつもりだよ。私なりにだけど」
「だったら……」
「けど私は、親切はお金の勘定じゃないと思うから、やっぱりいらない」
「……!」
「例えそうだとしても、昔おじい様が、一方的に押し付けられた善意は悪意よりもタチが悪いから気をつけろって言ってた。親切は相手の立場に立って考えてから、与えるものだって。もし手を差し伸べて断られたら、それは確かに辛いけど、でも断られるのは善意の仕方が悪いんだから、考えを改めなければならないのは私の方になると思うの。
だから、おばさんには申し訳ないけど、この銀貨は受け取れない。気持ちだけ貰っておくことにするね!」
フィアが話し終えると、洗濯場は水を打ったように静まり返った。
眩しかった……。ケリーは、自分では面と向かうだけで震えあがってしまうローザに、あんなに堂々と意見出来るフィアが眩しかった。
不意に、ケリーの隣で洗濯をしていた娘がクスッと小さく笑った。
ローザが睨みつけると、娘は笑うのをやめて口を真一文字に結んだ。
やがてローザは舌打ちして立ち上がった。
「気に入らないね。私はやると言ったんだ。だったら素直に受け取ればいいんだよ。これ以上、私に恥をかかせるんじゃないよっ」
ローザの頬がヒクヒクと痙攣している。
「でも……」
「ありがとうございます、ローザさん。ありがたく受け取っておきます」
まだ何か言おうとしたフィアの前にロンが出て、事態を収めた。
ローザはフンッと荒い鼻息を鳴らして、娼館へ入っていった。
「これ、どうしよう?」
ローザがいなくなると、フィアはロンに五ディール銀貨を見せながら訊いた。
「貰っとけよ。そんで黙っておけばいいだろ。ついでにローザさんと出会ったことも秘密にしておいてくれ。今の会話がもし姐さんに伝わったりしたら……俺、殺されちまう……」
「うーん……そうだ、ケリー!」
予期せぬ呼びかけにビックリしたケリーだったが、次にフィアが発した言葉にさらに驚いた。
「ケリーはあのおばさんのところで働いてるんでしょ。だったら後でこの銀貨を返しておいてくれない?」
◆
「ロンもあれでやるわね。色恋には疎い唐変木だと思っていたのに、ネミディアに他に彼女がいたとは」
「けどまだ子供だよ。ちょっとロンの趣味を疑っちゃうなあ」
「でもすっごく可愛いよ。おまけにうちの女将を相手に一歩も怯まなかったあの態度。私、正直胸が震えちゃった」
「確かに、それは私も感心した。うちの女将と互角に渡り合える女なんて、カディス広しといえども、ヘレナさんくらいだと思っていたのにねえ」
「二百ディール……いや、それ以上の価値はあるよ」
洗濯娘たちは、ケリーのすぐ横にいるのに、全く憚らずそんな会話をするのだから堪らない。
フィアは今、彼女たちから少し離れた堤防の上で、ポエニ川をぼんやりと眺めている。河口から吹いてくる潮風を受け、潤いのあるサラサラのブロンドが揺れていた。
ケリーはその姿を見て、確かにキレイな少女だと思った。
しかもそれだけじゃない。着ているロングワンピースは全身真っ黒だが、上品な光沢があった。シルクで出来ているのだ。体を覆っている暖かそうなケープはラシャだろうか。そして左腕には金のブレスレット、首には燃えるような赤い宝石のついたペンダントをしている。
生まれもすごく裕福なのだろう。
もちろん、服もジュエリーも、身につける人間の素材がいいから、あそこまで着こなせているのだろうけど……。
比べて、ケリーが今着ている服は麻だ。しかも、元は赤かったのが、今は色あせて薄く濁ったピンク色になっている、継ぎ接ぎだらけのワンピースだ。さらにこれからの季節、麻の服一枚で過ごすには寒すぎるというのに、外套の一着も買えない有様である。
また、浴場へ通う金さえもったいないないから、ケリーは髪や体を洗うときはポエニ川で沐浴している。それもカディスの下水道から生活排水が流れ出している下流で。最近は寒くて行水するのも辛い。
そんな不衛生な水で無茶な沐浴をするから、髪は痛んで潤いをなくし、枯葉のような手触りになっている。さらに髪だけでなく、肌にも悪影響は出ていた。水路に映る自分の顔を見れば、痩せこけて頬骨が浮き出ており、鼻の頭や頬にはソバカスやニキビだらけだ。
手の肌荒れも酷い。日照り続きで、ひび割れた地面みたいにカサカサだ。
ケリーはアカギレをいっぱいつくった手を冷たい水の中に突っ込んで、一生懸命にイカ臭いシーツを洗っているのである。
ふっと、古新聞でつくった紙袋を持ったロンが、フィアへ近づいていくのが見えた。ロンは紙袋の中からリンゴを取り出して、フィアに渡そうとした。でもフィアは首を振って断った。
それも、人から物を貰わないっていう、言いつけを守っているの?
ケリーは心の中でそうフィアに問いかけた。
そして、さっきフィアがローザの銀貨を断ったときの明朗できびきびしたあの態度を思い出した。あんなに真面目で素直で真っ直ぐな性格しているのだから、何不自由のない暖かい家庭で育ったのだろう。金にも困っていなくて余裕があるから、ローザの銀貨を断ったに違いない。
そんな容姿にも境遇にも恵まれた女が、ロンと一緒に娼婦街に来るなんて、何の嫌がらせだろう?
ケリーは、ロンがフィアに優しくするのを見ると、胸が苦しくなった。
リンゴを断るフィアを、生意気だと思った。
そもそも、ローザの銀貨を断った態度だって、ケリーは気に入らなかったのだ。
けど一番嫌なのは、フィアが返しておいてと言って寄越した銀貨を、素直に受け取ってしまった自分自身だった。
貰った銀貨はスカートのポケットの中。もちろんローザに返すつもりなんてない。そんなことしたらローザに何をされるかわからないし、それに例え一セタでも貰えるのなら貰いたいほどケリーは困窮していた。
だが銀貨を受け取ったケリーの心は惨めなものだった。もっと言えば屈辱的だった。
「気にしない方がいいよ、ローザが言ってたことも、あのフィアって子のことも」
ケリーの隣で同じように洗濯をしている娘が言った。
彼女はケリーより少し年上のネミディア人だ。艶やかな長い黒髪をしていて、顔立ちも整っているから、指名する客は多い。ローザは客寄せのために、ネミディアの魔女だと喧伝している。が、あくまでプロパガンダに過ぎず、本当の魔女ではない。
そしてさっきローザがフィアに銀貨を断られたとき、失笑した子でもあった。
「ケリーはケリーで可愛いところあるんだから。ホントだよ」
「うん……ありがとう、マリア」
でもそうやって気を使われると、余計に辛い……。
また幕間に入った感じでしょうか? しばらくお付き合いください。
推敲して気づいたんだけど、ケリーって嫉妬深くて、ダークな女の子だな……。
初期設定じゃ、周りに流される気弱なタイプ、の予定だったのに……。