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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第1章 魔導士と魔女
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暗殺の小路

 ポエニ川の西岸と中洲をつなぐビスカヤ橋から真っ直ぐ西へ行くと、首都カディスの中央に位置する公共広場に出る。さらにそのまま西へ行き、郊外に出ると、貴族や官僚や軍の将軍たちの屋敷や、地方領主たちが滞在する際に使う別邸が建ち並ぶ、高級邸宅街に行き当たる。


 高級住宅地の北側には、森閑なブナとナラの人工林が広がっている。秋も終盤に差し掛かり、木々の葉は色鮮やかに染まっていた。そして林の中央を南北に縦断する小道は、落ち葉で埋め尽くされ、まるで山吹色の絨毯を敷いたかのようになっている。


 その小道を北へ行った先に、広大な敷地を持った城館がある。それはカルタゴ王家の離宮だった。


 現在は王妃と王女が住んでいる。


 王女が産まれたときに、現国王がお祝いとして王妃に与えたのだ。

 

 その王女も、今は十八歳の娘盛りになっていた。

 だが、第一王女イサベルは色々型破りな御仁として、宮廷内どころか、市民にまで知れ渡っていた。幼い頃から剣術を習っていて、馬術もたしなむ。それらの日々の鍛錬の賜物か、背が高く、引き締まったスレンダーな体をしていた。さらにオレンジ色の髪を男のように短く切り揃えている。

 娘盛りとは言っても、彼女に女の子らしい嗜みは何一つ持ち合わせてはいない。


 宮廷内では、もし男だったら陸軍総司令官のハンニバル・バルカ大将に勝るとも劣らない将軍になっていただろう、と噂されている。


 彼女自身、女で産まれたことを口惜しいと思っているくらいだ。


 これらのことから蔭では『姫騎士』、『女将軍』、『鋼鉄の乙女』などという異名で呼ばれていた。




 その日の朝も、愛馬で紅葉した林道を駆け、軽く汗をかいてきたところだった。前髪が汗のせいで艶っぽく頬に張り付いている。


 乗馬を終えたばかりのイサベルが、ブラウスに乗馬ズボンという出で立ちで、浴室へ向かっていると、王妃の寝室の前に四、五人のメイドたちがたむろしていた。しかも何やら深刻そうに話し合っている。

「そこで何をしてますの?」

 イサベルは乗馬用の鞭を振り回しながら、気品ある快活な声で訊ねた。


 メイドたちは彼女を前にして狼狽したが、急いで一列に並び、頭を下げた。

「お母様は? まだ寝ていらっしゃるのかしら?」

「は、はい……」

 メイド長がしどろもどろに答える。

「もう昼近くになりますわよ?」

 イサベルは怪訝そうに眉根を寄せた。

「その……我々もお起こししなければとは思ってはおりますが、なにぶん昨夜のお帰りが遅かったものですから……。お起こしていいものかと……」

「わかりました。では、私が起こしてきてさしあげますわ。いい加減に……」

「ああっ……」

 イサベルがドアノブに手を掛けると、メイドたちは裏返った声を上げた。



 彼女らの態度でイサベルは全てを悟った。途端に険しい表情になる。

「そう、来てますのね…………………………………………あの男……」

「は……その……」

「昨日の夜、連れて帰っていらしたの?」

「は、はあ……」

 すると不意に、王妃の寝室の扉が開いた。



 中からは身の丈二メートル近い大男が現れた。肩幅も広く、腕周りなどはイサベルのウエストくらいありそうな偉丈夫だ。さらに体全体からは、ドラゴンも避けて通りそうな覇気が立ち上っている。

 男はカルタゴ軍の軍服を着ていた。そして丸太のような首元には大将の襟章があり、胸元には幾つもの勲章が飾られている。


 大男が鋭い目つきでメイドを睨むと、彼女たちは一礼の後、クモの子を散らすように去っていった。


 メイドたちがいなくなると、大男は口髭に覆われている口元を緩めた。

「やあ、これはイサベル殿下、おはようございます」

「もうお昼ですわよ、ハンニバル将軍」

 イサベルは、この偉丈夫相手にも全く怯まなかった。

「そうでしたか。いや、これは失礼。昨夜は遅かったものですから。ハハハ……」

 逆に大男のハンニバルの方が、オールバックにした頭を掻いて、苦笑いした。

「昨夜も演劇ですか?」

「ええ、殿下も今度どうですかな? 母君とご一緒に」

「結構ですわ」

「やれやれ、また男よりも馬に跨っている方が気持ちいいと言われるのですか? そのようなことですから、縁談の話が持ち上がってもなかなかまとまらないのですよ。ついこの前も、陛下がそのことで大変気にかけておりましたな」

 イサベルの頬にサッと赤みが差した。


「近づかないで!」

 ハンニバルが半歩ほど接近したのに対し、イサベルは鞭を構えた。

「失礼。乗馬の後で汗をかいていますので、殿方には近づいてほしくありませんの」



 イサベルはきびすを返すと、大股で歩いてハンニバルから離れていった。が、六歩目でハタと立ち止まった。

「将軍」

「何ですかな、殿下?」

「五日前、また例の通り魔事件が起こったそうですわね。さらに三日前には、ウティカの関所で兵を数名殺して密入国した者がいると聞きましたわ」

「ほう、まだまだ世間知らずの姫君かと思っておりましたが……いやいや、殿下の耳にも届いておいででしたとは」


 “世間知らずの”と言われて、イサベラの眉根はよりいっそう釣り上った。

「知らないはずがありませんわ。だって、どちらの事件も魔導士の仕業だということではありませんか。しかも双方ともまだ犯人を逮捕出来ていないとか……。

 最近、国内で魔導士の活動が妙に活発になってきているように思われますわ。こうなった要因に、軍部の怠慢がありませんこと? “ほう”ではなく、もっと厳重に受け止めていただかないと困ります。

 建国記念式典も間近なのですから。これに乗じ、国内に魔導士が集まって、よからぬことを企んでいるとも限りませんわ」


「……殿下は、余程魔導士がお嫌いなのですな」


「当然です。あんな邪悪で野蛮で冷酷で恐ろしい悪魔は他にいません。いったい誰が好きだというのですか? 私は魔導士がカルタゴの大地を、大手を振って闊歩しているというだけでも虫唾が走というのに、さらに逆恨みで国民を惨殺して回っているなど……耐えられませんわ。

 早急に解決していただきたいものですわね、ハンニバル将軍。そうしていただかないと、怖くて安眠できませんわ」


 するとハンニバルは少し笑った。

「何がおかしいのです、将軍」

「これはご無礼を。ただ、剣を持てば大の男でも恐れをなすという殿下にも、怖いものがあったというのに驚き入った次第でして……。

 案外、可愛らしいところもあったのですな」

 イサベルはギュッと鞭を持つ手を握り締めた。

「ご安心ください、殿下。私はネミディア戦役で多くの魔導士たちを屠ってきました。殿下の憂いは、すぐに消し去ってごらんにいれましょう。では……」



 ハンニバルが一礼して去っていくと、イサベルは鞭を床に叩きつけた。

「どうしてこうイライラすることばかりなんですのっ!」


                   ◆


 離宮を出たハンニバルの馬車は、紅葉の林道を南へと走っていた。

 全面黒塗りの馬車で、それを牽く二頭の馬も青毛の駿馬だった。前後には鎧を纏った騎兵がそれぞれ六騎、二列の隊列を組んで護衛している。離宮までハンニバルを迎えに来た、彼専属の親衛隊だ。


 その時、林道の向こうから誰かが歩いてきた。茶色のコートを着ていて、顔は少し破れたフードで隠している。体型から見て男のようだ。


 ハンニバルの親衛隊は身構えた。


 しかし男は何もしなかった。立ち止まって道の隅へ避け、静かにハンニバルの馬車が通り過ぎるのを待っていた。


 ところが、馬車がすれ違う瞬間、フードの裂け目から銀色の眼光が、窓越しにハンニバルの瞳を矢のように射抜いた。

 寸陰すんいんの間になされた殺気の交錯に、ハンニバルの全身は硬直して身動きが取れなくなり、呼吸をすることさえできなくなった。


 ただ、馬車は何事もなかったかのように過ぎ去る。

 それから数十メートル進んだ後、ハンニバルはようやく体の硬直が解けた。途端に前の壁に手をついた。呼吸が酷く乱れている。脇と背筋は冷や汗でびっしょりと濡れている。


 ハンニバルはすぐさま杖で馬車の天井を叩いた。馬車が停止する。

「いかがなさいましたか、閣下?」

 親衛隊長が馬車に近づき、馬上から尋ねた。

「今の男を捕らえてこい」

 親衛隊長の表情が険しくなった。

「何かされたのですか? お怪我は?」

「大事無い。いいから早く今の男を捕まえてこい」

「はっ」

 親衛隊長は騎兵を率いてフードの男を捕えに行った。


 ハンニバルは傍らに置いてある大剣を手にとって、鯉口を切った。刀身に己の顔が映る。

 あの男は魔導士だ。

 幾人もの魔導士と死闘を演じてきたハンニバルにはわかった。


 魔導士を見分ける特徴としては、まず髪を見る。魔導士の場合、毛髪にも精気と魔力が流れているらしく、それが色となって髪を染め上げているという。故に魔導士の髪は、不思議な光彩を放つ。


 今の男はフードを被っていたため、髪の色は見れなかった。


 でも百戦錬磨のハンニバルの勘が、奴は間違いなく魔導士だと訴えかけてくる。

「申し訳ありません。見失いました」

 戻ってきた親衛隊長が報告した。

「一本道だというのに……一体何処へ消えたのか……?」


                   ◆


 アルはブナの木陰から、停車しているハンニバルの馬車を窺っていた。

「老人や幼児、体の弱い者なら、そのまま窒息死することもある俺の金縛りを、あの短時間でまああっさりと解いてくれたな……」

 六年前の戦争中に、魔法国家ティル・ナ・ノーグの中でも、選りすぐりの魔導戦士たちで編成された魔導部隊を壊滅させた男である。アルは風聞どおりのハンニバルの強さを認識した。

「カルタゴ陸軍の将軍にして軍部の最高責任者ハンニバル・バルカ……奴が消えればカルタゴの軍事力は半減するはず。殺せるなら殺そうと思ったが……やはり一筋縄じゃいかないか」


 しかも周辺では親衛隊がアルのことを捜し回っている。警戒されたとなれば、さらに暗殺は難しくなった。

「まあ、この状況でも出来ないことはないが……」

 その場合、アルもそれなりの覚悟をしなければならない。さらに万が一しくじれば、フィアの身にも危険が及ぶことになる。

「引き際だな……。元々様子見だけのつもりだったし」


 アルは魔力を練り、地面をつま先で軽く叩いた。すると、足元から風がまき起こる。風はアルを中心に右回りに吹き、しかもどんどん速くなっていっていった。それは次第に小さな竜巻となって、アルを包み込む。

 落ち葉が乱脈に舞い上がる。

 終にアルが起こした風は、林全体を揺さぶるほどの暴風になった。


 ハンニバルの馬車がガタガタと揺り動く。親衛隊たちは目を瞑り、騎馬は動揺して不安げにいななく。


 しばらくして風が止むと、アルの姿はもうそこにはなかった。


                    ◆


「殺気が引いていく……」

 風が収まると、ハンニバルは大剣を鞘に戻した。


 かつてのネミディア戦役では数多の魔導士と剣を交えたが、このハンニバルを一瞬の邂逅において、ここまで心胆寒からしめた者が果たしていただろうか?


 否……、記憶にない。


 恐らくさっきの魔導士は、近いうちに再び自分の前に現れるだろう。理路整然とした理由はないが、ハンニバルの心底には確信めいたものがあった。


 しかも今は、建国記念式典を数日後に控えている。好景気のせいで今年は特に豪奢ごうしゃで派手にもよおされる予定だ。

 イサベルの言う通り、ここをテロの標的にされるのはマズい。


 その日はハンニバルにとっても大事な予定が控えているのだから。余計な横槍を入れられたくはない。


「大事の前の小事だ、早めに駆除すべきか。差し当たってこのカディスで魔導士が隠れられる場所となると……川岸にあるネミディア人のスラムぐらいのものか。ちょうどいい……」

 ハンニバルは含みのある笑みを見せた。



 イサベルとハンニバルのくだり、少しだけアダルトっぽくしてみたつもりなんですが……どうでしょう?

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