エピローグ3 ~王冠のありか~
アルは右手にフラガラッハを持ち、玉座に深く腰掛けていた。
彼の膝の上では、フィアが仔猫のように丸くなって寝ている。頬には涙の痕があった。
辺りは何もない真っ暗闇だ。魔宮はついに崩壊し、跡形もなく消え去ったのである。その後二人は、亜空間に放り出されてしまった。
そしてあの魔宮で唯一残ったのが、今座っている玉座だった。
アルは虚無の玉座に腰掛けて、フィアと共に出口のない亜空間を二人で漂流していた。
「これが俺の玉座と城か……似合いだな……。裸の王様は……むしろ俺の方だったか……」
アルは自嘲した。
するとフラガラッハが唐突に、青味を帯びた銀色の光を放ち始めた。
◆
朝露が鼻先に落ちて、アルは目が覚めた。右腕が重い。見ると、フィアが自分の右腕を枕代わりにして眠っている。
「ここは……何処だ?」
起き上がって周囲を見回した。見たことのある場所だった。
「カルタゴの国境付近の花畑か……?」
丘の向こうには、数日前に密入国したウティカの関所が見える。
「どうしてこんなところに?」
そこでアルは、右手に握っている魔剣を見て驚いた。あれだけ美しく、眩いばかりに輝いていた銀色の刀身が、赤褐色に錆びていた。おまけに魔力の波動も全く感じない。生き物に例えたら死んだ状態に等しい。
「そうか……エーディン、お前が最後の力で、俺たちを亜空間からここまで運んでくれたのか……」
側にはフラガラッハの鞘とトランクケースも一緒に転がっていた。
アルは取り敢えず、トランクケースから魔法薬を出して、左腕とアバラ骨の治療を始めた。
◆
「あーあ、結局取引には失敗したなあ……」
アルは花畑の真ん中に座ってぼやいた。
「おまけに左手とエーディンの魔剣を失うとは……無駄骨を折っただけか……くそ……」
アルの左腕の先には包帯が巻かれている。魔法薬での治療はしたが、傷口を焼いた上に、左手自体を木っ端微塵に爆破させてしまったから、もう再結合は無理だった。フラガラッハも鉄錆になってしまったので、時間を巻き戻して復元したり再生することも不可能だ。
「アル、そんなに王様になりたかったの?」
少し離れたところで座り込みながら、せっせと花輪を作っているフィアが尋ねた。
「……昔は、王座なんか興味なかったな。俺はティル・ナ・ノーグ国王だった親父に嫌われてたし……。でも今は、なってみてもいいかなって思ってるよ、支配者っていうのに……。違うな、助けたい人たちがいるから、なりたいんだ。今回は失敗したが、いつか必ず成し遂げてみせるさ」
「ふーん……じゃあ、はい」
フィアは立ち上がって、アルの頭に花輪を載せた。
「何だ、これ?」
「戴冠式。それは王冠よ」
アルは目を丸くし、キョトンとしてフィアを見た。
「あのね、誰が何と言おうと、私はアルがネミディアの王様だと思うし、アルほど王様らしい王様もいないと思うの。ううん、私にとって王様っていったらたった一人、アルだけよ」
「……」
「そしてあたしはそのお后様ね」
そしてフィアはニコッと笑った。
「……俺は、いい王様になれやしない、って言ってなかったか?」
「そんなこと言ったかしら?」
フィアは気まずそうに視線を逸らした。
アルはクスリと笑うと、少女の頭をぽんぽんと撫でた。
「この間は、ぶって悪かったな」
フィアは弾かれたように顔を上げた。
「ううん、私こそごめんなさい……。アル、私のこと、嫌いになった?」
「いいや、大好きなままだよ」
フィアは顔を紅くしてはにかんだ。
二人は、ケンカをする前よりも、互いの絆を感じていた。
アルは頭の上に乗っている花の冠を、右手の指先で軽くなぞった。魔宮に咲いていたような、創り物の花ではない。本物の花で編まれた冠だ。
「そうか……俺の王冠は、ずっとフィアの手の中にあったのか……」
了
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