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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
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崩壊する世界4

  魔宮の庭には小規模なクレーターができていた。そらはガラス窓のようにひび割れ、所々に穴がいて、亜空間の常闇が見える。天井から剥がれ落ちた空の破片は、パラパラと魔宮に降り注ぐ。


 これほどのダメージを受けても魔宮が壊れなかったのは奇跡だった。

 いや、フィアの魔力が暴発する瞬間、アルがその上からさらに結界を張って爆発の規模を抑え込み、被害を最小限に留めたおかげだった。


 クレーターの中心では、全ての魔力を放出したため、絶頂に達して放心状態になったフィアを、アルが抱きしめていた。


「アル……生きてる……?」


 フィアは恍惚こうこつに入ったおぼろげな眼をしている。


「ふぅ……やっと気づいたか。このじゃじゃ馬め……」


 そこでフィアは、アルの後ろにイサベルが倒れているのに気づいた。しかもわき腹が猛獣に噛み千切られたようにえぐられている。


 王女は乱れた呼吸でフィアを睨んでいた。そして歯を食いしばり、少女に向かって必死に手を伸ばしてきた。が、そこでイサベルの命の時間は途切れた。


 王女は絶命した後も、薄らと眼を開けてフィアを睨んでいる。


「あ……あ……ああっ……」

 全てを悟ったフィアの呼吸が徐々に乱れていく。


「見るな、フィア」

 イサベルを視界から隠すようにして、アルはフィアを胸の中に抱いた。


「フィア……これは夢だ。お前は怖い夢を見ているだけだ……。眼をつむって……もっと深く眠るんだ……夢を見ることもないほど深く……。朝になって目が覚めたら、側には俺がいるから。そしてお前は夢のことなんか、きれいさっぱり忘れているはずだ……」


 アルはフィアを優しくさとす。


 だがその瞬間、アルは背後に立ち上る殺気を感じた。


「生きていたのか……。お前もしぶといな……」


 彼の後ろにはハンニバルが立っていた。だが髪は焼け、顔の半分は赤くただれている。軍服もボロボロに焼け焦げ、全身火傷で満身創痍の状態だ。自慢のハルベルトも中ほどで折れて、短槍のようになっている。


「そのまま動くなハンニバル、動いたら即座に殺す」


 しかしハンニバルはニィッと笑うと、折れた槍を振りかざした。


「動いたな……」


「がああぁぁぁっ!」

 その途端、ハンニバルが絶叫した。


 さっき切り落とされたアルの左手がハンニバルの顔にへばりついて、左目の眼球をえぐっていたのだ。


「ぐおあぁぁっ……」

 流石のハンニバルもこれには苦悶くもんした。


「俺の残りの全魔力を注いでいる。どんな怪力でも簡単にはがせんぞ。そして何故か知らないが、お前は体外からの魔法を打ち消すようだな」

 アルの左手は、中指を眼球から頭蓋の奥へと突き刺していた。

「だが体内からならどうだ?」

 アルは胸の中でフィアの眼と耳を塞ぎ、合図を送った。

「死ね!」


 合図と共に頭蓋に突っ込んだ中指の先が光る。そしてハンニバルの首が、アルの左手とともに吹き飛んだ。脳髄や頭蓋骨の欠片が飛散する。頭部のない巨体が大の字に倒れた。


 アルはむなしそうな顔でハンニバルの遺体を見つめた。




「おおっ……イサベル……」


 すぐ側では、国王がイサベルの遺体を抱き上げていた。息絶えた愛娘を抱えながら、ディド三世は肩を震わせて泣き始める。


 ところが、悲しみの嗚咽おえつは、そのうち狂乱した笑い声に変わっていった。


「クククク……これで満足だろう、魔導士よ。我が子に言われるまま、お前を裏切った結果がこれだ、このざまだ。きっと自業自得だとか思っているのだろう……、違うか?」

 ディド三世はアルとフィアに向かって呪いの言葉を吐いた。

「お前たちの国に戦争をけしかけ、破壊し、滅ぼし、奪い、数多の民を苦しめてきた元凶である余が、この世で一番大切なものを失ったのだ。見ていて痛快だろう? 恨みを晴らせてさぞ気分がいいだろう? なあ、どうなんだ……? 何とか言ってみたらどうだ? ええ、 どうした? ククククク……」


 それを聞いていたフィアは、アルの胸の中でガタガタと小刻みに振るえ始めた。


 するとアルはおもむろに胸からフィアを離した。


 そしてディド三世に抱かれたイサベルに、魔剣を突きつける。


 ディド三世は精気を失った眼で頷いた。


「いいだろう。これで余は本当に全てを失った。殺せ……」


「………………パルサー……」


 アルが短い呪文を唱えると、魔剣の切っ先に魔力が集中し始めた。魔剣から放たれる白金色の光が、ディド三世とイサベルを包む。


 光が徐々にイサベルの体へ集まっていく。すると、彼女の傷は、時間を巻き戻っていくかのように復元していった。辺りに飛び散っていた血肉は、全てイサベルの傷口へ飛んでいくと、再び生きた細胞として蘇り、彼女の肉体を再構築していく。


 時空を司る魔剣フラガラッハの力だった。


 あっという間に傷口は治り、イサベルの体は元通りに戻った。肌に痕は全くなく、たった今までそこにはえぐれた傷があったとはとても思えない。


 ディド三世は愛娘の呼吸を確認した。イサベルは規則正しい寝息をたてている。


「い、生きている……信じられん……。クラン=アルスター……お前が生き返らせてくれたのか……?」


 アルの顔はかなりやつれていた。そして答える代わりに、いきなりそこで咳き込み、吐血した。


「ど、どうしたのだ……クラン=アルスター?」


 アルは、ゼーゼーと喉の奥にタンが詰まったような呼吸をした。

「俺は魔力をもうほとんど使い果たして、からに近い。時間を撒き戻して体を再生したのは、フラガラッハの魔力のおかげだ。だがそれだけで死人の蘇生など出来やしない。そもそも人を生き返らせるなんて……そんな都合のいい魔法など、この世にあるものか……」


「だが、現に……」


「イサベルが生きているのは……俺の命を半分削ってくれたやったからだ。魔法なんかじゃない」


「命を削って……?」


「代償として……俺の寿命は少なくとも、これで十年から二十年は確実に縮んだ……」


「……!」

 ディド三世は感極まった声を上げた。

「余は……余は、お前たちネミディアの魔導士にとって、全てを奪い去った不倶戴天の敵であるはずだ。憎んでも憎んでも……どんなに憎んでも、憎み足りない相手であろう……。あまつさえ、さっきもその娘にあれだけ酷いことをしたというのに……にもかかわらず、己の命を削ってまで、我が娘を助けてくれるとは……何と礼を言ったらいいのか……」


 それを聞いたアルは右手の拳を握りしめ、ディド三世を思いきり殴り倒した。


「勘違いするな、ディド三世。イサベルを蘇らせたのは、お前のためでも、お前の娘のためでもない」


 ディド三世は、殴られた頬を抑えつつ、アルを見つめた。


「……フィアのためだ……」


 そこでアルはついに力尽き、崩れ落ちるようにして、前屈みに膝をついた。


 そんなアルを、フィアが支えるようにして抱きしめる。


 アルは魔力のこもった右の掌でフィアの顔を優しく撫でた。途端に、スコットにやられた顔中のアザが消えて、元の愛くるしい美少女の顔に戻った。


「他に痛いところはないか、フィア?」


「やめて! これ以上無理したら、アル今度こそ本当に死んじゃう……」


「いいから、よく診せてみろ」


「あ……ん……」


 アルは残った右手だけで、フィアの全身を触診した。右手が腹部を触ると、フィアは顔をしかめた。


「くそ、腎臓の損傷が酷いな。誰がこんなになるまでお前に乱暴したんだ? これじゃあ血のおしっこが出ちまうぞ」


「ば、バカ……変なこと言わないでよ、もう……恥ずかしい……」


 アルがフィアの腹部に治癒魔法を放つと、これもまた嘘のように痛みが引いた。


「これでよし。もうどこも痛くないな?」


「うん……」


 フィアは頷くと、アルの胸にすがり付いて、肩を震わせながらすすり泣いた。アルも左手首から先を失った腕で、フィアをきつく抱きしめた。


「クラン=アルスター……」


 すっかり蚊帳の外になっていたディド三世が、アルの後ろから呼びかけた。


「以前、貴公は余が裸の王様だと言ったな。その通りだ。余は、周囲の言うことに散々振り回されてきた、お飾りの王に過ぎない。だがこれだけはお前に誓おう。ネミディアに対するカルタゴの植民地政策のあり方を、必ず改善させると。議会や軍部はおそらく反対するだろうが……もう余はそんなことに、絶対流されたりはしない。誰が何と言おうとも、再び娘に批判されようとも、これだけは……これだけは誓って自分の意志を貫いてみせる」


「……」


「カルタゴの企業が稼いだ利益はネミディアの貧困労働者層にも行き渡るようにするし、それから魔導士たちの軍閥とも和平交渉して、ネミディアから争いをなくしてみせる。必ず、必ず約束す……」


「うるさいっ、黙れっ!」

 アルはディド三世の誓言せいげんを一蹴した。

「……貴様の面など……もう見たくもない」


 そこで突然、地面が揺れ始めた。噴水の池が壊れ、水が辺りへ流れ出す。周りの大理石の柱が何本か横倒しになった。魔宮の空がさらにひび割れていく。


 ディド三世は狼狽した。

「な、何だ、地震か?」


「違う……」

 アルが平然と告げた。

「空間が崩壊しかかっているんだ。この魔宮は……もうすぐ消えてなくなる……」


 フィアが大暴れして魔宮が多大なダメージを受けたのと、アル自身空間を維持するだけの魔力を失ったためだ。だがフィアの前でそんなことを言えるわけがない。


「消えたらどうなる? 余たちも消えて無くなるのか?」


 国王の質問に、アルは祭殿さいでんを指差した。


「玉座の後ろに扉がある。俺の魔力の干渉を受けない、唯一の出口だ。出場所は魔法陣の中心……つまりメルカルト宮殿の正門前だ……。とっとと出て行け」


「……お前たちはどうする……? お前たちさえよければ、余がこのまま王宮で匿っても……」


「お前の面など二度と見たくないと言っただろっ。早く出て行かないのなら、イサベルともども改めて殺すぞ!」


 ディド三世は仕方なく、イサベルを抱きかかえて、祭殿の扉へと向かった。


 国王が扉を開け、崩れゆく魔宮を後にする際に目にしたものは、大地が裂け、空が割れて落ちてくるその中でも、きつく抱きしめ合う魔導士の青年と幼い魔女の姿だった。


 その後、ディド三世がその二人の魔導士の姿を見ることは、二度となかった。

 メインストーリーは以上で終了です。残りはエピローグが少しです。

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