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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
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崩壊する世界3

 魔宮内は各々の心臓の鼓動が聞こえるほどに静まり返った。


 魔宮の大地に、その創造主の鮮血がみるみる広がっていく。アルは倒れたまま指一本、ピクリとも動かなかった。


 フィアは目の前の信じられない光景に言葉を失った。悲鳴を上げることさえ忘れていたほどだ。


 だが、横たわるアルのしかばねを見ているうちに、少女の琥珀色の瞳から涙が溢れ出した。

「いやーっ、嘘ぉー、アルっ、アル、アルーっ、いやあぁぁーっ、あああぁぁぁーっ」

 フィアは赤ん坊のように、手足をバタつかせて泣き喚いた。


 それでもディド三世の拘束を解くことは出来なかった。


 するとハンニバルが、戦場から凱旋するかのように、ゆっくりとこちらへ向かって来た。


 すかさず剣を持ったイサベルが立ちはだかる。


 そんな彼女をハンニバルは鼻で笑った。

「結果は見えていますぞ、殿下。それでも来ますか? これから毎晩、私の夜伽よとぎをするというのなら、母君ともども可愛がってあげますぞ」


「下郎が……その下品な口、二度と利けないようにしてあげますわ……」

 イサベルは悲壮な面持ちで、正眼に剣を構える。


 しかし切っ先が震えていた。この腕! とイサベルはもう片方の手で震えを押さえようとした。それでも震えは止まらない。しかも足元までおぼつかない有様だ。睨まれただけでこんなことになるなんて、我ながら情けない、不甲斐なさすぎる……。


 とはいえ相手はあのハンニバルだ。彼我の実力差は、奇襲や奇策でどうにかなるものではない。それは今の魔導士との戦いでも明らかだ。


 ならば、せめて意地と純潔だけでも貫き通してみせる。


 恐怖心を抑えて、イサベルはハンニバルを睨み返した。するとハンニバルの持つ斧槍ハルベルトの切っ先も震えているのに気付いた。

 どうして? ハンニバルが震えている? そんなことがありえるの?


 だがハンニバルは確かに顔をしかめている。そして足元を見つめていた。


 つられてイサベルも地面を見た。足元の花が揺らいでいる

「じ、地震……?」


 言った途端、立っていられないほどの強震が起こった。


「な、何、これは? カディスに震源となる断層はないはずよ。しかもこのタイミングで……?」


 いきなり後ろで魔女を組み敷いていた ディド三世が吹っ飛んだ。国王が絶叫しながら花畑の中に墜落した。地震のせいかと思ったが、すぐに違うことがわかった。

 魔女の魔法で飛ばされたのだ。


 そこには泣きじゃくりながらも、全身から強大無比な魔力を放っているフィアがいた。少女の魔力は、まるで真夏の太陽光のような黄金色をしている。


 そのあまりの美しさと強烈な輝きに、イサベルもハンニバルも少女の姿に見惚れた。


 三者の間に風が吹く。それは徐々に風速を上げていき、ハンニバルにまとわりついていった。


「な、何だこれは……?」

 警戒し始めたときには既に遅かった。つむじ風は巨躯のハンニバルの動きを封じていた。斧槍を振り上げることすら出来なかった。

「魔法で風を起こしているのか? しかし、魔力を消せん……?」

 魔法無効化も魔法の一種である。魔法と魔法のぶつかり合いでは、当然魔力の強いほうがつ。故に、相手の魔力が強力すぎるとキャパシティを超えて、完全消去はできないのだ。また、本人が意識して気を張っていない時には、魔法無効化は発動していない。だから最初の邂逅で、アルは金縛りをかけることができたのである。


 しかし、これらはハンニバル自身も知らないことだった。

「どういうことだ?」

 消せない魔法に遭遇し、ハンニバルは怪訝な顔をした。


 その間にも風は鋭さを増し、カマイタチとなってハンニバルの皮膚を切り裂いていく。

「ぐ……」

 堪らず防御姿勢をとった。


 さらに上空で稲妻が光った。

「きゃあっ」

 イサベルが悲鳴をあげる。


 見上げると空が割れていた。魔宮の天井に、亜空間の暗い裂け目が見える。風はいよいよ勢いを増し、海鳴りのような音と共に地割れが起こった。


 そして、高密度な魔力を全身から多量に放出しているせいか、フィアの小さな体がふわりと宙に浮いた。


「う……ううっ……アルを……」

 フィアは憎悪のこもった眼でハンニバルを睨んだ。

「……アルを返してぇっ!」


 叫び声と共に、地面の裂け目から、噴水のようにマグマが吹き上がった。マグマのおりに閉じ込められたハンニバルだったが、さらにその足元が生き物のようにうごめく。するとマグマに押し上げられて、地表が吹き飛んだ。ハンニバルもマグマに包まれ、瞬時に姿を消していった。


 叫び声すら上げる暇もないほど一瞬の出来事だった。


 その様子を見ていたイサベルは蒼褪めた。


 だがフィアの癇癪はそれだけでは終わらない……。魔宮には急に冷たい風が吹き始めた。さらに空気が乾いていき、頬に触れる風がビリビリと痛い。酸素の濃度が薄くなり、気圧も急激に下がっていった。

 そして辺りの風はフィアに集まっていく……。


                        ◆


 気絶していたアルは、左腕の痛みで目を覚ました。ハンニバルに左手を斬り落とされたのは、やっぱり夢や幻ではなかった。アルは流血する左腕を押さえた。


 起き上がると、レザーコートの裏地から鉄の盾が二枚、ゴトリと落ちる。ハンニバルに左手を斬られた後、咄嗟にコートの内側で具現化したのだ。それで石突の二撃目をガードしたのだ。しかしハンニバルの怪力は、盾の上からでもアルのアバラ骨を数本折り、その上失神させたのである。盾がなかったら、恐らく内臓破裂していただろう……。


 アルは痛みと気持ち悪さで嘔吐をもよおした。


 アルの持っていたトランクケースの中には魔法薬がある。左手をくっつけるのは時間がかかるが、折れたアバラならその魔法薬ですぐに治癒できる。トランクケースは祭殿の上にある、玉座の下に隠してあった。そこまで取りに行かないと……。


 だがそれ以前に解明しなければならない謎があった。


 ネミディアの高山植物が茂っていた魔宮の花園が、いつの間にか雪景色になっているのだ。しかも未だに激しく吹雪いている。


「な、何だこれ……? 一体全体どうなってんだ……?」


 変わり果てたおのれの魔宮を見て、アルは呆然あぜんとした。雪とも雲とも霧ともつかない凍結した水の粒子が、魔宮中を覆っている。まるで雪山か積乱雲の中にでもいるかのようだ。


「ハンニバルは……? それにフィアは何処だ? ……フィア……?」

 アルはフィアの姿を見てさらに驚愕した。


 フィアはこの嵐のド真ん中にいたのだ。少女を中心に球体状の気流の渦が出来ている。おまけに嵐の渦は放電現象を起こし、雷を発していた。さながら小さな台風のようだ。


「こ……これはお前がやってることなのか……フィア?」


 魔力のかんだけで魔宮へ侵入したり、感情の昂ぶりでこれほどの大魔法を発動させたフィアの魔法の才能に、アルは畏怖を覚えた。


 そしてフィアの暴走はさらに増していく。雷と強風の影響で、魔宮の天井に穴がいくつも空いている。


「まずいっ……。おいフィア、もうよせ。このままじゃ魔宮の空間そのものが壊れちまう。そしたらここにいる全員が、出口のない亜空間に放り出されるぞ」


 しかしフィアの魔力は収まる気配を見せなかった。逆にどんどん威力を増して荒れ狂う。


 それどころかアルの呼びかけにも全く反応を示していない。怒りと悲しみで周りが見えていないようだ。


「あいつ……自分で自分の魔力がコントロール出来ていないのか?」


 早くフィアの暴走を鎮めなければ……。事は一刻を争う。魔法薬を取りに行っている暇などない。

だが左腕を今のまま放置しては確実に出血多量死する。こうなったらこの場で傷口を焼いて、血を止めるしかない。


 でもそんなことをしたら傷口周辺の細胞組織が壊死してしまい、魔法薬を使ったとしても左手の再結合は出来なくなるだろう。


 それでもアルは迷うことなく右手に魔法で炎を宿した。そして左腕の傷口に押し当てる。


「ぐがああぁぁぁっ」

 激痛に再び気を失いそうになったアルだった。が、何とか耐え抜いて意識を保った。そして服の切れ端を包帯代わりに傷口へ巻いた。


 こうしている間にも、魔宮はフィアの暴走によってどんどん壊されている。


「フラガラッハぁっ!」

 アルは大声で魔剣を呼んだ。噴水の上に浮いていた魔剣は、主の呼びかけによって、自動的に飛んできた。


「冥府の鎖よ、わが宮殿を脅かすものに掣肘せいちゅうを加えよ」


 魔剣を手にしたアルはそう唱え、魔力を込めて地面に突き刺す。


 アルの全身から、そしてフラガラッハの刀身からも、フィアに劣らぬ高密度の魔力が発出された。その魔力の光は、新月の夜、星明りに照らされた雪原のようなプラチナ色をしている。


 そして地の底から、碇のついた数本の巨大な鎖が飛び出てきて、フィアに襲い掛かった。これはアルがこの空間で使える最上最強の攻撃封滅魔法だった。


 己の野望のため、これまでずっと大事に育ててきた娘に向かい、自身最強の魔法を放つことになるとは……。


 だがこれで互いの魔法がぶつかって相殺し合えば、この惨状は収束するはずだ。


 しかし事態はそんなアルの目算を簡単に裏切った。強力な風圧が鎖の接近を阻んのだ。嵐の渦はフィアをガードするかのように、アルの乾坤一擲の魔法をね退ける。アルのダメージを差し引いても、フィアの魔力はそれほどまでに凄まじかった。


 だからといってこの暴走を放っておくわけにはいかない。アルは仕方なく、フィアを嵐の渦ごと球体状に縛った。そして魔剣にありったけの魔力を込めて、鎖を縛り上げる。


 すると嵐の渦は、歪みながらも縮小していった。同時に魔宮内に吹きすさんでいる吹雪も幾分か弱まった。


「よし、このままいけばフィアの魔法を潰せる……」


 ところがそこで、イサベルがフィアの元へ向かっているのがアルの目に止まった。皮肉なことに、アルが嵐を抑えたおかげで、イサベルはフィアに近付くことができたのだ。


 イサベルは剣のつかを力強く握りしめ、吹雪の中心に向かっている。

「こんな小さな子供でも、これほど恐ろしい魔法を使うなんて……やっぱり魔導士は危険すぎる……。見た目に騙されてはダメ……。やはり根絶やしにすべきですわ。例え子供だろうと……。カルタゴの……わが国の何百万もの民を守るためなら……子供一人くらい殺せなくてどうするの! 突き立ててみせます……この剣を……心臓に」


「よせぇっ、イサベル。危険だ!」


「お黙りなさいっ。よくもカルタゴの地で好き勝手やってくれましたわね、魔導士。この子の次はあなたの番ですわ、クラン=アルスター」


「馬鹿野郎っ!」


 そのとき、アルの握っている魔剣が、急に不安定な振動を起こし始めた。それは、上手く相殺させていた自分とフィアの魔力のバランスが崩れたことを意味していた。イサベルに気をとられたせいだった。


 フィアは魔力は絶大でも、そのコントロールは未熟だ。尚且つ、今は自我を失うほどの暴走状態である。魔力のせめぎ合いの手綱を取っていたのはアルだった。でもそれには針の穴を通すほどの精密さが必要とさていれた。故に一旦崩れだしたら修復は不可能。後は巨大ダムが決壊したときのように、最上位の魔導士二人分のすさまじい魔力が、辺り一帯へ一気に奔流ほんりゅうするだろう。その際に起こる破壊力は想像もつかない。


「だ、ダメだ……お、抑えきれん……」

 アルは限界を感じた。


 一方のイサベルは既にフィアの目前まで辿り着いていた。彼女は、球体状の嵐の渦に十重二十重と巻き付いている鎖の隙間に剣の切っ先を入れ、フィアに突き立てようとする。


「死になさい!」


「待てっ!」


 その刹那ついに、激突し、しのぎを削り合うことによって、臨界ギリギリまで高圧縮されていた、アルとフィア二人の魔力の渦流が決壊した。


 爆音と共に、フィアを中心とした周りの全てのものが吹き飛ぶ。



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