崩壊する世界1
アルは苦戦していた。ハンニバルに完全に追い詰められていた。
魔宮の花園には折れたり曲がったりした剣や盾が幾つも転がっている。全てアルが具現化したものであり、そして全てハンニバルの斧槍によって破壊されたのだった。
魔力でどんなに鋭利で頑丈な剣を創造しても、ハンニバルが振り回す巨大な斧槍が大木とするならば、アルの長剣は小枝にすぎなかった。下手に受ければ剣ごと体を真っ二つに両断されかねない。アルは後方に飛んでハンニバルの豪力を受け流しながら、ハルベルトを捌くのが精一杯だった。
剣や肉弾戦ではとてもハンニバルには敵わない。体格的には大人と子供ほどの差があるのだから当然だ。
威力を上げた攻撃魔法を放っても、ハンニバルの肉体はそれをモノともしなかった。魔導士の血を引くハンニバルが持つ特殊能力、魔法の無効化。それが全てをかき消していたのだ。
だがアルはそんなことを知る由もない。頼みとしていた魔法が効かないことと、巨躯の男が振り回す刃に身を削られるという窮地に、錯乱寸前だった。心まで追い詰められていた。このままこの戦場から逃げ出したい気持ちを、必死に押さえていた。
実際、逃げ道はある。
ハンニバルをこの魔宮に残したまま、ディド三世親子を連れて脱出するのである。その上で魔宮の空間を閉じれば、ハンニバルは出口のない亜空間に放り出され、半永久的に何もない空間をさまようことになる。
ただ、せっかく心血を注いで創り上げた、カディス中の人間全てを人質にとれる巨大魔法陣を失うことになるのが、アルを躊躇わせていた。この魔法陣を失うことは今後のディド三世との取引で、こちらの有益なカードをむざむざと一枚捨てることを意味する。
やはりそれは最後の手段とすべきだろう。
現状で何とかするしかない。だが混乱した頭では妙案が浮かぶどころか、状況の整理すら出来ないでいた。
おまけにハンニバルは素早い身のこなしと無尽蔵なスタミナで間断なく襲ってきて、考える暇など与えてくれない。
魔宮を使ってハンニバルから親衛隊を引き離し、一対一の状況にしたまではいいが、これは計算外の事態だった。
「どうした魔導士? いささか歯応えがないぞ。我が無聊を慰めるに至っておらん。もっと私を楽しませろ!」
「くっ……」
ハンニバル・バルカ……正に計算外の怪物だ。悔しいがこのまま一騎打ちを続けたら、いずれ殺されてしまう。
やむを得ない、最後の手段を使うしかないか? とアルが思案していると……
「アル~」
耳慣れた舌ったらずな、幼い女の子の声が聞こえた。
アルが、呼ばれた方へ振り返ると、何とそこにはフィアがいた。顔中にアザがあって別人のようにも見えるが、間違いなくフィアだ。おまけにこちらへ笑顔で手を振っている。
「な、何でお前がここにいるんだ? リーナが面倒見てるんじゃないのか? いや、それよりもどうやってここへ入ったんだ?」
「よそ見をしている場合か、魔導士?」
「ぐっ……」
隙をついてくり出してきたハンニバルの突きを、アルはギリギリで回避した。
「ああっ、アル! 負けないで。頑張って!」
フィアは、ハンニバルと激闘をくり広げるアルを、そのまま諸手を挙げて応援し始めた。
「くそっ……いったい何がどうなってんだ? 何でフィアが……? 俺の魔法陣に欠陥があったっていうのか? そんなはずは……」
対してアルの方は、自分の許可がない限り侵入不可能なこの魔宮へ、何故かフィアが迷い込んでいるという事実に、更に大混乱した。




