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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
36/43

永別

 フィアたちの脱獄は順調だった。


 ハンニバルのクーデターは大きなうねりとなって広がっている。同じカルタゴ兵同士でも、国王派とハンニバル派にわかれ、陸軍基地内の武器庫や食料庫の奪いあいで衝突し、兵舎は大混乱に陥っていた。


 さらにリーナが、捕まっていた他の囚人たちを逃がしたのも、騒動を大きくするのに一役買っていた。

この騒ぎの隙にカディスを脱出するのだ。


 リーナは、全員で逃げたら大人数で見つかりやすく、全体の動きも鈍くなると判断し、捕まっていたネミディア人の娘たちを六人から八人ずつの三グループに分けた。その上でそれぞれに部下を二人ずつ護衛につけ、別々のルートで、さらに時間差も与えて脱獄させていた。


 他の二グループは先に基地から脱出している。


 最後に地下牢を出たのがフィアたちのグループだった。このグループの護衛にはリーナとロンがついた。移動時の並びは、先頭にロン、彼の後ろにフィア、ケリー、マリア、そしてその他のネミディア人の娘たちが続き、殿しんがりがリーナだった。

 彼女たちも、すでに練兵場の近くまで来ていた。練兵場を突っ切った先には、陸軍基地の裏門がある。もう少しでここを出られる。


 先頭を行くロンが、練兵場に人影がないか、建物の陰から窺った。


 今夜は満月。広い練兵場の様子は灯りがなくともよく見えた。けどそれは逆に、障害物のないここを通るときが、一番発見されやすい場所だということでもある。もし見つかって、四方から一斉射撃をくらったら、間違いなく全滅するだろう。


 ロンは注意深く、しかし迅速に伏兵の有無をうかがっている。するとすぐ後ろのフィアが小声で訊ねた。


「ねえ、本当にハンニバル将軍がクーデターを?」


「ああ、本当だ。おかげで忍びやすかったぜ」


「じゃあ、もしクーデターが起きなかったら、どうしてたの? やっぱり私たちのこと、見捨ててた?」


「いや……。そしたら基地の武器庫か食料庫が原因不明の火事になっていたでしょうね、ってねえさんが言ってたよ」


「えっ……」


 質問をしたフィアだけでなく、側で聞いていたケリーも驚嘆した。


「よし、大丈夫だ。行くぞ、ついてきて」


 安全の確認を終えると、まずロンが建物の陰から飛び出した。続いてケリー、フィアが練兵場を駆け抜けていく。


 全員、無事に練兵場の広場を渡り終え、基地の外壁に辿り着いた。この高いコンクリートの壁を越えた向こう側は、カディスの町だ。


 ロンやリーナならばこれくらいの壁など、ひとっ飛びで越えられる。しかし連れている娘たちにそんな無理はさせられない。全員怪我なくここを脱出するには、やはり裏門を通るしかない。外壁伝いに小道を行けば裏門である。


 ロンは壁伝いに進みだした。途端……


「動くな!」


 ロンは声が聞こえた方向へ、反射的にナイフを構えた。


 ロンが見据える木の陰から、銃剣を持った一人のカルタゴ兵が現れる。その銃口は既にロンに向けられていた。


 ロンはナイフを振りかぶったまま、身動きが取れなくなってしまった。


 すると、最後尾にいたリーナが、いかずちのような速さで躍り出た。


 リーナのサーベルとカルタゴ兵の歩兵銃の銃剣が打ち合う。両者はそのまま鍔迫り合いとなった。しかしその刹那、リーナは相手の顔を見て息を呑んだ。


 一瞬の戸惑いが彼女の太刀筋を鈍らせる。隙ありと見たカルタゴ兵は、リーナのサーベルを力任せに押しやって、銃剣で突きを繰り出した。銃剣の切っ先がマフラーに引っ掛かる。その拍子に彼女の顔を隠していたマフラーが剥ぎ取られてしまった。


 リーナの素顔が月明かりの下にあらわとなった。彼女の顔を目の当たりにし、カルタゴ兵もまた驚愕した。


「リーナ……さん? どうしてあなたが……?」


「スコット……」


「そこにいるのは……ロン君、ケリー、マリア……それにフィアまで? どういうことだ……?」


「見ての通りよ。見逃してスコット、あなたもネミディア人でしょ」


「うう……確かに……ネミディア人だけど……でも今の僕はカルタゴの軍人です。そうわけにはいきません。それにこんなことをしてたら、ネミディアの立場はもっと悪くなるだけだ。いつまでたっても、ネミディア人がカルタゴ政府や周辺国に認められない。特に……」

 スコットはフィアを睨んだ。少女は、夕方彼に散々蹴られたことがトラウマとなっているらしく、ビクッとおののくと、そそくさとロンの後ろに隠れた。

「特に、せっかく捕まえた魔女は絶対に逃がすわけにはいかない。フィアを確保しておけば、いずれ取り戻そうとアルバートがここに乗り込んでくるはず。そう思って僕はここで待ち伏せをしてたんです。奴を……奴さえ捕まえれば……。それでみんなすぐに解放される、全て解決するんです。だから脱獄なんて危険な橋を渡る必要はないんだ」


「そんなの嘘よ。ハンニバルの言葉を信じるなんて、あなた正気?」


「悪いですか? ブラフだろうと何だろうと、僕にはこの道しかないんです」


「……スコット……あなたのお父さんのことは無念だったと思う。でもあなたに酷い仕打ちをした魔導士と、フィアやアルは何の関係もないのよ。実際、フィアがあなたに何かしたの?」


「リーナさん、僕は自分の恨みだけで魔導士を倒そうとしているんじゃありません。何度も言いますけど、魔導士は生きているだけで悪なんです。ネミディアの民を救うためには、魔導士は消えてもらうしかないんです」


「……悪いけど、私はそうは思わない。もっともらしいこと言ってるけど、結局あなたは私怨しえんで動いているだけよ」


「あなたこそ……あなたこそ何でそこまで魔導士の肩を持つんです? あなたは魔導士でも、いや、ネミディア人ですらないのに……」


「それは……」


「……やっぱり、アルバートか……?」


「……」

 リーナは沈黙で答えた。


                       ◆


 リーナとスコットが対峙しているその後ろでは、フィアがかたわらの壁から不思議な魔力を感じていた。それは自分のよく知っている魔力だった。


「アル……? アル、近くにいるの?」


 フィアはロンの側から離れて、ふらふらと魔力の感じが強い方へと歩いていく。そしてここだという場所立つと、指を絡めあうような感じで、辺りに流れている魔力の波長に、自分の魔力の波長を合わせていった。


 すると少女の足元から、銀色の光を放ちながら魔法陣浮かび上がった。


「な、何だ?」


 ロンが驚きの声を上げた。ロンだけではない。ネミディアの娘たちも、そして睨み合っていたリーナとスコットも振り返り、フィアに注視している。


 既に、フィアの魔力と魔法陣から発せられる魔力は、鍵が鍵穴にハマるような感じでがっちりと結ばれていた。そこでフィアは引き戸の扉を開けるような感覚で、一気に魔力を流し込んだ。


 その瞬間、フィアの姿はそこからフッと消えた。


                       ◆


 リーナは我が目を疑った。いや、全員が今見たことを信じられず、一様に呆気にとられている。


「ど、どうなってるの……?」


「アルバートだ……。奴がフィアを連れてったんだ……」

 スコットが言った。


「アル……が?」


「数日前、アルバートがそこに何かを埋めていったのを見たんです。だから何を埋めていったのか調べるたし、ずっと見張っていたんだ。奴がまた来るなら、きっとここだろうと思って……。しかしまさかこんな仕掛けになっていたなんて……」


 そこでリーナは即座に決断した。

「ロン、ここは私が何とかするから、早くみんなを連れて逃げなっ」


「え? フィアは?」


「聞いてたでしょ、あれはアルの魔法よ。だったらアルに任せておけば大丈夫。第一魔法が相手じゃ、私たちは何一つ手出しできないでしょ」


「わ、わかった……」


「そうはさせないっ!」

 スコットはロンに銃口の照準を合わせた。


 しかしリーナがスコットの歩兵銃をサーベルで打ち払う。その衝撃で銃が暴発し、夜空に向かって銃弾が放たれた。


 銃声が響くと娘たちは悲鳴を上げた。その場に座り込んでしまう者さえいた。


「何してるの、早く逃げなさいっ」


 リーナが一喝する。それで彼女たちは銃声の呪縛から解放されたらしく、ロンの誘導で一斉に逃げ始めた。


 スコットはロンたちを追おうとしたが、リーナがそれを阻んだ。


「こ、こんなことをするなんて……。それに身のこなしも剣の太刀筋も素人じゃないし……リーナ、あなたは一体何者なんです?」


 リーナはこれ以上隠し通すことは無理だと悟り、観念した。


「インディゴって密輸組織を知らない? 軍には盗賊団って認知されてるかもね」


「……お、覚えがある、確か軍のブラックリストに載っていた組織の名前……」


「私はそこの幹部だったのよ。今日までのことだけどね……」


 スコットは言葉を失った。


「スコット……出来ればあなただけには……このことを知られたくなかった……」


「酷いな……酷い裏切りだ……。あなたもアルバートも……いや、ロンやフレッドやフィアまで……全員グルになって、僕のことを騙してたんだ? 僕がプロポーズしたときには、いかにもその気があるように見せかけ、また父が魔導士に殺された話をしたときには、不憫そうに装い……けど実はみんなして裏で僕のことをせせら笑っていたんでしょ? 挙句に魔導士の前で、その魔導士を捕まえると言った僕は……正にピエロだ……。君らにはさぞ滑稽に映っただったでしょう……ははは、あっはははははは……」

 スコットは発狂したかのように笑い出した。


「違うっ、そんなことないっ」


「何が違うんだっ? ソニーのこともそうだ。アルバートには話して、僕には話してなかったじゃないか。それこそが僕を信用せず、裏で馬鹿にしていた証拠だ!」


「違うのっ。私、アルにだってソニーの話をしたことないっ」


「出鱈目を言うな!」


「出鱈目じゃない。信じて!」


「“信じて”だって? 冗談じゃない。今のあなたのいったい何を信じればいいっていうんだっ!」


 するとリーナは戦いの構えを解いた。その瞳には涙が溜まっている。


「やめてください……今更、そんな……くそっ、僕にどうしろっていうんだ……」


「スコット……私が裏の経歴を隠していたのは、あなたが軍人だったからよ……」


 リーナは目尻の涙を拭いながら本心を告白し始めた。


「もし私のこの姿を知ってしまったら……生真面目なあなたは、きっと私から離れていってしまう……。そう思ったら怖くていえなかった。だから隠し通そうとした……。確かに、騙しているみたいで後ろめたかったけど、でも……そうしてでも、あなたを繋ぎとめておきたかった……」


「……リーナさん……」


「それから……アルがソニーのことを知っているのは、フレッドが昔酒の勢いで勝手にベラベラ喋ったからよ。私は本当に、直接アルにソニーの話をしたことはないの。決してあなたのことを信用してなかったわけじゃない……」


「……こんな残酷な巡り会わせはないな……」

 スコットは首を振った。

「僕が、アルバートがここに何を埋めたのかこんなに気にしなければ、あなたが僕から必死で隠そうとしていたものを無理に見ることはなかったのに……。まるで彼の魔力が怨念となって引き合わせたみたいだ……。いや、そもそもあいつさえ現れなければ……」


「スコット……あなたと私は、軍人と密輸組織の犯罪者……。残念だけど、もともと相容れない間柄だったのよ。アルが私たちの間を引き裂いたんじゃない、むしろ私たちがかれあった方が、間違いだったのよ……。きっとあなたには、私なんかよりも、もっと似合ういい女がいるはずよ」


「そんな……やめてください、そんなことを言うのは……」


「それから……これは私の嘘偽りのない本音だって前置きしても、もう信じてもらえないかもしれないけど……最後に聞いて。あなたにプロポーズされたとき、私本当に嬉しかったのよ……」

 そこまで言い終えると、リーナは外壁へ向かって全力で走り出した。


「待って、リーナ!」


 リーナは助走をつけてジャンプすると、高い陸軍基地の壁の上に飛び乗った。そして月明かりの夜空にその姿を消した……。


 スコットは銃剣を放り出し、その場にしゃがみ込んだ。そして数日前に借りたままになっていたハンカチを懐から取り出し、嗚咽を漏らした。

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