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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
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クーデターの夜(下)

 気がつくとイサベラは、一面の花園の中で、見知らぬ銀髪の青年に抱きかかえられていた。たった今まで、ハンニバルの足元に倒れていたのに……。


 背中の痛みも消えている。


 あまりに不可解かつ理解不能なこれらの状況に、イサベルは何も考えられなくなって、ボーっとした。


「おお、イサベル」


 彼女の名を呼んだのは、青年の横にいるディド三世だった。


「お父様!」


 青年がイサベルを下ろすと、彼女は父親に抱きついた。


「よかったですわ。既にハンニバルに殺されたものかと……」


「うむ……心配かけたな、すまなかった……」

 ディド三世は涙を流しながら娘を抱きしめた。


「お父様、ハンニバルが王宮を……」


「わかっておる。だがもう大丈夫だ、イサベル。彼がお前を助けてくれたんだ。そして余もお前も、ここにいる限り安全だ。このあとのことも、彼に任せておけば万事解決する」


「あの方が……? 父上、あのお方の名前は?」


「……クラン=アルスターだ」


「クラン……様?」

 相手の名前を聞くと、イサベルの動悸がドキドキと不規則に高鳴った。


 イサベルはクランの前に歩み出た。

「クラン様、お礼を申し上げ……」


「まあ待て二人とも。感謝をするのはまだ早いぜ。メインゲストがまだ残っている……」

 そう言うとクランはおもむろに、指先で空中に簡易な魔法陣を描いた。

「宮廷でのバカ騒ぎをすぐに終わらせないとな」



 するとそこには、ハルベルトを持ったハンニバルが瞬間移動で運ばれてきた。


 突然現れたハンニバルに、イサベルは我が目を疑った。


 しかし当のハンニバルは至極落ち着いた様子だ。ハンニバルはクラン、その後ろにいるイサベルとディド三世を見ると、ほぼ全てを悟ったような顔をした。


「ククク……なるほど、そういうことでしたか……。驚きましたな、陛下。まさかネミディアの魔導士と手を組んでいらっしゃったとは……。その上こんなところにいたとは……通りで王宮の何処にもいらっしゃらないはずだ」


 半笑いしながら言ったハンニバルの台詞に、イサベルが大きく眼を見開いた。


「魔導士……? 魔導士ですって? クラン様が……?」

 イサベルはキッと父を睨んだ。ディド三世は娘と視線を合わせないよう、気まずそうに顔を伏せた。


「そうだ」

 クランは得意気に語った。


「カルタゴ国王ディド三世陛下は、俺を通じてネミディアの魔導士たちと同盟を結ぶことになった。そして同盟締結の証として……ハンニバル・バルカ、お前の首が必要なんだよ」


「ククク……ワッハハハハハハ……」

 ハンニバルは楽しそうに笑った。

「敵の敵は味方か……よく言ったものだ。なかなかエグいな、魔導士。しかし私の知らないところでそんな話が進んでいたとは……見直しましたよ、陛下。ネミディアとの戦争も、議会や軍部に押し切られる形で、流されるまま開戦宣言書にサインしたあなたが……こんなエグい裏工作を進めていたなんて……本当に驚き入った次第です。思っていたよりホネがあったんですな」


「お喋りはそこまでだ、ハンニバル。この日をずっと待ち望んでいたぞ。お前によって亡ぼされた祖国と、殺された数多の魔導士たちの仇……さらには昨日襲撃を受けたスラムのネミディア難民たち……全ての恨み、まとめて晴らせてもらうぜ」


 クランとハンニバルは睨み合って対峙し出した。もう完全に二人だけの世界に入ってるようだ。


 一方イサベルは、クランとハンニバルの喋った内容の全てが信じられずにいた。

「どういうことですの、お父さ……いえ、陛下」

 彼女は国王を詰問した。

「魔導士と同盟? 本気なのですか?」


「ああ、我々をハンニバルから守ってもらう代わりにな……」


「な、なんて愚策を……。二年前をお忘れになったのですか? 私も殺されそうになりましたのよ。魔導士なんて人種、絶対に信じられませんわ!」


「そ、そうは言うがイサベル、あの魔導士の意志がなければこの魔宮から出ることも出来んのだぞ。我々は既に魔導士の手の平の上なのだ。それに……ハンニバルも、クーデターも、スラム襲撃事件も、ネミディアで暴れる魔導士の軍閥も……余ではもう何一つ処理しきれぬ、彼の助けがなければ……。何よりお前をハンニバルの毒牙から守るにはこれしかない。今のカルタゴ内に、ハンニバルに真正面から立ち向かっていける者が他にいるというのか? どうなんだ、イサベル?」


「そ、そんな…………陛下……」


 確かに父の言う通りだった。


 けれどもイサベルは得心しかねた。父の言葉も、父が秘密裏に魔導士と取引をしていたことも、自分が魔導士の手を借りて助けられたことも……。


 絶体絶命の危機を救ってくれた人物が、この世で己が一番卑下し、嫌っている人間だったなんて……。

イサベルの王女としてのプライドが、それを絶対に許すなと訴えかけてくる……。



                        ◆



 ハンニバルと対峙したクランは、すぐさま両手に魔力を集中した。両の拳が白銀色に輝く。


 師であるグランストラエ伯の古城には何千、何万という古代の魔導書があった。しかし自分は攻撃魔法が苦手で才能もないから、習得できる魔法には制限がある。師の残した魔導書の中から、自分の適性を見極め、交渉に使えるものを慎重に選んだ。

 そして2年かけて、この魔宮を具現化する時空間魔法を体得した。


 ただし魔宮の構築には莫大な魔力を使う。おまけに魔宮自体に攻撃力はない。虫一匹殺せない。だが空間内では術者の魔力を底上げしてくれる。苦手な攻撃魔法の威力を何倍にも上げてくれる。さらにイメージしたものを具現化する組式も組み込んだ。


 まさに、全てを自分の思い通りに出来る箱庭を創り上げたのだ。どんな猛者であろうと、どんなに強力な魔導士であろうと、例え軍隊が相手でも、この魔宮に誘い込んでしまえば敵などいない。


「誰にも知られず、ここで死ね、ハンニバル」


「名を聞いておこうか、魔導士」

 ハンニバルが訊ねる。


「……クラン=アルスター・レオニール・フィンドレイク」


「カルタゴ陸軍総司令官ハンニバル・バルカだ。久しくこの血をたぎらせるような戦にめぐり合えず、退屈にんでいたところだ。クラン=アルスター、お前からはネミディアで味わったときのような、至極の戦場と似たにおいを感じる。せいぜい楽しませてくれよ。ククククク」


 低い声で笑いながら、ハンニバルはハルベルトを構えた。


「ふざけるなよハンニバル。俺は快楽殺人者でも戦闘狂でもない。むしろ戦争が嫌いだから、戦っているんだ。すぐにその首を刈り落として終わらせてやる」


 クランはハンニバルから距離をとって、両手に溜めた魔力を胸の前で交差させながら放った。するとハンニバルの前に竜巻が起こった。竜巻の風は鋭利な刃となり、中に入った草花を塵になるまで切り刻みながら、ハンニバルに近付いていく。


「ミンチになれ、カルタゴの英雄」


 竜巻はハンニバルの目前にまで迫った。しかし英雄は慌てることなく、おもむろに体が反り返るくらいまでハルベルトを後ろに振りかぶると、気合と共に自慢の金剛力で一気に振り下ろした。人の眼では捉えられない、神速の素振りが放たれる。


 すると竜巻はハンニバルが槍を振るった周辺部分から大きくひしゃげ、弾けて消えた。


 潰れた竜巻の風が四散し、その豪風が魔導士の総髪を後ろになびかせる。


 ディド三世とイサベルにいたっては、強風の中、立っていることも難しく、四つん這いになって凌いでいた。


 魔導士の血を引くハンニバルが無意識に持っている特殊能力、魔力の無効化によるものだった。


 しかし魔導士はそんな裏事情など知る由もない。魔宮によって威力を増したはずの攻撃魔法が、たった一振りで破られ、クランは呆然とした。


 そんな彼にハンニバルは静かに告げた。


「次はこちらの番だな」


 二メートルの巨体の上、巨大な槍を持っているというのに、ハンニバルの動きは俊敏だった。あれだけ離れていた距離を、瞬きする間に詰め、自分の間合いにしてしまった。


 クランは咄嗟とっさに鉄の盾を具現化し、ハンニバルのハルベルトを受けた。が、豪腕に押され、そのまま十メートル以上も吹っ飛ばされた。


 急いですぐに起き上がるも、両腕は痺れて力が入らない。盾を見ると、ひしゃげていて亀裂まで入っている。これではもう使い物にはならない。


「くそっ……」


 クランは盾を投げ捨てると、地面にてのひらをついた。それを合図に、地面に生えている草花の茎が伸びて、ハンニバルの手足に絡みつき、緊縛していく。


 しかし、ハンニバルはそれをまるで薄布を裂くかのように、簡単に引き千切った。そしてハルベルトを振り上げ迫ってくる。


 クランは慌てて噴水の周りにある、大理石の柱の影に隠れた。


 ハンニバルは構わず、柱ごと魔導士に向けて斧槍を横に薙いだ。


 途端に石柱が砕け、その破片が飛礫つぶてとなって魔導士を襲う。クランは無様にも息を切らしながら必死に逃げ、何とか再びハンニバルとの距離を広げた。


「な……何だ、こいつは……?」


 短い攻防だったが、クランは早くも軽度のパニックに陥っていた。


 ハンニバルが若い頃から、厳しい戦場を幾つもくぐり抜けてきた歴戦の猛者というのは知っている。祖国の勇猛な魔導部隊が、奴によって壊滅させられたことも……。


 だがあの戦争からもう六年も経つ。奴もすでに五十近いはずだ。


 にもかかわらず、クランの強力な魔法を意にも介さないこの強さは異常である。


「こいつ……本当に魔力も持たない、生身の人間か……?」


 クランの顔色から動揺を見て取ったハンニバルが言った。

「おい、魔導士の若造、私をあまり失望させんでくれよ」


「くっ……う、うおおおおおぉぉぉぉっ!」

 クランは恐怖を払拭するため、咄嗟に腹の底からありったけの声で叫んだ。


 けれども足の震えは止まらなかった。


 しかし叫ばなかったら、それこそハンニバルと正面切って対峙することすら出来なかったかもしれない。


 さっきからやたらと悪いイメージばかりが頭をよぎる。……自分の屍の姿が、脳裏をかすめるのだ……。

 それでも魔導士は萎えかけた戦意を再び奮い立たせ、長剣を具現化して構えた。



 お忍びで城下にいたイサベルと、クランが出会うなんて伏線も考えていたんですが、ネタ切れです。

 書こうとも思うんですが、とりあえず話を終わらせようと思います。

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