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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
33/43

大脱出

 カディス陸軍基地の地下牢にフィアは放り込まれた。


 ここへ来るまでに、魔石の入ったペンダントやメイザース家に代々伝わるブレスレットなど、身に着けていた貴金属類は全てカルタゴ兵に奪い取られてしまった。


 牢には大勢の先客たちがいた。スラムの襲撃事件で捕えられたネミディア人たちだ。男女別に監禁しているのか、フィアがれられた牢には女ばかりだった。狭い牢には、目算でおおよそ二十人くらいのネミディア人女性がひしめき合っている。それも全員、若い娘たちばかりだった。中にはフィアより幼い子もいる。

 皆一様に怯えた表情をし、牢の奥の方で身を寄せ合って固まっている。捕まえられたときに暴行を受けたのか、顔や体にアザやがあったり、服があちこち破けている人もいる。


 彼女らを見ているうちに、フィアは、スコットに受けた傷が急に痛くなってきた。アザだらけになった顔を手でさすった。歯で切った口内の傷が沁みる。お腹も散々に蹴られて、ズシリと鈍くて重い痛みが走る。


 地下牢のさらに奥からは、狂人がえているような叫び声や、断末魔に似た悲鳴が断続的にこだましてくる。少女は恐怖で身を強張らせた。


 また、牢は寒々としていて、フィアはくしゃみをした。


「あ、あの……フィア……? ひょっとしてフィア……なの?」


 自分の名前を呼ばれ、少女は驚いて振り返った。


「あなたも……捕まったの……?」


「ケリー!」


 そこにいたのはケリーだった。彼女はところどころ破けた黄色いワンピースドレスを着ていて、その上にこれまた端の裂けた薄布を羽織っている。


 こんなに恐ろしい場所で、幸運にも顔見知りと出会えた嬉しさに、フィアは思わず相好を崩した。正に、地獄に仏だった。


「ケリー無事だったのね。よかった、ロンがすごく心配してたよ。あ、それじゃあ、おば様とマリーも無事なんでしょ? 何処?」


 ケリーは俯いて黙ったまま、手をもじもじとさせている


「……ケリー? どうしたの?」


 唐突にケリーは、もじもじさせていた手を、フィアの首にかけた。


「フィア……あなたが……魔女だったの……?」

 言いながらケリーは指先に力を込めていった。

「あなたの、あなたのせいで…………みんなが……。母さんとマリーの仇……」


 フィアの細首に指が食い込んでいく。少女は「やめて」と叫ぼうとしたが、気道を押されていて、それは声にならなかった。ケリーの手を振りほどこうにも、フィアの細腕では、年上の彼女の腕力には太刀打ちできない。


「それだけじゃない……。魔女なら男を垂らしこむのも簡単だよね。それでロンも誘惑したんだ……。いやらしい……何ていやらしいの…………淫乱、不潔っ。……でも、元はキレイだったその顔も、今はアザだらけで一瞬誰だかわからないほどなんて……いい気味……うふふふふふ……」


「やめなさい!」


 二人の間に割って入ってフィアを助けたのはマリアだった。


「ガッ……ゲホッ、ゲボッ……うう……」

 地面に倒れ伏したフィアは、虚ろな意識の中で、ゼーゼーと乱れた呼吸をしている。


 少し離れたところでは、マリアがケリーを諭していた。

「ケリー、一体どうしちゃったの? あなたはそんな子じゃないでしょ。私が知ってるケリーは、臆病で引っ込み思案で、よく周りに流されちゃうけど、でも心根の優しい子だったはずだよ。こんなこと、もうしないで」


「マリア……わ、私……私は……」


「わかってる……」


 マリアはケリーを抱きしめた。ケリーはマリアの胸の中で嗚咽しだした。


 フィアは地面に転がったまま、その様子を眺めていた。


 するとそれに気づいたマリアがフィアに冷たい視線を送った。

「結果的にあなたを助けた感じになったけど……でも、ここにいるみんなの気持ちは、ケリーと同じよ……」


 フィアはそこで、自分を見つめるネミディアの娘たちの白い目と怯えた表情に気づいた。


「何を騒いでやがる」

 突如、フィアの後ろからそんな言葉が降ってきた。





 ケリーが鉄格子の向こう側に目をやると、看守とおぼしきカルタゴ兵が三人いた。


 するとそのうちの一人がおもむろに鉄格子の鍵を外した。


 女たちは怯えてさらに奥へ奥へと身を寄せていく。フィアとケリーも身構えた。


「お前らぁ、静かにしねえと犬の餌にするぞおっ!」

 カルタゴ兵は牢の真ん中に来てそんなことを大声で口走った。女たちの中から悲鳴が上がる。


 カルタゴ兵はすぐ傍にいるケリーの顔を覗き込んだ。それから声が一変して、不自然なまでに穏やかになる。

「なーんちゃってぇ。やあ、ケリー」


「あ……っ」

 相手の顔を見た瞬間、ケリーは息をのんだ。


「俺様だよぉ、ケリー」

 それはゾランだった。頭には大げさな包帯を巻いている。

「お前のことが忘れられなくってよぉ、とうとうこんなところにまで会いに来ちまったぜぇ。へっへっへっへ」


「な、何であんたが……?」

 ショックで言葉の出てこないケリーに代わって、マリアが訊く。


「へっへっへ、看守に手心を加えてよぉ、ちょぉっと勤務時間を変わってもらったんだぜぇ。驚いたぜぇケリー、お前魔女なんだってぇ? へっへっへ、いいねえ、ますます気に入ったぜぇ。魔女は是非とも一度味見をしてみたかったんだぜぇ。昔っから魔女の具合は最高によくって、一発であの世に昇天しちまうくらいだって聞いてるぜぇ。だったら、例え魔法で殺される危険があったとしても、そこには命を賭けるだけのロマンがあるだろぅ?」


「ち、ちがう……」

 ケリーは怯えながら首を振った。

「魔女は……そっち!」


 ケリーはフィアを指差した。フィアはキョトンとしている。


「魔女は美人だろう。こいつは酷いアザだらけだぜぇ」

 ゾランが眉間にしわを寄せる。


「本当……本当に、魔女なの!」


「……へえ、面白れえぜぇ。じゃあ確かめてみるぜぇ。おぉい!」


 他の二人のカルタゴ兵がフィアの手を掴んだ。


「な、何するのよ。離してよっ」


 そのまま嫌がるフィアを牢の外へ連れて行く。


 そしてゾランはケリーの手を引いて出て行こうとした。


「い、いやっ……」


 ケリーは抵抗した。マリアもゾランの行く手を遮る。


「ケリーは魔女じゃない。用がないないなら置いていって」


「そいつぁダメだぜぇ」


「どうして?」


「俺様はケリーに惚れてるんだぜぇ」


「は……?」


「そういやぁ、お前は俺様の頭をかち割ってくれた女だったぜぇ。お礼をしなきゃなんねえぜぇ、へっへっへっへ」

 ゾランはマリアの手首も掴んだ。


 そして二人とも牢の外に連れ出された。ケリーたち三人は、今まで容れられていた牢の、目の前の通路に座らされた。


 彼女たちを見下ろすゾランたちは、ぎらぎらと欲望にたぎり、卑猥な笑みを浮かべている。


「待って!」


 ここでもマリアが必死にケリーを庇ってくれた。


「この子には他に好きな男の子がいるの。そいつのために今までずっと純潔守ってきたんだから、だからやめてあげて!」


「あぁっ? じゃあ何で娼館で働いてたんだぜぇ? 自分の体売るためだろぅ?」


「違うの。あれは手違いなの。あのときは…………ローザの手前、私もケリーも拒めなかったのよ。……けど、やっぱりこんなの許せない。私が二人……いや、三人でもいっぺんに相手してあげるから。だからこの子だけは、お願い……」


 マリアが必死に訴えていると、そのうちゾランは笑うのを止め、段々無機質な顔になっていった。


「好きな男がいるのかぁ、ケリー?」

 ゾランは凍るような瞳で訊ねてきた。

「お前は、そいつとはもうキスしたのかぁ? それすらまだか、だぜぇ?」


「え……?」


 するとゾランは出し抜けにケリーの髪を掴んで引き寄せると、その唇に自分の唇を無理矢理押し付けた。


「……!」

 あまりに突然のことに、ケリーは眼を白黒させて驚いた。


 懸命に引き離そうともがくが、大の大人に上から圧し掛かられてはどうすることもできなかった。

その間にもゾランはケリーの唇を貪るように吸い、挙句に舌まで捻じ込んできた。


 次第にケリーも抵抗する気力を失いっていった。


 それを確認して、ゾランはようやくケリーを解放した。


 泣き伏せるケリーを尻目に、ゾランは実に楽しそうに笑った。

「へっへっへっへぇ、その反応、やっぱり初めてだったぜぇ。どんなに好きな奴がいても、お前の初めてのキスはこの俺様になったぜぇ。このまま俺様のモノになるといいぜぇ、ケリー」


 ケリーは泣きながら、手の甲で唇を拭っている。


 最悪だった。こんなやつがファーストキスの相手なんて。

 しかもその様子をフィアに間近で見られてしまった。ロン以外の男とキスしているところを、この世で一番大嫌いな女に見られたのだ。このことがもし、フィアの口からロンに伝わったら……そう思うと、消えてしまいたい、死んでしまいたかった。


 案の定、フィアは気の毒そうな顔でケリーを見つめている。

「大丈夫? ケリー……」

 そうして手を差し伸べてきた。


 ケリーはフィアの手を、無言で思い切り叩きはらった。


「他人の心配をするほど余裕があるのかだぜぇ? 魔女のガキぃ」

 そう言うゾランたちの次の標的はフィアだった。



 彼らはフィアの足首を掴むと、いきなりスカートの中をまさぐってきた。


「いやぁーーーっ」


 フィアは声を張り上げて、必死にスカートを押える。だが力ずくでフィアの股が広げられると、その間にゾランが体を滑り込ませてきて、馬乗りの状態になった。


 フィアのスカートがへその上まで翻って、下着が丸見えになる。


「何すんのよ、この馬鹿っ、いやっ、スケベっ、変態っ、悪魔っ、鬼畜っ、バーカ、バーーーカ! アルぅーーっ、アル助け……ムグっ……」


 ゾランは叫び続けるフィアの口を手で塞いだ。


「やけにうるさいガキだぜぇ。まあこういうのも俺様は歓迎だぜぇ」


 さらにゾランの仲間二人が、少女の手足を両側から地面に押え付ける。長いプラチナブロンドが床一面に広がると、その姿はまるで標本箱にサンプリングされた蝶の標本のようだった。


「またゾランが一番先か」


「そう言うなだぜぇ。あんまり汚さないようにもするぜぇ」


 ゾランたちは、魔女の少女を欲望と好奇心に満ちた眼で眺め回す。


「魔女のアソコには変なマークがあるとか、普通の女と形が違うっていうらしいぜぇ」


「そのおかげか、すげえ名器で極上の快感なんだってな」


「確認するぜぇ。本物の魔女かどうかをぉ。本物の魔女なら、本当に名器なのか確かめてやるぜぇ」


「もし本物だったら俺も絶対に味わってみてえ。ゾラン、本当に汚くするなよ」


「わかってるぜぇ」

 ゾランがフィアの下着に指を掛けた。


 その刹那、黒い影がゾランを蹴り飛ばした。


 フィアは、体に圧し掛かっていた重みが消えたのを感じた。


 数メートル向こうには、ゾランが昏倒して転がっている。


 そしてすぐ側には、黒装束を纏い、藍色のマフラーとバンダナで顔を隠した男が立っていた。彼がゾランを蹴り飛ばした黒い影の正体だった。


「な、何だお前……まさか、また魔導士……?」

 ゾランの仲間が慌てて歩兵銃を構える。


 すると黒装束の男も右手にサーベル、左手にマインゴーシュを抜いて構えた。


「く、くそっ、魔導士だ。魔導士が出たぞ、警報を鳴ら……」


 カルタゴ兵たちが仲間を呼ぼうとした瞬間、黒装束の男は風のように襲いかかった。地下牢の暗闇に鮮血が舞う。

 二人のカルタゴ兵がドザンッと倒れた。その喉元はパックリと、赤い花びらのように裂けている。秒殺だった。


 黒装束の男は剣を収めながら、海の水底よりも深い紺碧の瞳で、己の殺したカルタゴ兵を何の感慨もなさそうに見下ろした。


 フィアだけでなく、ケリーやマリア、鉄格子の中にいるネミディア人たちもこの惨殺劇を見て息を呑んだ。


「無事……とは言い切れないけど、とりあえず見つかってよかったよ、フィア」


 その声を聞いてフィアは彼の正体がわかった。いや、彼女だ。黒装束の女は藍色のマフラーを下ろして、フィアに素顔を見せてくれた。


「リーナ!」

 フィアはリーナに抱きついた。

「よかった…………」

 フィアは心底安堵した。


 しかしリーナは、フィアのアザだらけの顔を見て嘆いた。

「随分と酷い目にあったのね。ごめんねフィア、大事なときに側にいてやれないで。あと、フレッドやスコットのことも……特にフレッドの奴め……。いや、私も少し平和ボケしてたみたい。もっと周囲に眼を光らせていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに……。私の責任だわ」


「ううん、そんなことないよ、リーナ。それにもういいから……あっ……」


 リーナの背後で、ゾランが起き上がって、歩兵銃を構えているのをフィアの瞳は捉えた。


「リーナ、後ろっ!」


 けれども、あわやというところで、闇の彼方からスローイングナイフが飛んできて、ゾランの喉を貫いた。ゾランの首から噴水のような血しぶきが上がり、仰向けに倒れた。


 ナイフが飛んできた方向を見ると、リーナと同じ格好をして顔を隠した男が五人もいた。そのうちの一人が口を開いた。


「姐さん、ここんとこ実戦から離れてたんだろ。トドメも刺さず敵に背を向けるなんて、少し腕が鈍ったんじゃない?」


「生意気言うんじゃないよ、下の毛も生え揃っていないガキのくせに」


 リーナに窘められた黒装束も素顔を晒した。


「ロン! あなたも助けに来てくれたの?」

 フィアが歓喜の声を上げた。


「まあね。姐さんの命令だから。実は組織内じゃ、今やおやっさんよりも姐さんをシンパする人の方が多いんだ」


「? 何のこと?」


「フィアには関係ないか」


 フィアはロンに駆け寄っていった。しかしその手前で石畳の隙間に躓き、転びそうになった。すぐにロンが手を伸ばして受け止める。


「大丈夫、フィア?」


 答える代わりに、フィアはロンの首に腕をまわして抱きついた。

「ありがとう、ロン。今まで色々酷いこと言ってごめんね」


「い、いいんだよ、気にしなくても。えへ、えへへへへ」

 人前であることも憚らずに、ロンはフィアをよりきつく抱きしめてきた。


 そこでフィアはロンの体の異変に気付いた。


「ねえロン、あなたの体変よ。お腹の辺りに何か硬いモノが当たっているんだけど……ひょっとしてナイフ? そんなところにナイフなんか隠し持ってたら危なくない?」


「!!」


 するとケリーが手をもじもじさせながら二人の前に来た。


「ロン……鼻の下…………伸びてる……」


 ケリーに言われて、ロンは慌てて口元を両手で隠した。


「フィアは……それは、狙って……やってるの……?」


「狙う?」

 フィアはケリーの言っている意味が分からず、小首を傾げた。


「ロンのことを……からかって……遊んでるの? い、いやらしい……ふふ、二人とも、ふふふ、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔………………」

 ケリーの声はぼそぼそとした小声から、次第にどんどん大声になっていった。

「不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔よおおぉぉぉっ!」


 ロンは唖然とした。

「ケリー、どうしたんだ? 何かキャラ変わってない?」


 これらのやりとりを見ていたリーナが溜息をつく。

「やれやれ、初々しいことこの上ないけど、脱獄劇の緊迫感が台無しだわ……」

 それから彼女は牢の中の女たち全員に向かって告げた。

「あなたたち、死にたくなかったらついてきなさい」


 するとフィアが心配そうに訊ねた。

「ねえリーナ、こんな大人数で逃げ切れるの? 隠れ場所はある?」


「大丈夫。今、外じゃ、とんでもないことが起きてて、町中大混乱になってるんだから。この隙にカディスを脱出するのよ」


「とんでもないこと……?」



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