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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
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裏切り者

 夕方、フィアは四階の部屋でリーナのベッドに腰かけ、カディスの建築物群の合間に沈んでいく夕日を眺めていた。血の色のような真っ赤な夕焼けだった。フィアは床に届いていない足を、プラプラと揺らした。


 静けさの中、遠くの喧騒が聞こえてくる。表の中央通りの歓声が、裏町のダウンタウンにまで届いているのだ。国を挙げて建国記念日を祝っているらしい。


 フィアも、治安部隊が魔導士捕縛のために、スラムを襲撃したというのは聞いている。それも、この建国記念式典がテロにあわないために、ハンニバルがやったという話だ。

 このあいだ自分の起こした騒ぎが、その一因になっているのだろうか? そう思うとフィアの気持ちは罪悪感で重くなった。


 カルタゴの建国日を祝うこの歓声が、ひどく耳障りな騒音に思えた。


 やはりアルの言ったことの方が正しかったのだろうか? そう思うときもあるのだけれど、やっぱり得心できない自分がいた。


 あれから一週間、アルとは話をしていない。アルの言う事は納得できないけれど、いつまでもケンカしっぱなしというのも辛い。


 アルが同じ建物の中にいる思うと、空気が重くて胸が押しつぶされそうになる。


 逆にいないと、憂鬱で頭が重くなる。体を動かすのも億劫だ。


 けれどどうやって仲直りすればいいのだろう? 仲直りの方法は、大魔導士と呼ばれた祖父のグランストラエ伯も教えてくれなかった。


 そしてアルは、今日も朝早くからいない。


 フィアは罪悪感と憂鬱さで、ベッドの上でうずくまった。この一週間、リーナと一緒にこのベッドで寝起きしてきた。枕に顔を埋めると、リーナの髪の匂いがする。


 そのリーナもさっき出掛けていった。


 リーナは出掛けに、外は憲兵がうろついているから絶対に出てはダメ、ときつく言い聞かせていった。だがあの騒動以来、フィアは一歩も外に出ていない。さらに今日は、ベッドからも降りていなかった。


 何だか胸騒ぎがする……。



 するとフレッドがノックもせず、いきなり部屋のドアを開けた。


 少女は驚いて振り返った。フィアは未だにフレッドの強面が苦手だった。


「よぉ、おチビ、ちょっと下に来てくんねえかぁ?」


 嫌な予感がした……。


 フィアはフレッドに連れられて店に降りてきた。そこには二人以外、他に誰もいない。

するとフレッドは壁に向かって叫んだ。


「おーい、連れてきたぜぇ」


 すると裏口からスコットが現れた。しかもひどく苛立っているようだ。


 怪訝な表情を浮かべるフィアに向かって、スコットは口を開いた。

「フィア……残念だよ、君が……魔女だったなんてね……」


 聞いた途端、フィアは戸口へ駆け出した。しかしフレッドがすぐさま少女の細腕を掴む。


「いやっ、放して、放してぇっ」


 暴れるフィアをフレッドが必死で押さえつけてくる。そうして揉み合っている間に、スコットが二人の側まで来ていた。

 スコットはいきなりフィアのプラチナブロンドの長い髪を掴むと、乱暴に投げた飛ばした。フィアは枯葉のように舞い、側にあったテーブルと椅子に激突した。テーブルや椅子と共に、フィアが派手な音をたてて床に転がった。


「う……うう……」

 少女は両手で顔を覆って泣き始めた。


 でもスコットは、容赦なくうつ伏せに倒れているフィアの髪を再び引っ掴み、少女の顔を上向かせると、尋問してきた。

「アルバートは何処だ?」


「し、知らない……」


 たちまちスコットの平手が、フィアの頬を叩いた。フィアは仔犬のような悲鳴をあげる。


「何処だっ。言え、言うんだ、奴は何処だっ!」


 叫びながらスコットは何度もフィアを蹴りつけてきた。


 少女は体を丸くし、短い悲鳴をあげながらも、それに耐えた。


「アルバートめ、僕を騙して馬鹿にしていたんだ。なのに、それに気付かず尊敬してますなんて言って……いい恥だ……赤っ恥だ。ひょっとしてリーナも……? くそ、くそっ、くそおぉぉっ! 死ね、死ね、死ね、死ね、この魔女がっ、死ね。貴様ら全員この世から消えていなくなれ!」

 憎しみに駆られたスコットは、すでに顔中アザだらけで泣いているフィアを、より一層力を込めて蹴り飛ばすのだった。

 その顔はまるで悪魔にとりつかれたかのように歪んでいる。


 普段は温厚で礼儀正しいスコットのあまりの豹変ぶりに、元盗賊団のボスであるフレッドでさえ青ざめていた。


                        ◆


 河口側から寒風が吹いた。家路を行くリーナは首を縮め、ショールを羽織り直した。


 彼女はたった今、陸軍基地を偵察に行ってきたところだった。建国記念日に騒ぐ人混みに紛れつつ、様子を窺ったのだが、陸軍基地の門や周囲にはいつもより兵が多く、警備は厳重そうだった。祝賀ムードに浮かれている感じはない。本命の魔導士をまだ捕まえてないからだろうか? あの中からネミディア人を助け出すのは容易ではない。

 アルに頼まれた訳じゃない。金にもならない。捕らえられたネミディア人を救出しようと決めたのは、リーナ自身の意志だった。


 アルが出て行って半日以上過ぎたが、未だ王宮内はおろか、カディスの何処にも、何の騒ぎも起こってはいなかった。ひょっとして国王は既に殺されているのか……? それともアルの方が失敗して捕まったのだろうか? いや、だとしたら魔導士を捕えたという政府からの発表があるはずだ。

 リーナは王宮で事変が起こり、町中が混乱したのを見計らってから兵舎を急襲し、ネミディア人たちを助け出そうと考えていた。それだけに、まだ何の騒動も起きていない今、この後どう動くべきか判断しかねていた。

 もたもたしていたら、捕えられたネミディア人が奴隷商人に売られてしまう……。


 思案しながらダウンタウンを歩いていると、囚人用の護送馬車とすれ違った。その瞬間、リーナは自分の名を呼ばれた気がした。

 咄嗟に歩みを止めて辺りを見回す。しかし誰も見当たらなかった。建国記念日の祝賀祭に沸き、人々のごった返す表通りとは違って、治安部隊が目を光らせているダウンタウンは寒々しいほどに閑散としている。


 空耳だったのだろうと、気を取り直してリーナは再び歩き出した。



 自分の店の前に来て、リーナはハタと立ち止まった。店先に、スコットが歩兵銃を構えて立っていたのだ。

 リーナは瞬時に何かあったことを察した。幾つもの修羅場をかいくぐってきた防衛本能が働き、心の中で身構えた。それでも努めて平静を装いスコットに訊ねた。

「どうしたのスコット、こんな時間に?」


「リーナさん、アルバートは……いや、あの魔導士は何処ですか?」


 その言葉でリーナはほぼ全てを悟った。


「あなたまさか……フィアは?」


 店内に入ろうとするリーナを、スコットは体を張って遮った。

「やっぱり知ってたんだ……」


「……」


「アルバートなんてのも偽名なんでしょう。奴の、あの魔導士の居場所は何処です? 奴を捕まえないと終わらないんだ」


「……」


「教えてくれなきゃあなたも逮捕しなきゃならない。そしたら魔導士と一緒に処刑されてしまう。そんなことにはしたくないんだっ!」

 スコットは悲壮な顔で哀訴した。


 そこでリーナは、さっきすれ違った囚人用の護送馬車が、どの方角から来たのかに気づいた。十中八九、フィアはあの中にいたに違いない。

「スコット……フィアをどうしたの? 何処へ連れてったの?」


「魔導士と魔女は危険です。最後の一人まで……全員殺さなきゃいけない……」


「まだ子供よ!」


「だからだ! もしここで逃したら、いずれ成長して大きな脅威になる。特に子供の魔女は、新たな魔導士や魔女を産む。魔導士を根絶やしにするためには、ああいう魔女こそ見逃してはいけないんだ!」


「……本気でそんなこと言ってるの?」


「ええ、もちろんです。リーナ……あなたはカルタゴの人間だから、ネミディアの魔女の恐ろしさをまだよくわかってないんですね。あの魔女は子供であることを利用して、君を油断させて取り入っているんですよ。魔女は容姿がいいから、可愛さを武器に、人に取り入るのが上手いんだ。昔からそうやって生き抜いてきた姑息な連中なんです。わかりますか、あなたはあの魔導士と魔女に騙されているんです」


 リーナは渾身の力を込めてスコットを張り倒した。


 スコットは頭から地面に倒れ伏した。


「二度と来ないでっ!」

 リーナはそう怒鳴ると、店に入り、荒々しくドアを閉めた。



 パブの中では、カウンター席で大男が一人だけで酒を飲んでいる。リーナは大男を真っ直ぐに睨み付けた。


「よおぉ、何処行ってやがったんだぁ?」

 フレッドは赤い顔をして平然とリーナの帰りを迎えた。


 その瞬間、リーナの中でブチッと何かが切れる音がした。

 激昂したリーナのスカートがふわりと翻る。刹那、彼女はマインゴーシュを手にし、フレッドに飛び掛っていた。フレッドはカウンターの上に磔にされた。リーナはフレッドの首に、マインゴーシュの刃を突きつける。

「てめえ……フィアを売ったなっ。どういうつもりだあっ!」

 リーナは怒号を上げた。彼女の形相は凄まじく、眼は血走っていた。

「どうして売ったんだっ!」


「お、落ち着けよリーナ。こうでもしなきゃぁ俺たちの命だってぇ危ねぇだろぉ。この店ぁ昨夜から軍の諜報員に見張られてたんだぁ。遅かれ早かれ踏み込まれて全員捕まってたってぇ。そしたら俺たちも縛り首が火あぶりだぞぉ。それに……見返りにゃあとっておきの、い~い情報をもらったんだぁ……」


「情報……?」


「そぉだ、へへへへ……。今度の都市開発で線路を建設する鉄道会社の入札が、近ぇうちに行われる。参加する鉄道会社は三社だぁ。しかしどの会社が工事を請け負うのかは、すでに談合して決まってるらしい。それがどの会社なのかぁ、スコットが軍の情報網を使って政府筋からさぐり出して、俺に教えてくれたんだよぉ。これで入札前にその会社の株を買っておけば、工事の受注後の株価は何倍にも跳ね上がるぞぉ……グブッ……」


 話を聞いているうちにムカムカしてきたリーナは、フレッドの鼻っ柱を蹴り飛ばした。


 フレッドは鼻を押さえながら呻き、カウンターから床に転げ落ちた。


「そんなはした金で売ったっていうの……? ざけんなよっ。上流階級のマネゴトして、どんなに繕おうとしても、結局私たちは盗賊上がりの密輸団だ。犯罪者にすぎないんだよっ。それを……それなのに、株でちょっと上手くいったからって簡単に毒気抜かれて、憲兵にまでビビるようになりやがって……情けねえ。そもそもあいつらは、ソニーを磔に送った奴らじゃねえか。父親として悔しくねえのかよっ!」


「てめえ……リーナ、鼻が折れたぞ……」

 フレッドは大量の鼻血を出しながら立ち上がった。口髭が赤く染まっている。


 リーナは眼に薄っすらと涙を滲ませながら言った。

「アルが戻ってきたら、何て言えばいいのよ。アルは……あんたのことを本当の父親のように慕ってたのに……こんな裏切りないよ。……ソニーがいたら、こんなこと絶対に許さなかった。仲間想いのソニーなら……。彼が何のために死んだのか忘れたわけじゃないでしょ? 私たちを逃がすために犠牲になったのに……」


「うるっせえよ、このアバズレがあぁっ!」

 今度はフレッドが怒喝した。

「こっちが黙っていりゃあ調子に乗りやがってぇ、ソニー、ソニーとうるせぇんだよっ。婚約してたとはいえ、ソニーはおめぇの所有物じゃねぇ。ソニーは俺の息子だぁ。俺の息子なんだよ。たった一人の……俺の跡を継ぐはずだった、大事に育てた跡取りだったんだ……」


「……」


「死んじまったからって、アルやスコットに乗り換えて腰振ってる女とは違ぇんだよっ。俺にぁ代えの利かない、たった一人の息子だったんだぁ……。それをおめぇが、自分の所有物みてぇに話すのは我慢ならねえ。……大体、ソニーの仇に関しては俺のこと言えんのかぁ? おめぇだって、スコットの求婚を受けようか悩んでたんだろぉがぁっ」


 リーナは力を落とし、ガックリとうなだれた。


 彼女は静かに裏口へと向かった。すぐにフレッドが呼び止める。


「何処行くんだぁ、このアバズレ。馬鹿な真似はやめろぉ。死ぬだけだぁ」


「うるっさい、クソオヤジ……」


「行ったら勘当だぁ」


「…………好きにしろ……」


「おいリーナ、本気だぞ。本当に組織から放逐させるぞぉ」


「……ガキの頃から今日まで、随分と世話になったわね、フレッド。そのことは本当に、心の底から感謝してる……」


「……リーナ?」


「最後が、こんな別れ方になっちまったのは、残念でならないよ。ソニーやお義母さんの分まで長生きしてくれ。じゃあね、義父さん」


「待てっ、行くな、リーナ、リーナぁっ!」


 フレッドの制止も聞かず、リーナは裏口から出て行った。


 フレッドは慌てて追って外に出たが、既に何処にも人影はなかった。冷たい風が吹きすさぶ中、フレッドはその場に膝をついた。



 ようやく終盤に向かっています。

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