表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第3章 魔宮
30/43

七年の空白を埋めるキスをして

 朝、店のカウンター内でリーナが朝食の準備をしていと、アルが二階から降りてきた。


 彼の髪はくすんだ茶色から、鮮やかな銀色に変わっていた。アルの銀髪は、朝日を受けてキラキラと眩しいほどに反射している。


「男ぶりが上がったわね。そっちの方が似合ってるわよ」

 リーナは微笑んだ。


 しかしその後は互いに何も言わなかった。アルは口を閉じたままカウンター席につき、リーナは黙って彼の前に朝食を出した。アルはそれを黙々と食べる。


 食べ終わる頃になって、ようやくアルが口を開いた。

「この店、昨日の夜から見張られてるぞ」


「……知ってる」


「スコットの奴、つまらんものを連れてきたみたいだな。どんなに軍に尽くしても、向こうはネミディア人ってだけで信用してくれないわけか……。馬鹿な奴だ」


「……」


「……リーナ、俺が使ってたベッドの下に、金貨と銀貨の入った袋がある。株で売り抜けた金だ。俺は今日一日帰らない。だが、もし明日の朝になっても帰らなかったら……フィアをカディスから脱出させてくれ。金はそのための費用と……運び屋としてのお前への依頼料だ」


「……ソニーが死んだのは、今のあなたと同じ年だった」

 おもむろにリーナは言い出した。

「あの時は私が年下だったのに、今度は私が年上か……、変なの……」


 アルはスプーンを止めた。


「あの日のソニーも、私の作った朝食を食べて、出かけていって、そして……二度と帰ってこなかった」


「……」


「私たち、一週間後に結婚式を挙げる予定だったの……。仲の良かった娼婦たちが、私のためにウエディングドレス作ってくれてた。でも、前日にソニーと喧嘩しちゃってたのよね。それでその日の朝も、険悪な雰囲気のまま、ロクに口も利かずに別れたわ……。喧嘩の原因は忘れちゃった。それほど些細なこと。……だったら、あんなことになるんだったら、私から謝っておけばよかった……。そう思ってすごく後悔した……。せめて、笑顔で送り出したかった……」


「……」


「その日の朝、ソニーに言った私の最後の言葉、何だと思う?」


「……さあ?」


「 “私の焼いたパン、不味そうな顔して食べるのはやめて”よ。それが……私がソニーと交わした最後の言葉……。ホントに……最低だわ……」


 リーナは自嘲した。見ていて痛々しい笑顔だった。


「悪いけど、俺はソニーじゃないし、ソニーの代わりにもなれないよ」


「……わかってる。私が言いたいのは、フィアに私と同じような悲しみや苦しみを、味わわせないでほしいってこと。必ず生きて帰ってこないと、承知しないわよ」


「この間からずいぶんとフィアに肩入れするな」


「あの子見てると、何故か母性本能くすぐられちゃうのよね」


「インディゴのヘレナ姐さんとは思えないコメントだ」


「歳のせいかしらね、私も」


 二人は一緒になって笑った。


 一笑ひとわらいの後、アルは立ち上がり、魔剣とトランクケースを持って戸口へ向かった。リーナがその後についていく。


 扉の前でアルは立ち止まり、リーナの方に振り向いた。二人は黙ったまま、申し合わせたかのように、抱き合ってキスをした。


 リーナにとっても、アルにとっても、とろけるように濃密な時間だった。三年間の空白を埋めるかのように、二人は互いの舌をからめ合い、唇をむさぼり合った。

「ん……んん……ぅんっ……」

 快感に耐え切れなくなったリーナが、か細い声で喘ぐ。


 何十秒かの後に、ようやく二人の唇が離れた。リーナはやや息を乱し、桃源郷を彷徨さまよっているかのような、陶酔とうすいした眼をしている。


 そんな彼女の耳に、アルが囁く。

「今晩、生きて戻ったら、続きをしにリーナの部屋へ行ってもいいかな?」


「……バカ……何を言うのよ。フィアもいるのに……」


「関係ないね。それに……約束してくれたら、絶対に生きて帰ってこようって、さらに頑張れるんだけどな」


 するとリーナは、顔を赤く染めながら渋々頷いた。


 リーナの返事を貰ったアルは、とてもテロ行為をしに行くとは思えない、晴れやかな笑顔で出て行った。



 アルがいなくなると、リーナの眼は一変して鋭い光を帯びた。すぐさまブーツの中に隠してあった、短剣マインゴーシュを抜き放つ。


「おいっ、そんなとこから覗いてんじゃねえよ」


 ドスの利いたリーナの声が響き渡ると、裏口の戸がゆっくりと開いた。そこにはロンが立っていた。


「えへへへへへ……」


「まったく……このスケベガキが。熱はもういいの?」


「もうばっちり、一晩寝たら治ったよ。それより姐さん、俺、捕まったみんなを……」


「わかってる、助け出したいんでしょ。でも待って。今行っても無理よ。それどころか私たちまで捕まっちゃう。ここはアルが動くまで待つの……」

 リーナは天井を見上げた。

「フィアはまだ眠ってるのかしら?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ