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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第2章 魔導士のシナリオ
28/43

恋心

 夜遅く、リーナ一人しかいないパブの戸が開いた。

「申し訳ないけど今日は臨時休業だよ。お客さんが全く来なくってね……。町中をこう大勢の憲兵が巡回してたんじゃ、スネにキズある旧市街の与太者たちはみんな地下に潜っちゃって、商売にならな…………あ、スコット……?」


 リーナが驚くのも無理はなかった。戸口には青白い顔をしたスコットが亡霊のように立っていたのだから。しかもそのやつれた顔は泥とすすに汚れ、軍服は血泥ちどろにまみれていた。さらに歩兵銃まで持っている。


「すいません、まだ任務中なんで、歩兵銃これは持ったまま入らせてもらいますよ」


「まさか……あなたもスラムの襲撃に加わってたの?」


 スコットは自嘲じちょう気味に笑った。いや、笑顔のようでいて、泣いてるみたいに見えた。


「魔導士を知りませんか、リーナさん?」


「……」


「もし見かけたり、居場所を知っていたら軍へ通報を……いや、直接僕に教えてください。それじゃ……」


「……魔導士をいぶりだすために、スラムを襲ったの? 現場を見に行ったロンが、ショックで熱出して寝込んでるわ……」


 店を出ようとしたスコットに、リーナが非難するような口調を浴びせた。


「ロン君、あれを見たんですか……?」


「同じ民族で、あなた自身も難民としてカルタゴに来て、日頃からあんなに親しくしてた人達なのに…………踏み絵ってこと?」


「僕だってこんなこと……僕のせいじゃない、全部、全部魔導士のせいだっ!」

 スコットの語調が怒りで強まった。

「奴らが来たせいで、まったく無関係なネミディア人にその矛先が向くなんて……とんだとばっちりだ。ようやく……ようやく魔導士の圧政から解放されたと思ったのに……奴らはどこまで僕らを苦しめれば気が済むんだ……。あいつらはネミディアの歴史から生まれた汚点だっ。いいや、同じネミディア人だなんて思いたくないっ!」


「……」


「僕は、スラムが魔導士などかくまっていないと、必死に弁明したんです。通り魔事件で何人ものネミディアの子供が魔導士に殺されているんだから、かくまうはずがないって。でも受け入れられなかった……くそっ、魔導士のせいで……」


「……捕まった人達は何処? ロンが、ケリーのことを酷く気にしてたわ」


「……軍の機密になるので、言えません」


「スコット!」


 スコットは頭を抱えて悩んだ後、渋々口を開いた。

「……陸軍兵舎の地下捕虜収容所です。でも、そこに収容しているのは、一時的なことで、近いうちに全員奴隷商人に売るそうです」


「そんな……」


「……でもねリーナさん、でも……ひとつだけみんなを助ける方法があるんです」


「……何?」


「だから、それが魔導士を捕まえることなんです」


「……」


「リーナさん、勘違いしないでくださいよ。僕はスラムへ従軍しても、誰一人としてネミディア人を襲わなかった。そんなことできるわけがないじゃないですか。でも軍にしてみたら、そんな僕の行動は敵前逃亡にも等しい重大な軍規違反です。軍規に背いた僕は、処罰を受けることになりました。

 しかしそこでハンニバル閣下が直々に、僕におっしゃってくれたんです。一両日中に魔導士を捕まえてくれば、軍規違反はとがめないし、捕えたネミディア人たちも解放してくれるって」


「ハンニバルが? 本当にそう言ったの?」


「ええ、そういうわけで、一刻も早く魔導士を見つけないと……。リーナさんじゃなくてもかまいません。……アルバートさん……あなたでもいいんです。ご存知ありませんか、魔導士の行方を?」


スコットが店の戸口に振り向くと、そこにはいつの間にかアルが立っていた。


「僕の勘だと、魔導士は意外にも、かなり近くにいる気がするんですよ。ねえ? アルバートさんはどう思われます?」


 アルのコートは肩の辺りが濡れ、ブーツには泥がついていた。


「ちなみに、今まで何処に? ネミディア人は出歩いていると危険ですよ。スラム襲撃から逃れたネミディアの不穏分子や魔導士を取り締まろうと、治安部隊の憲兵がまだこの辺りをうろうろしてますから」


「……俺もたった今、スラムの惨状を見てきたところだ。それで思ったことがある」


「何を……です?」


「……今度、港とカディスと中州を繋ぐ鉄道の建設計画があるそうだな。あの辺りの河川敷は、旧市街の鉄道駅建設予定地と中州の中間地点になる。川の水深も浅く、鉄道の鉄橋を通すには非常にいい場所だな」


「……それで……?」


「だがそこにはスラムがあって、工事に邪魔だった……。ハンニバルの友人には、都市開発推進派の議員や財界人、そして建設業者が多いと聞く」


「……何を言いたいんですか?」


「ハンニバルは地上げとしてスラムを潰したんじゃないのか? 魔導士は口実にすぎない。結局、遅かれ早かれスラムは潰されていた……」


「邪推です、それは。例えそうだったとしても、魔導士が危険であることに変わりはない。必ず捕まえなければならない」


 スコットの憎しみに燃える視線と、アルの氷塊ひょうかいのように冷たい視線が中空でぶつかった。


「アルバートさん、実は僕、この間魔導士を見かけたんです。けど情けないことに、恐ろしさから手足が震えて動けなかった……。過去の身分制度はもう廃止されたんですが、長らく魔導士に支配されてきたせいで、魔導士に抵抗しようなんて考えるネミディア人は滅多にいないし、中には奴らを前にしただけで怯えて何も言えなくなったり、動けなくなるほど恐れている人もいます。同じネミディア人のアルバートさんなら、そういう人達の気持ち、痛いほどわかりますよね?」


「……」


「でも僕はあの時、恐怖に震えて魔導士を逃したことを、とても恥じているし、後悔しています。だってあの時、僕が魔導士を倒していたなら……今日、スラムが弾圧されることもなかったんですから。もし今度会ったなら、恐れず、躊躇ためらわず、必ず撃ち殺すつもりです」


「…………そうかい……」


「ああ、そうそう、それから……通り魔事件の目撃情報では、魔導士はフードのついた茶色いロングコートを着ていたそうです。そしてフードには…………切れ目をつむいだあとがあったそうですよ。これは、僕が目撃した魔導士の特徴とも一致します。そうですね、ちょうどアルバートさんが今着ているようなコートです…………。では、また来ます」


 スコットはアルを睨みつけながら店を出て行こうとした。


 するとアルは薄っすらといやらしい微笑を浮かべた。


「リーナが指にしている指輪は、あんたが予想している通り、俺がやったものだ」


 スコットの足がピタリと止まった。


「お前の薄給じゃ買えないだろ? ところでスコットは……ソニーって男を知ってるか?」


「ソニー?」


 スコットよりも、むしろリーナの方が大きく反応した。


「知らないだろ?」


「誰なんです? ソニーって」


「ククククク」


「やめてアル!」


 陰気な薄笑いを浮かべるアルに、リーナがカウンターから叫んだ。


「誰なんです? その男が、リーナさんと何の関係があるっていうんですか?」


 アルはスコットとリーナを当分に見比べた後に言った。


「リーナの初めての男だよ」


「……!」


「アル!」


 スコットは動揺を隠しきれず、リーナを一瞥いちべつした。が、またすぐにアルへ視線を戻した。


 リーナはアルを睨んだ。同時に、“何故今そんなことを言うの”という強い抗議が表情に現れている。


「ソニーのことは……俺はよく知っている。だがお前は名前すら知らなかった。一年間この店に通い詰めたらしいが、結局お前はリーナからその程度にしか見られてなかったってことだ」


「やめてっ」


 リーナは耐えきれず首を振って訴えた。しかしアルはやめなかった。


「スコット、お前まさかリーナがあの歳で処女だなんて、童貞臭いこと思ってるんじゃないだろうな? 言っておくがお前の知らないリーナの過去はまだまだあるぞ。果たして全てを知った後も、彼女を受け入れられるかな? 俺はもちろん受け入れる覚悟は出来ているが……」


「もういい加減にしてっ、アル!」


 錯乱さくらん状態におちいったかのようなリーナの金切り声が響く。


「落ち着いてください、リーナさん」

 スコットはつとめて冷静にリーナをさとした。

「気にしないでください。こんなことで、あなたに対する僕の想いが揺らいだりはしません。それからアルバートさん……僕はそんな低俗な挑発に乗ったりはしませんよ」


 スコットは荒々しく店の扉を閉めて出て行った。



 スコットがいなくなると、リーナはカウンターから出てきて、アルの頬を思いっきり引っぱたいた。


「どおしてソニーのことなんて持ち出すのよっ、バカッ!」


 するとアルは、リーナの手首を掴んで胸元に引き寄せ、きつく抱きしめた。


「お前があんな奴にとられるのかと思ったら……どうしても許せなくなった」


「……き、汚いよ……今更そんなこと言うなんて……。三年も放っておいたのに……いきなり戻ってきてそんなこと言うなんて……」


 リーナはアルの胸に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。ソニーを失ってから、今までずっと煩悶はんもんして溜めてきた涙だった。


「ごめん……」


 アルはリーナの髪を撫でた。


 リーナはアルの胸元に唇を押し付けたまま、涙声で話した。

「ソニーは死んで、アルはある日突然いなくなった……。私が好きになった人は、二人とも何も言わずにいきなり私の前から消えてった……。だから、もう人を好きになるのはやめようと思った……。

 でもスコットが現れて…………私も最後にもう一度だけって考えるようになっていったの…………。けどその矢先にあなたが戻ってきた…………。

 どうしてこんなタイミングで戻ってきたのよ? もっと早いか、もっと遅ければ、私だって迷わなかったし、こんなに苦しむこともなかった……なのに、どうして……?」


「どうしても……どうしてもやらなきゃならないことがあるんだ」


 リーナは男の胸から顔を離し、その顔を見上げた。


「明日、ディド三世と、そしてハンニバルとケリをつけてくる。オヤジに、今持っている株や債券は、明日の午前中に全部売るよう伝えておいてくれないか? 政治が混乱すれば、株も暴落するだろうから……。なるべく、金とか宝石とか景気に左右されない宝飾品ほうしょくひんに換えた方がいいな」


「アル、あなたまさか……王宮にでも乗り込む気? やめてっ! いくらあなたでも生きて戻れないわ。それにそんなことしたって何の解決にもならない。テロと同じじゃない。何も終わりはしないわよっ」


「じゃあ、難民の命と引き換えに、自首しろっていうのか?」


「それは……」


「確かに……これで全てが終わるわけじゃない。終わりの始まりでもない。いや、始まりの終わりですらないのかもしれない。でも何かが変わるのは確かだ。変えなきゃならないんだ……。変えなきゃ……誰も救えない……」


「……」


 アルはリーナから離れると、黙って二階へ上がっていった。


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