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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第2章 魔導士のシナリオ
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魔導士との邂逅

 カディスの南西にはカルタゴ陸軍の軍事基地がある。練兵場と兵宿舎が併設されている、カディス市内で最大級の軍事施設だ。



 その日の夕方、軍務を終えたスコットは、練兵場の片隅で奇妙な人影を見かけた。茶色い法衣のようなコートを着た人物が、基地を囲う外壁に向かって立っていたのだ。フードを覆っていて顔は見えず、年齢も性別もわからない。しかし肩幅が広く、背丈も自分と同じぐらいあるので、きっと男だろう。

 軍の関係者のようには見えない。もし一般人が軍の施設に無断で入り込んでいるとしたら大問題だ。スコットは声を掛けようと近付いた。


 すると男は懐からナイフを取り出した。刃だけでなく、柄も輝くような白銀色だ。さらに柄の先には、毛糸を編み上げたような長い銀色の飾り紐がついている。


 スコットは男のナイフを見て、持っていた歩兵銃を構えた。


 だが男はナイフを自分の足元に向かって投げた。ナイフは外壁と地面の間に突き刺さる。


 不審な男はそこで両手を組み、何やらぶつぶつととなえ始めた。すぐさま地面に突き刺さったナイフが、淡い白色の光を発っしながら、ひとりでに地中へと埋まっていく。


 噂の魔導士だっ!


 スコットは息が詰まりそうになった。心臓が異常なほどの早鐘を打つ。喉が渇き、首筋や脇にどっと脂汗がにじみ出てきた。


 リーナの前では、魔導士を処刑台に送って手柄を立ててみせる、と大見得おおみえを切ったが、スコットにとっては親の仇であると同時にトラウマでもあった。恐ろしくないと言ったら嘘になる。

 実際に魔導士を目の前にした今、スコットは興奮と混乱とで、どうしていいのかわからなくなった。

スコットがパニックにおちいっている間に、魔導士のナイフは地中深くに埋まってしまった。魔導士は用が済んだみたいで、その場を立ち去ろうとしている。


 ダメだ、この千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを逃してはならない。


 スコットは下唇を噛んだ。あごに血が伝う。その痛みで浮き足立っていた心をしずめ、自分自身をふるい立たせた。

「動くなっ!」

 背後から銃口を向けて魔導士に叫んだ。声が少し上擦うわずっていた。背中は汗でびっしょりだ。


 魔導士はピタリと立ち止まった。


「ネミディアの魔導士だな……。両手を挙げて、ゆっくりとこっちを向けっ!」


 しかし魔導士は動かない。


「どうした……?」


 不意にスコットはそこで、銃に弾丸を装填そうてんしていないのに気づいた。己がこの突然の邂逅かいこうに、どこまで動揺していたのかがわかった。

 ひょっとして魔導士は自分のこのミスを見透かしているから、言うことに従わないのだろうか?

 いや、そんなはずはない。いかに魔導士でもそこまで見抜けるわけがない。それに魔導士は銃器の扱いにうといという。このままハッタリでいくしかない。


 スコットは深呼吸して、もう一度告げた。

「早く手を挙げてこちらを向け。五秒以内に言われたとおりにしなければ……撃つ!」


 魔導士は言われた通り、ゆっくりと両手を挙げた。

 

 スコットはカラカラの喉に、ゴクリと唾を流し込み、魔導士に近付いていった。


 その瞬間……


「貴様ぁっ、何してやがる。他のやつぁは全員、銃を片付け終えてるぜぇ。この、のろまのネミディアがぁ!」


 スコットは後ろからの声に振り向いた。そこには軍の上官が立っていた。


「てめぇのミスのせいで怒られるのは、俺様なんだぜぇっ」


 そう我鳴りたてる上官は、いつもスコットをいじめてくる男だった。

 ネミディア人ということで、周りから誹謗ひぼうや中傷を受けることはよくあるが、この男は特に陰険で悪質な仕打ちをしてくる。


 例を上げれば、軍から支給された備品を隠したりだとか、私物にペンキで落書きをしたりだとか、銃口に詰め物をしていたりだとか、まるで子供のようなことをしていびってくるのだ。

 また、スコットの前で、ネミディアは下等な民族だとざまののしり、周囲に嘲笑ちょうしょうあおることもある。


 この間などは唐突に、昨日の夜ネミディアの女を抱いたぞ、と言ってきた。さらに

「ネミディアにはお前のような、祖国を滅ぼした軍隊に頭を下げてメシを食わせてもらっている恥知らずな男ばかりだから、女の方も簡単に腰振ってなびくんだよ。そのうちネミディアの女は全員、俺様たちフェニキア人の子供をはらむことになるな。そしたらネミディア人は絶滅だな。へっへっへっ……」


 そんなことを言われても、スコットは奥歯を噛みしめて耐えるしかなかった。


 だが今はそんな恨みは置いておくべきだ。緊急事態なのだ。

「ゾラン少尉、ここに魔導士がっ……」


「な、何っ、魔導士?」

 上官は狼狽ろうばいして周囲を見回した。

「ど、何処だっ?」


「ここに…………あれ?」

 スコットは魔導士の方に振り返った。でもさっきまで魔導士が立っていた場所には、もう誰もいなかった。


「何処にいるんだぁ?」


 魔導士はおろか、周囲には子猫一匹いないことを確認した上官は、憤慨ふんがいしてスコットをにらむ。


「てめぇ、俺様を担いだなぁ? 腹いせのつもりかぁっ?」


「ち、違います……」


 この上官は昨日、魔女が市場で暴れたとき、現場にいた一人だった。朝から、魔女をあと一歩のところまで追い詰めたが逃がした、と大声で言っていた。


 さらに数日前、例の通り魔に遭遇そうぐうし、襲われているネミディア人少女を助けようとして、逆に戦友が殺されていた。彼自身も必死に戦ったが、こちらもあと一歩のところで逃してしまった、と雄弁している。


 ただ、助けたネミディア人少女が未だに名乗り出ず、何処の誰なのか不明のままだ。なので多くの人は、魔導士に襲われたのは事実だが、彼が少女を助けたというくだりはデマだろうと言っている。


 スコットもその意見に首肯だった。日頃、ネミディアをあれだけののしっているこの上官が、ネミディア人を助けるなんて不可解だからだ。そして魔導士を追い詰めるどころか、むしろ逆に逃げるのに必死だったのではないだろうかと密かに思っている。


 証拠に最近、『魔導士』という言葉に酷く怯えるようになっていた。



 だが今のは決して担いだわけではなく、スコットは本当に魔導士を見たのだ。この誤解をはらしておかねば、後の仕返しが怖い。


「違います。いたんです、魔導士が。本当なんです。ここに何かを埋めていって……」

 スコットは、魔導士がナイフを埋めた地面を指差して、必死に弁明した。


 上官はスコットが指差した辺りの地面を注意深く見たが、土を掘り返したような痕跡こんせきはどこにもない。


「ああっ、何処にだ? 何にもないぜぇ。やっぱりてめぇ……」


「ち、違います。嘘なんか言ってません。絶対に何かが埋まっているはずです」

 スコットは歩兵銃を置くと、両手で地面を掘り始めた。しかしいくら掘っても、小石一つ出てこなかった。

「何でだ? 何で何も出てこないんだ? 確かにここに……ここに魔導士が……くそっ、どうして……」


 肩を落とすスコットだったが、そこで魔導士が被っていたコートのフードに、修繕しゅうぜんしたあとがあったのを思い出した。あれと似たようなレザーコートはいくらでもあるかもしれないが、破損箇所まで同じ場所にあるだろうか……?


「そんな……アルバート……?」


「お、おい……お前ひょっとして、いじめすぎて頭おかしくなったのかぁ?」

 上官は、スコットがいきなり穴を掘り出したことに、少々気味悪がっていた。


 スコットはキッと上官を見上げて訊ねた。

「少尉。申し訳ありませんが、少尉が戦ったという魔導士はどんな格好をしていましたか?」


「……あぁ?」


                   ◆


 日の暮れた中央大通りにはガスランプの街灯が灯ってる。当世の栄華を象徴するかのようなきらびやかさである。中央大通りの大店には、夜になってもまだまだ客足が絶えない。辻馬車も相変わらずせわしそうに何台も行き来していた。


 そんなにぎやかな街並みを一人歩くアルは、少々不機嫌だった。


 先程、スコットに銃を向けられ、言われた通り手を挙げていたのだが、実は指の間にはナイフを挟んで隠し持っていたのだ。スコットが近付いてくるのを待ち、十分に引き付けてから喉元のどもとにナイフを突き立ててやろうと思っていたのに……また邪魔が入った……。


「俺が三回も殺すタイミングを逃すとはな……運のいいやつ……」


 溜息ためいきは晩秋の夜寒よさむてられ、白くにごった。




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