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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第2章 魔導士のシナリオ
22/43

掛け違えたシナリオ(下)

 二人は人波を縫って走った。


 ロンは旧市街の路地を知り尽くしている。フィアの手を取って、迷宮みたいなカディスの路地裏を迷うことなく駆けていく。追っ手の姿はすぐに見えなくなった。


 しかし……

「あっちだ、あっちにいるぞ!」

「おおーい、こっちにいるみたいだぞ!」

「あそこに隠れているみたいだぞ!」

 どんなにいても隠れても、すぐに居場所がバレてしまう。原因はわかっていた……。


「ねえフィア、マリーの鳴き声、何とかならないの? これじゃすぐに見つかっちゃうよ」


 マリーはフィアの腕の中でまだ泣きじゃくっている。

「そ、そんなこと言ったって、逃げながらどうやってあやせばいいのよ!?」


「そうだけど……ゲッ、こっちの道も塞がれたか……くそっ、マズイな……」



 やがて二人はポエニ川の堤防に行きついた。ただし切り立った岸壁で、眼下の川面まで少なくとも5メートルはある。


「行き止まり……いや……」


 飛び降りて泳いで逃げればいい。だがフィアにも自分と同じことができるか? しかも赤ん坊を抱きかかえた状態で……。そんなの無理に決まってる……。

 しかも追っ手の声はどんどん近づいている。どうする……?


「ひぃやぁっ!」

 突然変な声を上げてフィアが飛びのいた。


「どうした?」


「何かが私の足を掴んだ!」


 足元を見ると、岸壁の下から目が細く頬のこけた男が、きれいに刈り込んだ坊主頭を出していた。


「モリッツ! どうしてここに?」


「ロン……知ってる人……?」


「インディゴの仲間だ。姐さんの部下だよ」


 モリッツはこっちだと手招きし、ロープを伝って岸壁を降りていった。そして途中にある、人が通れるほど大きな排水溝の穴へ入っていった。


 ロンはフィアから泣いているマリーを受け取ると、抱きかかえて同じように排水溝まで降りていった。さらにフィアもロープを伝って降りていく。


 最後にモリッツがロープを回収した。


 その直後、岸壁の上が騒がしくなった。


「何処へ行った」


「泣き声はするが見当たらないぞっ」


「魔女が消えたぞ。魔法か?」


「透明になる魔法か? それとも飛んでいったのか?」


「いや、もっとよく捜せ! どこかに隠れているはずだ!」



 ロンが様子を伺っていると、モリッツがもっと奥の方に来いと手招きした。


 排水溝の奥に隠れて、フィアはマリーをあやした。泣き疲れたのか次第にマリーは大人しくなり、寝入ってしまった。


 上の方ではまだフィアを捜しているのか、騒ぎ声がする。


 モリッツはまた手招きして二人をさらに奥へ案内した。



 下水道を出て、旧市街の路地裏や空き家の敷地をいくつか抜け、辿り着いた先はポエニ川の別の場所だった。ロンはそこに立って驚いた。

「ここは……」

 リーナの店のすぐ側だったからだ。

「こんな抜け道があったのか……」


「ドジを踏んだわね。やっぱり子供に子供のお守りは荷が重かったのかしら?」

 その声に更に驚いた。振り向くとリーナがいた。


「やっぱりねえさんだったのか。でもどうやって?」


 リーナが近寄って、フィアの前髪をかきあげた。

「女の子の顔にこんな傷をつくって、跡が残ったらどうするの。使えないボディーガードね!」


「うっ……」


「フィアがスコットと一緒に帰ってきたとき、アルに色々と難癖つけられたからね。一応保険をかけておいたのよ。あなたたちに感づかれないよう、陰から複数名チームで見張るようにして、いつでも保護できるようにしておいたの」


「お、俺って……そんなに信用ないの……?」


「実際追い詰められていたでしょ。インディゴの情報網が役に立ったわね。知らせを聞いてすぐに逃げ道を手配できたし、それから……その赤ん坊の母親も……」


 リーナが視線を向けた先には、インディゴのメンバーに案内されて路地を歩いてくるケリーの母親の姿があった。


「……ちゃんと保護しておいたわよ」




 数分後、近くの川岸で、リーナは涙ぐむ母親に赤ん坊を渡していた。


「あの……あなたたちは……」


「私たちのことは誰にもいわないこと。それから……この子たちにももう関わらないほうがいいわ。あなたたち親子のためにも……」


「……」

 ケリーの母親はお辞儀をすると帰っていった。


 リーナは振り返ってフィアとロンに告げた。

「二人とも、これからしばらく外出しないことね。それと……アルには何て言おうかしら……」



                   ◆


 黄昏時。もうすぐリーナが店を開ける時間だった。


 ホールの中央には、フィアとロンが判決を言い渡される容疑者のような面持ちで立たされている。二人の正面には、腕を組んだ無表情のアルがいる。カウンターではリーナが様子を見守っていた。


 アルがフィアの頭に手をかざした。少女は首を縮めて目を瞑った。


「あ、アニキ、俺が悪いんだ……俺のせいで……」


「……ロン、黙っていろ……」


 アルの手がフィアの額に触れると、鱗粉のような銀色の光が溢れた。しばらくの間、少女の顔が柔らかな光に包まれた。その後、包帯を外すと石をぶつけられたときの傷は治っていた。傷跡すら残っていない。


「あ、ありがと……」


 フィアが言い終わる前に、アルは少女の頬を引っぱたいた。バチンというにぶい音とともに、ヒリヒリと熱い痛みを頬に感じた。フィアはよろけて膝をついた。


「何考えているんだ、このバカ! 人前で魔法を見せやがって、どれだけ危険なことかわかっているのかっ!」


 ジンジンと痛みの響く頬を押さえながら、フィアはショックで頭の中が真っ白になった。初めてアルに叩かれた。初めてバカって言われた……。


「これで今やってる取引はかなり不利になった。お前は、長年準備してきた俺の計画を水の泡にする気か! ネミディアを取り戻すために俺がどれだけ苦労しているのか、わかっているのか! 何でそんな馬鹿なことをしたっ。何故だっ!」


 怒りに任せたアルの怒鳴り声が響いた。その怒りは子供を叱るには、大人気ないものだった。それほどフィアの過誤かごは、アルにとって宥恕ゆうじょできないことだったのだ。


「だ、だって……あのまま地面に叩きつけられていたら、マリー……死んでいたかも……」


「魔法を使うほどのことかっ! 人一人を助けるために魔法を衆目にさらして、そのせいでお前自身はもとより、他の何十、何百人ものネミディア人が窮地に陥るんだぞ。そんな簡単な計算もできないんだ!」


 フィアの金色の双眸から、ポロポロと涙が溢れ出した。

「あ、赤ちゃんの命を助けるのが、そんなにダメなの?」


「赤ん坊の一人や二人、何だっていうんだ。俺はそれよりもさらに多くの命を助けようとしているんだ。それぐらい眼を瞑ってやりすごせ」


 少女は耳を疑った。


「何のためにお前をあの薄汚れた城から外の世界に出したと思っている。俺の作戦に大事な駒なのに、こんなことで台無しにしやがって!」


「こ、駒……? 駒って……何? 私はアルの駒なの……? 何なの駒って!?」


「仕事の手伝いをしてもらうと言っただろ」


「そのための駒だっていうの……? だったら私、お手伝いしない」


「何?」

 アルの額に青筋が浮かんだ。


「アルがいい王様になるなら手伝うつもりだった。でも、赤ちゃんを見捨てろなんていう人のお手伝いなんかしたくない!」


「見捨てろなんて言ってない。一人助けるために、他の大勢を危険に晒すなといっているんだ。全体を守るために、耐えて黙過しなきゃいけないときがあるってことだ。それにこれはお前を守るためでもあるんだぞ!」


「じゃあ、じゃあ……私やロンが生きるために、マリーは犠牲にするべきだったっていうの? 人を守るために、人を犠牲にしなきゃいけないの? アルはすごい魔導士なんでしょ、みんなを守れるくらいの力をもっているんでしょ。なのに大きなものを守るために、弱いものを切り捨てろっていうの? そんな人が王様になったって、いい王様になれるわけない! そんな王様嫌い! 弱い人を守るのが王様の役目だって、アルいつも言ってたじゃない!」


「世間知らずのガキが、一方的な理想論を振り回すな! 俺は一人一人ではなく、大勢を助けるために遁走しているんだ!」


「一人一人を守れないのに、大勢を守れるわけなんかないじゃない!」


「それが世間知らずのガキの理屈だっていうんだ。富が偏っているように、全てを助けることなんかできないだろ! 助けられるものを取捨選択するのが、上に立つものの役目なんだよ!」


「アルがそんな冷たい人だとは思わなかった! アルなんか大嫌い! 私、アルのお手伝いなんか絶対にしないんだから!」


 再びバチンと鈍い音がした。


 少女は叩かれた頬を押さえて号泣し始めた。

「アルがぶった~~~、二回もぶったぁ~~~~~」


「そこまでにしておきなさい、アル」

 リーナがそう言って頭をなでると、フィアは大泣きしながら彼女に抱きついた。最早話などできる状態ではなかった。


 アルは少女を叩いた手を握り締めた。








 その夜、アルは部屋で一人、ラム酒を飲んでいた。フィアはリーナと一緒に寝ている。


 チラリと、昨日までフィアが寝ていたベッドを見やった。どうしてこうなった……と、奥歯を噛み締める。


 ネミディアを統治するには、マテリアルギアの株だけでは足りない。精霊の巫女の後ろ盾となり、その権威と信仰心で内乱を鎮めるのだ。その二つを最大限利用し、自身の金と権力をさらに肥大させ、いずれは自治権をも取り戻すつもりだった。そうすれば、封建制度の王とは違うが、実質的な支配者として再びネミディアに君臨できる。


 それだけじゃない。マテリアルギアの株主になれれば、カルタゴの経済だって思いのままだ。カルタゴの議会だってかげから牛耳れる。ネミディアとカルタゴの両方をを手にすれば、帝国すら及ばない強大な連合国ともなりえる。


 その野望が目の前まで来ているのだ。なのに、それなのに……肝心要かんじんかなめの巫女が捕まったら、この国王との取引はご破算になる。もしかしたら、この騒ぎを聞いたディド三世は、すでにフィアを捕らえようと動き出しているかもしれない。

 よしんば計画決行の建国記念日まで捕まなければ何とかなるかもしれないが、フィアがあの様子では……。


 どうしてこうなった?


 フィアは精霊の巫女として思うまま操るため、あえて自分に惚れるよう面倒見てきたんだぞ。数年かけて調教してきたというのに……。


 それなのに、どこでシナリオを掛け違えた?

 20日(日)には、第2章のほうを更新する予定です。そちらもよろしくお願いします。

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