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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第2章 魔導士のシナリオ
21/43

掛け違えたシナリオ(中)


「魔女だって……?」


「嘘だろう。本物なのか?」


「でもさっきあんなに高く飛んだし、人を吹き飛ばしたぞ」


「魔女が人を殺そうとしてるのか?」


「ひょっとして例の通り魔か? 子供を殺して回っているっていう……」


「あんな小さい子が……魔女?」


「見た目からは信じられねえな……」


 遠巻きに囲む群集の間では、噂に尾ひれがついて波紋のように広がっていく。



 軍警察も用心し、フィアと引っ手繰りから距離を置いて様子を見ている。

「おいゾラン、娼婦街のときの小娘か?」


「……いいや、違うぜぇ。だが気をつけろぉ」

 軍警察たちが小さな声で話し合う。


「ゴルカの仇じゃねえのか?」


「動くな、バカ! ガキでも魔女なんだぜぇ!」


「何だよ、ビビっているのか、ゾラン?」


「ば、バッカ言ってんじゃねえぜぇ、そうじゃねえぜぇ。用心しろって言ってんだぜぇ! あと銃もおろせ。暴発するかもしれねえじゃねえかぁ、コノヤロー!」


「…………やっぱりビビってんのかよ……」


「な、何だよ、今小声で何か言ったかぁ?」


「いや、別に……」



 一方フィアは、周囲が自分をどのように見ているのかなど知る由もなく、倒れている引っ手繰りを睨みつけていた。


「あんた、どういうつもり! 赤ん坊をさらうなんて!」


「ひいいぃぃ、た、助けてくれぇっ!」


「ふふん、思い知ったか人攫ひとさらいめ。たとえ精霊様が見逃しても、このグランエスタード公第一公孫フィアナ・メイザースの目の前で、悪事が許されると思わないことね! 悪党!」


「ま、まさか魔女とは知らなかったんだ。もうしないから助けてくれぇ」


「ふふ~ん、どうしよっかなぁ~」


 自分の能力ちからでマリーを取り戻したためか、かなり得意気だった。まるで小説に出てくる正義の騎士気取りだ。


「こ、殺さないでくれ……」


「ふっ……命までとるつもりはないわ。罪を憎んで人を憎まず……」



「おいおいまずいぞ。殺されるぞ、あいつ」

 野次馬の中の一人が叫んだ。


「軍人さん、捕まえろよ。例の通り魔みたいだぞ」


 声をかけられて、ゾランが仰天した。

「えっ、俺様……が?」


「軍警察だろ」

「そうだそうだ!」


「いや、しかし……」


「やっぱり怖いのか、ゾラン?」


「ババババ、バッカ! だ、だから違ぇーってぇ……」



 するとゾランの横から、一人の少年が魔女に向かって石投げた。石は側の壁に当たっただけだったが、魔女は驚き「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた。


「何するのよ! 赤ん坊がいるのに!」


「うるさい! お前がカディスで子供をたくさん殺しているっていう通り魔なんだろ!」


「え……な、何よそれ……」


「父ちゃんや軍人さんがいつも言っているんだ。魔導士はカルタゴに酷いことをした鬼畜どもだって。妊娠している女の人がいたら赤ん坊が男か女かを賭けて腹を切るっていうし、戦争じゃ捕虜になったカルタゴ兵の指を一本一本切って遊ぶ奴らだって言ってた。指のネックレスを首にかけて、呪いの儀式をするんだ!」


「わ、私が……?」


「あと、赤ん坊を連れ去って食べるんだろ!」


 フィアは腕に抱いた赤ん坊を見つめた。急に足が震えだした。


「わ、私そんなことしない! きゃっ……」


 別の方向からまた石が飛んできた。石はフィアの額に当たり、血が滲んだ。それは他の少年が投げたものだった。その少年がさらに石を投げながら言った。


「魔女なんか死んじまえ! 火あぶりだ、火あぶり!」


「いたっ、やめてよ、マリーがいるのに!」

 フィアはマリーをかばってうずくまった。


 魔女が無抵抗だとわかると、石を投げる子供が増えていった。

「火ーあぶり! 火ーあぶり! 火ーあぶり!」

 十人ぐらいの子供たちが“火あぶりコール”をしながら、しゃがんだフィアに石を投げつける。


 辺りの騒ぎ声にてられてか、胸の中のマリーがぐずりだした。

 フィアも、不意に浴びせられた心無い罵声と石つぶてに悲しみがこみ上げ、涙が溢れそうになった。赤ん坊を守ったのにどうしてこんなこと言われないといけないのか? 混乱が悲痛に拍車をかける。


 気づけば人攫いの男もいつの間にかいない。騒ぎに乗じて逃げたのだ。



 ただ周囲の大人たちは、無抵抗に打たれ続ける魔女の姿を見ても、気勢を上げる子供たちとは違い、まだ警戒している。

「あれって、何かの罠か?」

「あの魔女、かがんで呪いをかけているんじゃ……」

「おいおい小僧ども、もうやめとけ。それ以上やったらお前らも殺されるぞ!」

「軍警察がいるんだから、あとは任せておけ」

 だが注意をしても聞く子供などいなかった。なぜなら魔女に向かって石を投げ続ける彼らの行動は、勇気から出たものではなく、むしろ無知とおごりによるものだったからだ。



 しかし、さすがに軍警察はこの状況に首をかしげた。

「なあ、あの魔女、本当に大したことないんじゃないか、ゾラン?」


「そ、そうだな…………よし! ちょっと待て、ガキども! やめろやめろ、俺様は軍警察だぞ!」

 軍服を着たゾランが魔女の前に割って入ると、子供たちは石を投げるのをやめた。


 ゾランはうずくまっている魔女の腕をおもむろに引っ張りあげ、上体を起こした。その反動で魔女は籠を落としそうになった。魔女が咄嗟に抱え込んだ籠の中で、とうとう赤ん坊が泣き出した。魔女も涙を流している(泣き腫らしている)。嘘泣き…………ではなさそうだ。


「本当にたいしたことねえな。魔法を使ったときはビビッたが、ただのガキだぜぇ……」


 途端にゾランは居丈高になって言った。

「善良なカディス市民の諸君、魔女はこの通り軍警察が捕まえたぜぇ。安心したまえ!」


 群衆から割れんばかりの拍手がおこった。


「へえぇ、驚いたぜぇ。魔女も血は赤いぜぇ」

 ゾランが魔女の傷を負った額を覗き込む。さらにその細腕を思い切り握った。


 手首の骨が折れそうになって、フィアは悲鳴を上げた。


「このクソアマぁ……、マジでビビッちまったぜぇ。魔女ってぇだけで、こんな弱っちいガキにびびってたことによぉ、俺様何だかムカついてきちまったぜぇ」


 ゾランはフィアの顎を掴んで、顔を空方そらざまに向けた。恐怖のためか、フィアは目を瞑っている。


「おまえ、あの魔導士の知り合いなんだろぉ?」


「うっ……う……」

 フィアは嗚咽を漏らすだけだった。


「しらばっくれんじゃねえぜぇ。あの野郎、俺様を散々酷い目にあわせてくれたからなぁ。いつか必ずぶっ殺しやるって、ずぅっと思ってたんだぜぇ。ワイルドだろぉ!」


 するとフィアは腕を振って、必死にもがきだした。


「おおっとぉ、逃がさねえぜぇ。お前はあの魔導士を誘き出す、人質だからなぁ。もちろんその後は、お前のあそこがどんな形になっているのか、穴が開くほどじっくりと見させてもらうぜぇ。穴だけになぁ、へっへっへっへっへぇ……。魔女を楽しむのは初めてだぜぇ。この前の泣きじゃくってたネミディアのガキは今までで一番そそったが、お前も悪くないぜぇ」


「おいおい、ゾラン。ここではまずいだろ」

 同僚の一人が注意した。

 周囲にいる民衆は、ゾランと魔女のやり取りを凝視している。


 ゾランはコホンと咳払いすると、周りに聞こえるようわざと大きな声で言った。

「さあ、連行するぜぇ。おら、こっち来い!」


「いやぁっ」

 フィアが叫んだ。マリーもさらに大きな声で泣き出した。


「何だぁ、うるせぇと思ったら赤ん坊がいるぜぇ。娘……いや、妹かぁ? じゃあ、こいつも魔女かぁ……?」


 そこへ人垣を突っ切って、隼のように飛んできた人影があった。いったい誰なのか確認する前に、ゾランの顔面には丸太の直撃を受けたような衝撃が走った。彼の顔には、飛び込んできた少年の膝がめり込んでいた。見事すぎる不意打ちに、ゾランは思わず魔女の手を離した。


「ロン!」


「こっち! それから名前呼ばないで!」


 ロンはフィアの手を引っ張って駆け出した。そして目の前の群衆にスローイングナイフを振りかざしてかき分け、逃げ道をつくった。



「ぢ、ぢぐじょぉ……」

 ゾランは鼻を押さえて呻いた。

「大丈夫か、ゾラン?」

「うう、うっぜぇー、それよりもあいつらを追え! 絶対に逃がすなぁ! 俺様の鼻を折りやがって…………ぜってぇぶっ殺してやるぜぇぇぇぇぇっ!」

 叫ぶゾランの顔は鼻血まみれだった。



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