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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第2章 魔導士のシナリオ
20/43

掛け違えたシナリオ(上)

 過去編の途中ですが、本編に戻ろうかと思います。

 過去編が思ったより長く、このままだと間延びするかもしれないと思ったので。(というかすでにかなり間延びしてますが……)


 過去編はこれからもちょくちょく追筆して仕上げていくつもりです。行き当たりばったりな進捗ですいません。

 昼下がりの市場は朝の盛況と違い、客足はまばらだ。早々に露店を閉めるところもある。フィアは露店と露店の間にある隅っこの路上に、ひざを抱えて座り込んでいた。少女の隣には麻で編んだ大きな買い物籠がある。中にはマリーが横たわっていた。

 フィアは今、ケリーの母親の買い物に付き添っていた。この時間、ケリーは娼館だ。そこで買い物の間だけ、フィアがマリーの面倒を見ていた。


 難民キャンプのテントは、同じ難民の知人に番をしてもらっている。


 マリーはじっとフィアを見つめている。手をそっと差し出すと、人差し指を握ってきた。柔らかくて温かい小さな手に触れられ、思わず笑みがこぼれる。マリーも笑い出す。この子は絶対に私のことが好きだ。フィアはそう思った。


 それにしても赤ん坊は可愛らしいな。ふわふわしてて、ころころしてて、見ているだけで癒される。胸の辺りが温かなもので満たされ、高揚するのがわかる。


 人の赤ん坊でもこれだけの幸福感を得られるのだ。自分の赤ん坊だったらどうなってしまうのだろう。自分とアルの赤ん坊だったら……。想像すると、あまりの幸福感に自分がおかしくなってしまいそうで、怖くなった。全身がこそばゆくて、体の中心へ向かい、小さくなって丸まりたいような心境だ。


「フィア?」

 頭上から投げかけられた声が、妄想から一気に現実へ引き戻した。

「食べるか?」

 ロンが覗き込みながらリンゴを手渡した。リーナの命令で、彼は朝からずっとフィアの側を離れず見守っていたのだ。


 もらったリンゴを、フィアは両手で持って見つめた。

「ねえ、ロン」


「何だい?」


「私、いつになったらアルの赤ちゃんを産めるのかな?」


 頬張っていたリンゴを思わず噴出したロンだった。

「ゴホッ……ゴホゴホ……なっ、何でそんなこと、ゴホッ……急に訊く……んだ?」


「だって、好きな人の赤ちゃんを産むのは当然でしょ」


 顔を赤くしているロンに対して、フィアは平然と言ってのける。


「え……えーと、フィアは赤ん坊がどうやってできるのか、知ってるの?」


「バカにしないで、もちろん知ってるわよ」


「し、知ってるんだ……」


「あれよ、二人で精霊様にお祈りするのよ」


「は?」


「夫婦で精霊様が奉られている神殿へ行って、子供をくださいってお祈りすると、子供ができるんでしょ」


「あ、ああ……」


 それは親が幼児の質問を物忌ものいするための、ネミディアに伝わる御伽噺だった。コウノトリやキャベツ畑と同じ類の説話だ。フィアはそれをマジメに信じているのか? 十一歳にもなって……。


「私も早く赤ちゃんほしいなぁ」

 マリーを見下ろしながら、頬を緩める少女。


 ロンは何だかフィアの将来が不安になった。



 そこへケリーの母親が戻ってきた。ライ麦とジャガイモの入った麻袋を両脇に抱えている。ロンがそれを代わりに持った。

「ありがとう。買い物に付き合ってくれたお礼に、何か好きなものでも買ってあげようか」

 マリーを籠ごと持ち上げて、彼女は言った。


「別にそんなつもりは……」


「遠慮しないでいいのよ。フィアは何がほしい?」


「私? うーん……本かな」


「ほ、本……」

 ケリーの母親は目を丸くした。予想外の返答だったらしい。


「また、そんな高いものを……」

 ロンも困惑気味だ。


 なぜなら市民にとって紙は貴重品だからだ。たった一冊で家が建つくらいの値段がする本もある。


「本ってそんなに高いの? アルはいつも簡単に買ってくれたのに」


 またフィアの世間知らずが出たな、とロンは思った。


 ちょうど目の前には露店の古本屋がある。何となしに売り物へ視線を向けた。比較的安値ではあるが……。

「やっぱり高いな……」


「あ、あの……私、やっぱり本いらない。読みたいのないから……」

 高値だと聞いて、フィアも遠慮した。


 だがケリーの母は感心している。

「フィアはカルタゴの字が読めるの? すごいわね。私もケリーも、カルタゴどころかネミディア語すらさっぱりでね、本を買うなんて考えたこともなかったわ。私も子供のときから勉強したいと思っていたのだけれど……よかったら今度、字を教えてくれない?」


「え? 私が?」


「そうよ。じゃあ勉強のために、簡単でわかりやすい本をひとつ買いましょう。それで私とケリーに教えてくれない? それならいいでしょ」


「……う、うん」


「どの本がいいの?」


「え……えっと……」

 ケリーの母親に促され、フィアは古本屋の本を物色し始めた。そして一冊の本を手に取った。

「こ、これなんてどうかな?」


「それ、初心者には難易度高いぞ、フィア。ついでに値段も。これの方が安くていいぞ」


「ロン、趣味悪い」


「どこが? 主人公が強くて格好よくて燃える勧善懲悪の冒険物だぞ。初心者にはやっぱりこういう王道だろ」


「子供っぽい趣味」


「はいぃ……?」


「敵と戦うシーンは丁寧に盛り上げているけど、ストーリーは単調でロマンスに欠けるんだもん。それに魔法使いが悪者って決めつけてるところもイヤ!」


「う……。って、内容知っているならフィアも読んだことあるんだろ。だったら……」


「だから、勧められないのよ」


 ケリーの母親は、本に目を落としている二人の様子を、一歩後ろから微笑ましそうに眺めている。


 その側を、不意に黒い影が走りぬけていった。同時に耳をつんざく悲鳴がした。


 古本屋の棚からフィアとロンが顔を上げた。


 三人の前から一人の男が走り去っていく。その腕には籠が抱えられていた。

「マリー!」

 マリーの入っている籠だ。金品でも入っているのかと勘違いして、手繰たくっていったのか。


 フィアは反射的に盗人を追っていた。


「フィア、待って!」

 ロンがライ麦とジャガイモの袋をケリーの母親に預けて、フィアの後を追った。

「絶対取り戻してくるから、待ってておばさん」


 普段は込み合っている市場だが、今は人の往来が少ない時間帯だ。障害物が少ないので、大人の足が相手ではどんどん離されていく。ただ、人影がまばらなおかげで手繰たくりを見失わないでもいられる。


 そのうち息が切れてきた。これ以上距離がひらいたら、マリーをさらわれてしまう。


 そこで、道にたむろしている緑色の服を着た四、五人の集団が、視界の端に入った。スコットと同じ服。軍警察だ。


人攫ひとさらいーっ!」

 フィアはありったけの声で叫んだ。引っ手繰りはぎょっとして振り向いた。軍警察もこちらを見た。

「そいつ人攫いよ、捕まえてーっ」


 軍警察が驚いて引っ手繰りとフィアの後を追い始めた。


 ロンは顔色を変えた。

「こ、これってまずくないか……」

 指名手配されている魔女が、それを捜している軍警察に助けを呼ぶなんて……。


 しかし追跡に加わった軍警察には足の速い軍人がいた。引っ手繰りも顎が上がってきていて、距離が縮まる。このままいけば捕らえられそうだ。


 すると引っ手繰りが突如、高い塀を前に立ち止まった。観念したのか。


 ところが塀の上に別の男が現れ、そいつにマリーの籠を渡した。そして二人はそれぞれ逆方向に走り出した。


「待てぇ!」

 フィアは迷うことなくマリーの籠を持った男の方を追った。


 男は塀を伝って、別ブロックの通りへ逃げていく。軍警察たちもこれほど高い塀は、流石に飛び越えていくことができない。


 ロンならばそれくらいは可能だ。密輸家業で培った身体技術ならわけはない。だが軍警察の前でそんな目立つ動きをしたら、後々面倒くさいことになるかもしれない。どうする……?


 ロンが逡巡していると、フィアがブーツに魔力で風を集め始めた。

「フィア、待って。そんなことしたら……」


 しかしフィアにはロンの声など聞こえなかった。少女の目には、今まさに連れ攫われそうな赤ん坊しか映っていなかったのだから。


 フィアはブーツに集めた風を推力に、民家の屋根まで飛び越えそうなほど跳躍して、塀の先へ行った。


「ダメだ、ダメだっ、やめろぉーっ!」

 ロンは顔面蒼白で叫んでいた。


 ところがフィアは更に、逃げていく引っ手繰りの後ろから、集めた風を疾風にして放った。引っ手繰りは風の塊に押されて、前のめりに飛ばされた。腕の中にあった籠は、宙に舞った。


 咄嗟にフィアが両手を掲げる。すると籠には斥力せきりょくが働いて、ゆっくりと落ちてきた。急いで落下地点まで走っていき、フィアは両手で籠を抱きとめた。


 中を覗くと、マリーは周囲をうかがうように「あー、あー」と声を上げている。そしてフィアの顔を見るなり、ニッと笑った。少女はホッと胸をなでおろし、赤ん坊と一緒になって笑った。


 そこで顔を上げると、まず飛び込んできたのが険しい顔をしたロンだった。


 一緒にいる軍警察は言葉を失っている。往来にいた民衆も、忌諱きいの目でフィアを見ている。


「魔女だ……」


 誰ともなくそう言った。



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