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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第1章 魔導士と魔女
19/43

暁の会談(下)

 魔導士がディド三世の口に銃口をねじ込んで、引き金を引いた。瞬時に国王は身を強張こわばらせた。


 ガチリ……


 しかし、銃身からは撃鉄が落ちる音だけしかしなかった。弾は発射されていない。

 銃口をくわえたまま、ディド三世の体中からどっと汗が溢れ出した。津波のように震えが全身を覆っていく。

 命乞いはおろか、一言いちごんすら発する間もなかった。

 

 魔導士が銃口を引くと、ディド三世は仰向けに倒れた。


 まだ生きている……。


 国王は荒い息をしてむせた。自分の心臓が激しく脈打っている音が聞こえる。


「漏らさなかったのは立派だったが、腰は抜けたか。でもおかげで、今の自分がどういう立場かよく理解できただろ、陛下?」

 魔導士は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 そしてポケットから散弾を取り出し、猟銃に装填した。


「見たな。今度はちゃんと弾が入っている。次からは俺の提案を即座に断らず、もっと耳を貸して考えてみてくれ。その上でやっぱり首を振るのもいいが……その瞬間、お前は俺にとって用済みだ。殺すのに何の躊躇ためらいもない。今のやり方で鉛の散弾を食わせて、脳天をザクロみたいにしてやるからな」


 ディド三世は起き上がろうとしたが、恐怖とショックで腕に力が入らない。

「その姿勢のままでいい」

 魔導士は言った。

「倒れた状態でいいから、そのまま俺の話を聞け。今のままじゃ、マテリアルギアはそのうち潰れるぞ」

「何だと?」


「ネミディアじゃ戦後処理が上手くいかず、魔導士のテロ行為が年々激しくなっていて、鉱山の経営が安全上難しくなっているんだろ。しかも最近じゃ、魔力を持たない一般の民衆までが、魔導士と共にカルタゴの企業を襲撃し始めたんだって?

 これ以上テロが激しくなったら、ネミディアからの撤退も考えざるを得ないんじゃないのか?」

「う……」

「他にも、ネミディア内でカルタゴの軍人や労働者が魔導士の襲撃を受けてバタバタ死んでいるせいで、国王と議会への支持率は落ち続けているそうだな?」


 ディド三世は何も言い返せなかった。それほどクランの言うことは正鵠を射ていたのだ。


 特に、今年のマテリアルギアの株主総会では、現地の管理職員から会社への不満と反感が続出している、との報告を受けていた。

 だが王族を中心とした株主たちは、現場の苦労を少しも鑑みることなく、総会の話し合いはもっと利益を上げることのみに終始した。

 これが発端となったのか、マテリアルギアは今、ネミディアで死亡した社員の家族に集団訴訟を起こされていた。おまけに労働組合を作ろうという動きもあるらしい。


「陛下、俺は何もあんたらを全員追い出して、銀鉱とカルタゴの産業技術を全て自分のものにしようって言ってるんじゃない。同盟関係を提案しているんだ」

「同盟だと……? 相手の口に銃口を突っ込むのが、ネミディアでは同盟というのか? 魔導士め」

「ククククク、同盟関係が必ずしもイーブンとは限らないだろう。それに、他人の国の平和を問答無用で蹂躙したやからが言えた台詞か、陛下?」

「む……」


「俺は敵国だったとはいえ、これでも個人的にはカルタゴの産業技術と金融業の発展を相当評価してるんだぜ、陛下。

 逆に鎖国的だったがために、周辺諸国から産業革命の波に乗り遅れたティル・ナ・ノーグの前政権を反省してるくらいだ。

 だが植民地になってからの六年間で、ネミディア内にも徐々に鉄道や電信などのインフラが整備され、金融経済も根付き始めてきた。カルタゴの好景気の恩恵にあずかっているネミディアの商人も少なからずいる。もし今、カルタゴの企業がネミディアから一斉に撤退したら、そいつらも大打撃だ。そうなると、ネミディアの発展は周辺諸国からまた大きく遅れをとるだろう。それは俺も望まない。

 俺が文句を言いたいのは、ネミディアの労働力と資源で得た利益なのに、それがほとんどカルタゴばかりに流れていって、ネミディア人には全然まわってこないことだ。その上これまでの生活を奪われ、住む土地さえも追われたら、誰だって自分たちの幸せを奪った奴に怒りをぶつけるしかないだろ」


「……」


「もし俺をマテリアルギアの経営に参加させてくれたら、本国のネミディア人にも利益を還元できるようにするし、治安も回復させてやる。治安が良くなれば、会社の利益は今よりもっと上がるぞ。あと、ネミディアへ出張に行った社員の死亡者数も減るだろうし、そうなれば国民の支持率も回復するんじゃないのか?」


「……しかし……五十一パーセント? そしたらお前は筆頭株主ということに……」

「別にいいだろ。残りの十九パーセントを持ってりゃ、あんたは第二の大株主だ」


「冗談じゃない。そんな方便には騙されんぞ。そうなったらお前以外の株主が全員議題に賛成したとしても、過半数の株を持つお前一人が反対しただけで、議題は否決になるということではないか。逆にいえば、お前がたった一人で会社の全方針を決めてしまえることになる。実質全ての権限を握ることに……。

 外国人の、それも魔導士の貴様が……我が国の礎ともなっているマテリアルギアを……そんな交渉……」

 ディド三世は首を横に振った。


「じゃあ、死ね」

 クランはディド三世の額に銃の照準を合わせる。


「い、いや、待て……待ってくれ……」

 国王は必死に手を振った。


 クランは銃口を下ろすと残念そうに溜息を漏らした。

「陛下、これでもこちらはかなり譲歩してるんだぜ。あんたらは俺たちの家族を殺し、文化を蹂躙し、平和を崩壊させ、力ずくで全てを奪っていったんだ。今の俺ならその気になれば、同じようにあんたらから力ずくで全てを奪うことも可能なんだぞ。それをきちんと金を出して買おうと言っているんだ。しかも過去を水に流して……だ」


「……しかし……百歩譲ったとしても、これじゃあまりに安すぎる。買い叩きすぎだ……」

 国王はジュエリーの入った皮袋を魔導士に投げ返した。魔導士は片手でキャッチする。

「それに治安を回復すると言ったが、そんなに簡単に出来るものなのか? お前は元王家の人間らしいが、その王家にすら今はもう、魔導士の軍閥を抑える力はないとも。それで本当にネミディアを統治できるのか?」


「もちろんだ、策がある。ネミディア人で、魔導士である俺にしかできない策が……」

「それはいったい……」

「おっと、ここから先は企業機密だ。同盟を結んだら教えてやろう。さあ、どうする?」

「……企業機密? では言葉だけで信じろというのか? 無茶な話を……」


「……なるほど、信用に足るだけの証拠を見せろというわけか。では、とっておきのプレゼントを送るので、それで俺の言葉を信じてくれか?」

「プレゼント?」

「そう、世界中で俺だけしか、あんたに贈ることのできないプレゼントだ」

「……何だ、それは?」


「……カルタゴ陸軍大将ハンニバル・バルカの首」


「なっ……貴様……何を言っているのかわかっておるのか? ハンニバルは……」

「もちろんわかっている。あんたはハンニバルが憎くて憎くて仕方ないんだろ?」

「……な、何を……?」

「戦争の功績で一躍台頭してきた英雄ハンニバルの人気は、国民の間で根強いらしいな。多くの閣僚がネミディア政策に対して批判される中でも、ハンニバルだけは依然民衆から高い支持率を保っているとか……。それはすでに国王を越えているんだって? 本当か?」


 クランが嘲笑すると、ディド三世は苦虫を噛み潰したような顔をして、そっぽを向いた。


 だがクランは構わず話しかけてくる。

「自分より人気のある臣下は、外敵よりも危険だぞ、陛下。議会の議員も、奴のパトロンが大半を占めているんだって? これじゃ完全な軍事独裁体制じゃないか。いや、ハンニバルの独裁政権だ。

 その上、王妃のエリッサを寝取られているんだろ?」


 ディド三世は脳天から冷水をかぶせられたみたいに青ざめていった。


「その顔を見ると、妻の不貞には気づいていたようだな。気づきながら何も手を打てないでいたとは……いよいよ重症だな、ククククク……。

 側近や侍女の間じゃ、ハンニバルと王妃のことは公然の秘密になっているそうだな。おまけに国王はハンニバルが怖くて、妻を姦通罪で訴えることも出来ない。それどころか事実から眼を逸らし、趣味の狩りで気持ちを紛らわそうったって……そうはいかない。そりゃただの現実逃避だ。正に裸の王様だな」

「う……うう……」


 性悪な魔導士は陋劣ろうれつな笑みを浮かべて、ねんごろに問いかけてきた。

「いいのか陛下、このままで? 王としての支持を失い、男としての誇りも奪われたままで、本当にいいのか?

 それにハンニバルにだって野心はあるぞ。『あんな王より、自分の方が支配者としてふさわしいはずだ。凡夫の下にいるのはもう我慢ならない』と、いつか必ずあんたに牙を剥いてくるぞ。あの激しい性格からして間違いない。いずれあんたは必ずハンニバルと殺しあうことになる。俺には見える、その未来が……

 今のうちに奴は絶対消しておくべきだ。

 奴は、俺にとって古い仇敵であり、あんたにとっては未来の脅威。俺たちの利害は一致する。そして俺の魔法なら、ハンニバルを速やかに葬り去れるぞ。正に金では買えない、プライスレスな贈り物だろ?」


「ぐ……な、何を言う。そもそもどうやって殺すというのだ、あのハンニバルを? 奴は異常なほど用心深く、常に身辺を近衛兵に守らせている。隙は蟻の通る道ほどもない。加えて奴自身、百戦錬磨の古強者だ。どんな魔法を使うのか知れないが、そんな簡単に暗殺できるわけがない」


「いやできる。俺の魔法なら全ての兵をすり抜け、ハンニバルの首だけを刎ね飛ばせる」

「だが、もし暗殺が失敗したら、今度は余がハンニバルに狙われる番にならんか?」

「さっきも言ったが、放っておいてもそのうちハンニバルはあんたの首をとりにくるだろう。あんたが生き延びるには、奴を殺るしかないんだ。

 それから、暗殺が万が一にも失敗するなんてことはないと思うが、もしそうなったら全て魔導士の仕業だったとして、俺に一切の罪をなすりつけて公開処刑にでもすればいい」

「……」

「それとも断って、今この場で俺に殺されるか?」

「し、しかし……」

 

 どうしても最後の決断を下せない国王を、クランは冷めた眼で見据えてきた。その瞳の裏に、侮蔑と嘲笑が潜んでいるのは、ディド三世にもわかった。

「……陛下、あんたは株や債券の売買を全て仲買人に任せているから知らないと思うが、市場経済は常に大きく変動している生き物だ。即断即決しないと大損するぞ。優柔不断は金も女も逃す」

「くっ……」

「何も迷うことはない。俺の言う通りにすれば、あんたは王としての威厳と男としての尊厳を取り戻せるんだ。さらにネミディアとカルタゴ、双方の国民も潤って幸せになる。あんたの憎っくきハンニバル一人を葬るだけで、みんな幸せになれるんだぞ」

「う……む……」

「それに、このままハンニバルを野放しにしておいたら、いずれ奴はイサベルのベッドにも通い始めるかもしれん。そうなったら醜聞好きの新聞各社は大喜びだな」


 これが決定打になった。国王はすがるように魔導士を見上げた。


「ほ、本当に……本当にあのハンニバルを殺れるというのか……?」

 ディド三世のその台詞を聞いて、クランはニヤリと笑った。

「もちろんだ。さあ、同盟といこう」


「待て。まずは……まずはハンニバルだ。本当にお前が彼奴めを殺せたなら、話を聞いてやってもいい」

「ククク……いいだろう。そういえば、十日後は建国記念式典だって? ハンニバルも出席するのか?」

「ああ、無論だ」

「ちょうどいい、その日は満月だ。我が魔剣フラガラッハの力を最大限に発揮できる。ではその日の夜に、ハンニバルを亡き者にしてやろう」

「建国記念の日に?」

「そうだ。大臣や貴族が大勢居並ぶ式典で、ハンニバルの遺体を転がしてやる。ただ、遺体には死因がわからないよう細工をしておく。病死扱いにでもなるようにな」

「何故そんなことを?」

「英雄ハンニバルを殺したのが魔導士だと民衆に知られれば、その後の同盟に障害となるかもしれんだろう」

「……」

「だが、こうして日時を予告した以上、あんただけには俺が殺したという証拠にはなるはずだ。病死でも事故死でもなく、ましてや他の誰かに殺されたというわけでもなくな」


  そこへイサベルの呼び声がもやの先から聞こえてきた。従者たちとともに国王を捜しているようだ。


「時間か……。わかっているとは思うが一応言っておく。俺のことは誰にも他言するなよ。こっちはハンニバルを殺すために命をかけるんだ、裏切りは許さん。俺は魔法で影となって、常にあんたの近辺を見張っている。妙なことをすればすぐにわかるぞ」


 クランはディド三世に猟銃を放って返した。

「では陛下、十日後、約束のものを持って式典に参上しよう。そちらもマテリアルギアの株を用意して待っていてくれ。

 今年の建国記念日はきっと、カルタゴにとっても、陛下個人にとっても、新たな門出の日になるだろう」

 魔導士は国王に向かってニヤリと笑った。そして軽く助走してジャンプすると、その姿を鷲に変えた。鷲は靄の開け始めた朝日へと羽ばたき、消えていった。


                        ◆


 ディド三世は担架に乗せられ、崖の下から馬車まで運ばれてきた。傍には、足の怪我を心配する娘がずっと付き添っている。


 しかし、国王が担架のまま馬車に運びこまれようとしたその時だった。

 イサベルの背後から、一匹のアカギツネが現れたのだ。そいつはさっき撃ったアカギツネと瓜二つの姿をしている。ディド三世は戦慄せんりつし、目を見張った。


 アカギツネは音もなく、そっとイサベルに近付いてくる。


 イサベルはまだ何も気づいていないようだ。


「よせっ。逃げろ、イサベル!」


 父親の大声でイサベルは後ろを振り返った。が、そこには何もいなかった。


 イサベルはその後も注意深く辺りを見回すが、結局何も見当たらなかった。イサベルは首を傾げた。



 だがディド三世にはわかっていた。これは脅迫だと……。



 次からちょっと、カルタゴ王室の話をしようかなと思っています。

 話の本筋から外れて、すいません。

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