魔導士は磔におくれ(下)
「アルー!」
風呂上がりのフィアが現れたのは、リーナとスコットが店の外に出て行った後だった。
フィアはとてとてと駆け寄ってくると、アルの隣のカウンター席に座った。昨夜、酔っ払いにからまれたのと、今日スラムを散策したことで度胸がついたのか、無頼漢ばかりのむさ苦しい店内の雰囲気にも物怖じしていない。
「おまっ……フィア、髪がびしょ濡れじゃないか、ちゃんと拭いてから出てこいよ」
フィアのプラチナブロンドの髪はひどく濡れそぼっており、ランプの灯りを受け、キラキラと反射している。さらに、少女の着ているワンピースの襟元にも、水が滲んでいた。
アルはフィアが肩にかけているタオルを手に取って、少女の髪を丁寧に拭き始めた。
フィアはアルに髪を拭いてもらうのが大好きだった。だから、わざと髪を乾かさずにアルの前に来たのだ。
実は、魔導士の髪には魔力が通っているため、わずかながらも触感がある。故に、アルの指先によって髪が弄ばれるのは非常に官能的で快感で、自然と顔がゆるんでしまう。おまけに恍惚に震えた声まで漏らしていた。
「んっ……あっ……あっ……んっ、んんっ……あんっ」
「変な声だすな」
呆れたようにアルが注意した。
「だって~、気持ちいいんだも~ん」
不意にフィアの髪を拭いていたアルの手が止まった。フィアがどうしたのかと振り返って見上げると、アルは窓の外を凝視していた。その瞳の奥には、驚きと戸惑い、そして声にならない哀咽とが複雑に溶け合い、冷たい炎のように揺らいでいる。
「どうしたの、アル?」
「いやっ……別に……何でもない」
アルは弾かれたように返事をした。そして再びフィアの髪を拭き始める。でも心なしか、さっきより指の動きが大雑把になったようだ。アルの指先から動揺を感じた。
そこへリーナが戻ってきた。気のせいか、彼女の頬は桜色をし、昂揚しているように見える。
するとアルは、フィアの髪を拭きながら、上目遣いでリーナを睨んだ。
「何?」
と、リーナが尋ねる。
「別に……」




