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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
第1章 魔導士と魔女
10/43

魔導士は磔におくれ(中)

 ランプの灯るパブのカウンターでは、アルとスコットが肩を並べてビールを飲んでいる。


 フィアはリーナのバスタブを借り、入浴中でいない。


 二人の会話はというと、スコットが一方的に話すばかりだ。アルの方は、顔の周りを飛ぶハエを追っ払うように、生返事をするだけだった。


 リーナはそんな二人のやり取りを、カウンター内で静かに聞いていた。


「アルバートさんは一人で、独立して商売をなさっているんですって?」

「ああ……」

「ネミディアから着いたばかりということですが、ピレネーを通るときには山賊に会いませんでしたか?」

「……山賊?」

「あの辺りは最近、ネミディア難民を狙った賊がよく出るんです。軍人として、何とかしたい思っているんですが……。会わなかったんですか? 運がいいですね」

「どうも……」


「アルバートさんが主に扱っている商品は何ですか? やっぱり毛皮や絹ですか?」

「ん……? 何で?」

「いや~、実は、僕の実家も戦前は商家だったんですよ。奇遇ですね」

「そうか……?」

「だからひとつアドバイスさせてもらいますけど、カディスじゃ今、毛皮や絹はあまり高く売れません。たくさん輸入していて相場が暴落してますから」

「ご心配なく。俺の専門は宝石や貴金属だ」


 アルの返答を聞いたリーナは、二人に見えない角度でクスリと笑った。


「へ~、宝石商なんですか。ネミディアは鉱石や宝石の原石などの名産地ですからねえ。そうかなるほど、宝石はそうそう値崩れしませんもんね。さすが! 頭いいですね」

「そりゃどーも」


 軽快そうに話すスコットに、アルは少々ゲンナリしている。


「アルバートさんは、カディスにどのくらい居るつもりなんですか?」

「それは……今の取引が成立するまでだな」

「そしたらまた旅に出るんですか? あの小さいお嬢さんを連れて?」

「そうなるな」

「店を持って、定住しようとは思わないんですか?」

「店?」


「子連れで旅をするのは大変でしょう。旅を続けていたら、あのフィアさんって子も友達が出来づらいでしょうし。幸い、今日見た限りじゃ、ロン君やケリーとはずいぶん仲良しみたいでしたよ。

 いっそこのままカディスに店を構えたらどうです? 中央大通りなんかに」

「中央大通りに? フレッドみたいなことを言うなあ。でもあの辺りに店を開けたら、確かに面白そうではあるな……」

「そうでしょう、そうでしょう」

「そしたらネミディアの特産品を大量に売り出したいな。それをブランド化すれば、貧困に苦しんでいる本国のネミディア人も、カルタゴの好景気の恩恵に多少なりともありつけるだろうし……」


 酒のペースが進んだせいか、アルはそんな妄想を語りだした。


「ちょっとちょっとアル、あなたまでフレッドの夢物語に感化されちゃったの?」

 リーナが空になった二人のジョッキを、新しいものに代えながら言った。

「別にいいだろ、夢を語るだけならタダだ」


「実現できるかどうかは別にして、ネミディアの特産品を売り出す店っていうアルバートさんの構想には、僕も賛成、大賛成です。素晴らしいアイデアだと思います」

「えっ、スコットまで?」

「しかもその利益で貧困に喘ぐネミディア人を助けようなんて、本当に素晴らしいです」

「まったく……男ってどうしてみんなこう、ロマンチックな夢追い人なのかしらね」

 リーナは半ば呆れて首を振った。

「違いますよリーナさん、これはロマンチックな夢なんかじゃありません。現実的な問題です。

 植民地にされたネミディア本国には、内乱と貧困で苦しんでいる人が大勢いるんです。故郷を捨ててきた難民たちは、郊外のスラムであのような酷い暮らしをしてますけど、本国はさらに惨憺たる状況なんです。

 僕も常々何とかならないものかと悩んできました。だから、アルバートさんの言うような商売は、本当に素晴らしいアイデアだと思います」


「“郊外のスラム”か……」

 アルがジョッキを口につけながら呟いた。

「そんなものが出来てるなんて知らなかったな……。前はなかったはずだけど……」


「アルバートさんは、カディスは何年ぶりなんですか?」

「二年半……いや、三年ぶりくらいかな?」

「カルタゴに周辺国の難民が大量に移ってきたのは二年くらい前なんですよ。治安の問題で已む無く移ってきた人もいれば、好景気で物価の高いカルタゴで儲けようって人まで、理由は様々ですがね。

 かくいう僕も不法入国でやってきた難民でした。そしてたまたま、以前父の取引相手だった軍と関係のある貿易商と出会って、その人に頼んで入隊しました」


「しかし……また何でカルタゴ軍なんかに? ネミディア人だなんて言ったら白い目で見られるだろう」

「確かに、敗戦国の人間だから差別を受けることもあります。でも僕は軍で手柄を立てて、ネミディア人でもチャンスさえ貰えればできるというところを見せたいんです。そうすればネミディア人の地位も見直されるし、人権だって改善されるはずです」


 熱弁をふるったスコットはそこで一旦区切ると、ビールをジョッキの半分まで一気に飲んだ。それで舌と喉を程よく湿らせると、さらに熱を帯びた口調で語り始めた。

「なのに……あの憎っくき魔導士たちが、このカディスでネミディアの名を貶めているんです」

「魔導士……が?」

「アルバートさんはカディスに来たばかりですから知らないでしょうが、実は今、ダウンタウンでは通り魔事件が起きているんです」

「通り魔?」

「はい。それもスラムにいるネミディア人の子供ばかりを狙った事件なんです。犯行は夜中に行われていて、翌朝には正視に耐えれないほどの惨い子供の死体が見つかるんです。これが魔導士の仕業だって情報があるんです」

「……ほお」

「被害者の大半は十歳から十五歳くらいの女の子です。あのお嬢さんにも気をつけるよう言っておいてください。今日は念のため僕が送ってきましたから安全でしたが」

「ああ……」

「しかし、通り魔事件だけでも許しがたいというのに、三日前にはウティカで関所の兵が殺されるし、今日に至ってはハンニバル将軍が暗殺されそうになったんですよ。カルタゴ内でこんなに魔導士が活動的になるなんて、初めてのことです。ひょっとして三つとも同一犯かも……」


「ハンニバルが……暗殺……?」

 初めて耳にする話に、リーナが驚いた。

「あっ、しまった。すいません……そのことは極秘事項なので他言しないようにしていただきたいんですが……。実は今朝、こともあろうに魔導士がハンニバル将軍を暗殺しようとしたっていうんです」

「えっ……!」

 リーナは目を丸くし、アルを短く一瞥した。アルは済ました顔でビールを飲んでいる。


「幸い、閣下は難を逃れたようですが、魔導士の方も行方がわからないんです。それでその魔導士がスラムに逃げ込んだんじゃないかって、疑われているんですよ。僕も今日一日、魔導士を捜索したんですがね……。スラムに住むネミディア人にとっては迷惑な話です。

 はっきりいって奴らはネミディアに災いしかもたらさない疫病神です。ねえアルバートさん、あなたもそう思うでしょ?」

「ん? ああ、そう……かな……」

 アルは曖昧な返事をした。


 見かねてリーナが助け舟を出す。

「でも、魔導士も同じネミディア人じゃないの? それに植民地になる前は魔法国家って名乗ってたくらいだし」

「いやいや、リーナさんは勘違いしてます。実際、魔法国家を謳っていたティル・ナ・ノーグの中で、魔導士の占める割合がどの程度だったのか知っていますか?」

「さ、さあ? あなたやロンが魔力の全くない人間で、ネミディア人の全員が魔導士じゃないっていうのも知ってるけど……。でもあれだけ強大なカルタゴ軍を相当苦しめたっていうんだから、結構大勢いたんじゃないの?」


「とんでもない。実は、全国民の二割にも満たなかったんです」

「そんなに少ないの?」

「ええ。ネミディア人の中でも、魔導士はマイノリティーなんですよ。もともと奴らは祭儀を執り行う司祭や神官、巫女といったシャーマンだったんです。時代が進むに連れて、その魔力を受け継ぐ子孫たちは増長し、身分制度と支配階級を作り、魔力を待たないネミディア人たちを支配するようになっていったんです。全ては、自分たちの特権と財産を守るために……。

 だからカルタゴとの戦争で、魔導士が地位も財産も失ったときには、胸がスカッとしたなあ。それもガトリング砲や大砲に向かって、剣や槍を振り回しながら、呪文を唱えて突っ込んでいったっていうんですからなおさら痛快です。そんなの、銃弾の的になってくれと言っているようなもんじゃないですか、あははは。どんな魔法も、カルタゴの最新兵器の前では敵じゃないってことですね。あっははははは……」

「そ、そうなの……」

 高笑いするスコットの横にはアルがいる。リーナはハラハラしながら相槌をうった。


 だがアルは相変わらず関心のない素振りを続けている。


「どうしてそんなに魔導士を憎むんだ?」

 スコットの異常なまでの魔導士嫌悪に、ようやくアルが質問した。

「それはもちろん……魔導士だからです。魔導士というだけで悪なんです。あいつらの野蛮な行為のせいで、ネミディア人の全てが危険だと、周辺国に思われてるくらいですよ。奴らと同じ民族だと思われているなんて、僕は恥ずかしい」

「魔導士が同じネミディア人の中でも恐れられ、嫌われているのは……俺も知ってる。しかし魔導士ってだけでそこまで憎しみを露にする奴も珍しい。そういう奴は大抵……私怨があったりする……」

 熱くなったスコットに対し、アルは冷徹に言った。


 アルが微笑みながらスコットを見ると、その眼が少し泳ぐ。

「あなたに隠し事は無理みたいですね……」

 スコットは観念したように溜息をついた。ついでに、頭の中の熱も吐き出すように。

「さっき言ったように、僕の実家は商家でした。父は魔導士ではなかったけれど、商才に長け、店は繁盛していました。ネミディアの中では比較的裕福な暮らしをしていたと思います。カルタゴや帝国とも取引をしていました。 そのせいか僕は、幼い頃からカルタゴの進んだ産業技術や政治に強い関心を持っていました。十二、三歳頃には、真剣にカルタゴへ留学したいと思っていたくらいです。

 しかし……知っての通り、そのカルタゴと戦争になりました。けど、僕の夢が潰えたのは、その後のことに比べたら、些細なことだったんです……。

 戦争が始まったある日、突然魔導部隊の魔導士たちがやってきて、戦費と物資が足らないからと、父の店の商品を徴発していったんです。きっとその最初の一回で奴らは味をしめたんでしょうね。それから何度も何度もやって来ては、父が半生をかけて築いてきた家財を奪っていきました。

 流石に耐えかねた父は、あるとき徴発を拒否しました。するといきなり魔法で叩きのめされたんです。父はその怪我で右半身が麻痺し、まともに歩くことさえ出来なくなりました。魔力のない僕ら家族は、魔導士の横暴にひたすら耐え続けるしかなかったんです……」

 スコットの目頭には涙が溜まっていた。加えてグスッと鼻を鳴らした。


「やがて父は、財産を全て失いました。あれだけ一生懸命働いて築き上げてきたもの全てを……。

 残ったのは右半身麻痺という障害だけでした。もう何も奪うものはなかった。

 なのに……再び魔導部隊がやってきたんです。そして、父がカルタゴの貿易商と取引しているが、そこで国の機密情報を漏らしているんじゃないかって疑うんです。父も僕も必死で弁明しましたが、魔導部隊は有無を言わさず、父を連行していきました。歩くことさえままならない父を無理矢理立たせ、引きずるようにして……。

 あの日の光景は一日も忘れたことはありません。だって……生きている父の姿を見たのは、それが最後だったんですから……」

「…………」

「三日後、魔導部隊は犬の死体でも捨てるかのように、店の軒先へ父を置いて行きました。父の遺体は全身打撲のうえ酷い内出血で……顔は誰なのか分からないくらいに腫れあがっていました。手足には釘が刺さっったまま。爪は全部剥がされていました。足の爪もです……。どんな悪魔でも、あれほど残忍な拷問はできませんよ。あんな……あんな酷い…………」

「本当に……ロクでもない奴らだよな、魔導士ってのは……」

 アルが神妙に頷くと、スコットの瞳から涙が溢れ出した。


 リーナが無言でハンカチを差し出す。


「すいません……うぐっ……お見苦しいところを……うっ……」

「そんなことないって……」

 スコットはリーナのハンカチを受け取って、頬を拭いた。

「だから、父の仇であるティル・ナ・ノーグの魔導部隊を打ち破ったカルタゴ軍は、僕にとって英雄なんです。

 それに外国人の僕を入隊させてくれたし、市民権までくれたんですから。ティル・ナ・ノーグでは、どんな役職につくにしても家柄や魔力の強さが問題になったのに、カルタゴでは出自や身分はおろか、元敵対国の人間でも分け隔てなく受け入れてくれるんです。この国では、努力と苦労が報われる……。

 留学生ではなく難民としての入国でしたが、やっぱりカルタゴに来てよかった。カルタゴは本当に素晴らしい国です」

「そうか……」

「だから僕は、魔導士がこのカルタゴの地で蛮行をしているのが許せません。特に通り魔……。か弱いネミディア難民を狙うなんて心底腐ってます。いずれ僕がひっ捕らえて磔に送ってやりますよ。さらにその手柄で、ネミディア人が見直されるきっかけにもなるはずです」


「……あんたの気持はよくわかった。が、生身の人間が魔導士を捕まえるなんて、危険すぎる。やめといた方が……」

 アルの忠告に、スコットは首を振った。

「大丈夫です。僕は訓練を受けているし、銃も持っています。僕が魔導士を捕まえたら、みんなでそいつの公開処刑を見に行きましょうよ」


「私は嫌よ、処刑なんて物騒な見せ物」

 リーナが顔をしかめて拒絶した。


「リーナさんは魔導士の処刑を見たくないんですか? なかなか見れるものじゃありませんよ」

「公開処刑なんて残忍なものは見たくはないの」

「どうして……?」

「それは……だって、怖いもの……。相手が誰であっても、公開処刑なんて、人が殺される見世物なんか見たくないわ……」

「そ、そうですか。ご婦人には刺激が強すぎますもんね。変なものに誘ってすいません。じゃあ、アルバートさんは一緒に来てくれますか?」

「ん? 俺?」

「是非あなたに僕の手柄を祝ってほしいんです。何ていうか僕、あなたのことが気に入ってしまったんです……」

「は……?」


「ああ、いや、誤解しないように言いますが、尊敬しているってことです。

 乞食みたいな生活を送っているネミディア人が多い中、誰にも仕えず、何処かの国の助けも借りず、たった一人、自分の力だけで独立して商売をしているなんてすごいです。おまけに子供まで養いながら。

 僕はあなたのような同胞に出会えて嬉しいです。カディスに来てから一番嬉しいです。ハンニバル将軍と同じくらい尊敬してます」

「はあ……どうも……」

 アルは微妙な笑顔で、スコットの敬慕けいぼに答えた。

「アルバートさんがいつかカディスに店を開いてくれたら、これ以上の喜びはありません。さっき言っていた商売の構想が実現したら、多くのネミディア人が救われるはずです。及ばずながら僕も応援します。

 まず軍にあなたの店を優遇するよう働きかけますし、他にも何かできることがあったら遠慮せずに言ってください。一緒にネミディア人のため、頑張りましょう!」


 そのとき突然、背後から罵りあう大声が聞こえた。

 客同士のケンカだった。

 彼らの喧騒に気をとられたスコットは、そちらの方に振り向いた。


 刹那、すぐにアルが行動へ移るのを、リーナは目撃した。

 アルは人差し指と中指の先に魔力を集中し、スコットの後頭部と首の境目を狙った。こんな時でも、アルの動きは流麗で無駄がない。暗殺に慣れているのだ。


 リーナは咄嗟に、アルの前へ、木製のジョッキを突き出した。


 パァンッ!


 魔力の篭った指がジョッキの側面に触れた瞬間、銃砲のような音を立てながら、中身のビールが天井へ噴出した。ビールは中空を舞い、雨粒のようになってアル、スコット、リーナの頭の上に降り注いだ。


 店中の客が、ジョッキを持つリーナを注視した。

「ご、ごめんなさい。躓いてこぼしちゃった。やーねえ、もう……」

リーナははにかんで笑いながら、舌をペロッと出す。


 客たちはただ音に驚いただけであって、特にそれが何なのかは興味がないようだ。次第にまた元の喧騒が戻ってきた。

 ケンカをしていた二人の客は、金を置いてなじり合いながら外に出て行った。


「二人とも濡れてない? 大丈夫?」

「僕はそんなに濡れてません。僕よりもアルバートさんの方が……」

 スコットが言うように、三人の中でアルがビールのシャワーを一番浴びていた。

「アル、コート貸して。コンロの前に置いておけば乾くの早いでしょ」

 リーナはカウンター越しに手を差し出した。アルは頷いてコートを脱ぎ、リーナに手渡した。


「んー、破けているところがあるわね」

 リーナの言う通り、コートのフードには裂け目があった。

「フィアは裁縫下手なの? アル」

「いや、そういうわけじゃないけど。ただフードのキズだったら、被らなきゃそんなに目立たないかなと思って、そのままにしておいたんだ」

「ついでに繕っておくわ。……あれ? これ……ひょっとして五年前に私があげたやつ? まだ着てたの?」

「気づくの遅いな。そりゃあリーナがくれた物なんだから、捨てるはずないだろ。どんなにボロボロになっても……」

 アルは言いながら頭をかいた。髪に滴っていたビールのしずくが、ポタポタと足元に落ちる。


 リーナは手にしたアルのコートを悩ましげな瞳でじっと見つめた。


「あ、あの……リーナさん、その左手の薬指にしている指輪は?」

 突然、スコットが声を裏返らせて訊ねた。彼は、コートを持つリーナの指を凝視している。


 リーナは咄嗟に右手で指輪を隠した。

「ええっと……これは……その……」

 まるで道に迷った子供のように、リーナはオロオロと口籠る。


 その態度を見て、スコットは眼を細めた。

「随分大きな宝石ですね……。そんな高価な物どこで……? そういえば……アルバートさんは宝石商……でしたか?」

 スコットがアルの様子を伺う。


 アルは相変わらず何食わぬ顔でビールを飲んでいる。


 リーナは、スコットが自分の渡したハンカチをギュッと握り締めるのを見た。

 恐らく、コートを見つめるリーナの視線で……、もしくは二人のただならない雰囲気に……、彼は勘付いてしまったのだろう。指輪に気づいてしまったのだろう。


「帰ります!」

 スコットが勢いよく立ち上がった。座っていた椅子が後ろへ吹っ飛ぶ。そしてカウンターに銀貨を置き、店の出口へ千鳥足で歩いていった。


 リーナは呆気にとられた。だが足元の覚束ないスコットを見て、その後を追った。


「スコット、大丈夫?」

 店の外に出たところでリーナはスコットを呼び止めた。彼は笑顔で振り向いた。

「大丈夫、一人で帰れます。お気遣いなく。それから……これのお礼もいつか……」

 と、リーナに借りたハンカチを出した。

「いいよ、お礼なんて別に……」


 リーナが言い終わらないうちに、スコットは出し抜けに彼女の両肩を握って、有無を言わせる間もなく唇を重ねた。酒臭さが口内に広がった。


「んー!」


 スコットに無理矢理唇を奪われながら、リーナは“こいつ酔っ払いだ”と思った。しかし逆らう気は起きなかった。それが自分でも不思議だった。


 店のガラス窓から、ランプの炎で照らされた店内が浮かび上がる。客の誰もが酒と談笑に夢中で、外で情事を重ねる二人には気づいていない。


 しかし、そこでリーナの体が急に強張った。店の客の中で唯一、アルだけは自分たちに気づいて、真っ直ぐに見据えていたのだ。


 眼が合った……。


 リーナは、アルの氷の刃のような視線を受けながら、スコットに唇を奪われ続けた。



 スコットの身の上話が長くなってしまいました。読みにくくてすいません。

 

 子供たちと違って、こちらの三角関係は少しドロドロとしたものにしようかな……とか考えています。


 ともかく後編へ続く。

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