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ロード・オブ・ロード  作者: 中遠竜
プロローグ
1/43

真っ暗森

 かなり遅筆な方です。不定期更新となりますが、それでも読んでくれる方がいたら嬉しいです。

 

 月は雲に隠れている。鬱蒼うっそうとした森を、一組の男女が必死に走っていた。


 後ろからは銃口に銃剣を取り付けた、歩兵銃を持った兵隊が追ってくる。

 奴らに捕まったら縛り首か火あぶりだ。冗談じゃない。


 追われている青年は、右手に茶色のトランクケースを持ち、左手で少女の手を引いていた。

 手を引かれているのは、真っ黒なロングワンピースを着てて、ショートマント風のケープを羽織った、十歳前後の小さな女の子だ。青年に急かされて走っている少女の息はひどく乱れていた。彼女のプラチナブロンドの長い髪に、玉の汗が煌く。


 不意に背後から銃声がした。ビックリした女の子は、体が硬直した拍子に転んでしまった。

「大丈夫かフィア?」

 青年はフィアと呼んだ少女を抱き起こした。

「痛った~……グス……」

 フィアはベソをかいて膝を抱える。

「私もう走れないよ、アル」

 はあはあと激しく息を切らして、フィアは青年に愚痴をこぼした。

「バカッ、捕まったら殺されるんだぞ」

「でも……」


 そのとき後方から、追っ手たちの声が聞こえた。

「いたぞ、こっちだ。魔導士がいたぞ!」

「追え、追え!」

「捕まえろ。魔導士を捕まえたら、報奨は思いのままだ」

「奴らはデッド・オア・アライブ指定だ。手加減する必要はないぞ」

「殺せぇ!」


 フィアは兵隊たちの言葉を聞いて蒼褪めた。

「くそ、仕方ない。フィア……」

 アルという青年はフィアにトランクケースを渡した。

「それを持って、静かにしてろ」

 アルが両手に魔力を溜めて地面に触れると、フィアの周りから何本かの木の芽が生えてきた。木の芽は夜空に向かって、みるみるうちに伸びていく。やがてそれらはフィアの体を包みながら繋がっていき、ついには一本の巨木になった。フィアは巨木のうろの中にいるような状態になっていた。


「そこから動くなよ」

 そう言付けると、アルは密林の闇の中へ消えていった。


「アル……」

 フィアはアルの後を追おうとした。が、兵隊たちの持つ松明の灯りが、近付いてくるのが見えたので思い止まった。

 仕方なく洞の中で、預かったトランクケースを抱えながら小さくうずくまる。息を殺していると、すぐ隣を兵隊が何も気づかずに通り過ぎていった。


                   ◆


 四人の緑色の軍服を着た兵隊たちは、魔導士たちを見失った。

「何処へ行った?」

「わからん」

「くそっ、魔導士め……」

 

 そこで兵隊の一人が何かに足をとられた気がした。足元を見ると、自分の両足が足首まで地面に埋まっている。

 さらにそこから一気に地中へと引きずり込まれていった。

「う、うわああぁぁぁ……」


 仲間の兵隊が手を掴んで助けようとしたが遅かった。その兵隊は地中深くに飲まれて消えた。彼を飲み込んだ後の地表には、すでに何の痕跡もない。


「な、何だこれは?」

「魔法だ……」

「これが魔導士を処刑しなければならない理由か……」

「気をつけろ、近くにいるぞ」

 残った三人の兵隊たちは動揺した。


 すると今度は、樹木の蔦が蛇のような動きで、別の兵隊に絡みついてきた。そのまま横の木に縛りつけると、徐々に頚動脈を締め上げていく。

 他の二人の兵隊は、彼が苦しみながら絞殺されていく様子を、嫌というほど見せるけられた。兵隊は泡を吹き、眼を充血させて死んでいった。


 二人の兵隊は言葉を失い、森は不気味な静けさに包まれる。

 やがて兵隊の絞殺死体を縛っている木の後ろから、おもむろに魔導士が、松明の灯りの中にその姿を現した。


 痩身の男で、フードのついた茶色いレザーコートを着ている。フードを目深に被っているため、松明の灯りだけでは表情がよく伺えない。

 だが、フードの下から覗く、狼のように鋭い銀色の瞳がやけに印象的だ。

 そして腰には美しい装飾を施した一本のつるぎを提げている。


 魔導士は、死んだ兵隊の歩兵銃をゆるりと拾い上げた。

 それを見た兵隊が、気合と共に自身の銃剣のついた歩兵銃を振るった。銃剣は魔導士の顔面を串刺しにした。かのように見えたが、被っているフードをわずかに引き裂いただけだった。


 銃剣を避けた魔導士は、自分の提げている剣は使わず、拾った歩兵銃の銃剣の切っ先で兵隊の首を軽く引っ掛けた。

 頚動脈が斬られ、首筋から鮮血が噴き出す。兵隊は首を押さえながら仲間を見つめた。その眼は助けてくれとすがっている。が無情にも、出血多量で彼もまたあえなく絶命した。


「あと……一人……、お前だけか」


 最後の一人となった兵隊はそこで、魔導士のフードが外れ、松明の灯りの下にその素顔が露わになっていることに気付いた。ブラウン色のショートヘア。歳はおそらく二十歳前後。そして、たった今目撃したような、容易に人の命を奪える人間とは思えない程の優男だ。


 魔導士は静かに彼を見つめた。

 魔導士の顔が整っていることが、逆に恐怖心を煽る。


 兵隊は恐ろしさのあまり、松明も歩兵銃も放り出して逃げ出した。

 灯りを失い、何も見えなくなった暗闇の中の逃走。自分が何処に向かい、何処を走って逃げているのか、彼自身にもわからなかった。


「悪いが、顔を見られたんで逃がすわけにはいかないな」

 魔導士は足元に落ちた松明の炎を魔力で操った。炎は魔導士の手の平の上に集まり、さらに激しく熱を帯びて燃え出した。


                   ◆


 雲が移ろい、半月が森を照らし出した。


 フィアは親指を吸いながら、洞の中でじっとアルを待っていた。兵隊たちがいなくなってから随分時間が経つ。それでもアルはまだ戻ってこない。もしかして捕まってしまったのだろうか?

 そう思ったらいてもたってもいられなかった。


 洞を抜け出して、アルを捜し始めた。


「アル? アルー! 何処ー? ぐずっ……」


 フィアはトランクケースを抱え、ベソをかきながら、夜中の森をさ迷い歩いた。


「アルー? ねえ、何処なのー? ……きゃあっ!」

 突然何かに躓いて、フィアは転んだ。


 何に躓いたのだろうかと手探りすると、妙に生温かく、柔らかいものを掴んだ。これはもしかして……

「ひっ、人……? ……うっ……ううっ……」

 フィアは恐怖のあまり泣き出した。


 その瞬間、少女は背後から何者かに口を塞がれた。

「んーーっ」

 フィアは心の中で「アル、助けて!」と何度も叫びながらもがいた。


 すると相手はフィアの耳元で告げた。

「俺だ、フィア」

「アル!?」

 フィアはアルの首筋にしがみついた。


 アルもフィアのか細い背中を抱きしめた。

「まったくこのじゃじゃ馬め、どうして待たずに動いたんだ。捜したぞ。しかも大声出して……。カルタゴ兵に見つかるだろ」

「だって怖かったんだもん。アルどっかに行っちゃって。これ何? 誰か倒れてるよ」


 アルはそれをフィアに見せないようにした。

「切り株だろ」

「柔らかかったよ?」

「カルタゴにはそういう切り株もあるんだよ。ほら、おぶってやる」

 アルはフィアを背負い、トランクケースを持つと、薄明かりの樹林を歩き始めた。


 アルは歩きながら背中のフィアに言った。

「なあフィア、前にも言ったが、俺はこれからカルタゴへ大事な仕事をしに行くんだ。ネミディアのための重要な仕事だ。フィアにも力を貸してもらいたいんだけど、いいよな?」

「……うん、いいよ。私、アルのためだったら何でもするもん」

「そうか、ありがとう……」


「ね~えアル、私のこと愛してるぅ?」

 フィアは急に舌ったらずな猫なで声で訊いてきた。

「あのさあ、お前そういうこといったいいつも何処で覚えてくるんだ?」

「いいからぁ。愛してるぅ? 愛してるって言ってくれなきゃ、力貸してあげないっ」

「やれやれ……。ああ、この世界で一番大切な女の子だよ」

「んふっ、嬉しい。私も。私はアルだけのモノよ」


 フィアはアルの首筋にかじりついて、その首筋の匂いを嗅いだ。

 精力溢れる大人の男の匂いだ。タフで頼りがいがあって、常に危険を伴う男の匂い。危うくて刹那的で刺激的な甘い匂いにフィアはクラクラした。


 でも今日は、いつものアルからは感じない、別の臭いが混じっていた。

 すえた鉄錆のような臭いと、髪が焦げるような臭いだ。そっちの臭いにはあまりいい感じがしない。


 そこでアルはフィアに訊ねた。

「フィア……お前ひょっとして少し胸が膨らんできた?」

「や~、アルのえっち~。今夜は優しくしてね、キャハッ!」

「お前、それ絶対意味分かってないで言っているだろ?」

 子育てに疲弊したアルの溜息が洩れた。




 二人が去った後の地面には、顔を焼かれた無残なカルタゴ兵の屍が転がっていた。



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