形勢逆転
さて、そろそろ現実に戻ろう。
周囲には全身金属鎧で固めた兵士がずらり。壁際の魔法使いも恐らくまだ余力あり。王様がいるからここはほぼ間違いなく城。かなり重要な部屋だろうから増援も無制限に近いとみるべき。そして城と言えば侵入者対策に道が複雑になっているから、総合して脱出は非常に困難どころかまず不可能というレベル。
「では、異世界人たちよ。順番にこの聖剣を手に取るが良い。剣に選ばれし者が勇者である」
「なら俺から」
「だからヨシちょっとは考えろよ、ってもう受け取ってるし!!」
そんな状況では、上から目線で話を進めてしまうのもまぁ仕方が無いだろう。なんせ見た目はひょろっこい少年がたった2人、それも異世界から来た、つまりこちらの常識を一切知らないガキ。放り出されたら確実にのたれ死ぬ。
「今思ったのだが、何が起こったら選ばれた事になる?」
「鞘から抜け、光を放って持ち主にふさわしい姿に変わる。故に、どのような剣になるかは勇者によって異なるが、最もその勇者の力を発揮する事が出来るのだ」
「おーいだからヨシ、人の話を聞けってばー」
圧倒的な優劣が決まっている限定された狭い世界。恐らく、今まで『勇者』とやらに選ばれた人間も似たような扱いをされてきたんだろう。そしてその中には当然、俺などより頭のいい奴もいただろうし、度胸があったり何かを持ってる奴もいただろう。
「成程、選ばれなければそもそも鞘から抜けさえもしない訳か」
「そういう事だ」
「ダメだ、完璧自分の世界に入ってるし……」
ならなぜ、この国は幾人もの『勇者』を従え、使い潰してこれたのか。
「では前置きはこのぐらいにして、と」
「うむ、早く剣を抜いて見せよ」
「あれ? ちょっと待て? もしかしてこれでヨシが選ばれたらオレ殺される?」
昔はここまで腐ってなかったから、とか、「使い潰す」という言葉の意味がそもそも違うとかいう可能性も、まぁ無い事は無いが、むしろそれよりも――
「ふむ……あぁ、やはりな。支配と洗脳……いや、思考の剥奪といったところか。また随分と容赦のないものが仕込んであるな」
「な、貴様っ!?」
目の前で王が動揺しているが、そんなに複雑な事でもない。
何せこの部屋の床一面に魔法陣が刻んであるのだ。それも異世界からの召喚、という特殊な仕様である以上、使われている要素にはおおよそ見当が付く。あとは聞こえる音と唇の動きの誤差からこちらの世界の言語を推測、翻訳して、置き換えてやればいいだけの話。
ある程度以上の大きさではっきり刻まなければいけないというルールでもあるのか、それとも術の対象が触れていなければならないというルールなのかは分からないが、握りの所にこれだけでかでかと怪しい文字が刻んであれば誰だって疑問には思うだろう。
「見る限り、剣の機能に関するのはこれとこれと……これは半分でいいな。サト、ナイフ持ってるか? 貸してくれ」
「いや、こっちもう取り囲まれてるし。持ってるけど。あとオレの名前はみのるだ」
最後の部分をスルーして後ろを振り向くと、全身金属鎧の騎士達がずらりとサトを円形に取り囲み、槍の穂先を向けていた。薄暗い中でも僅かな光を反射するその穂先は実によく斬れそうだ。ぴくりとも揺れない辺りに騎士たちの練度の高さがうかがえる。
「じゃあ投げてくれ。聖剣を正しく手に入れさえすればすぐに助けてやる。というかお前、さっさとアレを使ったらどうだ」
「人の話を聞いて無いようで聞いてるとかホント嫌な優等生だなこの野郎。素で現地翻訳なんてできるのお前ぐらいだっつの。ほれ」
「そんな事も無いと思うが。コツさえつかめば誰でもできる事だろう?」
「できねーよっ!」
が、そんな完全な威嚇、又は人質扱い等俺たちにとって意味は無い。サトがいつの間にかどこからともなく取り出してこちらに投げてきたナイフを空中で受け取り、素早く俺にとって不要な部分を削っていく。……流石はサトのナイフ、こんなに硬そうな未知金属の聖剣の柄でも簡単に削れていく。
「き、き、き、貴様ら……っ!!」
「ん? あぁ何だ気絶してなかったのか。もうちょっと待ってくれ、俺だって聖剣に傷をつけるのは心苦しいのだ」
「の、割に削って行く手に一切の迷いが無いとか、お前本当人間の最上位スペック持ってるよな」
「そう言うお前もな。登校時間30分の間にひったくり8件に交通事故5件に自殺未遂3件に遭遇して解決した実績を持っているくせに」
「オレのはただの巻き込まれだっ!!」
先程までの上から目線な威厳は何処へやら。口をパクパクとさせてこちらを指さす王には一切目をくれず、作業時間23秒で支配術式の解除は完了した。もう一度全体を見回してみて消し残しが無いかどうかを確認する。
「よし、問題ない。これで聖剣は文字通り聖なる武器へ立ち戻った訳だ」
左手で鞘を、右手で柄を握り、
「では早速」
勢いよく、俺は聖剣を抜き放った。
その後の事は語るまでもないだろう。
俺たちは「そんなバカな……先祖代々伝わる聖剣の術式が……」とか何とか放心してぶつぶつ言っている王を放置。残念ながら聖剣には美人な精霊が宿っているとかそんな事は無かったものの、魔法が自由に使えるというとんでもない能力がおまけで付いてきた。
なのでまずはサトを威嚇している騎士達を軽く吹き飛ばして戦闘不能にし、壁際に控えていた魔術師達も同様に以下略。銀髪紫眼の美少女な巫女様を口説きにかかった所でサトに首根っこを掴まれて強引に部屋の外へ。
城の中は予想通り迷路だったものの、魔法で難なく突破。
結論として、俺たちはあっさりと自由の身になった。
酷い展開だ?
……ごめんなさい、王様は最初からちょい役です(オイ