表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/65

61.桐塚優乃は一歩を踏み出すために頑張ろうとする




「嘘……でしょう……」


 もうもうと立ち上る噴煙の向こうから、呆然としたニェンガの声が聞こえた。

 声の方角から、さっきの場所から動いていないかな?

部屋の中が爆発の余波で立ち上がった粉塵で覆われて、視界がきかない。

 どこに誰がいるのか全く分からなかった。


「よ、と」


 軽く風を起こして、視野を遮るものを吹き飛ばした。

 うっわ~~~。部屋の中見事にぐっちゃぐちゃ。

 絨毯めくり上がってるし壁もボロボロ。花瓶なんかの調度品もひっくり返ったり割れちゃったりしてる。片づけが大変そう。

 いつの間にかあたしの傍に立っていたレジーナさんは、塵一つかぶらず無傷。ニイルは……爆風で吹き飛んだね。壁に打ち付けたられたらしく、後頭部をさすっている。

 術者のニェンガも無事。綺麗に紅を引いた口と濡れたような黒い目を大きく開けて唖然としていた。


 どうしたのかな。


「ユウノ様、お怪我はありませんか?」

「かすり傷一つないですよ。あたしより部屋の方が重傷です。思ったより威力あったみたいですねえ」


 落ちてくる闇の矢を防ぐために咄嗟に魔力の玉をぶつけたんだよ。目論見通りニェンガの術は破ってくれたんだけど、余波が想像より酷かった。

 やっぱり洗濯機や転移陣を使うのとは勝手が違うなあ。この件が終わったら、レジーナさんに魔力の戦闘面での扱い方を習おう。今後のこと考えると、ぜえったいマスターしておいて損はないはず。自分の身位自分で守れるようにならないとね。

 できれば周囲に被害を出さないようにもなりたい。この部屋にある物、合計したらいくらになるのか考えたくないよう。


「もうしわけありません。ニェンガの動きに出遅れましたわ」

「あたしが手を出さないでくださいって言ったんですから。ニイルー。攻撃しかけちゃだめだよー」


 頭を下げるレジーナさんのうしろで、ニイルが鉤爪をニェンガに向けていた。こらこら。手を出すな、って言ったでしょうが。

 不満そうな顔しても駄目。ニェンガが抵抗することだって想定してたでしょ。


「あたくしの……技があんなたやすく防がれるなんて」

「ここのところ使う機会が少なくて、魔力が有り余ってるからね。まあ、あれくらい馬鹿正直にあたし一点狙いの技なら何とかできるよ」


 プレートメイルのような剣技と魔力の合わせ技の場合は、やられちゃう可能性大なんだけどさ。両方に対応できる戦闘能力なんてない。魔力で吹き飛ばせなかったら、間違いなくやられるね。


「おまえのどこにそんな魔力が……」

「どこってここだけど。大公に大盤振る舞いされたらしくってね。コップ一杯分の血と目玉一つ、それに指先八個プラスα分はキャパ限界まであるっぽいよ。おまけに一時的に、目一つ分と指先二個分プラスα分も加算されてる、かな」


 最近追加された指先と目ん玉プラスαの分って、正確なところはキャパシティ(魔力許容量)が大きくなっただけなんだよね。体の中に入った時に付与されていた分の大公の魔力が一時的に留まってるんだけど、使っちゃえばそれまでの消耗品って感じ。

 常に限界まで保持しておきたかったら、頑張って自分で魔力アップを図るしかない。

 それを抜きにしても、魔人を名乗れるだけの魔力はあるらしいんだけどね。ほら、普段のあたしって魔力を体の中に押し込めることが癖になってるからさ。知らないヒトって一目で気づかないらしいんだよねえ。

 分かりにくいだけで、キンドレイドとは比べ物にならないだけの力はあるんだよ。


 ということをここに来る前にレジーナさんに聞いた。


 ……力は生きることに困らないだけあればいいんだけどねえ。今さら言っても遅いか。


 説明している間にニェンガの顔色がどんどん悪くなっていっていた。怯えているように見えるのは気のせい、だよね?


「どうして、それで生きているの……?!」


 化け物を見るような目でヒトを見ないでよ。根性出せば生き残れるんだよ。たぶん。

 あたしが生きてるのって、絶対死んでたまるかこんちくしょう、っていう執念が大公の力に勝利したんだって思っている。生きたいっていう意志が強かったから今ここに立っているんだ。

 でなきゃ、身体的にアーバンクルの存在に劣る地球人のあたしが生き残れるなんて思えない。

 絶句したニェンガが、そのままへなへなと床に座り込んだ。

 これが精も根も尽きたっていうやつかな。さっきまであった威勢のよさが鳴りを潜めちゃっている。

 そこまで驚かすようなことしたかなあ。

 ニェンガだってあたしと似たようなものじゃない?限界が来ても愛妾として大公の傍に侍っていられたのは、あいつの傍にいたいっていう一念が体に注がれた力をねじ伏せていたんだって思うんだよね。根拠のない勘だけどさ。


「ニェンガ。あんたは結局大公の事が好きで、傍にいたかったんだよね?だったら、あたしたちに嫌がらせをしてないで、その頑張りをあいつにぶつけなきゃ意味なかったと思うよ。でないとあいつは絶対気づかない」

「おまえに言われるまでもないわ。けれどあたくしがどれだけ足掻いたところで、あの方があたくしの想いに応えてくださらないことは分かっているの。あの方に意識を向けてもらえるのであれば、あたくしはなんだってやるわ」

「ニェンガ……?」

「でも、お前に殺されるというのは腹立たしいわね」


 くつり、と歪んだ笑みを浮かべたニェンガの手に煌めく物があった。

 サバイバルナイフのような武骨で飾り気のない実用的な刃。その切っ先が、ニェンガの心臓を狙っていた。

 自殺する気だ。あんな小さなナイフでキンドレイドが死ねるとは思えない。でもそこに魔力が付加されたら話は別。

 心臓や脳が失われたら、キンドレイドと言えども生きてはいられない。


「ま……!」


 彼女が何をする気なのか悟ったあたしが駆け寄るより早く、ニェンガの手からナイフが弾き飛ばされた。同時に、彼女の身体が床に押し付けられる。

 レジーナさん、ずばやい!大して力入れてないように見えるのに、完全にニェンガの動きを封じているよ。


「放しなさい!」

「駄目よ…………の?」

「…………ああ!」

 憎々しげにレジーナさんを見上げたニェンガの耳元で、レジーナさんが何かを囁いた。

 小さすぎて、何を言ったか聞き取れなかった。

 絶望したような声を上げたニェンガの身体から力が抜けた。結局最後はレジーナさんに頼っちゃった。悔しいけど、総合的な実力不足の結果だ。精進、しないとなあ。

 抵抗をしなくなった彼女の身体をレジーナさんが魔力で作り出した紐で拘束した。


 ほんっと魔力便利だな。魔法万歳?


「レジーナさん、ニェンガに何を言ったんですか?」

「自殺など愚かしい真似をしたら、大公様に蔑まれる、と言いましたの」


 蔑まれるっていうか、全く関心持たれないで終わりそうな気がする。

 大公のこと大好きなニェンガからすれば、死に際すら興味持たれないなんて辛すぎるよね。


 レジーナさん、的確だけどきつい一言ですね。


 ニェンガの心をざっくりえぐったことは間違いない。

 恋に破れた女は、力なく床に伏していた。顔をあたしから背けているのは、最後のプライドなのかな。

 彼女の横に片膝をついて、あたしは重いため息をついた。

 こんだけ打ちひしがれている様子を見ると、もう十分じゃんって言いたくなる。でも、そういうわけにはいかないんだよね。

 ハラマ鉱山に送られたコミネたちの事を考えると、首謀者であるニェンガを見逃すっていうのは無理だってことぐらいあたしにもわかるよ。


「ニェンガ。あんた一人だけ楽な道は選ばせられないよ。コミネたちは処刑より辛い刑になった。首謀者のあんただけ望むように死なせてあげることは、できない」

「……」


 ニェンガは何も言わず、固く目を閉じていた。あたしのことを完全に拒絶しているね。

 諦めたように見えて、足掻いてるなあ。


「レジーナさん。ニェンガを牢に入れてください。悪いんですけど、その後アネットさんたちの所へ行ってプレートメイルも捕えてください。二人への罰は追って知らせます」

「かしこまりました」


 完全に沈黙したニェンガと一緒に、レジーナさんが消えた。

 それだけで、全部が終わったような気になっちゃう。

 現実は、高すぎる山が残っているんだけどね。ああ。やだなああ。やりたくないなああ。


 このままとんずらこきたいなああああああ。


 無理だけど。抗うにも逃げるにも今のあたしには実力が足りなさすぎる。

 かと言って、ここで目を逸らしたら、流れ流されどんぶらこ、でどこに行くかもわからない。ニェンガの事を放置したら、ハーレイ様やロダ様に言葉巧みに丸め込まれそうな気がする。

 アドバイス、と称してあの方たちの思う方向にニェンガに刑を執行させるのは違うんじゃないかって思うんだ。


 大公は、あたしが決めろ、と言ったから。


 あいつの言葉に従うのは癪だけど、背中を見せたらこの先あたしは何一つ自分の意志で決める機会を無くす。そんな気がする。

 大きく深呼吸をして、気持ちを切り替える。うだうだ考えていたって何も始まらない。

 あたしがやれることをやる。そうやって一歩ずつ進むしかない。


「ニイル。あたし今から行くところあるんだけど一緒に行く?」


 じ、と息を潜めて待っていてくれたニイルに聞いたら、間髪れずに頷かれた。


「ああ。だが、どこに行くつもりだ?」


 即答かい。当然かあ。今ニイル以外に護衛的なヒトいないもんねええ。

 ついてくるなって言っても無理だね、こりゃ。

「ロダ様の所。どうしても教えていただきたいことがあるんだ」


 あたしが知り合った魔人の中で、一番公正な判断をしてくださりそうな方だからね。レティシア様か悩むところだけど、面会回数の多さから言ってもロダ様に軍配が上がるでしょう。


「ロダ様?誰だ?」

「ああ。馬鹿大公の補佐という名の尻拭い役をさせられているとっても苦労されておられる第一公女様」

「……そうか」


 前半の沈黙は、魔人に会うことへのためらいかな?

 正直あたしも進んで会いたいとは思わない。けど、レジーナさんには相談しづらいんだよねえ。というか、無理?

 〝あの技〟って魔人にしか使えないらしいからねえ。 なので、ものすっごく忙しいであろうロダ様にお付き合いいただく。


 ……不敬罪だって怒られないといいなあ。





 ニェンガの刑は、次に執行予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ