60.桐塚優乃とニェンガ
「あたくしは美しいわ。あたしくしには才能があるわ。あたしくしはあの方を支えることができるわ!お前のように、あの方の邪魔をすることはなく、役に立つことができる。それなのに、あの方はあたくしを見てくださらない。その他大勢と同じ扱いをなさる!」
鳥肌が立った腕をさすっているあたしを無視してニェンガは、己の内に溜めていた気持ちをとうとうと語る。負の感情がてんこ盛り。濁流に負けない勢いだ。
大公への愛情が溢れる目には翳りがあった。自分を見ない大公を恨もうとして恨み切れずもがき苦しむ女がいる。
「愛妾なんでしょ?うまくいけば、子供を身ごもって側妃になれるチャンスだってあるじゃん」
「あの方はあたくしに子種を恵んでくださらない。ただ、一時の快楽を共にされるだけ!それに比べておまえたちはなに?あの方の力を否定するように眠りについたくせに、あの方の関心を引いた。捨て置かれることなく城に運ばれて、宮の一室に宝物のように隠された。あたくしはずっとあの方を見てきたのに、どうして反逆者のお前たちが気に掛けられるのよ?!」
そんなん知るか。理由なんてあたしが聞きたいくらいだ。反抗されると、火がつくタイプらしいっていうのは聞いたけどねえ。
あたしはあいつとのファーストコンタクトすら覚えてないんだから。本当に死に際にいたあたしってば、あいつに何したのさ?!
「あたしたちを殺さなかったのは、ケイアイスルタイコウサマのキンドレイドを害することができなかったから、とか言う?」
「おまえ馬鹿?殺したらそれで終わりじゃない」
「は?」
「本来なら大公様のキンドレイドとして華々しい場所に立っていてもおかしくないおまえたちが、下級メイドとしてこき使われ冷遇されるのよ?とんだ笑いものじゃない。あたくしの言葉を信じて、大人しく洗濯をし続けるのですもの。そんなおまえたちを見て、胸がすくような思いだったわ」
一瞬で楽にさせず、じわじわと苦しめて楽しむんかい。タチ悪。
外に放り出せばいいんじゃないか、とは思ったけどそれは意味がないってことに気付いた。仮にもキンドレイドがぶらぶら歩いていたら、その気配で存在が一発でばれるね。
魔力の制御ができていないキンドレイドなんて、一般種族からしてみたら歩く公害って言ってもいいんじゃないかなあ。
木を隠すなら森の中を実践してくれたわけですか。
「殺した方が、ばれる確率低かったと思うんだけどねえ。あたしだって三十年以上放置されてたんだからさ」
自分の保身よりストレス発散を優先させたってことかい。
あたしの呆れた言葉に、ニェンガが憎々しげに顔を歪めた。
「そうよ。放置されていたのに。姿を消すことで興味を失われた、と思っていたのに!見つけた途端、すぐに手元に置かれた。おまえの何があの方を惹きつけるの!!」
「やらなきゃいいのにやっちゃう反抗的な態度?」
これを直せば、関心を失われる可能性大なのはわかっているんだけどね。こ、この態度を改めるには、仮にあいつの娘であることを全面肯定しても無理な気がする。人で遊ぶ嫌な奴認定が、あたしに反抗精神を持たせるんだよう。
国のトップに正面から楯突くとか、間違いなく死亡フラグなのにさあ。よくこれでこの国問題なく運営されているよね。
あいつのフォローに走っている方々の苦労が忍ばれる。
「ためしに、コソコソしないで目を合わせて正面から言いたいこと言ってみたら?それがあいつの目に留まるコツだとは思うよ」
「ふざけたことを。あの方の目を見て話すなど、不可能に決まっているでしょう?」
「なんで?」
「目を合わせてあの方と言葉を交わすことは、魔人ですら避けようとするのよ。見るだけで他者を圧倒するほどのお力を持たれているのだから」
ほほう。そうなんだ。
あたし、あいつの目ばっちり見て悪態つきまくってたんだけどねえええええええ。
「根性出せば何とかなると思うんだけどなあ」
「……っ。どうしてダラス様は、おまえなどにそれほどの力を与えられたのよ。どうして大して美しくもない手長族達が、目をかけられるのよ!」
手長族ってケノウの事か。確かに美人じゃないけど、しっかり者で頼れるお母さ……じゃなくってお姉さんだし。
シャラたちも、仕事のできる有能なメイドで大公から与えられた力もばっちり使いこなしてるからね。将来有望な優良物件な上に、大公に対して興味がないって当たりがポイントなんだと思う。大公のキンドレイドってことに、感銘は受けてもそれ以上は特に思うところはないみたいだもん。
大公は自分に反抗的なのや無関心っていう存在をおちょくるのが好きなんだよ、きっと。
「ようは、大好きな大公が後からしゃしゃり出てきたあたしたちを気に入ったことが面白くなくて、事を起こしたってわけね。嫉妬に狂った女は怖いって奴?」
「うるさい!おまえにはわからないわ!あたくしがどれだけ望んでも立つことのできなかった場所にいるおまえなどに、分かるものかあああああああ!!」
逆切れしたニェンガの絶叫に魔力が宿る。細く鋭い無数の刃があたしたちに向かって襲い掛かってきた。
ヒステリーが攻撃になるなんて魔力の制御がなってないんじゃないの?!
痛いのはごめんだから、抵抗しますとも。
ここの所すっかり得意技になっちゃった魔力の盾が、難なくニェンガの刃を弾き飛ばした。
「レジーナさん!ニイル!手出したら怒るからね!!」
瞬時に反撃体制に入った二人の姿が目に入り、あたしは叫んだ。ニイルは分からないけれど、レジーナさんにかかったらニェンガはひとたまりもない気がする。ニェンガの事を話していた時のレジーナさんの口ぶりは、完璧に格下の相手とみていたからね。
ニェンガについては、あたしが決めること。ここで二人に手を出されたら、甘えてしまいそうだから絶対に止める。
あたしの強い制止に、二人がびくりと体を震わせた。不満そうな顔をしているけど駄目だからね。
「腐ってもシークン……。けれどこれで終わりではないわ」
うっすらと笑みを浮かべたニェンガが、二撃目を放った。弾丸のような魔力が数えきれないほど迫ってきた。
数は多いがどれも威力は大したことはない。盾に弾かれて全て消滅した。
「ニェンガ、こんなことは無駄だよ」
「どうかしら。一矢報いるくらいはしなければ、腹の虫がおさまらないのよ」
言うや否やニェンガが白魚のような指先に高圧の魔力が集まる。それに呼応するようにあたしの周囲の床から魔力が柱のように伸びた。
柱の先は曲線を描いてあたしの頭上で結びつき、鳥籠のような形を作った。今しがたの攻撃は、あたしの周りに細工を施すためのカモフラージュってわけね。
「受けなさい!!」
ニェンガの放った漆黒の魔力が避雷針のように伸びた籠の先に収束し、あたしに向かって落ちてきた。
さっきまでとは比べ物にならないほどの高い魔力の攻撃だった。まるで闇を収縮した矢のようだ。
「ユウノ様!」
「ユノ!」
レジーナさんとニイルの叫び声が、爆音の向こうに聞こえた。




