59.桐塚優乃は黒幕と顔合わせをする
お、お待たせしました。
その上、長くなりました。
申し訳ありませんんんん!
本命との会話……です。
室内は日の光がさんさんと降り注いでいて明るかった。あたしが現在使っている部屋よりも二回り程小さな部屋だ。二十坪は軽くありそうな空間は緑に染まっていた。
ソファ、テーブル、絨毯、室内灯その他もろもろが緑系統で統一されている。
使われている色には濃淡がバランスよく使われていて、趣味の良さを感じた。一言でいうなら翡翠の間って感じ。
入り口の正面に特注と思われる新緑のアンティーク系ソファセットがあった。足の部分を襞が広がる洒落たカバーがかかっている。
座ったら身体が沈みそうな三人掛けソファの真ん中に、女が座っていた。
コミネと同じ褐色の肌を持つエルフ族の女性だ。光るような金の髪を持つ魅惑的な美女だった。胸は……Gはありそうな巨乳だ。腰はコルセットをしているのかと思うほど細い。美貌を磨くことにかけているな。金色の袖のないドレスには余計な装飾がなく、彼女の美貌を引き立てているように見えた。
黒く濡れたような瞳が澱み濁らず、輝いていたら彼女の美しさは更に引き立てられていたんじゃないかな。
少しそのことが残念だった。目の保養になるじゃん、美人って。
他にヒトの気配はない。侍女は……逃げ出した、かな。
一人この部屋に残っている彼女がニェンガで間違いないはず。
見覚えのある顔に、あたしは我慢しきれず苦笑をこぼした。
ここでこのヒトに再会する日が来るとは思わなかったなあ。考えてみれば、あの時以来一度も会ったことがない。日々の忙しさの中に埋もれてすっかり忘れていたけど、改めて考えるとすれ違うことすらなかったなんて変だ。
ほんっとあたしって状況に流されまくっているんだなあ。これからはもうちょっと気を引き締めよう。
「ヒトの顔を見て笑うなど、無礼な小娘ね。面会の予定は入っていないわ。さっさと消えなさい」
「それは無理。あたしは、あんたと話をしに来たんだから。そっちが嫌って言っても絶対話してもらうから。それと、笑ったのはあんたに対してっていうより、自分の間抜けさにだから気にしないで。まさか黒幕にしょっぱなから会っていたなんて思いもよらなかったからつい、ね」
ニェンガの許可を取らず、あたしは彼女の向かいのソファに座った。帰らないぞっていう無言の意思表示。
勝手なあたしの行動に、ニェンガは不快そうに顔を歪めた。
その際、彼女はちらりとあたしの後ろにいるレジーナさんを見た。
どうやらニェンガはレジーナさんを警戒しているみたい。ペーパー魔人のあたしより、彼女の方が怖いんだね。
レジーナさん。あなたどれだけ強いんですか?
うん。今は置いておくことにしよう。気にしたら話が進まない。
まどろっこしい会話は苦手。単刀直入に行かせてもらうよ。
「ここまで来たら、腹くくって答えてもらいたいな。ニェンガ。あんたはあたしたちをどうしたかったの?目覚めたあたしたちに真実を交えた嘘をついて洗濯……下級メイドにして。殺さなかったのはどうして?」
ニェンガはあたしたちを殺そうと思えば簡単に殺せた。だって、この世界で目覚めたあたしが最初に出会ったのは、メイド服に身を包んだニェンガだったから。
あたしは、彼女に自分の現状を教えられて洗濯メイドとして働くことを強制された。
殺さなかったのは、自分の身勝手のせいで殺すことに罪悪感を覚えたから?それとも、他に何か理由があるんだろうか。
攫うことはできても、大公のキンドレイドを殺すなんてことまではできなかった、とか。
彼女の真意を知りたい。
「答える義理も義務もあたくしにはないわ」
ニェンガはあたしを小ばかにする様子を隠さず言った。
後ろの気温が一度以上下がった気がするのは気のせいかなあああああああ?
レジーナさんに予め、何を言われても黙っていてください、あたしが話をしますって言っておいて良かったよう。
でなきゃ、あたしを置き去りにして女の戦いが始まっていた気がする。
「あるに決まってんでしょうが。あんたはこの事件の黒幕で、あたしは被害者。ついでにあたしは不本意ながら、大公からあんたの処遇を一任されちゃってるんだから。嫌だっつっても吐かせるから」
力づくだって辞さないからね。ここまで来たら自棄だ。
きっちりこいつの口から事の動機を聞かせてもらわないとあたしは動けない。
問答無用で他者に罰を与えることができるほど、あたしの精神は強くないんだよ。甘ったれだって言われても仕方ないけど、これが今のあたしなんだからしょうがない。
こいつの話を聞くことで、気持ちが揺れない、なんて保証はないけどさ。ヒトの話に聞く耳持たないまま歩むような人間にはなりたくない。たとえ、それが嫌いな相手であっても。
ロダ様に聞かれたら綺麗事だってぶった切られる自身はある。あの方、その当たりに厳しそうだもん。それでもあたしは話を聞きたい。
流されるまま自分に与えられた権力で他者を裁いたら、暴君と変わんないじゃん。
ったく。碌に政治も知らない上、この世界の認識から言って甘ちゃんなあたしに随分な大役投げてくれて。一般庶民出身には重荷過ぎるぞ、馬鹿大公。
「……大公様のお情けで公女とされただけの小娘が、大口を」
ああ。背中が寒い。
ニェンガ。お願いだからレジーナさんを刺激しないで。あたしが怖いから。
「そんな情け欲しくなかったよ。おかげで予定外もいいところの人生歩むことになってるんだから」
「おまえ!大公様に力を分け与えていただきながら、なんて無礼な口をきくの?!」
「考え方は人それぞれでしょ。あたしみたいなのも極少数ながらいるんだよ。って、そんなことはどうでもいいか。さて、あたしの質問に答えてくれる?」
大公至上主義者と価値観を問答しても無駄だっていうのは、なんとなぁぁく想像がつく。特にあたしのことを嫌っている輩と言い合いしても平行線辿るだけで時間の無駄。
これが本題っていうんだったら臨むけど、今回は別件だからスルーさせてもらう。
おおう。ニェンガの睨みが一層強くなった。
残念ながらあたしを怖気づかせるには迫力不足。大公やら公子様やら公女様やら魔人と真正面から話すプレッシャーに比べたら、ニェンガの威圧なんて可愛い可愛い。
レジーナさんにだって及ばない。
例えるなら、嵐とそよ風。気分はよくないけど、受け止めて弾き返すだけの余裕はあるよん。
「あたしに出て行ってほしかったら、サクサク話しちゃおうよ。今更自分は関係ない、なんて白々しいことは言わないでしょ?」
いくら何でも、そこまで小物な行動はしないでよ。黒幕の名が泣くよ?
さあ。お互いが嫌なことはさっさと終わらせちゃおうよ。ここまできて逃がしはしない。逃亡する仕草を見せたら、レジーナさんが怖いよ?
あたしも逃がさないようにするんだけど、それ以上にレジーナさんがやる気満々なんだよ。なんでだろうねえ。
「どうして……」
「え?」
「どうして、お前のような小娘があの方の傍にあることを許されるのよ。あの方の偉大さも気高さも何もかも分かっていないおまえが!」
体を戦慄かせるニェンガは、全身であたしを憎んでいた。
自分が立つことのできなかった場所に立つあたしを羨んでいた。
……不本意極まりないけど、あたしあいつの子どもの位置づけだからね?あはん、うふん、の関係じゃないってこと分かってるよね?そんなの、子どもっていう以上に受け入れられんわ!




